続・寺田的陸上日記     昔の日記はこちらから
2002年9月 9月初めの虎、9月終わりの狼
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■9月30日(月)
 夜の9時頃、福島大・川本先生のおやじの時々日記を読んだら、なんと宮田貴志選手の話が。“先を越された!”、“ネタがかぶった!”と2つの思いが瞬時に沸いてきました。昨日の日記は、ちゃんと昨日のうちに書いたんですよ、帰りの電車の中で。しかし、ベルリン・マラソンの話とどちらを出すか迷っているうちに、今日になってしまったのです。でも、切り口が違いますし、別にいいかな、ということでまずは宮田選手ネタの昨日分を掲載。
 で、ベルリン・マラソンですが、昨年も全日本実業団最終日と同じ日で、寺田は全日本実業団の取材。自宅でビデオを見るまで結果を知らないようにしようと、金沢からの帰路、ベルリン関連情報をシャットアウトしようと試みました……が、空港の搭乗口脇の大型モニターでQちゃんが月桂冠を被ってニコニコ笑っている姿を見てしまい、せっかくの計画はおじゃんに。
 今年はもう、そこまでする気はありませんでした。世界最高も出ないと予測していました。展開的には前半はハイペースで飛ばし、練習不足の影響が出る後半でどれだけ粘れるか、というレースをすると思っていました。そして、セットで出場する(というほど短い間隔でもないですけど)東京国際女子マラソンで、後半に抜け出す展開を試みるんじゃないかと。
 前半はフェルナンデス選手と一緒に走りましたが、それはたまたま、フェルナンデス選手がQちゃんの考えていたペースだったということでしょう……と思っていましたが、今日、いろいろな記事を読むと、そうではなかったようです。練習不十分の中でどういったレースが、チャレンジができるのか、という狙いだったようです。前半をどうしよう、後半をどうしよう、ということではなくて。その辺のニュアンスは、The Marathon〜高橋尚子の新たなる「挑戦」・ベルリンから東京へ〜で。
 そうそう、報告が1つ。ビクターの出張修理が来てくれて、VHSデッキが無事に直りました。部品の1つが何かの衝撃で外れてしまい、テープが入るのを邪魔していたのです。それも困りものですが、修理代金が3980円と納得できる範囲だったのでビクタギロワの話(9月24日の日記参照)は言わなくて済みました。


■9月29日(日)
 全日本実業団2日目。地元福島勢も頑張りました。女子100 mでは松本真理子選手が3位、400 mでは吉田真希子選手が優勝。女子やり投では福島県出身の小島裕子(白梅学園高教)選手も優勝しました。100 mH3位の藤田あゆみ選手、5000m5位の橋本康子選手の2人は、清陵情報高出身コンビです。女子400 mの表彰後には、吉田選手にサインを求める列ができました。テレビ出演した効果でしょうか? それ以前からの人気なのかもしれませんが…。会場には、山下訓史先生や雪下良治先生、畑中良介先生、下重庄三先生と、ちょっと前に陸上専門誌上を賑わせた顔ぶれも見ることができました。
 そんななか、宮田貴志(福島大)選手が補助員とはちょっと違う役目ですが、それっぽい仕事を2日間、かいがいしくこなしていました。宮田選手97年の京都インターハイ100 m優勝者で、前年のシドニーの世界ジュニアでも取材した選手。当時から好青年で、記者たちの間でも(専門誌と、たぶん地元紙でも)人気が高かったですね。98年の日本インカレには1年生優勝も達成しました。将来が嘱望されたわけですが、その後はこれという戦績はありません(と言い切るのは、本当はよくないですね)。
 鋭い読者はお気づきと思いますが、現在の所属が福島大ということは、大学5年目ということになります。院生ではありません。日本インカレで頑張るために留年したと、ちょっと前に川本先生から聞きました。ところが、今月の同大会では100 mで6位。準決勝まではかなりいい走りで3位以内も十分考えられる走りで、そうなったら取材したいと考えていたんですが…。
 卒業できる単位はすでにほぼ獲得している自主留年。話を聞くと、仕組みはよくわかりませんが今月いっぱい、つまり明日で卒業できるのだそうです。卒業後の進路は川本先生が当たっているのだそうですが、現時点では未定。それでも、特に不安がる様子はなく、「まだまだ陸上を頑張ります」と元気に話していました。陸上競技を続けられる職場を選ぶようで、どんな業界・職種になるかは気にしていない様子でした。
 今回、取材をして認識を新たにしたことが1つあります。実業団選手というと、陸上競技が仕事というイメージがありますが、“通常の仕事”をフルタイムでこなしながら練習している選手が、かなりの割合でいること。優勝者に限っても、男子の競歩とフィールド種目、女子のフィールド種目に何人か見られました。対象を入賞者に広げれば、半分以上がフルタイムで働いている人たちでしょう。
 実業団とひとくくりで表現してしまいますが、中身の異なる2タイプの選手たちの競技会なのだと、強く思った次第。そんなこと、言われなくてもわかってるって?


