続・寺田的陸上日記     昔の日記はこちらから
2003年10月 パルコに行くならエコパに行くなり
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■11月6日(木)
 お昼の12時です。今日はこれから成田空港。別に、エールフランスの日本事務所に殴り込みに行くわけではありません(先日、淡路島でもオーバーウェイトチャージのことが話題になりました)。今日は高橋尚子選手がボルダーから帰国するのです。少しはコメントを聞けるといいのですが……って、聞けないと、今日締め切りの東京国際女子マラソンの展望原稿と、昨日提出したテレビ番組雑誌の記事への後送部分が書けません。
 ところで今回の東京国際女子マラソンには、京セラの高仲未来恵選手が初マラソンとして出場します。実は高仲選手とQちゃんは、ちょっとしたつながりがあります。その辺をQちゃんがどう思っているか聞いてみたいのですけど、さすがにここまでマニアックな話題は共同取材の時に聞くとひんしゅくかも。でも、聞きたいなあ。テンションが上がったら、思わず聞いてしまうかも。雑談モードになったらOKかな、という気もしますし。


■11月5日(水)
 昨日締めきりの200行原稿ができあがったのが、結局、今日の昼過ぎ。実は昨日も泊まり込みです(ただし、早寝早起き)。昼食を挟んで、某テレビ番組雑誌に東京国際女子マラソンの展望記事を1本。昨日送った原稿の手直し作業をやって、サイトに山梨学大の記事をアップしたところ。今日明日締めきりの原稿は、大きなのが1本と、中くらいのが1本。頭を国体に戻さないといけません。まだ、終わって1週間も経っていないのですが、大きな駅伝の取材が2つもありましたし、原稿も駅伝関係を続いて書いたものですから。
 おっと、このサイトの国体記事も、日本選手権リレーの記事も途中です。なんか不安ですね。週末、神戸にプラっと行くプランもあるのですが…。
 そうそう、国体で食べた袋井名物の鼻くそ団子の写真を出すのを忘れてしまいました。ちなみに赤福ももう一度。地元びいきってわけじゃありませんが、鼻くそ団子の方が絶対においしい。鼻くそ団子は乗っているあんこをとって、本当に指にちょっと鼻くそが付いている状態にして食べると、団子(というよりお餅)の旨味が実感できて、本当に美味なのです。そのてん、赤福はたらふく食べると、あんこのギトギト感が若干、残ります。
 反論のある人はいつでも名乗り出てください。袋井の鼻くそ団子と伊勢の赤福、どちらが美味しいか、論争でもなんでもしますよ……宇治山田商高出身の野口みずき選手から「赤福の方が美味しい」と言われると、ちょっと困りますが。さすがに銀メダリストと論争はできません。


■11月4日(火)
 昨晩は陸マガに淡路島女子駅伝の写真(といっても最近はCDなんですが)と記録を届け、そのまま都内の某事務所で泊まり込みで仕事。といっても、国体以来早寝早起きの習慣が付いているので、2時には寝て、今朝は7時前から仕事。今日の14時頃にやっと、出張中から取りかかっていた280行の大作原稿を仕上げました。ホント、もう少し早く書かないと、と思いますが、昨日の淡路島と、今日の午前中の電話取材で、ネタ的にはそこそこのものが盛り込めたと思います。
 夕方までに短めの原稿を1本書き、もう1本長めの原稿を書き上げたかったのですが…。これも書く段になると、あれも取材しておきたい、これも確認しないと、という気持ちが出てきてしまって、夜の8時過ぎにもかかわらず、某チームと某チームのスタッフに電話取材。個人的な面識がある相手だからこそできることで、普通の相手であればできないことです。少しは人脈もできてきたってことですね。アノクタラ山脈サンボダイ……でしたっけ、インドの山奥で修行したのは……レインボーマン?


■11月3日(月)
 昨晩のうちに神戸に入り、今朝の高速バスで淡路島に。ちなみに、淡路島に行く際には必ず高速舞子というバス停(?)を通りますが、舞子高といえば新井初佳選手の母校。で、新井選手は甲南大出身でもあります。寺田は甲南大OBのO川くんという編集者と知り合いですから、舞子とも若干のつながりがあるわけです。それがどうした、と言われると何でもありませんとしか答えようがないのですが。
 スタート場所はいざなぎ神宮。熱田→伊勢→いざなぎ。出雲もそうですし、箱根もそうですが、駅伝の発着場所は神社の有名な土地が多いですね。つまり、学生の駅伝3大会は神様でつながっています。それがどうした、と言われると困りますし、誰でも気づいていることなんですが。まあ、そうですね。もしかしたら、箱根駅伝スタート&フィニッシュの大手町・読売新聞社前も、その方面の関係の場所かもしれません。今度、プリンス近藤記者に聞いておきます。
 今日の取材は雨のせいで若干、機動力が奪われました。でも、そのくらいは何とかするのがプロ(寺田のことです)。でも、あとで気づいたのですが、撮影した写真のバリエーションがちょっと少なかったです。反省しています。
 取材以外の収穫は、久しぶりに杉森美保選手の笑顔を見られたこと。9月にチームに戻って練習を本格的に再開したそうですが、無理をしたため一度落として、また来週から本格化させるそうです。いつもの笑顔で話されると、実際に苦しんでいた期間の表情が想像しにくいのですが、その辺はいずれまた、話を聞く機会もあるでしょう。
 淡路島在住の出口庸介先生(陸マガに駅伝やマラソン関係の記事をたくさん書いている方)とも久しぶりにお会いできて、いい一日でした。


■11月2日(日)
 全日本大学駅伝取材。伊勢はもう慣れたもので、プレスルームのある神宮会館には伊勢市駅からバスでスーイスイ。もちろん、宇治山田駅など庭みたいなものです。とまで言ったら嘘八百。宇治山田商高出身の小林史明選手や野口みずき選手だったら庭と言えるかもしれませんが。そういえばちょっと前の日記で、キリスト教の唯一絶対の神に対し、日本の神道は八百万の神であることを話題にしました。日本の諺に八百が多く使われるのにはわけがあるのでしょうか。といっても、この2つの言葉しかとっさには浮かびませんが。
 ということで、今年も神々の土地・伊勢で取材を頑張りました。プレスセンターに配られた記録で昨年同様、記録速報にトライ。後半の区間は繰り上げスタートが多くなった影響か、記録が出るのが遅くなり、5区までしか入力&アップができませんでした。6区・7区も8区の中盤くらいで立て続けに記録が出ましたが、もう取材に行く準備をしないといけなかったので、速報は断念せざるを得ませんでした。
 今日は暑かったです。ある監督の話によれば、大東大が優勝した年で台風(大雨)になったとき以来の暑さ。早大の選手の途中棄権も暑さが原因だったと思われますし、駒大の5区・8区の落ち込みも、大八木弘明助監督の話から判断すると暑さが一因だったように思います。寺田もフィニッシュでの取材は、冬に近い装備で行ったので汗だくでした。
 取材が一段落後、007ことO村ライターと、ライター・イン・ブラックのS井くんと赤福を食べに。S井くんと2人で、O村ライターに赤福をたらふくおごりました。でも、おごっただけでは元が取れません(意味、若干不明瞭)。赤福屋さんで“たらふく”と言ったら具体的に何個になるのか、どうしても知りたくなりました。しかし、パリにいたときほどテンションが上がりません。それを言うと、S井君が代わりに店のおばさんに質問してくれました。
S井 「赤福をたらふく」って言ったら、何個になりますか?
寺田 今、ちょっと話題になったんですよ。(と、寺田もフォロー)
おばさん さあねえ、人によっても違うだろうしねえ(と、真面目なお答え)。
寺田 もしも「赤福たらふくください」って注文されたら、何個出しますか?
おばさん そうねえ。ひと箱くらいかねえ。

 今度、野口みずき選手にも聞いてみましょう。


■11月1日(土)その2
 14:30から全日本大学駅伝の監督会議、16:00から開会式。その間と開会式後にここぞとばかりに取材しました。幸いにも上位候補5校の指導者から話を聞くことができました。欲を言えばイニシャルTの2校の指導者からも聞ければ良かったのですが、さすがに7校は厳しいですね。とにかく、取材したすべてを掲載しましょう。自分だけ知っていても面白くありませんからね。今回に限りませんが1人でも多くの陸上競技・駅伝ファンが、これらのコメントを知ってテレビ観戦をしたら面白いんじゃないか、という思いから頑張っています。
 それにしても、駅伝やマラソンの試合は、1つの種目を徹底的に取材する面白さがあります。しかも、大会前に取材機会があるのも、長距離のいいところ。トラック&フィールドの取材では、1つの種目でここまで広く取材することはできません。駅伝やマラソンは単独種目の大会ですから、当たり前と言えば当たり前なんですが。その辺の工夫って、トラック&フィールドではできないのでしょうか。多くの種目を行うのが陸上競技と言ってしまえばそれまでなんですが。
 さて、明日は陸上界の007ことO村ライターと、ゴールドフィンガー寺田が赤福たらふくを賭けて勝負です。ライター・イン・ブラックのS井ライターも加わってきました。賭けというのはもちろん冗談で、単なる優勝タイム予想です。


■11月1日(土)
 午前9時40分。これから全日本大学駅伝と淡路島女子駅伝の取材に出発します。大きな原稿を2本抱えていきますので、このサイトにどのくらい書けるか疑問。でも、なにかしら書くでしょう。国体の記事は4日目のダイジェストを書いている途中ですが、アップできていません。山口有希選手の記事が長くなっちゃってるんですよ。それだけ、独立させようかな。でも、時間があるのか……。そういえば、日本選手権リレーの記事も書きかけですね。実学4×800 mRのラップタイムなんかも出したかったのに。


■10月31日(金)
 国体前日はほとんど徹夜でしたが、国体期間中は絵に描いたような早寝早起き。今日も6時には起きて仕事を開始。8時からはメールの返信など。9時台だったと思いますが、珍しく朝からプライベートな電話も。
 午後から駅伝関係の取材。自宅兼事務所から近い場所での取材でした(と書いても、該当チームがたくさんあるから特定できないはず)。選手、指導者の双方から、面白い話を聞くことができました。誌面に載せる文字数では、ネタが使い切れません。でも、絶対に無駄にはしません。
 今日取材した原稿は、今日が締めきり。帰宅途中のドトールで仕上げました。
 20時には帰宅。大きな原稿を2本抱えていて、片方でもいいからめどが付くところまで進めたかったのですが、明日からの全日本大学駅伝&淡路島女子駅伝取材準備に約4時間。ちょっと時間をかけ過ぎですが、2つの試合と2本の大きな原稿の資料を準備するのです。それに、今回は赤福たらふくが待っていることですし。頑張らないと。


■10月30日(木)
 国体取材最終日。昨日、兄の家に民泊していた大分の女子2選手も、帰ったようです(澤田選手は一昨日)。帰った後の部屋には、2人からの手紙が置いてありました。寺田も読ませてもらったのですが、心にしみるものを感じました。
 今朝はぎりぎりまで仕事をしていて、シャトルバスも昨日までより本数が減っていて、朝としては初めてタクシーで行きました。1000円ちょっとの距離。朝食を食べる時間もなかったので、法多山の鼻くそだんごをひと箱買って、朝食に。このおだんご、地元の人間にも人気のようで、3日目の朝には地元新聞の方からどこに売っていたか聞かれましたし、今日は補助員の高校生がこぞって購入していました。記者席で鼻くそだんごの写真を撮っていると、成年1500mで2位となった田子康宏選手が通りかかりました。「だんご食べない?」と勧めると、民泊先でかなりご馳走になっているとのこと。ここまでメジャーになっているとは知りませんでした。国体効果は絶大です。
 今日は4種目のみですが、リレーが盛り上がって、ハーフマラソンのフィニッシュが見られなかったほど。袋井のコースの印象とか、終盤になってラドクリフの幻影が見えたかどうか、選手に聞きたいこともあったのですが、まあ、仕方ありません。
 最後は、恒例のサブトラック詣で。一般種目の選手や関係者は今年最後になりそうですから、補足取材などをしながら挨拶。長距離関係者には、今後の下準備としての取材を兼ねて挨拶。それほど数多くしているわけではありませんが。UFJ銀行の高橋コーチに話を聞けたのは、ラッキーでした。1つ「んんっ」という出来事があり、あることに気づかされました。これは時間が経って、上手く話にできる機会があったらということで。
 11時に競技は終了しましたが、スタジアムを後にしたのは14時近く。愛野駅で某大学3年生トリオに、新幹線に乗り換えた掛川駅では専門誌カメラマン&編集者&R連関係者4人組と一緒になりました。寺田は静岡で降りて法事に出席。久しぶりに会う人たちばかりなので、いつもとはちょっと世界が違いました。22時頃帰宅。


■10月29日(水)
 国体取材4日目。朝起きると、窓の外から風が強く吹いている音が聞こえてきます。晴れてはいましたが、記録は苦しいかな、とも思ったのですが……。今日は男子400 mで山口有希選手が五輪A標準突破となる日本歴代4位(ジュニア日本記録)、女子400 mで丹野麻美選手がジュニア歴代2位、少年の女子3000mで高1最高と中学歴代2位と好記録が出ました。少年の5000mでも日本人トップの佐藤悠基選手が自己新、少年男子の400 mでも、優勝した赤松寿長選手が大幅な自己記録更新です。同じエコパで行われた7月の静岡県選手権を取材したときに、硬い高速トラックであることは聞いていましたが、周回する種目では、常に追い風になる感じだと、山口選手と丹野選手が話していました。
 袋井で国体をやる、それも10月末の開催と聞いて、一番不安だったのが風です。遠州の空っ風と言われるくらい、この地方は冬に風が強いことで有名。10月だったら大丈夫なことの方が多いですけど、強い西風が吹く可能性も懸念されました。ところが、聞くところによると、エコパは西風が吹くとスタジアム内の風がちょうど、トラックの周回と同じ左に回って吹くのだそうです。このスタジアムを設計した人は偉い! それに、スタジアムの外は風が強くても、中は比較的弱くなるみたいです。
 地理的にどうかという問題もありますが、関東と関西の中間ですし、最寄りの愛野駅は、新幹線停車駅の掛川駅の隣。ホテルだって、国体やインターハイでもない限り、掛川や浜松に問題なく泊まれます。サブトラックの近さも特筆ものでしょう。
 これで、袋井の名前がレコードブックに残ります。さっそく、海外からも「エコパは何市にあるのか」という問い合わせ。まあ、一部ベテラン記者から、「袋井なんて、陸上関係者の誰も知らないよ」という意見が出ていたと、人づてに聞きました。まあ、どんな地名も、最初は誰も知らないのです。地名に限らず、無名選手が活躍し始めたときも同じこと。今後、400 mの記録を出すためにエコパで競技会が開かれるようになり、横浜国際競技場や長居に取って代わって、“400 mの聖地”と呼ばれることになるかもしれません。