■9月28日(土)
 全日本実業団1日目。取材の日は、ネタが多くて困ります……が、やはり、福島陸協の報道への記録配布システムを、紹介させてください。
 記者1人に2つのボックス(白と黒)を配ってくれ、親切にも社名まで紙に書いて貼り付けてくれます。で、黒い方にスタートリスト、白い方にリザルツと分けて配るのです。記録配布用にボックスやカゴを用意してくれる陸協は多いですけど、2つに分けてもらったのは初めて。もしかしたら、福島国体がそうだったかもしれませんが…。福島国体は、他のことに気を奪われていて、気づかなかったのかもしれません。他のこととは、もちろん取材でしょう。この方式は、目当ての種目を探すのに、能率が2倍になるわけです。
 しかも、紙をボックスに入れるときに、天地を一方向に統一して配ってくれます。これって、意外と気づかない陸協が多いんですけど、天地がばらばらに配られるのと比べると、思いっきり記録をチェックしやすいのです。これをやるのとやらないのでは、文字通り天地の差…。福島陸協は最高です。かなり頭のいい人が仕切っているものと推察します。
 いきなり個人的な話に変わりますが、実は寺田にも家族がいます。法律上の用語でいうと、配偶者というやつですね。結婚したのが7年前。独身最後の取材が95年10月の福島国体でした。今日、7年ぶりに“思い出の競技場”に足を踏み入れたわけです。
 その競技場で3組の夫婦が競技をしていました。小坂田淳・美恵夫妻(200 m・400 mH)、羽生悟・美保夫妻(走幅跳・走幅跳)、尾上三知也・洋子夫妻(走高跳・走幅跳)。羽生(はぶ)夫妻が2位・優勝という結果で、惜しいところで夫婦同日優勝を逃しましたが、この夫妻はすごいです。どうすごいかは、紹介する機会もあると思うので、今回は省(はぶ)きます(このネタ、羽生悟選手の方から「使ってください」と言われたので)。
 小坂田夫妻も同日優勝の可能性大でした。まずは出産を経て復帰した美恵選手が400 mHに優勝し、明るい雰囲気に会場が包まれました。夫の淳選手も200 m予選をトップ通過。決勝もコーナーをトップ(だと思いますが自信なし)で出てきて、夫婦同日優勝かと多くの人が期待したところで、大腿を痛めて倒れ込んでしまいました。アジア大会を控えた時期でもあり、ケガの状況が心配です。
 実は、寺田の家族も弱いながらも短距離選手でして、以前、東日本実業団に出た際、目の前で肉離れを起こしました。それまで、選手が「あっ」とやるのを幾度も幾度も見ていましたが、今思うとそれは、頭で「ケガをして気の毒だな」という認識はしていても、当事者の痛みや不安を肌で感じていたわけではなかったのです。家族が「あっ」とやったのを見たときの、あの感覚は言葉では言い表せません。強いて言うなら、その瞬間に全身に鳥肌が立ち、何かが脳天を突き刺す感じなのです。その突き刺すというのが、外部(真上)から刺されるようでもあり、内部(真下)から刺されるようでもあり…。強いて擬音にするなら「ぐぁわわぁん」という衝撃が渦巻きになって、身体の内部と外部の両方を包む感じ、とでも申せましょうか。
 淳選手の側に付き添っていた美恵さんに、心から同情いたします。そして、一刻も早い小坂田選手の復帰を、心からお祈り申し上げます。