■10月28日(火)
 国体取材3日目。昨日の朝も今朝も、8:52発のシャトルバスでエコパまで行きました。2日間とも60歳代くらいの御夫婦と停留所でお会いしました。
 さて、何度か書いているように袋井は、寺田が高校時代まで過ごした土地です。だから何かをするということもないのですが、せっかくですから土地の名産品をお世話になっている方たちに食べてもらおうと、法多山(はったさん)名物の厄よけだんごを陸マガ編集部や、陸上記者クラブ、お世話になっているカメラマンの面々に進呈しました。国体会場はある意味、その土地の特色や名産品をアピールする場。会場内で売っていると思って探したら、案の定、すぐに見つかりました。
 法多山というのはエコパの南側の山を1つ越えたところにあるお寺で、この近辺では有数の観光地。初詣には何万人という人が集まります。厄よけ団子というのですから、神社も兼ねているお寺なのでしょうか?(実はよく知らなかったりして)。このおだんご、地元では鼻くそだんごという俗称で通っています。なんでかというと、串に細長くお餅が刺さっていて、その周りにあんこが付いているからなのですが。写真を紹介できればわかりやすいのですが。
 陸マガ編集部には何回か、土産として持っていったことがありますが、初めての方たちにも概ね好評。まあ、鼻くそだんごという俗称は、あとからお教えしたケースもありましたけど。会場で売っていますから、選手の皆さんもぜひ。
 昨日、表彰のことに触れましたが、今日はこんなシーンがありました。各県の功労者を毎年、国体のときに表彰しているのですが、ずらりと並んだ受賞者の後ろを走っているのは助走練習をしている……のではありません。本番の競技をしている少年A男子三段跳の選手。ベテラン記者たちから「なんだあれは」と、非難の声が挙がっていました。
 地元の話題をもう1つ。成年男子棒高跳で2位になった鈴木秀司選手が、今国体を最後に引退します。浜松工高出身。昨年の地元・高地国体は代表になれませんでしたが、出身地で開催される国体を引退試合にと、この大会だけに合わせてきました。今季のベスト記録は4m20だったのですが、ご両親や中高時代の仲間をスタンドに呼び、そのなかで5m35を跳んだのです(自己ベストは5m41)。見事というしかありません。三英社から高知に移り、高知ではいろいろな活動をしました。お疲れさまでしたと、心からねぎらいたいと思います。


■10月27日(月)
 国体取材2日目。
 兄のところに民泊している大分の澤田実希選手がやってくれました。少年A女子400 mHで3位になったのです。国際大会の日本代表選手というようなケースでなければ、特定の選手を応援することはありませんが、今回のような場合はいいでしょう。前半は足が合わなくてハードルの前で無理に刻む走りになっていたので、これは厳しいと思いましたが、最後の直線に入る前後から見事な追い上げを見せました。準決勝で出した自己記録をさらに縮めて61秒09。
 レース後、他の記者の方(大分の新聞社?)と一緒に少し取材をしましたし、夕食のときにもちょっと話を聞かせてもらいました。予選・準決勝は前半を15歩で行っていたそうです。つまり、決勝は明らかにミス。普通だったら(日本のトップレベルだったら)、こういったミスは大きくタイムに影響しますが、そこは伸び盛りの高校生なんでしょう。そのミスをなんとか後半の頑張りで何とかしてしまうんですから。逆に言えば、記録を伸ばす余地はまだまだあるということです。
 ところで、今回の国体で決定的に素晴らしいことは、インタビュー時間が十分に設けられていること。インターハイや国体では、5分か10分もすると「表彰の時間ですから」と、打ち切られてしまうことが多いのです。ひどいケースは、テレビ用のインタビューが終わると「あと3分」とか言います。そういう運営をするところの多くは、選手をインタビュールームから連れ出してすぐに表彰をするかというと、選手は10分も20分も控え所で待たされている。だったら、その間に話をちょっとだけ聞こうとすると「規則ですから」と許されません。持ち回り開催ですからわからないのでしょうが、毎年取材していると「なんとかならんのか」と思います。その点今回は、テレビのインタビューがひとしきりあったのち、ペンの記者が質問する時間が十分にあります。担当の先生がしっかり質問の出方を見ていて、「もういいですかね」と記者たちに確認してくれることもあります。スペースも1位の選手の周辺は広くとってあって、多くの記者がコメントを聞ける配慮もしてあります。ほんと、取材しやすいですよ。
 何回も申し上げているように、表彰はレース後(フィールド種目は競技終了後すぐ)、その場でやった方がいいのです。表彰をあとからやっていいのは、表彰自体が競技会を盛り上げる演出となっているときだけでしょう。国体では若干、その要素はあります。県単位のチームで参加なので、表彰場所正面のスタンドに応援の人間が集まって、やんやの喝采を送っていることが多いですから。
 しかし、世界選手権の表彰との決定的な違いがあります。世界選手権フォト日記B第4日〜第6日編で紹介したように、あちらでは表彰する人間は、選手に賞状・賞品を渡したあとすぐに、サイドに移動して選手の正面を空けます。しかし、今回は(というか日本では)選手の正面にずっと居続けて選手の礼を受ける段取り(儒教の国ですからね)。そのあとちゃんと、写真撮影時間が設けられているのでいいのですが、正面から見ている観客や、全体の“絵柄”を考えると、あまり格好良くないのです。


■10月26日(日)
 朝の6:30に出発。最寄り駅を先週の箱根駅伝予選会よりも30分あとの電車です。愛野駅に9:33着。10時からの種目に間に合いました。よかったよかった。でも寝不足。新幹線の自由席はガラガラでしたから、3人がけのいすに横になりました。格好悪いと思う人は真似しないように。
 愛野駅からエコパまではシャトルバスが出ていて楽ちん。
 競技のことはここでは置いておきまして……でも、女子砲丸投の成年&少年でドラマがありました。成年では今季日本選手間で負け無しだった地元静岡の森千夏選手が敗れ、豊永陽子選手が日本人2人目の17mプット&五輪B標準突破。対して、少年Aの砲丸投ではインターハイ優勝のラトゥ選手が敗れ、今度は地元の美濃部選手が自己新の14m28で優勝。
 北海道勢の活躍もすごかったです。男子少年共通円盤投の越智選手は大会新、そして少年Aの男女100 mを品田&北風選手が制しました。品田選手は走幅跳予選でも7m50を1回で跳んでいます。成年女子400 mの木田真有選手は、残念ながら今回もキタキツネ走りが炸裂せず、吉田真希子選手に敗れて2位。でも、北海道は天皇杯・皇后杯ともリードしました。
 サブトラでは甲南大・伊東浩司監督と雑談。関西学生学年別の女子200 mで1・2・3フィニッシュをしたことが話題に。2年目で選手の精神面も充実してきたと言っていました。新井初佳選手もグラウンドに顔を出し、選手のモチベーションアップに一役買っているようです。スタンドのプレス席に戻ると甲南大OBの某誌・O川記者も、関西学生学年別の結果を喜んでいました。
 実家に戻るのにはシャトルバス。最初、発着場所を間違えてしまい18:37発のバスに間に合いませんでしたが、19:02発の最終があったので事なきを得ました。19:25には実家に到着。家族T氏から託された土産物を届けるため、すぐ近くの兄の家に。23日の日記で紹介しましたが、民泊として大分県の女子選手2人を受け入れていました。リビングにいたのは少年A100 mの有間友美選手と少年A400 mHの澤田実希選手。ともに2年生。澤田選手は準決勝2組を1位で通過して明日が決勝です。
 部屋に入った瞬間、2人の選手がそれほど緊張していないのが伝わってきました。民泊というのは選手も受け入れる側も、お互いに気を遣う部分が多いのでどうかと思っていましたが、案ずるよりなんとやら。全部がそうだとは言い切れませんが、どうやら兄の家ではうまくやっているようです。姪と甥も普通に接しているようですし、猫もちゃっかり、ソファの上で2人の選手に挟まれて眠っています。明日が楽しみになりました。


■10月25日(土)
 昨日は充実した一日でしたが、サイトに割く時間がなくて、敷島スプリントDが途中までしか書けませんでし、関西学生学年別選手権の記録(関西学連サイトで)にも目を通せませんでした。この大会、取材中に何人かの選手の口から聞いたことのある大会でして、ちょっと興味を持っていました。同じ関西の学年別大会である近畿高校学年別(でしたっけ?)では、よく好記録が出ていますし。阪田直子選手の3000m高校新は記憶に新しいところ……といっても、もう4年前ですか。
 今日、3日目と4日目の結果にも目を通しました(決勝だけ、かなりザッとですが)。フリーになってから高校生・大学生の取材機会が少なくなって、レベルの判断力が多少鈍っている寺田ですが、関西学生学年別の記録はちょっと期待はずれ。男子中距離はそれなりのレベルにありましたし、2種目を制した選手など来季が期待できそうですが、長距離種目のレベルはひどいですね。主力選手が駅伝などに備えて出ていなかったのでしょうか。フィールドも上位はともかく、7〜8位のレベルがガクッと落ちる種目も多くて、これが日本の陸上界の現状なのだと改めて認識した次第。走幅跳に出ていた大物新人の笠原瑞世選手も……。
 短距離・長距離など選手の集まりやすい種目以外は、中学・高校を含めてレベルが落ちている、それが関西の学生レベルにも影響しているといえるでしょうか。あまり詳しくデータを検証していませんので、間違っていたらご指摘ください。
 それでも、珍しい大学が頑張っているとオッと思います。古賀みどり選手の大阪人科大ってこれまでも強かったの? とか、和歌山大が4×400 mRで3分17秒47ってすごくない? とか。古賀選手は高校時代に13秒6台で走っていますから、今回の13秒97(+2.3)はあれですが、地方国立大(ですよね?)の和歌山大の3分17秒47というのは、かなり評価できるんじゃないでしょうか。地方国立大が強くなるパターンとしては、岩手大・清水先生や福島大・川本先生、三重大・杉田先生など、情熱と手腕のある指導者がいるケースが1つ。もう1つは、その大学のある県が陸上競技が盛んで、通常の試験で合格した学生の中に、そこそこのレベルの選手が何人かいるケース。静岡大などがそれに該当すると思います(とか書いて、静岡大に熱心な指導者の方がいたらまずいですよね。国体で静岡県関係者に聞いてみましょう)。和歌山大って、どうなんでしょう、E本編集者?
 当初の予定では今日、袋井に帰るはずでしたが、結局、仕事が終わらず帰れませんでした。明日の早朝に出発して、直接エコパ入りします。そういえば昨日、パルコの横を通りましたっけ。ヤバっ。


■10月24日(金)
 昨晩は遅くまで仕事。起きたのはギリギリ午前中でした。その後の行動は伏せさせていただきます。今日は2行日記……にしようかと思いましたが、昨日のクリール12月号(ベースボール・マガジン社)紹介の補足、というか追加です。
「不定期シリーズ・私が走る理由」というコーナーがあって、そこで取り上げられているのが田中千洋選手。北海道マラソンで優勝したばかりですし、胸にトンボのマークの名門、兵庫県の小野高校出身(OBに尾縣貢先生、大山圭吾選手、O原A也記者ATSUYAなメール)ということでご存じの方も多いと思います。経産婦ランナー日本最高記録保持者でもあります(成績などはおおいけアスリーツ(田中千洋)のサイトで)。
 これまで、彼女の記事は北海道マラソンや名古屋国際女子マラソンなどの前後で、何回か目にしてきたことはありましたが、今回のクリールの記事ほどまとまったものは初めて読みました(市民マラソン雑誌などでは特集されていたのでしょうけど)。選手が置かれている立場はそれぞれですが、頭角を現す選手というのはやはり、どのような状況でも頑張ったから結果が出ているのだなと、改めて感じました。超平凡な感想を書いているように思われるでしょうが、それなりに多くの事例を見てきている中で最近また、認識を新たにした部分なのです。なんとなく殻を破れないでいる選手、記録が伸び悩んでいる選手はもう一度、置かれている環境の中で本当にベストを尽くしているのか、自分を見直してもいいのではないかと最近感じていたところだったので、なるほどと思いながら読ませてもらいました。
 記事を書いたのは宮田有理子(“さん”と付けるべきか、付けざるべきか)。かつて陸マガ編集部で同僚だった女性ライターです。ボクシング・マガジン編集部を経て、今年フリーになりました。関西を拠点に活動するようです。
 唐突ですが、ライターという肩書きが我々の実体を正確に表しているのかなと、ふと思いました。ここで書くと他のライターの方々も同意見ととられてしまうかもしれないので、機会を改めます。ほとぼりの冷めた頃(○○事件なら30年後?)に書く予定です。


■10月23日(木)
 今日は一日、自宅兼事務所でひた原。そこそこ長めの原稿が1本は終わりましたが、なんとか今日中にもう1本。今週はもう3本締め切りがあります。その他、細々と仕事も多くありまして、頑張らないと袋井(国体開催地)に帰れません。何回か紹介してきたように、袋井は寺田の出身地。エコパ・スタジアムから実家までは、5kmあるかないかの距離なのです。
 ところで、今回の国体は、かなりの選手が民泊になります。この話を聞いたときは正直、えっ? と思いました。確かに、袋井にはそれほど多くの宿泊施設はありません(サッカー・ワールドカップ代表が合宿していた葛城北の丸などはありますけど、あれは超高級施設でして)。でも、両隣の掛川と磐田、さらには浜松に泊まっても、まったく問題ない距離なのです。新幹線を使えば、静岡や豊橋から通うことだってできるはず。JRの愛野駅から歩ける場所なんですから。最近のバカ遠い郊外のスタジアムより、よっぽど便利なんですけど。
 まあ、これは今さら言っても始まりません。兄のところでも2人、選手を受け入れるのだそうです。民泊よりも、できればホテルや旅館がいいに決まっていますが、受け入れ側の各家庭でも、主婦の方たちがスポーツ選手用の食事の講習を受けるなど、努力をされていると聞いています。お互いに上手くやって、選手が力を発揮できるといいのですが。
 ところで、昨日発売のクリール12月号(ベースボール・マガジン社)は市民ランナーだけでなく、陸上競技ファンも楽しめるコンテンツが多くありました。表紙と巻頭のインタビューは千葉真子選手。世界選手権の話から始まって、競技半生を振り返ってくれています。インタビュアーは陸マガでもお馴染みのライター野口順子さん。続いて、野口みずき選手のコーチである広瀬永和氏の手記。第2回目の今回はサンモリッツ合宿を振り返ってくれています。野口純正氏による男子マラソン世界最高記録の分析もあります。もう1人くらい“野口”がいないかと思って探していたら、64ページに野口勝宏さんという方の写真とコメントが載っていました。袖ヶ浦JC(千葉)の所属ということは、プリンス近藤記者の地元。偶然ですねえ。
 ちなみに、そのページは「30日で速くなる! レース1カ月前の過ごし方」という特集の1つで、市民ランナーからトップランナーまで、色んな人のコメント&顔写真が載っています。トップランナーでは岩水嘉孝選手と清水将也選手も、コメントを寄せてくれていますね。ちょっと昔の箱根駅伝ファンに懐かしい大関篤史選手(早大→平塚市役所)も。
 ところで、手記を書かれた広瀬コーチには寺田も何回かお世話になっていまして、パリではレース翌日にこんな写真も撮らせていただいています。が、この3人(野口選手、藤田信之監督、広瀬コーチ)のスリーショットの最高傑作は、初マラソンの02年名古屋後に、某誌に掲載された昆明合宿中のオフタイムのワンカット。あれはたぶん、西遊記の三蔵法師一行の衣装を着たのだと思いますが、あそこまではまってしまう3人って……他には考えられません。本当に傑作でした。覚えてらっしゃる方もいるのでは?
 千葉選手インタビューと広瀬コーチ手記の2つは世界選手権関連の企画ですが、それとは別に、エスビー食品・瀬古利彦監督と、大産大・中山竹通監督の連載が、この雑誌の陸上ファン向けの“売り”でしょうか。瀬古監督の方は正確に言うと連載ではなく、前述の「30日で速くなる! レース1カ月前の過ごし方」の1つです。瀬古監督が現役時代の調整法をかなり細かく紹介してくれています。特集の1つではありますが、瀬古監督のインタビューは今回で3回連続。その都度、雑誌の特集のテーマで話をしてくれているわけですが、寺田がこれまで読んだ瀬古監督のインタビューの中では一番細かく、練習方法や練習に対する考え方を語ってくれています。
 もう1つの中山監督の連載「強く優しきマラソンランナー 真実の中山竹通物語」は、今回が最終回。毎回、鋭い中山理論と、今回のようなアッと驚くネタ(彼女にふられた話)を披露してくれていました。最終回を記念して、中山監督へのメッセージを募集しています。送り主の顔写真付きで掲載してくれるそうですので、我はと思う方は応募してみたらいかがでしょうか。
 うーん、日記というより、クリールの宣伝みたいになってしまいました。でも、ホント、面白いですよ。


■10月22日(水)
 色々とあった一日でした。順番に紹介しましょう。
 午前中はメールのリプライ後、電話取材を1本。午後から出かけましたが、最寄り駅で知り合いの方から電話が入りました。敷島スプリントCの記事で間違いがあることを指摘してくれたのです。日本選手権リレー男子4×100 mRの早大を、8連勝と書いてしまいましたが正しくは7連勝です。本当に申し訳ありません。
 なんでこのような大間違いを犯してしまったのか。ちゃんと、プログラム記載の歴代優勝チームをチェックしたんですよ。わかりやすく説明するため、プログラムを転記しましょう。というか、転記すれば理由は一目瞭然です。

回数 年度 記録 氏  名 所属
81 9 39"47 (鍛冶・馬塚・田村・高橋) 早  大
82 10 39"47 (小島・馬塚・高橋・中川) 早  大
83 11 39"25 (佐藤・小島・田村・中川) 早  大
84 12 39"43 (佐藤・中川・田村・小島) 早  大
    予39"19○ (佐藤・中川・田村・小島) 早  大
85 13 39"44 (穴井・小島・中川・北村) 早  大
86 14 39"31 (安川・北村・大前・穴井) 早  大

 こんな感じで記載されていたわけです。それで、寺田のバカは所属欄の早大の文字を、「1、2、3、4、5、6、7。今回で8連勝」と数えてしまったわけです。13日の日記で1レーンを空ける場合のプログラム表記の仕方に注文を付けた寺田ですが、今回は完全に自分のミス。どこから、どうみてもプログラム記載に落ち度はありません。見る側がしっかり開催大会をチェックするのが当たり前ですし(それも、記事を書く立場です)、予選で出た大会新を記載するのは本来、とてもわかりやすくていいことです。自分の馬鹿さ加減に腹が立ち、思わず線路に身投げしようと思ったくらい。思っただけですけど。
 気を取り直して、都内某所で打ち合わせ。打ち合わせ相手の1人はつい最近まで、某社陸上部の選手だった人物S氏(今も現役です)。噂通りの切れ者でした。切れ者と書くと若干冷たい感じが出てしまいますが、雰囲気は明るくてソフト。でも、頭の回転が速いし、話す内容は鋭いし。しかも、超一流のつく企業戦士。寺田とは正反対です。
 その打ち合わせを受けて、引き続いて内部の(社内的な)打ち合わせ。某社からの依頼で、ある取材をするのです。2つめの打ち合わせをしたのが、あるビルの地下のカフェ、というか喫茶店でしたね。15:30頃にそれが終わりまして、そのビルの地下から地下鉄の駅へ行くことができたのが失敗でした。喫茶店に傘を忘れてしまいました。飯田橋の駅で気づきましたが、時間が押していたので取りにもどることはできません。幸い、雨も小降りになっていましたし。
 ちょっとだけ雨に濡れながらベースボール・マガジン社のクリール編集部に。今日発売の12月号と、バックナンバーのコピーをもらいました。今晩、これから書く原稿の資料とするためです。
 続いて都内某所に移動して、今日3つめの打ち合わせ。ちょっとしゃべりすぎた気もしないではありませんが、自分の考えを整理することもできましたし、有意義な打ち合わせでした。ただ、最初の打ち合わせで会ったS氏がポイントを鋭く話したのに対し、寺田の場合は、知っていることをダラダラと話しただけ。その辺に差を感じた雨の都心打ち合わせ3連戦でした。
 その後、とある女性の方と食事。この人がまた、すごい方なのです。読売新聞のプリンス近藤記者と毎日新聞・ISHIRO記者といえば、見識の高さと鋭い質問ぶり、そしてハイレベルの記事を書くことで、一目も二目も置かれている存在。その2人に彼らが学生の頃から仕事で接していて、「近藤君、石井君」と呼べてしまうのが、今日ご一緒した女性の方です。ある大物指導者の知られざる一面なども話していただきましたし、寺田の知らない家庭の雰囲気というか、家族の機微といった部分も教えていただき、これもまた有意義なひとときを過ごすことができました。


■10月21日(火)
 昨晩は電話の本数がすごかったです。19:30を過ぎてから22:20までに9本。そのうち6本がかかってきた電話でした。為末選手関係が多かったと推測される方が多いと思いますが、その関係は3本だけです。本当になんで昨晩に集中したのでしょう。東西南北、色んな場所からかかってきました。南は外国でしたし、北は外国から帰国して間もない人でした。日本在住の外国人からも1本(日本語です)。
 ロンドン・マラソン通訳の方からもメールをいただきました。16日の日記に
チラホラって具体的に、いくつからいくつまでを言うのでしょう? ロンドン・マラソンで知り合った通訳の人に、どう訳すか聞いておきましょう、今度。
 と書いたことへの回答です。
「ちらほら」を英訳すると、here and thereとも言えるようですが、個人的には「ちらほら(人の人数的に)聞こえてくる」などという場合には、Some (もしくは Few) people
 だそうです。わざわざのメール、ありがとうございました。
 さて、昨晩は明け方までかかって原稿を1本、めどを付けられたかなというころまで進めました。今日も15時までに1本、原稿を書き上げ、2時間ほど掃除などの家事をやって、17時から腰痛の治療。ストレッチポールが効いているのか、少し良くなっていると思います。治療から帰宅後、昨日、今日で書いた2本の原稿を提出できるところまで仕上げ、夕食を久しぶりに民芸(和食のファミレスっぽい店)で食べて、敷島スプリントCをアップして、これからもう1本、ちょっと長めの原稿に取りかかろうか、というところ。
 実は昨晩、ちょっと考えなければいけないこともあり、原稿の進行に支障が出ました。最後に仕事以外の電話があって気分転換ができたので、その後は筆も少し進んだのですが。今週の土曜日から国体に出張しますが、それまでに締め切りが6本(そのうち2本は終わったわけですが)、電話取材が1つ、通常の取材が1つ、打ち合わせが3つ。個々に見るとそれほどプレッシャーのかかる仕事ではありませんが、この期限の内にすべてこなすとなると、ちょっとやっかい。アッガイは海戦用ですが、とにかくドムドム原稿を書きましょう。


■10月20日(月)
 今日はハニカット陽子選手の結婚1周年。どうやら、バリバリ練習しているようです。
 バリバリといえば、寺田のパリパリッの筋肉痛はほぼ収まりました。17日の日記で
この擬音は野口みずき選手が世界選手権のレース翌日、筋肉痛のことをこう表現しました(証拠もあります)。
 と書きましたが、証拠を出すのを忘れていました。これです。レース翌日の取材の際に、陸マガ掲載用に色紙にサインをもらいました。2枚も書いていただきまして、ノーマルバージョンは陸マガ10月号のカラー頁に掲載済み。ユーモアバージョンがこれだったのです。このような場所で申し訳ないのですが、遅ればせながら紹介させていただきます。
 午前中はT監督とT監督(別人)に連絡を取ろうとしましたが、なかなか取れません。しかし、先ほど(14時ころに相前後して)無事に取れました。
 昨晩掲載した実業団・学生対抗成績一覧の開催日が「平成13年6月24日」となっていて、昨晩のうちに知り合いから指摘を受けました。今朝、大会関係者からも、わざわざお電話をいただきました。各種目の左側の欄には全て、「10/19」と記載されていますので、2年前の試合と取る方はいないと思いますが、念のため注意願います。
 電話をもらって気づいたのですが、昨日の日記は主催者サイドからすると耳の痛い話だったかもしれません(電話をくれた方から、その件について抗議を受けたわけではないのですが)。実学が始まった当時(今年が43回大会)と現在では、陸上界を取り巻く状況が違いますので、存在意義を問う意見もあります。ただ、寺田がこの大会を好きなことは確か。嫌いな大会って、ないような気がしますけど(取材が大変な大会はありますけど)。
 箱根駅伝予選会についても、なんやかやと書きましたが、学生駅伝関連の取材も好きです。専門誌などでも、その功罪が書かれている箱根駅伝ですが、実際の取材は楽しいというか、他の大会となんら変わることなく、“面白いレースだった。いい話が聞けた”と充実感を覚えることが多いですね。
 ただ、よく指摘されていることですが、高校の有力選手があれだけ圧倒的に関東の大学に進んでいるのに、1万mの27分台ランナーの顔ぶれを見ると、関東の大学出身選手の比率が明らかに落ちます。世間の過熱ぶりと関わるところなのか、そうでないのか。いずれにせよ、問題意識は持って取材には臨んでいきます。
 実際、予選会終了後、予選を通過したある大学の監督とその部分の話をすることができました。指導現場の実際的な話を聞けたので、とてもよかったです。この冬、このサイトではないかもしれませんが、機会があれば“ある意見(見解?)”を出していくと思います。


■10月19日(日)
 13時から平塚(神奈川県)で実業団・学生対抗の取材。
 福島大・川本和久先生に久しぶりにお会いしました。先週の群馬リレーカーニバル&日本選手権リレーでなぜか、お会いしなかったのです。ということで、「昨日の箱根駅伝予選会、福島大はどうでした?」と、軽いジャブ。これは以前、川本先生が「箱根駅伝の大会名に関東大学と付けてくれないと、全国大会と思っている人が多くて“いつ出場するのか”と質問されて困る」、と日記に書かれていたことを受けたジョークです。
 そういえば昨日も、プレスルームでテレビ取材中、日体大OBの知り合いにテレビを指さしながら「日体大、頑張ってるね」と若干失礼なジョーク。頭を殴られましたっけ。でも、日体大が苦労していた時期を知っていればこそ、「今回は出ていなくてよかったね」という意味を込めたジョーク。その辺を、理解してくれている相手だからこそ言えたのです。
 今日の実学、昨日の箱根駅伝予選会に比べると、観客が少なかったですねえ。テレビの実況の、初田啓介アナの声が、グラウンドまで聞こえてきます。断っておきますが、例の絶叫調の声でも何でもないのです。集客の努力って、なにかしたのでしょうか。でも、聞くところによると、出場選手がなかなか決まらなかったとか。そうなると、この大会は、一般へアピールするのはあきらめざるを得ません。陸上の好きな人だけが楽しむ大会、という位置づけしかできないでしょう。それでも、箱根駅伝予選会と違って交通の便のいい平塚でやっているのですから、陸上好きのファンをもう少し、動員できてもよかったと思います。選手がスタンドに拍手を求めても、あの反応ではねえ。
 案の定、あまり好記録は出ませんでした。実業団と学生の対抗戦ですが、そこに熱を入れている選手も、いたようには感じられませんし。取材中に連絡の入った孫英傑選手のマラソン・アジア最高の方が、気になった記者も多かったと思います。
 コメントを取材したのは石川和義、坂上香織、内藤真人、木田真有の4選手だけ。記事は、なしですかね。もしかしたら、全体的なものを書くかもしれません。他に、指導者の方から色々と情報はいただきましたが。川本先生からは先週の日本選手権リレーに関する取材。核心部分は企業秘密でしたが、このサイトに記事を書くと思います。
 そうそう、男女の4×800 mRがありました。大きな大会で行われるのは初めてでしょうか。この種目、フィニッシュタイムだけ見ても、どのくらいのレベル、どのくらいの意味があるのかピンとこないと思います。1人1人のスプリットタイムを紹介しないと面白くないですよね。もちろん、計測してあります。