■9月27日(金)
 なんとなく、そうなるんじゃないかと思っていましたが、福島入りが最終の新幹線になってしまいました。
 今日締め切りの原稿を、15:30頃本文を書き上げたのまではよかったのですが、そこで気持ちの張りがゆるんでしまったようです。昼食休憩を入れたのはいいとして、本文の見直し・リード・見出し・プロフィールなどを書き上げるのに手間取り、送信したのが18時ちょい前。
 福島行きの準備がほとんど進んでいませんでした。19:30京王永山発の電車に乗ると22時ちょっとに福島に着けたのですが、厳しい状況に。できればですが、日本インカレの東海大短距離5種目完全制覇の記事も、完成させたかったのですが…。あきらめムードでふとテレビを見ると島谷ひろみのコンサートをやっていたので、すかさず録画。こういうとき、テープを入れる必要のないハードディスクレコーダーは楽です。
 シャワーを浴び、荷造りが終わったのが19:45。それから再度、資料のコピーなどで20:15。東海大の原稿は移動の最中に完成させよう……という考えは甘かったです。
 金曜日の夜の埼京線(新宿→大宮)は通勤ラッシュ状態。大宮からの東北新幹線も満席で、座れたのは宇都宮から。でも、記事を完成させたのは、ホテルの部屋で0:30頃。ホームページ作成ソフトでデザインしてサイトにアップしたのが午前1時。コンビニから帰ってきたのが2時。明日は8時競技開始なので6時起床。睡眠4時間かあ。まあ、なんとかなるでしょう。ホテルが駅から近かったので、助かりました。


■9月26日(木)
 いやー、今日は頑張っちゃいました。
 まずは午前中に営業の電話を1本。詰めた話は10月になりますが、冬の仕事が1つ、決まりそうです(O本さん、大丈夫そうです。ありがとうございました)。
 昼から外出。13:30に千駄ヶ谷で人と会って、14:30まであれやこれやと話しました。詳しい内容は、企業秘密。15:00には飯田橋で別の人と合流して、下見。何の下見かというと、東京国際女子マラソンのコース。このあたり、JR総武線に沿って選手は走りますから……というのは、ウソ。これも企業秘密。
 飯田橋からの帰路、記者クラブに寄りましたが収穫なし。全日本実業団のプログラムでも置いてあれば、と思ったのですが、ちょっと残念。そこから渋谷に出て、明日からの福島出張の切符をゲット。
 永山駅に着きMacで本サイト用の記事を1本書きました。北海道マラソン終了1カ月記念特別記事その2 男子3位の松永は創価大出身 「箱根駅伝予選会では60番くらい」が最高成績です。昨日の山本佑樹選手の記事を出したのなら、学生時代まで対照的な成績だった松永選手を書かない手はないだろう、と考えた次第です。
 帰宅して、メルマガバージョンの原稿を書きました。途中、知り合いから連絡があって、留学生の奨学金申請用の書類をチェック。午前1時前にメルマガの原稿がやっと終わって、それから食事。ここ数日、本当にネコの手状態。それでも、食事前後はゆったりするようにしています。食事をしながら見ているのが、「未来少年コナン」のDVD。
 昨年の10月頃に全話購入したことは、日記にも書きました。弘山晴美選手がヨドバシカメラで売っていることを教えてくれたDVDです。しかし、それから1年近く経つのに、1・2話収録の第1巻しか見ていませんでした。DVDは仕事場のノートMACでしか見られません。普段使っているのはVAIOのウィンドウズ機ですから、ついつい「時間ができたら」ということになってしまって……。先日来紹介しているハードディスク&DVDデッキを買って、やっと手軽に見られるようになったのでした。今、8話くらいまで見終わりました。
 こんなに長期間ほったらかしにしてしまって、せっかく教えてくれた弘山選手には申し訳ないことをしました。この場を借りて謝ります、と書いても、今はアジア大会に向けた最後の追い込んだ練習をやっているようなので、こんな日記までは読んでらっしゃらないでしょうけど。
 購入した際にも書いたと思いますが、「コナン」を見ると“走る”楽しさを思い出させてくれます。それで仕事も頑張れている…の、か、な。


■9月25日(水)
 かなり仕事が重なってライターズ・ハイ状態。やばいくらい立て込んでいますが、北海道マラソンの山本佑樹選手の記事を書きました。レースからちょうど1カ月後の今日を逃したら、書く機会がなくなってしまいますから。それくらい、面白い話だったと思っています。このネタを埋もれさせてはならじ、の一念で書きました。
 記事を書く前に、有用なネタはないかと山本選手のサイトをチェック。リンク集にあった砲丸投日本記録保持者・野口安忠選手のサイトを見ると、1週間くらい前の話ですが、練習を再開したと「独り言」コーナーにあります。6月の日本選手権後に2度目のヒジの手術をし、その後書き込みがなかっただけにちょっと心配していたのです。これで一安心。野口選手も話が面白いですから、頑張って結果を出し、メディアに多く登場して、陸上競技の普及に一役買ってもらいたい選手です。
 明日も、超多忙。マジで猫の手を借りたいくらい。これは渋井選手のネコの手。


■9月24日(火)
 有名人だから肩を持つわけではないのですが、福島大・川本先生が今日のおやじの時々日記に書かれていることはもっともだと思います。定価16万円のノートパソコンで、修理費が保証対象外の故障だから9万8700円もかかると言われて怒った、という話です。かく言う寺田も同じ経験をしました。
 昨日の日記でも触れているノートパソコンの2台目は、中古で買いました。新製品で買った1台目は27万円くらいでしたが、1年後の中古では同じ機種が13万円。その中古を購入する際に店員に勧められ、ショップの5年間保証に入りました。確か、5000円くらいの保険金額だったと思います。それで、バッテリー装着部分の破損で修理に出した際に言われたのが「保証の対象外です」のアンビリーバボッなお言葉。
 なんでー? 一番破損しやすい部分じゃないですか? と突っ込んだところ、「保証はソフト的な故障だけです」と冷たい一言。ソフト的な故障なら、メーカーのサポートに電話すれば直ることじゃないですか。なんなんだろう、ソフト的な故障って? 「だからソフマップっていうお店なんですね」と言おうとして、なんとかとどまりました。泣く泣く2〜3万円くらい払ったと思います。
 故障したVHSビデオデッキの修理ですが、ビクターの出張修理が来週の月曜日、9月30日に来てくれることになりました。“出張”は、それだけで5000円くらい取られそうで、怖いといえなくもないですね。その場で見積もりを出してからの修理になると思いますが、3万円とか言われたらどないしよ。「今日は修理代をビクターさんに奮発しますよ。ビクタギロワ(ベラルーシのマラソン選手)の誕生日だから」とでも言おうかな、イマイチですけど……と書いてからビクタギロワの誕生日を調べたらなんと9月20日でした。10日違いです。ホントに言ってみようかな。


■9月23日(月)
 この日記でも何回か紹介したように、ハードディスク&DVDレコーダーをスーパー陸上前日に新横浜で買いました。これまで使っていたVHSビデオデッキが壊れたわけではないので、ビデオデッキが2台になったわけです。あれもできる、これもできると想像して楽しんでいたら、昨日VHSデッキが壊れました。ウソみたいなタイミングですけど、ホントの話です。テープが内部で機械にからんだらしく、いくらやっても変な音がするだけで、テープは回ってくれません。取り出してテープのたるみを取り、再び入れようとすると、入りません。正確には、いったんは入るのですが、すぐに戻し出されてしまうのです。他のテープでやってみましたが、何回やってもダメ。まあ、当面は1台あれば事足りるのでいいのですが…。
 急に不安を覚えたのがパソコンの方。先日、携帯電話も水中に“撃沈”させて、いまだ修理から戻ってきません。ビデオデッキと携帯電話の故障が重なったせいで、「パソコンのハードディスクがクラッシュしたらどうしよう」と不安になったのでした。寺田は、パソコンを3台持っています。デスクトップが1台にノートが2台。全部ソニーのVAIOで、ノート2台はまったく同じ機種。ハードディスクの中身というか設定内容がまったく同じで済むからです。
 確かに、1年前までは確かに3台使っていました。それが、ノートのうち1台はバッテリー装着部が破損し、修理に出したらハードディスクをフォーマットされてしまいました(そうなってもいいと同意して修理に出したわけですが)。デスクトップは、いつ頃からか日本語入力するとフリーズするようになり、現在はCD−R作製くらいにしか使っていません。つまり、現在、使える状態なのはノートの1台だけ。そこに、この“故障続き”の日々が到来し、えもしれぬ不安に襲われたわけです。聞くところによると、ISHIRO!記者もVAIOがクラッシュしたようですし…。
 ということで、今日は唯一生き残っているノートパソコンのバックアップを4時間かけて取りました。600MBのMOに13枚。食事なんかをはさんで、仕事への影響を最小限に抑えたつもりですが、やっぱりこの時間のロスは痛いです。本日締め切りの作業もありまして、結局徹夜。ただ今、朝の5時50分です。今週は、地獄の日々が続きそう。本サイトに書きたい日本インカレとスーパー陸上のネタもあります。実は、北海道マラソンのネタもあったりするのですが、今さら北海道マラソンの記事を出すのも変です。1つだけ、方法があるにはありますが……って、これは独り言。ネットで公開しても、独り言は独り言。