■10月18日(土)
 昨晩は1時過ぎにファミレスで原稿書きは終えたのですが、帰宅して取材の準備で4時までかかってしまいました。断るまでもなく、朝の4時。やっていて、「箱根駅伝の予選会にここまで手間暇かけていいの?」と自問自答していました(今書いていて気づいたんですが、自画自賛と自問自答って、そこはかとなく対極の意味合いのような気がしてきました)。まあ、箱根駅伝予選会だけでなく、全日本大学駅伝やその後の学生駅伝全体の予習と考えれば、無駄にはならないだろう、と無理矢理自分を納得させ、1時間睡眠で出発……のつもりが、ほとんど眠れませんでした。予選会のプレッシャーでしょうか。
 5:15に起床。なんで芦ノ湖なんかでやるんや! と怒りの声を挙げつつも、のこのこ取材に行く寺田です。6時に自宅を出て小田原まで小田急で。7:30に小田原到着。駅で偶然にも知り合いの方と会い、タクシーで芦ノ湖湖尻まで。小田原駅からバスだと60分かかるそうです。タクシーでも45分はかかったでしょうか。昨年までは本当に大勢のファンが立川の昭和記念公園でレースを見られましたが、今回はさすがに、手軽に見に行ける場所ではありません。しかも、前回までは周回コースで選手を見る回数も多かったのに、今回見られるのは実質、スタート&フィニッシュの2カ所だけ。ファンの気持ちなんて考えていないのでしょう。関係者からは不評の声ばかり聞こえてくる今回の芦ノ湖開催ですが、ファンにとっても迷惑な開催地変更です。
 はっきり言って、昨年の出場校増加も、予選会の異常な人気(と実際の過熱ぶり)を落とそう、という意図があったと思われます(選手の負担を減らす意味もあったでしょう)。“予選会ごときでそんなに騒いでほしくない”と、良識のあるところを見せたのではないかと。正直申し上げて、そんなことを意図するよりも、予選会観戦者に関東インカレの面白さをアピールする方法を考えた方がいいでしょう。アピールの仕方は、いくらでもあります。
 でも、三大湖畔大会(浜名湖一周駅伝・びわ湖マラソン・ローザンヌGP)を指定するなど、寺田の湖畔好きは隠しようもありません。「今度、プライベートで来たいなあ」と思ったりして、まさに箱根観光協会の思うつぼ。まあ、そのくらいは書かないと、可愛くありませんしね。
 取材を終えて小田原駅に戻ったのが14:30頃。芦ノ湖からある家族とご一緒させていただきました。父親の大変さとやりがい、を感じたような気がします。こんなタイプの父親もいいな、と思いました。具体的に何があったのかは、プライベートなことなのでヒミツのアッコちゃんは可愛いとは思いませんが。
 16時前には小田急多摩線への乗換駅である新百合ヶ丘着。あまりに体調がきつかったので、デパートのトイレ前のベンチで休んでいました。ちょっと人通りの少ない場所というか、人目に付かない場所でして、その割には5つくらい3人がけのベンチがありまして、それで……要するに2時間ほど眠ってしまいました。
 起きてこのサイト用の記事を書いてアップ。


■10月17日(金)
 若干、寝過ごしましたが、午前中からバリバリ仕事。体は若干パリパリッ。この擬音は野口みずき選手が世界選手権のレース翌日、筋肉痛のことをこう表現しました(証拠もあります)。なんで寺田が筋肉痛か。オフだった一昨日の夜から、昨日にかけて、何かあったのでしょうか。記憶がない、なんて言い訳はしませんが、もしかすると内緒の活動をしていたのかも(鴨池……じゃなくて、実は寺田はスパイだったとか)。
 そういえば12日の日記で007を英国諜報部員と書きましたが、正しくは英国情報部員ですね。失礼しました。まあ、似たようなものですけど、諜報部員と書くと若干、スパイというイメージが出てしまうので、やはり情報部員と書かないといけません。学生時代までは“スパイ=カッコイイ”というイメージでしたが、実社会ではスパイというとマイナスイメージなんですね。自分のことをスパイと冗談で書くのはいいのですが、他人を同じようには書けません。前にも書きましたが、冗談が通じない人もいるかもしれないので、気をつけないと。当人ということではなくて、その人の周辺にいるとやっかいなのです。
 007に関してもう1つ。正式記録と0.07秒以内の差でストップウォッチを止めるO村ライターが007なら、0.02秒以内の差で止める寺田がゴールドフィンガーなのでは、という指摘を受けました。なるほど。ストップウォッチを正確に止める指先の技術ですからね。それに、見るからにO村ライターの方がモテモテの主人公で、寺田はその敵役です。実際、寺田が専門誌の仕事をする場合はライバル同士。カコミ取材の時に足を踏んづけたり、ひじで小突いたりは当たり前。そのくらい熾烈なバトルを、心の中では繰り広げています。実社会は厳しいのです。
 明日は箱根駅伝予選会の取材。5時起床で6時出発(今、1時かよ)。前泊する予算が寺田にはありません。現実は厳しいですね。


■10月16日(木)
 昨晩の23:00から今日の15:30頃まで、期せずしてオフ。要するに、なんとなくダラダラしてしまったというか、何も仕事をしなかったということです。携帯電話も、無くしてしまっていましたし(ハクションです)。16時間半も仕事をしなかったのですから、ほぼ1日オフだったと言っていいでしょう。昨年8月以降、「今日は休み」と言って休んだ日は1日もありませんが(別に宣言しなくてもいいのですが)、こんな感じで何時間かオフにしたこと(なってしまったこと)は何回かあります。それが、倒れないコツかもね。鹿児島の競技場は鴨池ね。そういえば、鴨池はまだ行ったことありません。
 でも、夕方のISHIRO記者からの電話をきっかけに、仕事モードに復帰。仕事の話とは別にISHIRO!の掲示板に寺田が書き込んだ句に「季語がないですよ」との指摘。一昨日の日記でもちょっと紹介しましたが、陸マガ読者Tと名乗って、以下のように書き込みました。
陸マガ11月号の「あすれちっくWEB」コーナーでISHIROさんの写真を見ました。
そこで一句。
ISHIROの 正体見たり 彼イチロー

 この手のパロディの解説はできれば避けたいのですが、
幽霊の 正体見たり 枯れ尾花
 というのが元の句でして、寺田の句では「枯れ」と「彼」を引っかけているわけです。「イチロー」と「彼」から野球シーズンも終盤で、秋も深まってきたな、というのが読みとれる人には読みとれる……はずでしたが、読みとれる人が少なかったようなので、仕方なく解説した次第。でも、そこまでわからずとも面白かった、という賛辞もチラホラいただきました。チラホラって具体的に、いくつからいくつまでを言うのでしょう? ロンドン・マラソンで知り合った通訳の人に、どう訳すか聞いておきましょう、今度。
 解説ついでに昨日の日記に書いた略号は、フジテレビ・近藤Pの“P”はプロデューサー、読売新聞・P近藤の“P”はプリンスです。ある女性から、「近藤さんの写真が小さくてわかりづらい」というメールをいただきました(これもハクション)。クリックすると拡大表示します、とリプライしておきました。ただし、「結婚されているのですか」というような、プライベートなことは答えられませんので悪しからず。


■10月15日(水)
 今日は17時から高田馬場で取材。その後はまた、都内某所の知り合いの事務所でひたすら原稿書き。
 ISHIRO!の掲示板で思い出しましたが、昨日、ISHIROとT大学で同期だった陸マガ高橋次長から電話がありました。用件とは別に「昨日、出雲のゴールでテレビに映っていたよ、というメールが何通来た?」と質問したら、1通も来なかったとのこと。まあ、この業界ではテレビの片隅へのちょい映りは珍しいことではないのです。昨日は日刊スポーツ・牧野記者も映っていましたし、フジテレビ・近藤Pも珍しく映っていましたね。友人や家族など周囲も慣れっこになっているのでしょう。
 しかし、世界選手権取材から帰国したしばらく後、どなたかに「室伏コーチに近藤さんと取材しているところが、テレビに映っていましたよ」と言われました(この近藤さんは読売新聞のP近藤記者)。このシーンは以前にも書いた記憶がありますが、ドゴール空港で室伏選手他の到着を取材したときのこと。室伏コーチがケガのことを最初に明かしたまさにそのときで、「寺田さん、“えっ?”って、のけぞってましたよね」とP近藤記者に後で言われたシーンです。
 実は寺田もその場で、TBSの方にその映像を見せてもらっていたのですが、小さなモニターですし、画面からは自分が大きくのけぞっているとはわかりませんでした。でも、近くにいたP近藤記者が言うのですから、間違いはないのでしょう。自分でも、かなり驚いた自覚はありますし、言われてみればちょっと“ビクッ”と体が反応したように思います。
 同じことが、男子200 m準決勝でもあったようです。末續選手が確か帰国後のテレビ出演中だったかと思いますが「カペル選手が自分がすぐ近くにいるのを確認して、こんな風にのけぞっていましたから」と、話していました。ところが、ビデオを見ると、確かにカペル選手が右後方の末續選手を見て、“オッ”という素振りをしていますが、末續選手の言うようなのけぞり方ではありません。
 つまり、ドゴール空港のP近藤記者が200 m準決勝の末續選手であり、寺田がカペル選手だった、と言えます。カペル選手の反応は通常の走りにはないリアクションだったわけで、一緒に走っていた末續選手には実際よりも大きな動作と受け取れてしまったわけです。同じように、室伏コーチを取材中の寺田のリアクションは、通常の取材活動中には見られない動きで、P近藤記者が実際よりもオーバーに描写してしまったのでしょう。
 まあ、よくある話ではありますが、P近藤記者の話(写真)を出すと喜んでくれる読者が多いので。


■10月14日(火)
 14時から岸記念体育館で取材。その後は都内の知り合いの事務所で、ひたすら原稿書き。ちょっとややこしい原稿2本を書き上げました。慣れないといっていい類の原稿だったので、明日あたり読み直して、手直しする作業が必要です。
 今日は晴天の陸マガ発売日。「パリからアテネへ」企画のうち、後半の大部分を担当させていただきました。ほとんどが全日本実業団(9月27・28日:岡山)前後の取材だったと思います。油谷繁選手の取材は25・26日に広島で。この日記に「途中、天満屋とUFJ銀行が通りを挟んで向かい合っていました。午後には、Office24とスズキの販売店も見かけました。」と書いたら、全日本実業団で久しぶりにお会いした中国新聞・渡辺デスクから「あれは広島やろ」。ものの見事に看破されていました。Office24というところで、確信されたそうです。どこにでもある西日本の都市という雰囲気で書いたつもりだったのですが。さすが、ニュータイプのデスクと呼ばれている渡辺デスクです(専門誌にも何度も記事を書かれている人です)。
「アテネのリベンジャー」企画7人は、あちこち取材に行っている成果というか、色んな所で拾っているネタが生かせてよかったです。任せてくれた編集部に感謝したいと思います。改めて取材をし直したのは為末大選手と、沢野大地選手の2人だけ(二大アスリート)。まあ、全日本実業団取材中にも、それなりにこの企画を意識した取材をしていたわけですが。全日本実業団は陸マガではこの取材がメインで、試合の記事はちょっとしか書いていません。
 ちなみに9月29日の日記に書いた、編集部から電話取材をしたのが為末選手(重大な情報とか日記に書いてありますが、ヒントはこの日記のどこかと陸マガ記事にあります)。10月1日の日記で書いた都内某所での取材が沢野選手。腰痛対策に購入したのはストレッチポールです。テレビを見ながら背中と腰のストレッチを、飽きずにやっている安芸から帰った秋の寺田です。
 でも、今日は朝まで仕事。実は、いくつもの仕事が重なってかなり猫の手状態。深夜、睡魔を退散させるため、久しぶりにISHIRO!の掲示板に書き込みをしました。陸マガ11月号の「あすれちっくWEB」コーナーで紹介されていたのがISHIRO!だったので、そのことに関して一言……じゃなくて一句書き込み。陸上競技関連掲示板史上に残る名句だったと思います。


■10月13日(月)
 今日は出かける予定もありましたが、体調が芳しくありません。昨日の群馬リレーカーニバルで、取材を頑張り過ぎたせいでしょうか。一般紙誌的な話題は少なかったのですが、寺田的にはネタがゴロゴロあったのです。短距離ネタを5回に分けて記事にする、なんて無謀なことを書いてしまいましたし、その他にも「敷島スローワーズ@A」「敷島デカスロン」という記事を書くネタもあります(書くとは言ってませんよ)。
 ということで、天気も悪かったし、原稿やら細かい仕事やらもたまっているので、今日は在宅勤務にしました。午後は出雲全日本大学選抜駅伝をテレビ観戦。今後のことも考えて、ちゃんとメモを取りながらテレビを見ます。観戦と言うよりテレビ取材に近いですね。
 ところで昨日の日記で、群馬リレーカーニバルの取材中にレーンを間違えたことを書きました。それとは関係ありませんが、プログラムの表記の仕方でお願いがあります。最近多くなっている9レーンのトラックで1レーンを空けて競技を行うのは常識ですが(中・長距離種目で傷むのが早い)、その場合、プログラムには1レーンを空けていることを明示してほしいのです。
レーン ナンバー 選手名 所属 順・記録
2 123 伊東浩司 富士通 _・___
3 234 朝原宣治 大阪ガス _・___
4 345 末續慎吾 ミズノ _・___
5 456 川畑伸吾 法大 _・___
6 567 田島宣弘 日体大 _・___
7 678 窪田 慎 ゼンリン _・___
8 789 井上悟 日大 _・___
9 890 小島茂之 早大 _・___
 こういった表記だとどうしても、内側の選手から「1レーン、2レーン、3レーン……」と数えてしまいます。
レーン ナンバー 選手名 所属 順・記録
1        
2 123 伊東浩司 富士通 _・___
3 234 朝原宣治 大阪ガス _・___
4 345 末續慎吾 ミズノ _・___
5 456 川畑伸吾 法大 _・___
6 567 田島宣弘 日体大 _・___
7 678 窪田 慎 ゼンリン _・___
8 789 井上悟 日大 _・___
9 890 小島茂之 早大 _・___
 このように表記していただけると、「1レーンは空いているな」と、簡単に気づくことができるのです。すでに、今年取材したどこかの大会では、こういった書き方をしてくれていました。観客の見やすさを考えたら、絶対にすべきことだと思います。前年のプログラムを踏襲するだけではダメですよ。東秀は豚キムチ丼と餃子がお勧めですが…と、ニンニク臭さで説教臭さを打ち消しているわけです。


■10月12日(日)
 上州の大地に紅白の稲妻が走りました。成田高が男子4×400 mRで3分08秒32ですよ。
 その前に上州の大失敗の話から。朝、昨晩下調べをしておいた前橋駅前からのバスに乗ろうとしたのですが、8:40のバスは同じ総合スポーツセンター行きでも、8:30のバスと経由地が違っていたのです。総合スポーツセンター行きなら問題ないと思っていたら、敷島の陸上競技場は総合スポーツセンターではない! これはめちゃくちゃな盲点でしょう。普通、総合スポーツセンターと聞いたら、その中に陸上競技場も含まれると思いますよね。敷島の陸上競技場は別の場所だったのです。見事にしてやられました。
 ということで泣く泣く、タクシーで競技場に。でも、1520円と、傷口は最小限にすむ距離でした。何回も書いてきましたけど、やたら郊外にある最近の大きなスタジアムよりも、駅から近いこぢんまりした競技場の方が好きです。敷島はちゃんと、大型の電光ビジョンもありますしね。
 でも、またまた失敗。女子4×400 mRの予選で福島大のラップを測ろうとしたのですが、1つレーンを間違えてしまい、1・2走のタイム計測を失敗。その原因は、敷島のレーンが9レーンまであったこと。外側から「8・7・6・5レーン」と数えてしまったんです……と、他人のせいにしてはいけません。しっかり確認しなかった自分が悪い。9レーンあるのは最近できた競技場、と決めつけた自分が不見識でした。改装すれば、昔の競技場でも9レーンにできるのは当たり前です(ファストトラックに改装すれば、快走が増えるのは当たり前?)。
 という失敗を早めにしたおかげで、次の種目の男子4×400 mR準決勝以降はしっかりと計測できました。成田高は前日の予選で3分10秒台を出していたと聞いたので(それも、鈴木哲平選手が接触でかなりのタイムロスをしたとのこと)、準決勝は注目していました。寺田の計測したフィニッシュタイムは、正式計時と0.01秒差の3分08秒31……なんて自慢話はこの際どうでもよくて、久しぶりに目の前で見たマイルの高校新です。この感動を伝えるにはやはり、新記録のタイマーを選手と一緒に写真に撮ることが一番。準決勝ということで躊躇しましたが、これまでの経験から、決勝でこの記録を上回るのは厳しいと判断しました。
 ということで、陸マガT野カメラマンとともに主催者サイドにお願いに行きました。すぐに管轄する部署に連絡をしてくれて、タイマーに高校新の数字が出て、撮影に成功(そのときの写真1写真2)。決勝ではありませんでしたが、幸いにも2組あったうちの最終組だったのがラッキーでした。即座に対応してくれた群馬陸協の対応がよかったと思いますし、心から感謝申し上げます。競技の進行に支障が出るから、という理由で許可してくれない可能性もありましたから。
 実際、別の審判から寺田とT野カメラマンは撮影終了後に注意を受けました。もちろん素直に謝りましたが、これは、寺田が注意されてすむことなら、いくらでも注意されましょう!! 高校新のタイマーが撮れるのとそうでないのでは、選手の喜びも違うと思いますし、成田高の先輩の沢野大地選手も喜んでくれるはず(タイマーは偶然にも……)。何より、世間へのアピール度が違います。大げさに言えば、陸上競技の普及・発展にもつながります。次の種目の選手を待たせてしまったら、本当に申し訳ないと思いますが、その辺は次の種目の重要度との兼ね合いで、運営側が判断していただければと思います。ただ、世間・社会の理解があって初めて、陸上競技ができるということを、陸上競技にどっぷりつかっている人間は再認識すべきだと感じています。
 珍しく真面目な話題ですね。きっと4年に一度くらいでしょう。
 ということで、現場の興奮を1秒でも早く報じようと、午前中にはもう、上記の経緯で撮影した写真をサイトにアップ。最近は競技中に原稿を書くのも苦手となっている寺田にしては、珍しいことかも。それもこれも全て、高校新の興奮のなせる業でしょう。
 それにしても、今日の寺田計時はまずまずの好調さ。ドンピシャこそなかったものの、測った全てで正式計時と0.02秒以内の差でした。聞くところによると、某誌O村ライターも今日は好調だったようです。だいたい0.07秒以内の差で止めたとのこと。0.07――英国諜報部員みたいですね。これからは、O村ライターのことをゴールドフィンガーとでも呼びましょう(ゴールドフィンガーは敵役か?)。


■10月11日(土)
 昨日は都内某所で打ち合わせの後、陸マガ編集部へ。11月号の配本日です。表紙は世界選手権銅メダル・コンビ。MTC世界陸上感謝の夕べのときの写真です。ちなみに、撮影したのはN野カメラマン。最近は八王子辺りに出没しているとのこと(陸上競技以外の仕事)。
 朝の4時まで仕事をしても原稿が書き終わらず、今朝も9時半から頑張って、昼過ぎになんとか仕上げました。群馬リレーカーニバルの初日(今日)は、残念ながら行けませんでした。
 22時半頃に前橋駅着。明日の交通手段であるバスの時間をチェック。総合スポーツセンター行きは8:30と8:40にあります。ホテルにチェックインしてコンビニで買い出し。夕食と明日の朝食、それと万が一明日の昼食が出なかったとき用の簡単な食料も。
 先般来話題にしている“神様”と“God”の日英差に関して、次のようなメールをいただきました。
 18年前のタイガースの優勝時、「神様、仏様、バース様」と言われたものですが、その言葉をバース本人に、「ゴッド、ブッダ、バース」と訳して伝えたところ、バースの表情がちょっと、驚いたように見えたのを思い出しました。
デイブ・スペクター氏が、
「日本人が言う“神様”というのは、英語で言うとgodよりもkingの方に近いね。」
と語っていたのを読んだ記憶がありますが、これはなかなかいいところをついていると思います。
それと、サッカー界で、
「ブラジルには黒い神様(ペレ)と白い神様(ジーコ)の二人の神様がいる。」
というのは、日本人が考えた言葉でしょうね。

 もしかしたら、スペクター氏の言うようにkingやmasterなどの言葉を、訳すときに神様としてしまった可能性もありますが、和製ニックネームのにおいがプンプンする例です。


■10月10日(金)
 晴天の体育の日……じゃないんですね(かなり浦島太郎ですが、業界人らしいともいえます)。東京オリンピックの開幕記念日という位置づけは、なくなってしまったのか。ふむふむ。
 これから都心で打ち合わせなんですが、午前中配達予定の宅急便が来ません。ただいま12:07。と思っていたら、今、来ました。金髪に染めた外見はヤンキー兄ちゃんでしたが、対応は丁寧。
 アメリカ在住のATFS会員の方からメール。7日の日記で紹介した“○○の神様”という日本語の英語表現について、godlike figureという言い方でいいのではないかと、以下のようなメールをいただきました。
I think you can say:
Mikio Oda is a godlike figure in track and field circle in Japan
and I am sure American/Brits etc. will understand exactly what it means.

 いつも、このような日記にまで情報をいただき、ありがとうございます。


■10月9日(木)
 えーと、天気はまずまずでしょうか(実はよく知らない)。
 世界選手権フォト日記の最終回を掲載していませんでした。申し訳ありません。
 一足先に、野口 きみずの写真を紹介しましょう。女子マラソン翌日の9月1日に撮影した写真です。野口選手と藤田監督、広瀬コーチはとあるホテルで、ミズノ広報・木水さんは選手村で撮影させていただきました。
 昨日、今日とある問題が出てきまして、他の仕事の進み具合がいまひとつ。どころか遅れに遅れています。こういうときこそ、ゆとりが大事。
 明日は都心で打ち合わせが1つ。
 陸マガの配本はいつなんだろう。


■10月8日(水)
 一昨日の日記で、“ファミレスでうるさい子供を睨み付けたが効果がなかった”と紹介しましたが、これは、世界選手権のとある記憶がさせた行動だったように思います。“睨みつける”という部分なのですが、ある選手の影響だったかなと。というのも、女子マラソンのレース後、野口みずき選手が次のように話していたからです。
「○○○の選手に後ろにピッタリ付かれて、脚が何回も当たっていらつきました。後ろに下がったり、振り向いたりして、睨みつけちゃったんです。ちょっとなんですけど、後で仕返しとかされたりしませんかねぇ? 大丈夫でしょうかねぇ?」
 野口選手が睨んでもたぶん、寺田と同じで効果は少なかったと思われます(同じにしていいのか)。それに、実際にきついキャラの選手がこういったコメントをするとあれですけど、野口選手が話すとどこか、微笑ましいものがあるんです。何が言いたいかというと、寺田が子供を睨みつけるのも微笑ましい……かと。信じる信じないは、読者の勝手ですけど。
 さらに、野口選手は、どうやら猫好きのようです。クリール11月号(ベースボール・マガジン社発行のランニング情報マガジン)に掲載されている広瀬コーチの手記から、そう推測できるのですが、この猫好きというのも共通点です。誰と共通かいうと、えーと、寺田となんですが。こんなに銀メダリストと比べちゃっていいのか。
 共通点云々は別にして、今回の野口選手のような微笑ましい場面に出くわせたのは、記者の特権でしょうか。幸せポイントゲットでした。


■10月7日(火)
 今日も早朝起き。書きかけの原稿を10時くらいに仕上げて送信。15時過ぎまでに長めの原稿をもう1本。これは、構成はとっくに頭のなかでできていたので、行数の割には早めにできました。でも、昔のデータなども調べるなどして、時間の割には充実した内容だったような気もしないではありません。
 さらに、18時までにもう1本、短めの原稿を書きました。夜に用事が入っていて、18時からは出かける準備。最後の原稿は完全には仕上げられず、行数オーバーの段階でとりあえず送信。新宿に移動する間に行数調節をして、新宿駅から送信するという離れ業……ってほどでもありませんけど。でも、内容は決していい加減なものではないですよ。
 それにしても、夜に用事が入っていた方が、仕事の効率が上がるような気がします。実は本当は最初の2本は、昨日中に書き終わっているはずの原稿だったのですが。
 夜はロンドン・マラソンの会。顔触れなど詳細は明かせませんが(秘密結社なのです)、昨年のロンドン・マラソン取材後に結成されました。会長はファミレス論争の仇敵・佐々木一郎記者(日刊スポーツ前陸上競技担当)です。今回が3回目の会合。飲んだり食べたりよりも、仕事の話をするのが目的です。その証拠に、次のようなアカデミックな会話がありました。
 ある会話がきっかけに、“捨てる神あれば、拾う神あり”を英語に訳したら、どんな表現になるのだろう、という疑問を寺田が提起しました。“God, who picks up……”などと直訳してもダメです。それは、日本とキリスト教圏では“神”の定義が違うから。キリスト教の知識がある方ならおわかりかと思いますが、日本で神と言ったら神道の“八百万(やおよろず)の神”ですが、キリスト教で“God”と言ったら唯一絶対の神(イスラム教もそのはず。もちろんユダヤ教も)。唯一無二存在という定義ですから、定冠詞のtheがつくことも、不定冠詞のaが付くこともありません。複数形のGodsもない。言ってみれば、固有名詞みたいなもの。
 ギリシャ神話(ローマ神話はその焼き直し…ですか)に出てくるゼウスやアテナ、ポセイドンなどは、日本ではギリシャ神話の神と言っていますが、英語ではGodは付きません、必ず名前を標記するそうです(と、通訳の方が言っていました。女性です)。ギリシャ・ローマ神話は、キリスト教が誕生する以前に形になっていますからね。キリスト教の神は人間からかけ離れた存在ですし、形もありませんが(絵画や彫刻になっているのは神の預言者であるイエスです)、ギリシャ神話の神たちは、形態にしても感情的な部分でも、とっても人間的です(パリモードからアテネモードになりつつあるのかな)。
 ここからが今日の収穫です。
 日本では織田幹雄さんのことを“陸上競技の神様”と尊敬の念を込めて呼んでいますが、それを外国人に紹介するとき、どう英訳したらいいのか、と通訳の方に質問しました。予想通り“God of athletics”では絶対にダメ。日本で初めてオリンピックの金メダルを獲得した“人物”で、八百万の神の文化的伝統のある日本では“陸上競技の神様”と呼ばれていると、解説を加えながら訳すだろう、との答えでした。
 エドウィン・モーゼス(米・前世界記録保持者)が“400 mHの神様”と呼ばれていると日本のメディアでは紹介されていますが、以上のような理由から、かなり嘘くさい、と思っている寺田です。フライングが和製英語であるのと同様に、日本のメディアが命名したニックネームのような雰囲気が、プンプンしています。
 とまあ、珍しくアカデミックなネタですが(ちなみに、佐々木記者が中座しているときに始まった話です)、通訳の女性の方が素敵だったのでつい…。


■10月6日(月)
 昨日はライターズハイ状態で、陸マガ次号の記事が「かなり面白いですよ」などと書き走ってしまいましたが、この一言をもって「寺田は自信家で不遜な奴」と判断するのはやめましょう。図々しいタクシー運転手と論戦をするときは、性格を変えますが(9月28日の日記参照)、本当は、謙虚で控えめな性格なんです。例を1つ挙げましょう。
 昨日はファミレスに長居してバンバン原稿を書きました。長居か万博かといったら万博の方が好きなんですが、要するに、日曜日のファミレスで本当のファミリーが多かったわけです。本当のファミリーとはマフィアのことではなく(広島での“その筋”体験の思い出がまだ…)、家族連れ、つまり子供同伴のお客さんが多かったのですね。で、これが、かなりうるさい。どのくらいうるさいかというと、うるさいを漢字で書くと五月の蠅ですが、十月の子供と書きたくなるくらいにうるさい。これが必殺、読者を煙に巻く法大は八王子。
 すいません。原稿がまだ2本も残っていて(えっ?)、ちょっとハイなのです。まあ、酎ハイみたいなもので、インターハイとは違いますけど。話を戻しましょう。寺田が控えめで謙虚な性格と示す例ですね。
 そのうるさい子供が、寺田がパソコンで懸命に記事を書いている最中に、後ろでキンキン声を張り上げるわけです。隣の客の迷惑を考えずに叫ぶ子供と、パソコンで仕事をして長居する客と、“ファミレスで迷惑な客コンテスト”をやってどちらが上位に来るか、答えは明らかでしょう。にもかかわらず、寺田は何も抗議せず、黙々と仕事にいそしんだのです。
 さすがに、フライドポテトをこっちに投げてきたときには、睨みつけてやりましたけど。元々が人のいい顔なので、効果はまったくなし。おかげで、こちらは原稿の行数をオーバーしてしまい、削る作業で四苦36八苦72。まさに泣き寝入り状態。これでも、「寺田は自信家で不遜な奴」でしょうか。
 これでも信じてもらえないのなら、もう1つ例があります。やはり昨日のファミレスですが、注文したのはなんとかのドリアとほうれん草のソテー。料理が来てさっそく食べようとしたら、タバスコを持ってきてくれていません。元々、テーブル上の調味料コーナーに置いてあるのかな、と思って探してみましたが、やっぱりない。「自信家で不遜な奴」だったら、すぐにベルを押して店員を呼ぶのでしょうが、控えめな寺田はその手のことができません。「もしかしたら、この店のドリアはタバスコをかけないのが普通なのかな」とか、「ウェイトレスのミスをいちいち指摘しているようで、嫌な奴と思われないかな」と考えて、どうしても躊躇してしまいます(こういうとき、家族T氏がいると便利なんですが)。
 結局、ベルを鳴らして「タバスコ、もしも、あったら、いただけますか」と、チョー控えめにお願いして、持ってきてもらいました。これって、謙虚で控えめな性格ではなくて単に、小心者? 初心わするべからずがモットーなんで。今日から。ハイ。