■9月22日(日)
 朝なのに、もう今日の日記を書いています。普通はその日の終わりに書くのが日記なのでしょうが、“書ける時に書く”のが寺田の鉄則です。
 昨日は、昼間は都心でランチを食べながらの打ち合わせ(西武が昨日優勝が決まらなかったので、できたわけです)。冬のロードシーズンに向けての仕事です。内容は企業秘密。これは寺田だけの秘密(=個人事業主秘密・一昨日の日記参照)ではなく、先方がれっきとした企業ですので、文字通り企業秘密です。ありがたいことに、昼食代は先方持ち。ありがたいことです。
 いったん自宅兼オフィスにもどって仕事。その前に、DVD−Rを1枚作製。スーパー陸上前日に購入した例の商品ですが、実際に操作してみると予想よりも使い勝手が悪いし、「これできないんだ」と思うこともいくつか。なんでも、こちらの思うとおりにはいきません……って、誰かに言われたな、この台詞。たしか、A選手だったと思います。そのDVD−Rを持って2度目の打ち合わせに出かけました。某クラブチーム事務局長のご自宅で打ち合わせ。ここでも、夕食をご馳走になってしまいました。
 移動はすべてパスネットを使ったので、昨日は2回も外出したのに財布からは1円もなくならなかった珍しい日。それはともかく、Oさん、Mさん、ご馳走様でした。
 夜は早めに就寝し、朝の5時半から仕事。ワールドカップの成績をサイトにアップしました。国際陸連のページにリザルトは出ているのですが、1種目毎にクリックする方式です。グランプリなんかは必ず、「download text file」というのがあって、全種目が一度に見られるのですが、今回はそれがありません。1種目毎方式だと、かなり見にくいというか、記録や頭の中を整理するのが不便です(頭のいい人は平気かも)。だったら自分で作るか、と作製したのがこのページ。かなり便利じゃないかと、そこそこの人たちの役に立つんじゃないかと、自負しています。アジア代表選手の成績を整理しておくと、アジア大会にも役立ちそうですし。でも、楽じゃないですね、この作業。かなり肩凝ってます。背中も張ってます。ということで、女子は後回しですが、ホントにできるのか、ちょっと不安。でも、そこまでいけば、アジア選手全員の成績を一覧にするのは簡単でしょう。やろうと思えば、チーム別の成績を全チーム、一覧にできますね。掲載はしませんけど。
 すいません、そんな事情で日本インカレの記事も後回しとさせていただきました。なにぶん、微力な個人で運営しているサイトです。大目にみてやってくださいませ。実際、かなりやばくなってきました。世間は連休ですけど、休んでなんかいられません。それが零細企業・個人事業主の宿命です(というか社会の構図)。


■9月21日(土)
 昨日のことです(珍しく日記を明るいうちに書いたので、その後のことを2〜3書こうかな)。アジア大会への出張に備えて釜山のガイドブックを買いました。地球の歩き方・ポケット版の「釜山&慶州」ですが、つい最近出たものです。1カ月くらい前に「韓国」を買おうと思いましたが、かなり厚いし、そのうち釜山はごく一部なので思いとどまりました。釜山だけのガイドもあるんじゃないかと期待しつつ、「結局これを買うんだろうな」などと思っていましたが、珍しく“待ち”が正解。
 帰りの電車の中でページをめくっていると、ホテル一覧の中に「Roger Kingdom」という名前のホテルがあることに気づきました。88年のソウル五輪110 mH優勝者がホテルの名前になっているのです。何かの理由があってキングダムが韓国で人気が出たんだろう、と推測をしていましたが、それにしてもすぐには信じがたい話です。で、よくよく見ると「Royal Kingdom」ホテルでした…。まあ、ありがち(?)な見間違いです。
 さて、自宅兼事務所に戻ってしばらくすると、FAXが某雑誌の編集部から届きました。「ゲチェックお願いします」という編集者手書きの文字が。「ハンマー投の記事じゃなくて、ベルリンマラソンの展望記事だろ」と内心思いつつ読み直すと、「ゲラチェック」でした。ゲラとは文字校正のことです……。うーん、ちょっと疲れているのかも。
 その後、テレビ(NHK衛星)でライオンズ戦をがどうなっているか確認。昨日の日記にも紹介したように、西武ライオンズが優勝するかどうかで明日のスケジュールが決まるのです。で、テレビをつけると「ジオルコフスキー」の字幕が目に飛び込んできました。「おいおい、ハンマー投の試合じゃないだろ」と突っ込みを入れつつ見直すと、「シコースキー(マリーンズの投手)」でした……。かなり疲れているのかも。


■9月20日(金)
 今日は朝から都心で打ち合わせ。11:22から「EXCELSIOR CAFE」に陣取って、パソコンに向かっています。EXCELSIOR CAFEは、いってみれば“なんちゃってスターバックス”。でも、本家と違って席が空いていることがあるので、時々利用しています。さすがに都心は、綺麗な女性が多いのでいいですね(と、たまには軟らかめのネタも書かないと飽きられてしまう)。難点は、本家が禁煙なのに対し、EXCELSIOR CAFEは煙草吸い放題のこと。服がヤニ臭くなってしまいそう。スタバが普及してから、ドトールなど喫煙系CAFEの煙の量が多くなった、というのが寺田の持論です。おっ、隣の席でもスタバの話をしてますね。もう15:52。そろそろ、場所を移動しないとまずいかな。
 ところで、今日は西武ライオンズの優勝が決まるかどうか、に注目しています。というのは、西武が優勝すると明日の打ち合わせがなくなり、優勝しなかったら都心で打ち合わせがあるから…。これだけでは何のことやらよくわからないと思いますが、詳細は企業秘密。おやじの時々日記にもよく“企業秘密”という言葉が出てきます。川本先生は国立大の正規の教員なのだから正確には“国立大秘密”ではないか、という意見も聞きますが(冗談レベルの話です)、寺田は個人のアイデアは基本的に、その個人に所有権があるという考えですので、川本先生の指導法などノウハウも“企業秘密”なのではないかと思っています。その点、寺田の場合は文字通りの企業秘密。零細企業にも含まれない個人事業主ですけど(それって企業?)。
 大学教員の話が出ましたが、その世界は比較的個人の活動が自由で、本を出版したり、他の大学で非常勤をしたりすることが認められています。その点、民間企業の方が、そういった点は厳しいですね。寺田がかつて勤務していた出版社のとある雑誌に、名物編集長的な人がいて、他社から本を出版したりもしていましたが、それは例外。陸上記者・カメラマンで複数のメディアの仕事をしているのは、フリーの人間以外はいません。
 いきなりなんですが、「官」「民」と教育の話題が出たところで1つ、言いたいことがあります。中学・高校の教員は、大学の新卒を採用しますが、これは絶対にやめてほしい(以前に書きましたっけ?)。20歳代前半の人間に、教育現場を預かる経験があるとは思えません。相手が子供とはいえ、その人間の人生を左右するかもしれない影響を与える立場です。クラブ活動のコーチしかり、生活指導しかり(学習指導はできると思います)。先生をやりながら経験を積めばいいという考え方もできますが、外の世界(民間でなくてもいいですけど、民間の方が望ましい)でそれなりの年数経験を積んだ人間が、教育現場に入るべきでしょう。教員採用試験の成績よりも、実際の人生経験が必要な仕事だと思います。もちろん、それに見合った報酬になるべきで、給与は今より上げるべきです。逆に、能力がなかったり、不適格な教員はどんどん解雇されるべきです。
 これは、“スタバ進出と他店の喫煙量”に関する持論よりも、ずっと自信のある持論…………というのは冗談です。これだけたくさんの立派な先生方がいる今の制度が、悪いわけはありません。聞き流してくださいね、ジョークですから。シリアスな話題は寺田には似合いません。腰砕けと言われようと、気にしません。