■10月5日(日)
 涼しい日曜日。札幌(高岡選手のハーフマラソン)の結果はどうだったのでしょうか。
 昨日の原稿進捗状況ですが、60行原稿は3本書きました(4本の予定でしたが、午前中に前日から繰り越した40行2本を書いていまして、と言い訳)。今日の昼までにもう1本。そして今、もう1本書き終えました。内容は、かなり面白いですよ。と、たまには勢いで書いちゃいましょう。取材ノートを読み返しているだけで、各選手の思いが伝わってきます。この感動を読者に伝えられると考えただけで、ちょっと気持ちが高まるのを感じました。媒体は陸マガです。末續選手流に言えば、乞うご期待!
 末續選手と言えば、7日・8日と地元・熊本で色んなイベントに出席する予定です。そういえばマイルがありますね。土江寛裕選手に走ってもらいましょう……じゃなくて、ANAのマイレージですが、今年中に使わないと無効になってしまいます。このマイルで熊本まで往復する手があります。でも、火曜日締め切りの原稿が1本、今週中盤に仕上げないといけない人物ものが1本……うーん、迷います。
 60行原稿は残り2本(そのあとにも150行原稿が3本あります)。この2本は、この企画用に取材を改めてしています。今日、すでに書き終えた2本はあちこちの取材ノートからネタを拾って書きましたが、残りの2本はまとまってネタが取材してあるわけで、つまり、外でも書けそう。昼飯を兼ねて、久しぶりにファミレスにでも行きましょうか。佐々木一郎からも電話があったことだし(ロンドン・マラソン関連の用事でした)。ちょっと、自宅兼事務所に長居しすぎています。


■10月4日(土)
 晴天の土曜日です。本当に抜けるような青空。しかも週末。気候的にもいい時期ですからね、散歩にでも行って、外でお茶でもしたい気分です。
 でも、仕事はいっぱい。今日中に60行の原稿4本と表が1つ締め切りです。明日中に60行3本と、150行3本。これは以前からわかっていたスケジュールで、青天の霹靂ってわけじゃないんですが。
 これだけの量を本当に書けるのか?
 書けますよ。いや、書きます。よく選手たちも、客観的に見ると実現が厳しそうな目標を口にします。「メダルが欲しい」とシーズン前から言っていた末續慎吾選手とか。そこが、客観視できる立場の人間と、実際にパフォーマンスを行う当人との意識の違い。無理と思っていたらできません。


■10月3日(金)
 今日も7時と、寺田にしては早朝から仕事。9時過ぎに原稿をFAX。朝食後、原稿の内容についての打ち合わせ。
 午前中、某選手からメール(Jフォン同士なので携帯のメール)。とっても物知りの選手で、色々と勉強になりました。まず、こんな店があることを教えてもらいました。次に、寺田が仕事用の椅子を買いたい、椅子は我々の職種の人間にとって“武器”だと言い出したら、こんな椅子があることを教えてくれました。今度からその選手のことを、物知りハニーと呼ぶことにしましょう。
 午後、A新聞のK記者(って2人陸上担当がいますが、福岡のK記者)から電話があり、藤田敦史選手が福岡国際マラソンを欠場する情報を聞きました。その電話中に、富士通からもFAXで連絡が入りました(一介のフリーランスにまでありがたいことです)。福岡での高岡寿成選手との対決は、2003年の日本陸上界の掉尾を飾る対決と期待していただけに、正直、残念です。スーパー陸上の際に富士通・佐藤監督から、札幌ハーフ後に故障をしたことは聞いていたのですが、9月に入って本格的な練習が再開できたとも聞いたので、ぎりぎりで間に合うかな、と思っていたのですが。
 その高岡選手は今度の日曜日に札幌マラソン(距離はハーフ)に出場します。取材に行きたかったのですが、日曜日中の締め切り原稿を多く抱えてしまって、残念ですが行けません。先日、出場するかどうかを高岡選手本人に電話で確認させてもらった際、「行くかもしれない」と言ってしまったので、昨日のMTCのパーティーで、H新聞・H記者に「行けなくなったと伝えておいて」と伝言を依頼しました。と、ここに書いておけば、変な風に伝わることはないでしょう。
 120行の原稿と200行(250行?)の原稿を仕上げました。まだまだ、半分も行っていません。


■10月2日(木)
 今日は早朝5時から仕事。原稿も……はっはっは(意味不明笑い)。この辺の話はまた後日という名の永遠か(とまた、若干意味不明)。
 16時30分に出かけて、MTC(ミズノトラッククラブ)の「世界陸上パリ大会感謝の夕べ」に出させていただきました。場所は赤坂プリンスホテル。「プリンスネタはいいですから」と読売新聞の近藤記者に釘を刺されたので(深さ0.003oくらい)、近藤記者と一緒にいたミズノ・長谷川マネのひとことから紹介すると「次は△○×□で△○×」……このネタも後日という名の永遠でしょうか。
 パーティーはすごかったですね。出席者の顔ぶれも、お金のかけ方も。お会いするのはパリ以来、という方も何人かいらして、ちょっとしみじみとした気持ちにもなりました。蜆はあったのかどうか知りませんが、ステーキが美味しかったです。スパゲティーはたらこ味が美味しかったです。海苔を乗せて食べました。お酒は飲んでいませんけどどうでもよくて、コーヒーを飲み損なったのが残念。とても、陸上界のパーティーとは思えないくらい。と言っても、他の業界のパーティーに出たことはないのですが。過去の陸上界のパーティーと比べて、という意味です(我ながら冷静な説明の仕方)。
 普段はラフな格好の多い記者の方たちも、スーツが多かったですね。出席者全員が胸に赤い花を刺すのですが、T紙某記者なんかまるでその筋の関係者みたいでした。実はちょっと前に、広島でその筋の方たちに囲まれるという怖い目にあっているのです。この話もまた後日、という名の永遠か(くどい)。
 ミズノ陸上競技部広報の木水さんが、9月28日の岡山でのタクシーの運転手とのやりとりが面白い、と言ってくれました。古い選手の知識がある人には面白いだろうな、と思ったのですが、木水さんは他の競技出身者。その辺の知識はなくとも、寺田のことを多少なりとも知っていると、その場の様子をイメージできるようです。
 その木水さんから競技場でよく見る顔に載せて欲しいという要望が出ていたのですが、先に販促の鈴木さんを、という意向もあって、本日撮影させていただきました。写真の下に付けるコメントが何がいいかと、同僚の方たちにアンケートをすると「ミスターXがいい」との案が。さすがにそれは、寺田の立場上できませんので、「○○塾一番弟子」とさせてもらいます。
 もちろん、仕事もしっかりやりました。決して、遊びで行ったわけではありません。挨拶すべき方には挨拶をし、選手たちの写真も撮りました。公開していいということなので、ページを作ります。室伏&末續両メダリストのコメントも紹介する予定。これは後日ですけど永遠にはならないでしょう。
 ミスターXで思い出しました。コニカミノルタの発足会見のときに続いて、今日も謎の女に遭遇。繰り返しますが、氏素性はしっかりした女性です。でも、謎の女なのです。でもって今日は、彼女の協力のもと、ある工作をしました。これは、なかなか愉快なことになりそう。“そのとき”を想像するとワクワクします。


■10月1日(水)その2
 22時近くまで知り合いの事務所で仕事。そうか。今日から10月だったのですね。そういえば空気が若干、オータムカラーでした。同様に、寺田のおつむはからっぽ…。
 帰りに家族T氏と新百合ヶ丘(小田急線)のファミレスで待ち合わせ。メニューの写真を見て美味しそうだった若鶏の香草焼を注文。が、「わかどりの…」と言ったところで止まってしまいました。「香草焼き」が読めなかったのです。
寺田 これ、なんて読むのですか?
ウエイトレス 
「こうそうやき」ですね。
寺田 「こうそうやき」ですか。ありがとうございます。

 向かいの席の家族T氏は渋い顔をしていますが、こういうのが“聞くは一瞬の恥、聞かぬは一生の恥”の正しい実践の仕方です(9月17日の日記参照)。
 ところで、原稿後送の「後送」も「こうそう」と読みます……特に、意味はないのですが元編集者のHH氏なら意味がわかってくれるかも。
 HH氏で思い出しました。一昨日の日記で「箱根七里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川」と紹介しましたが、「箱根七里」ではなく、正しくは「箱根八里」とのご指摘を、兵庫県のD先生(日体大OB)からいただきました。D先生への返信にも書かせてもらったことですが、何故か「“八”は南総里見八犬伝だから、箱根は“七”里だろう」と、わけのわからない思いこみ違いをしていたのです。
 HH氏は日体大出身の元関東学連幹事長。「箱根」「八里」のアルファベット頭文字も「HH」。箱根八里はHH氏と覚えておきます。


■10月1日(水)
 午前10時から都内某所で取材。取材はいい感じで終了し、ちょっとした経緯があって自分の腰痛のことを話したら、ストレッチ○○○(商品名)を勧められました。その場で、某選手の指導のもと試しに行なってみると、これが相当に効果があります。やったのは背中だけなのですが(といっても、背中のいくつかの部分を伸ばしたものと思われます)、試した後に普通に仰向けに寝ると、腰の辺りの感触がまったく違います。さっそく購入させていただきました。取材先で商品を購入したのは、もしかしたら初めてかも。
 取材後都内の知り合いの事務所に移動して、このサイトのメンテナンス。昨日アップする予定だった全日本実業団女子1万mの記事(というほどのものでもありませんが)を、遅ればせながらアップ。ただいま14時になろうかというところ。結局、昨日はほとんど原稿が進まなかったので、今からが勝負です。ちょっとの気持ちの緩みも許されません。


■9月30日(火)
 8時前には起床して仕事。このサイトのメンテナンスや雑用を片づけて、朝食前に原稿を書き始めようかと思ったのですが、M先生がつかまるかな、と思って9時過ぎにS高校に電話。幸いすぐに繋がって「15分くらいの電話取材を今日か明日に」とお願いをしたら、「今でも大丈夫」ということで、その場で電話取材ができました。ここまでスムーズに行く確率は30%くらいでしょうか。幸先のいい1日だな、と思ったら……。
 10時から電話がかかってきたり、メールが来たり、用事を思い出したり、また電話をしたりといきなり立て込み始め、原稿が書けなくなってしまいました。こうなると、かなり焦ってきます。しかし、先週の取材でゆとりが重要であることを再確認したばかり。“思い通りに練習が進むはずがない”という覚悟があると、慌てずに対処できるのだそうです。そうか、寺田に足りなかったのは、そういった部分だったのか。
 途中、気分転換に読書をして、なんとか気持ちを立て直しました。現在19時で、このあとやっと原稿に取りかかれます。おっと、その前に校正がありました。まあ、なんとかなるでしょう。余裕、余裕。昨晩は、S記者と悪だくらみの話もしましたしね。
 ということで余裕を見せて、ちょっとパリの想い出にでも浸りましょう。というのは、岡山(全日本実業団取材)で、パリで知り合ったテレビ関係の方と再会しました。K賀さんという方ですが、パリの日記で8月22日の「カフェの店員にI cannot shake a sleeveless.と言ったら、なんと反応するだろうかと。直訳すると、無い袖は振れない」のオチが面白かったというのです。世界選手権前後の日記で一番反響が大きかったのは、帰国時にスーツケースのオーバーウェイトチャージを取られた話でしたし、スーパー陸上でも岡山でも、その話題が出ました。そういえば、M新聞の島谷ひとみことK記者は、背壁の陣の話題が面白かったと言います。
 うーむ。何が受けるかは、書いてみないとわかりませんし、読み手によっても違いますね(当たり前か)。寺田自身は、8月19日のカフェの話(オチ)が気に入っていたのですが、こうして読み直してみると、K賀さんの言ってくれた“無い袖”の話もいいですね(と自画自賛)。しかし、8月19日の日記でアクレディテーションセンターのおじさんに寺田が話した「金は1個だと思う。女子マラソンも可能性がある。どちらかで1つは取ってほしい。メダルは全部で3つ。フランスよりも1〜2個少ないでしょう」という予想は、日本の方も外しましたし、フランスのメダルに至っては8個ですから、大きく外してしまいました。日本人記者の評判を落としてしまったと反省しましたが、オチはなし。


■9月29日(月)
 昨日の取材は一昨日ほどハードではなかったので、夜も頑張って仕事ができると思っていたのですが、寝ころんでテレビを見ていたらそのまま眠りに落ちてしまいました。20:30頃だったと思います。ということで、今朝は2時半には起きて仕事開始。でも、5時からまた2時間くらい眠ってしまって……以前にも紹介した「クンミン(昆明)、暁を覚えず」は、昨日もお会いしたF田監督の名言ですが。
 10:30まで仕事をして、11時にチェックアウト。駅の公衆電話から仕事の電話をして、ベンチでパソコンのキーボードを叩いて、12:28の新幹線で東京に。新型車両で、車両の一番前と後ろにはコンセントがあるタイプ。岡山始発のひかりを調べておいて、早めにホームに行って、目的の座席をゲット。心おきなく仕事ができました。
 しかし、仕事があっても故郷である袋井の風景だけはいつも、車窓から見るようにしています。今日は窓からの日光を避けて、通路の左側に座りましたが、国体会場であるエコパは右側。ほとんどの窓にブラインドが降りていて、愛野駅を過ぎた辺りでチラッと見えたような、見えないような。
 それからしばらくすると、左側の窓から日が射し込んできました。東海道新幹線は東西に走っている印象があると思いますが、掛川を過ぎて静岡に向かうあたりでは駿河湾沿いを北上するのです(北東向きですか)。それで、15時頃だったと思いますが、左側の窓から日が射し込むわけですね。ブラインドを降ろそうと何気なく外を見ると、大井川を渡るところでした。
 そこでふと思い出したのが、「箱根七里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川」という諺……じゃなくて、なんと言ったらいいのでしょうか。まあ、そういう言葉が江戸時代にあったのです。そこでピンと来ました。つまり、箱根よりも大井川の方が難所だったのです。これは使えますよね。何にって、もちろん駅伝に。箱根駅伝に対抗して大井川駅伝。どうでしょう、東海学連の皆さん、検討されてみては。
 東京駅着が16:30頃。電話を4本してから陸マガ編集部に。編集部から電話取材を1本。取材中の相手のある言葉から話を展開させて、そこそこ重大な情報を聞くことができました。近日中に明らかになるでしょう。
 出張精算と、デジカメの写真をコピーした後で打ち合わせ。行数が決まりました。トータルで920行!! 1行1文字とかいうオチでもあればいいのですが、もちろん1行は17文字。陸マガ以外の仕事もありますし、水曜日には取材、木曜日にはあるパーティーもあります。今週もどうやら、原稿に追われる日が続きそうですね(ありがたい話です)。それに、追われるのが嫌だったら、追いかければいい……かな。