■9月19日(木)
 最近、ちょっと早起きをして仕事をしている寺田です。まずはメールをチェック。いつものようにM岡さんが知らせてくれた更新情報の中に、「青戸慎司 10秒に生きる(読売新聞 中部発)」がありました。新聞のコラムですが、1年以上にわたる長期連載です。今日の昼間締め切りの作業があったのですが、10年前の日本スプリントシーンを思い出し、ついつい何本か(さすがに、一気に全部は無理)読みふけってしまいました。
 ご存じかと思いますが、青戸選手はかつて10秒28の日本記録を2回マークした、当時の“最速男”。オリンピックにも88ソウル、92バルセロナと連続出場し、バルセロナでは4×100 mRで6位入賞。長野五輪にボブスレーで出場し、日本人初の“夏冬五輪出場”をやってのけたことでも知られています。
 陸マガ時代に青戸選手を取材したことは何回かあります。88年のソウル五輪代表を決めた日本選手権。実際に話を聞いたのは、その後の諸手続で体協に来たときだったかもしれません。2度目は翌89年の日本選手権に10秒28の日本タイで優勝したとき。このときは、当時100 mに参戦していた高野進選手(現東海大コーチ)、元花園ラガーマンの中道貴之選手と3人でセットにして特集しました。が、「青戸慎司、4つのモノローグ」というタイトルを付けて、彼のコメントを4つのテーマに分けて掲載たのがメインです、もちろん。ロッカールームで賞状を脇に置いて帰り支度をしている写真が、自分としては気に入っていて、見開き全面で掲載しました。自分で撮影した写真でしたが、こういうことができるのは今考えると、編集者の特権でしたね。
 3度目は、バルセロナ五輪の4×100 mRで入賞したとき。帰国後にリレーメンバー4人(青戸・鈴木久嗣・井上悟・杉本龍勇)に集まってもらい、赤坂のホテルの1室を借りて対談をしてもらいました。進行役と実際のライティングはフリーの方にお願いしましたが、かなり盛り上がった記憶があります。
 陸マガ編集者時代に、面識のある一部読者の方たちから、寺田の考えた企画に「100 mが多いのでは?」と言われたことがあります。意識してそうしたつもりはまったくありませんが、たぶん、そういう傾向はあったような気がします。これは、寺田個人に限らず、世間一般にも、そういう傾向はあるんじゃないでしょうか。今、9秒台が出そうだと世間の注目を集めていますが、仮に9秒99とかが出ても世界歴代35位くらいなのです。他の種目で世界歴代30位台の記録が出て、これほど騒がれることはありません。
 9秒台だから、というのも注目される理由でしょうが、9秒台でなくともやはり男子100 mは注目されます。8月のインターハイは男子100 mの相川誠也選手の印象が強いと思いますが、優勝記録の10秒30は高校歴代5位タイ。確かに、近年は高校歴代5位以内の記録は出にくくなっています。でも、他の種目だったら高校歴代5位が専門誌の表紙を飾るほど注目されたかどうか…。“高校最速男”という称号がつくからこそでしょう。
 やっぱり、“最速男”を決める100 mは“陸上競技の華”なのだと思います。ところで現在、“陸上競技の鼻”といえば朝原宣治選手と小坂田淳選手(為末選手がよくネタにしています)。ということは、朝原選手はハナが2つもある選手? 2カ月続けて陸マガの表紙(7月号&8月号)になるのも納得できます。


■9月18日(水)
「こんなはずじゃなかった」と言ったのは、6月の日本選手権男子三段跳で優勝した小松隆志選手と、3位と大敗した杉林孝法選手でしたが、今の寺田も“こんなはずじゃなかった”という心境です。今週はもうちょっと余裕があるはずでした。今後の取材の準備をして、机の回りに散乱した資料を片づけて、冬のロードシーズンに向けて営業もして(これはちょっとだけしました)、パソコンのハードディスクのバックアップもとって、読みかけの推理小説も読んで、もちろん、このサイト用にインカレとスーパー陸上の記事も書いて……。いろいろやりたかったのに、何一つできていません。
 かなり以前にも書いた気がしますが、誰か寺田のスケジュールを管理してくれないかな、などと甘いことを考えてしまいます。常に側にいて、予定より仕事が遅れると注意してくれる。たぶん、それでも予定通りには進まないと思いますが、それだけでも、かなり違ってくるような気がします。
 すいません、愚痴が長くなりました。
 “こんなはずじゃなかった”という思いは、近頃引退した2人の長距離選手も…。2月の別大マラソンで引退した佐保希選手と、先頃引退表明をした渡辺康幸選手。本人が“こんなはずじゃなかった”と思っていると第三者が決めつけるようなことは、したくありません。が、陸上ファンが“こんなはずじゃなかった”と思っているのは確かでしょう。
 かく言う寺田もその1人。93年に高校から入社3年目の佐保選手が27分台を連発したとき(世界選手権代表にもなりました)は、すごい選手が現れたと思いました。その頃、渡辺選手は大学2年のシーズンに入ったばかりで、まだそれほど1万mではいい記録を持っていませんでした。しかし、旭化成の宗茂監督の話(佐保選手のことを取材していたのだと思います)を聞いていると、渡辺選手の話が何回か出てきます。やはり、関係者の評価は高いのだなと、感じた記憶があります。
 旭化成とエスビー食品という、日本の長距離を代表する東西両チームのエースになって不思議のない選手だったと思います。2人とも引退を決意した理由は故障のようです。ケガをしない練習法って、究極の命題でしょうか。永遠かもしれません。周南システム陸上部の渡辺選手引退特集を読んで、ふと、そんなことを思い出したり考えた次第です。