■9月28日(日)
 昨日の忙しさは尋常ではなく、しかも21時まで競技をやっていましたから、ホテルに帰ってコンビニで買った食事をしたらバタンキュー(23時頃)。早朝、4時に起きて仕事をしました。今日は10時から競技開始でしたが、ギリギリまでホテルで仕事をして、本当に1分1秒が惜しいので、タクシーで移動。実は10時からある選手への取材予定もあって、車内でどうインタビューを進めるか、色々と考えたいという理由もありました。
 ところが、そういうときに限って運転手が饒舌だったりします。こちらの仕事を質問し、いきなり何を言い出すかと思えば……。
運転手 東京オリンピックに出た選手が2人自殺しましたね。
寺田 しましたね。依田選手と円谷選手。

 なにか、こちらの知識を試しているような感じでしたし、これ以上しゃべったら取材の予習ができないので、かなりそっけなく話しました。ところが、なぜか運転手はアクセルを踏み込みます。
運転手 陸上選手だけなんですよ、自殺したのは。それだけ、陸上競技は色々と負担が大きいんじゃないですか。
寺田 2人だけでは、サンプルとして少なすぎるでしょう(と、冷静に)。
運転手 (ひるまず)岡山ではマラソンのあの選手が最近あれですが、以前にも岡山にはメダル取った選手がいたんですよ。
寺田 いましたっけ?(マラソン選手を考えていました)
運転手 いましたよ。
寺田 ああ、人見絹枝さんですか。
運転手 そのくらいの選手は知ってるわけですか。
寺田 まあ、オリンピックのメダリストの名前くらいは。
運転手 私は山の旦那の一個学年下なんですわ。
寺田 山……美代子選手でしたっけ。
運転手 三保子です。モスクワ・オリンピックの代表だったですよ。
寺田 モスクワってことはあり得ないでしょう。八木たまみさんが代表でしたから。モントリオールが曽根幹子さんでしたから、ミュンヘンでしょう。
運転手 あの旦那も国体選手でしたが……(かなりプライベートな内容なので割愛)。

 こちらばかり試されているのもシャクだったので、若干、攻勢に出ました。
寺田 岡山と言えば山本寿徳選手でしょう。
運転手 ああ。あいつは隣の町ですわ。
寺田 美作の隣なんですか。
運転手 あいつは、○○なんです。
寺田 やり投の松井江美選手も高校時代から強かったですよね。
運転手 その選手は知りません。
寺田 えっ? 美作で山本選手の同級生で、オリンピック代表にもなった選手ですよ。

 ということで、三宅貴子選手や中距離の選手の名前も何人か用意していたのですが、そこまで必要なかったわけです。
 でも、タクシーの運転手でビックリするくらい知識の豊富な人に、ときどき遭遇します。あまりローカルレベルの選手だと話はできませんが、今日くらいのレベルの選手なら、いつでも話し相手になれますので。その代わり、料金割り引いてください。


■9月27日(土)その2
 ついに来ました桃太郎スタジアム。どうやら、全日本実業団がこけら落としのようです(と、選手たちが言っていました。未確認ですが)。朝はバスで行きましたが、本数がとても多かったので(1時間に5〜6本)助かりました。ただ、今日は21時近くまで競技があり、帰りは22時頃になったためタクシー。でも、場所が駅から近く、かなり楽です。
 肝心の競技ですが、派手な新記録はなかったですけど、かなり面白かったです。その場のあれを伝える意味で、時間順に紹介しましょう(多少の入れ違いはあるかもしれません)。
 まず、男子円盤投で畑山茂雄(ゼンリン)選手が57m32の日本歴代3位。山崎先生が58m08の歴代2位を投げた1986年以降では最高の記録です。適度な向かい風で記録の出やすいコンディションですが、やっとやってくれました。2位の村上幸史選手(スズキ)も自身2度目の50mオーバー。
 男子1万mWでは柳沢哲選手(綜合警備保障)が久しぶりの優勝。世界選手権出場の藤野原稔人選手(三水テクノ)は終盤で失格、吉沢永一選手(長谷川体育施設)は序盤でその2人から遅れ、途中棄権と明暗を分けました。
 女子走幅跳は花岡麻帆選手(Office24)と池田久美子選手(スズキ)が、またも大接戦(今回は2cm差)。この2人、本当に片方が跳べば、もう一方も跳ぶという関係。1人がA標準を跳べば、もう1人も跳びそうです。
 男子3000mSCは内冨恭則選手(中国電力)が7回目の優勝。
 女子1500mは川島亜希子選手(UFJ銀行)が4分15秒46と好タイムで優勝。2・3位の橋本歩、大平美樹の三井住友海上コンビが自己新。三井住友海上は岩元千明選手もジュニア女子3000mを9分08秒50と高校時代の自己記録を僅かですが更新。実業団の記録と高校時代の記録では、あれが違います。三井住友海上は主力2人が現時点ではなんとも言えませんが、駅伝は今年、強そうです。鈴木監督も「駅伝は○○○」と言っていましたし。
 涼しくなってから行われた男女1万mでも好記録が出ました。女子1万mはワゴイ選手(スズキ)が快勝。福士加代子選手(ワコール)が31分11秒61の国内日本人最高記録で2位。3位・大越一恵選手(ダイハツ)、4位・山中美和子選手(ダイハツ)、5位・弘山晴美選手(資生堂)までが五輪A標準を突破。斉藤由貴選手(第一生命)、阿蘇品照美選手(京セラ)も31分49秒台。
 男子ではケニア勢に1人食い下がった大島健太選手(くろしお通信)が、27分54秒88と27分台をものにしました。入社一年目のカリウキ選手(九電工)の3位・27分46秒53も、学生時代から大幅に記録を伸ばしてきました。
 その前の男子200 mでは優勝した土江寛裕選手(富士通)を筆頭に、早大OBが1〜4位を独占。
 200 m2位が久しぶりに好走したアトランタ五輪代表だった馬塚貴弘選手(スズキ)でしたが、今日の終盤は、スズキ勢が席巻しました。男子400 mHの河村英昭、やり投の村上幸史、女子砲丸投の森千夏、200 mの鈴木亜弓、そして1万mのワゴイ選手と、5種目に優勝(森選手の17m67も国内日本人最高です)。男女総合得点では70点と、2位の富士通の22点に圧倒的な大差を付けています。
 個々の記事は追々、時間があったら書いていきますが、今日のところは写真だけです。


■9月27日(土)
 昨日は岡山駅到着後、観光案内所で地図を入手して、スタジアムまでの交通手段も確認。三井住友銀行を探して(約15分)お金をおろしました。岡山の街はいい雰囲気です。地下街も新しく、お洒落でしたし。カフェで2時間くらい、原稿書きと読書。
 19:30にホテルにチェックイン。部屋はほどよい広さで、値段以上に快適そう。ただ、椅子に背もたれがないのが難点。椅子の高さがベッドと同じで、後ろにそのまま寝転んでしまうことができるのです。そのせいで……というのは言い訳で、遅寝早起きの影響が出て、20時前後から2時まで眠ってしまいました(その間、携帯電話も鳴っていたようです)。眠りが浅かったようで、6時間睡眠でもちょっと足りない感じ。本当は、2時まで原稿を書いて、6時間たっぷり寝たかったのに。
 2時に起きて洗濯をして、食事に。岡山の致命的な欠陥が露呈されました。フロントで聞いたら、駅の近辺にはファミレスがまったくないのだそうです。ということで、吉野屋に行って牛丼とけんちん汁を食べ、コンビニで朝食を仕入れて戻ってきました。吉野屋では全日本実業団のタイムテーブルをチェック。1日目がめちゃくちゃに忙しいことが判明しました。気合いを入れないと。
 で、現在、午前4時。どうしよう。原稿を書いて眠らずに取材に行くか、2時間くらい眠っておくか。


■9月26日(金)
 遅寝早起きは十六文の得とばかりに、5時に起床。8時までに原稿を1本書き上げました。構想は昨晩中にしておいたので、短時間で書けたのです。しかし、昨日と同様、送信がなかなかできません。あきらめてチェックアウトの準備をして、9時過ぎに送信。
 10:20から○○○○の本社ビルで某監督の取材。イメージがかなり具体化しました。その後、選手にも補足取材させてもらって、かなりいい感触。うん、大丈夫です。問題は、指定の行数に収まるように書けるかどうか。それも仕事です。
 昼食後、岡山に向けて移動。現在、電車の中です。待ってろ、桃太郎スタジアム! 桃太郎という名前の知り合いがいる人は、手を挙げて……なんて、茶化したくなる名称ですが、ここまで強烈な名称の競技場は初めて。地名の付いた競技場は一般的です。ビッグアーチやユニバーシアード記念もまあ、考えられる範囲。それが桃太郎ですから、驚天動地のネーミング、日本人離れした発想です。
 それだけでも、関係者のセンスと意気込みを感じます。選手もぜひ、そのあたりを汲み取って、好記録続出としてほしいものです。競技場名負けしないように、頑張りましょう。


■9月25日(木)
 朝の6時には起きて仕事。昨晩、書き上げた原稿を送ろうとしましたが、どうも朝の6時半くらいから9時過ぎまで、メールがうまく送受信できません。自宅で作業しているときもこの傾向はありますが、PHSモバイル用のアクセスポイント経由だと、なお顕著。サーバーがうんたらくんたらでもう60秒待ちますか、というエラーです。この時間帯はアクセスが多いのでしょう。
 実はこのパソコン(B5ノート)、何分かネットに接続していると必ずエラーが出ます。再インストールしないとダメかなあ。誰かやってくれないかなあ。
 8時過ぎにホテルを出て、ミスドで朝食。出張先がどこなのかは明かせませんが、途中、天満屋UFJ銀行が通りを挟んで向かい合っていました。午後には、Office24スズキの販売店も見かけました。そしてもちろん、取材にお邪魔した○○○○の本社ビルも。
 9時ちょっと前に、なんとか原稿の送信に成功。ホテルに戻ってまた原稿書き。今晩が締めきりです。コンビニで買っておいた昼食を食べ、14時から○○○○の本社ビルで取材。ちょっと難しいテーマの取材で、まとめるのにやや苦労しそうです。明日、指導者の方の話も聞いて、どうイメージが具体化するかが勝負でしょう。
 練習の撮影もしたので、取材は18時前までかかりました。練習の前にちょっと時間が空いたので、○○○○の本社ビル近くのスタバで原稿書きと電話連絡。
 練習の取材後、ホテルに戻って電話取材。
 夕食は寿司屋。久しぶりに本格的な寿司を食べました。
 ちょっとアルコールも入ったので、先に寝てから仕事をしようと思いましたが、なんとか持ちそうだったので、1時間くらいで先日からかかっていた世界選手権関係の原稿を、23:30頃に終わらせました。
 ここで寝ようと思いましたが、ちょうど某カメラマンから電話が入り、これから写真を送信してくれるとのこと。ちょっと時間がかかって、着信できたのが午前1時。1時半就寝。ここまで色々とできた1日というのも珍しいです。


■9月24日(水)
 早起きは三文の得、という諺がありますが、これは厳密には早寝早起きという意味でしょう。だったら、遅寝早起きは十六文の得かもしれません。ということで、たまにそれを実践しています。今日がそうでした。
 5時に寝て9時起床(早起きじゃない?)。事務的な仕事(請求書起こしなど)を片づけ、国際電話で段取りなんかもしちゃって、原稿を書ける準備をして、おまけで朝食と昼食もしっかり食べて、16時30分に自宅を出発。今日から国内某所へ出張なのです。後半は岡山で全日本実業団を取材。新幹線の中では原稿を1本仕上げました。
 でも、他にも締め切りを抱えて来ていまして、ちょっとネコの手モード。いえ、ちょっとじゃなくてカナリア諸島で冬期練習。


■9月23日(火・祝)
 午前中は横浜(保土ヶ谷区)のスポーツ店・安藤スポーツで開催された末續選手のイベント(ファン100人との質問会、握手会、じゃんけん大会などで相当に盛り上がっていました)を取材。このお店、なかなか大きなフロア面積で吹き抜けスペースまであります。店内に100人が入ってしまうのですから。当然、品揃えも豊富。陸上競技のグッズもあれだけ揃っていたら、たいていの物はこの店に来店すれば購入できそう。まあ、そんなことは、地元ではみんな知っていることなのでしょう。記者の何人かは陸上競技経験者で、シンダー用のスパイク・ピンなどを久しぶりに手にして、思い出話に花が咲きました。
 昼食は、記者仲間3人で横浜駅の焼き鳥の店で。これはもちろん、末續選手の好物が鶏肉だから。全員パリ帰りだからといって、フレンチなんか食べません。
 午後はスーパー陸上の取材。パリから帰って初めての競技会取材のせいでしょう。スタンドがもう、静かで静かで。静御前ならぬ静か午後。確かに、フランス人みたいになんでもかんでも騒げばいいってものでもないのでしょうが、本当に静かでした。スター選手の何人かが出られなかったこと、記録が低調だったこと、世界選手権金メダリストが次々に負けたこと(勝ったのは8人中2人)など、思い当たる理由もあります。単に、国民気質の違い、なのかもしれませんし。
 でも、もうちょっとアナウンスの工夫などで、スタンドの興味をかき立てることはできたように思います。これは、今日に限ったことではありませんが。
 人々がスポーツを見て感動するのは、目の前で展開されている競技の価値、選手の価値を知っていればこそ。陸上競技に関する知識の全くない人が、例えば金メダリストと知らずにその走りを見て、何かを感じることはあり得ません。スタジアムの大小も関係しているかもしれませんが、高木直正先生が通告をされている水戸国際の方が盛り上がっているように思います。地域の違いもあるかもしれませんが、長距離種目など兵庫リレーカーニバルの方が盛り上がっているのではないでしょうか(今日の男子5000mなんか、レースやってるの? というくらいに静かでした)。でも、日本選手権は同じ横浜国際競技場でしたが、今日よりは盛り上がっていたように思います。やっぱり、記録かなあ。それとも、パリ帰り直後の錯覚か?
 記録の出なかったことについて一言(と言っておいて、たぶん五言くらい)。今日はもう、記録の出ない日でした。同じ横浜国際競技場で行われた、6月の日本選手権とはえらい違いです。アジア選手権と有力選手が分散したことや、時期的な問題もあったでしょう。前述のように、世界選手権金メダリストでさえ、8人中6人が勝てなかった、そういう時期なのです。が、一番の理由は、この時期にして気温20℃だったということ。何週間か20℃前後だったら問題のない気温ですが、冷え込んだのはここ2〜3日です。影響はありありでしょう。今日くらいきれいに、記録が全種目で低下していたら、記録は出ようがない日なのです。陸上競技を長く見ている人には、それがすぐに見て取れます。
 しかし、問題はテレビ視聴者や、ある種の大会関係者(大会主催会社や放映テレビ局の一部の人たち)は、そういった部分を肌で理解できません。記録が出ない低調な大会だった、と断じてしまうわけです。その辺が、記録競技の難しい部分でしょう。
 それを補えるのが、一流外国選手と好勝負を展開すること。今日で言うなら、外国選手相手に勝った室伏広治選手であり、池田久美子選手。男子走高跳の真鍋周平選手も、金メダルのフライタークと、今季世界最高のウォラリゼックを相手に2m25の同記録ながら競り勝っての2位。この3人が、低調な記録に終始した大会を、盛り上げた功労者といえるかもしれません。その他にも、個々に見れば頑張ったと言える選手や、面白かった種目もありますが(時間があったら、全種目のちょっとした戦評を記事にします)。
 しかし、いい意味で我々の予想を一番裏切ってレースを盛り上げたのが、女子5000mのルーシー・ワゴイ選手。世界選手権トラック長距離種目を席巻したエチオピア勢相手に、ラスト勝負で競り勝ったのです。高校時代から強さは群を抜いていましたし、A標準未突破のため代表にはなれませんでしたが、ケニアの世界選手権選考会でも上位に入っています。それでも、ラストに強いエチオピア勢、それも5000m金メダリストと1万m銀メダリストを、まとめて破ってしまうとは。ワゴイ、スゴイ!(このネタ、E本君から昨年のインターハイでいただきました)


■9月22日(月)
 16時から新横浜プリンスホテルで(もちろん長浦のプリンスもいました)スーパー陸上の記者会見。会見が始まる前に中村記者(中日スポーツ)の隣の席に。
 実は、メディアレースの記事を掲載したら、さっそく、同学年の佐々木記者からメールが来ていました。
「思えば私がリベンジを誓ったエドモントンから2年。
パリでは必ず成長した姿を見せるつもりだったのですが・・・。
まさか、参加すらできないとは・・・。
さらに、宿敵・中村彰宏に抜かれるとは何たる屈辱!
できることなら、直接パリの舞台で決着をつけたかった!
いくらタイムで上回れたからと言って、即決着が付いたという
のはあまりに乱暴でしょう。
近藤さんが35歳にしてタイムを上回れたように、私だって
その可能性は十分にあったわけですから!」

 とまるで、直接対決していたら中村記者に勝てた、とでも言いたげな文面。それを中村記者に伝えると、「スタートラインに立てなかった人間が大きなことを言うな。そこまで言うのだったら、2年後に出てこい」と、受けて経つ構えです。なんか火種をつくってしまったような気もしますが、気にするのはやめましょう。
 会見後はしばらくおいて、18時からウェルカムパーティー。そこで、通常の取材はできませんが、選手の了解が取れれば、会場外で取材もできます(誰を取材したかは内緒)。その他、パーティーではいくつか面白いネタも。
 明日のレースで個人的に注目しているのは男子5000m。5000mで世界選手権B標準に迫った徳本一善選手と、世界選手権の3000mSCで日本新をマークした岩水嘉孝選手の対決が、かなり白熱するのではないかと思っています。中村&佐々木記者同様、同学年の対決ですし、ともに4年時の箱根駅伝でアクシデントがあったことも共通点です(岩水選手は肺気胸で出場できなかったわけですが)。3000mSC前日本記録保持者の新宅選手は、5000mのベストが13分24秒69。徳本選手が今年5月に大阪GPで出した記録は13分26秒19。かーなり面白くなると思っているのですが……と書くと、日本選手権のように岩佐敏弘選手が頑張るかもしれません。
 そこに今日、新たな情報を仕入れました。あの、上野裕一郎選手も明日、そのレースに出場しますが、絶好調で高校記録(13分44秒91)を狙える状態だというのです。5月のゴールデンゲームズでは岩水選手に勝っています(あまり、参考にならないかもしれませんが)。先頭はケニア選手たちでしょうから付くのは難しいと思いますが、日本選手には付いていくかもしれません。ペース次第でしょうが、3700〜3800mくらいまで付いて、死ななければ(付いているときの余裕度次第ですが)、高校記録、行くんじゃないでしょうか
 参考までに高校記録の400 m毎と上野選手ゴールデンゲームズ400 m毎


■9月21日(日)
 まあまあ、仕事が進みました。最悪の事態にはならないでしょう。でも、今週はしんどいです。いや、緊張感を持てて、やり甲斐があるといったところでしょうか。ちょっとの油断、失敗で奈落の底に落ちてしまうのは間違いなさそうですけど。
 ところで、17日(水)の日記のことだと思うのですが、知り合いの方から「あんまり怒らないでください」というメールをいただきました。変なメールが来たら、さらりと流してくださいと。いやあ、そんなに怒っているつもりはなかったのですが、そう言われると、怒っていたかもしれません。知り合いの方というのは女性でして、だからってわけじゃないですけど素直に反省
 そういえば、パリでこんなことがありました。ある女性から(美人です。と、はっきり書くからにはテレビ関係者か?)「よく、あれだけ毎日書けますね」と、このサイトのことを誉められました。アルコールは入っていなかったと思いますが、「いやあ、ネタに困るなんてことはありませんよ。現場に来れば絶対にネタはあります」とかなんとか、調子に乗って答えてしまいました。
 正確には、“このサイトの記事だったらネタにできる”という意味でして、そのネタが新聞や一般誌のネタになるかどうかは、また別ですけど。どのメディアの仕事かによります。が、少なくとも、このサイトのネタがないと困ることはありません。10年以上編集部に在籍した専門誌用の記事も……と言いたいところですが、さすがに、そこまでは言い切れません。編集部の方針が第一ですし、それに耐える原稿を書くために取材するのは、やっぱりかなりの労力が必要です。
 それにしても、「ネタに困ることはない」と言い切ってしまったあたり、自分でもちょっとビックリ。やっぱり相手が女性だったからでしょうか。それとも、パリの雰囲気が言わせたのか? そういえば、誰ぞに言われましたね。「パリではカトリーヌやらステファニーやら、女性との関わりが多かったですね。旅先で色々とやっているのではないですか」と。
 とんでもない。世界選手権の取材は、いえ、陸上競技の取材はそれほど生やさしいものじゃないです。それに、これでも妻のアルミン・ハリーですから(これも要解説?)。


■9月20日(土)
 今日はずっと原稿が書けるはず、と思っていましたが、さように上手くことが運ぶはずもなく、とてもドムドムっとは書き進んでいません。一応、午前中から仕事を始めましたが、16時から腰痛(臀部)治療の予約が入っていました。これが17時過ぎまで。治療後、30分間は仕事をしてはいけないという指示なので、本屋に久しぶりに行ったら、これが失敗で1時間半くらい立ち読み三昧。雑誌を1冊と文庫本を2冊購入。雑誌の記事を10ページくらいと、文庫本を50ページくらい、カフェ(ヴィド フランス)で読んだら、20:30。買い物をして帰宅して、食事をしながら世界不思議発見のトルコ特集(アイハン残念)を見てしまい……てな体たらくで、結局、徹夜に近い状態に。気持ち的にもちょっと落ち込み気味。明日は、まずはメンタル面から立て直して、ララァっと仕事をしたいと思っています。
 ところで、ここ数日ガンダム・ネタを出しているのには、もちろんワケがあります。何の理由もなく書いていたら、単なるガンダムおたくのライターですからね。ちゃんと、陸上競技とのかかわりがあるのです。
 世界選手権の男子1万mの記事で紹介したように、過去、26分台が出たレースは世界で3つの大会しかありません(今年の世界選手権が4つめ)。ヘンゲロ(オランダ)、ブリュッセル(ベルギー)、オスロ(ノルウェー)の3都市のレースのみ。今年も6月1日のヘンゲロと、9月5日のブリュッセルで26分台が出ました。ヘンゲロではベケレ(エチオピア)がゲブルセラシエ(同)を破り、世界選手権を予感させる結果でした。3位も世界選手権銅メダルのシヒネ(同)でしたし。
 そして、先日のブリュッセルではゲブルセラシエが26分29秒22と、自己の持つ26分22秒75の世界記録に次いで自己2番目、パフォーマンスでも世界歴代3位の記録で優勝しました。26分台のパフォーマンスは昨年まで19個、今年9個の計28個が出ていますが、そのうち18個、実に64.3%がブリュッセルで出ているのです。
 そのブリュッセルの大会の名称が、何を隠そうヴァン・ダム記念。で、ガンダム・ファンなら誰でも知っていることですが、ガンダムのパイロットはアムロ・レイという名前です。世界選手権マラソン銀メダル、フリオ・レイ(スペイン)も実は1万mの自己ベスト27分47秒33(98年)をヴァン・ダム記念で出しているのかなあ、と思って調べたら違いました。


■9月19日(金)
 午前中に、来週以降の具体的な仕事がゲルググっと決まりました。締め切りが25日までに3本(そこそこ大きい記事)あって、24日の夕方から出張。取材も月・火と行きます。出張先からそのまま全日本実業団の取材に入ります。明日、明後日でどれだけ原稿が書けるかで、月曜日以降の余裕度が違ってくるわけです。日曜日が締め切りではありませんが、油断をすると一大事になりそうな予感がします(ニュータイプの勘とでも言いましょうか)。
 14時前に出かけて、都心で3つほど用事をこなし、23時半頃帰宅。
 M田さんという方からメールをいただきました。昨日、「ドムドムっの次は何でしょう?」と書いたことに反応してくれたのです。
「『ギャンギャン』走る選手をスーパー陸上で観る」
(参考http://www9.wind.ne.jp/yasyas/gd/zukan/l/ms15.htm)
なんか好記録がでそうですね。
でも、オヤジギャグ好き(失礼)な寺田さんのことだから
「『ジムジム』」事務手続きをする。」
(参考http://www9.wind.ne.jp/yasyas/gd/zukan/l/rgm79.htm)

 さすが、機動戦士ガンダムのファンは多いようですね。それで、ドムドムの次は、今日の日記は冒頭で書いたようにゲルググ(http://www.gundam.channel.or.jp/goods/toy/item/product/4543112120434.html)でした。えっ? 法則にのっとっていないじゃないかって。実は、ジオン公国のモビルスーツ名を使おうという意図はありましたが、2文字の名前を繰り返して使おうという予定はなかったのです。
 なあんて、本当はあまり考えていなかったのに、シャアシャアと言い訳。


■9月18日(木)
“やることは決まっているけど、具体的な文字数や締め切りが決まっていない”という仕事がいくつかありまして、ちょっと先の予定ですら、なかなか決まらない状態です。それで昨日の日記は不機嫌モードなのかも?
 しかし、今日は催促をして、ある仕事のおおまかなスケジュールが立てられました。その仕事、細かいことまでは言えませんが、世界選手権関連の仕事なんです。このタイミングでもまだ仕事が生じるとは、さすが、陸上界最大のイベント。
 ということで、今日は段取りやら、諸々の手配やら(同じか)、電話やらをサクサクっとやりました。明日は久しぶりに都心に行きます。用件を3つ、なんとか同じ日にできるように固めました。もしかすると、電話取材も1つ入るかも。いずれにせよ、ザクザクっと片づけたいものです。そして明後日は、ドムドムっと原稿を書いて、スーパー陸上、全日本実業団と続く来週に備えないと。
 さて、ドムドムっの次は何でしょう?


■9月17日(水)
 14日の日記に書いたナイチンエルスナーが何のことかわからんぞ、というメールをいただきました。この手のことはあまり解説はしたくないのですが、仕方ありません。1977年に女子100 mで10秒88(当時世界記録&女子選手初の10秒台、現ジュニア世界記録)を出したのがM・エルスナー(東独)で、83年に10秒81(当時世界記録)を出したのがM・ゲール。エルスナーが結婚してゲールになったのです。
 世界選手権で世界新は出なかったけど、ジュニア世界新は出たという話題から入るべきだったかなと反省。
 もう1つ、メールをいただきました。
「弱い選手・やる気のない選手の雰囲気が、全体の士気に影響する」なんて話を聞くと、馬鹿じゃないかと思います。その程度のことが選手のパフォーマンスに影響するのなら、それは元から国際大会で戦う力がないということ。
 と、これもちょっと前の日記で書いたことですが、「だったらなんでオリンピックなどでマラソン選手だけ選手村でなく、別の宿舎を特別に取るのか?」という質問メールです。答は簡単、「陸連に聞いてください」です。上記の意見はあくまで寺田という個人の意見であり、マラソン選手の宿舎は陸連が決定している(許可している)事実です。それを、こちらに質問するのは筋違いでしょう。
「どう思うのか」という問い合わせなら、「どうも思いません」と答えます。判断するには材料が少なすぎます(質問の意図も、陸連の意図も)。
 こちらの件に関しては反省しません。
 “聞くは一瞬の恥、聞かぬは一生の恥”という諺があります。世間には、諺は永遠普遍の真理だと誤解している人が多いようですが、諺が成立した時代背景を考慮しないといけません(すごい話になってきたな)。つまり、この諺は一対一で会話をしている場合を想定しています(または、それに近い状況)。寺田も上記の質問を一対一の会話中に聞かれたのなら、質問の意図を確認しながら、何かしら答えるでしょう。でも、ネット上ではそれができません。
 今日のインターネットのように不特定多数の人間から質問できるような状況であれば、質問する側はその内容をよく吟味する必要があります(質問するな、とは言っていません。面白い質問もありますから)。ときどき、有名選手の掲示板に「こういった故障をしましたが、どうしたらいいですか」とか「こういった局面で強くなるには、どういった練習をしたら強くなりますか」と、回答者泣かせの質問が書かれています。面と向かって話している状況あれば、その場で相手の状況を詳しく聞くこともできますが、ネット上ではそうもいきません。そういった意思の疎通をはかろうとしたら、膨大なエネルギーが必要なのです。
 “聞くは一瞬の、聞かぬは一生の”という諺は、少なくともネット上では真理でも何でもありません。ソマイリーもそう言っていました。



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