■9月17日(火)
 いきなりですが、本サイトのトップページ左下(スクロールして見てください)のイラスト猫の名前が、決定しました。発表します(ジャジャーンという擬音)。「テラッキー」です。命名者は、弘山晴美選手。暫定的な名前で、もしもアジア大会を走っているときに別の名前が浮かんだら、変更することになっています。弘山選手は寺田のサイトを見ると、この猫をマウスでグリグリ(クリクリだったかな? 擬音はメモしないと忘れてしまいがち)なでるのだそうです。マウスはネズミですからね。
 今日はTBSでアジア大会番組製作発表があり、その後、弘山夫妻を取材することができました。面白い話を聞くことができたので、記事にしたいと思っています。が、なんだか“ちょっとだけやばそう”モードになってきたので、いささか不安。インカレとスーパーも書いていないネタがたくさんあるんです。このサイトで書けなかったら、ちゃんと別のメディアで今日の情報を生かします。
 弘山選手のテレビの仕事が終わるまで、数人の記者たちで“出待ち”をしていました。そのときに話題になったのが、擬音の使い方。日刊スポーツ・佐々木記者が「昨日の400 mHの記事で(為末選手が)“グッと出た”という表現を使いました」と切り出すと、東京新聞・吉岡記者は「あれは“グイッと出た”だな」と言います。寺田は、スピードアップしたというよりも粘り勝ったという印象なので「“ムンッと出た”かな」と、控えめに主張(日本的な奥ゆかしい性格です)。
 各メディアでそれなりの年数、頑張ってきている記者の間でさえ、同じものを見て使う擬音には差が出ます。スタートで上手く出られたときに、「ドンと出た」「バンと出た」「ビーンと出た」等々、選手によって表現が違うのは当たり前です。同じ選手の中でさえ、時間が経つと擬音が違ってくることがあります。今年取材したある有名選手に、「今日はあの局面でウィーンっていう感覚あった?」と質問したら、「ウィーンって何ですか?」と言われたことがあります。僅か2週間前にその選手自身が使った擬音なのですが。
 そのあたり、佐々木記者が研究していますので、いづれ論文を書いてくれるでしょう。「擬音研究記者」になりたい、と言っていたことがありますから。「祇園研究記者」ではないと思うので…。


■9月16日(月)
 スーパー陸上取材。今日は、このネタは外せないでしょう。
 吉田真希子選手が日本新、久保倉里美選手が学生新を出したので、福島大・川本和久先生にお祝いを言いに行ったときのことです。川本師匠の第一声は「オレ、今日とっても幸せっ。オレの方が幸せだよ」でした。
 事情を説明すると長くなりますが、やっぱり少し説明しましょう。まずは9月10・11・12日のおやじの時々日記と寺田の日記をご覧ください。なぜだかよくわかりませんが、2人とも自分が幸せだってことを力説しています(川本師匠の挑発のような気がしますが)。今日、最初にお会いした際に「今度、幸せ度を比べましょうか」と切り出しましたが、そのときは「それはちょっと」ということに(なったような気がします)。
 今日のところは、さすがに反駁できません。寺田にも、マスターズの日本新を出したことのある親しい人物がいるのですが、それとは比較にならないですし…。しかし、何のてらいもなく「オレ、幸せだよ」と言えるキャラ(人徳?)は、そうめったにお目にかかれません。陸上界の加山雄三とも言える愛すべき人物かと思います。今日のところは「そんな川本師匠にお会いできて幸せでした」と、申し上げるにとどめましょう。
 吉田真希子選手のことで思い出しました。いきなりシビアな話題で何ですが、記録の発表が遅いことが今大会、批判のやり玉に挙げられています。テレビを見ていた人も、会場に来ていた人も、吉田選手の日本新がわからなかったというのです。
 実は、取材陣もなかなかわかりませんでした。特に、ミックスドゾーン近辺では、記録チェックのしようがありません。インタビュー・ルームとかで、記録が確認できるシステムにしないと、かなり不便。横浜の場合、ミックスドゾーン&インタビュールームから、記者席やプレスルームがかなり遠いのです。サンドニ(パリ)ほどではないですけど、それでも遠い。以前は、第1コーナーのスタンドのドアを通ることができたんですけど。あと、ミックスドゾーン&インタビュールームにモニター画面も欲しいですね。GP(パーミット大会も含む)や日本選手権レベルの試合だったら、そのくらいしないと。外国人記者に笑われかねません。


■9月15日(日)
 今日はスーパー陸上前日会見。昨日の日記で予告したように、日刊スポーツ・佐々木記者が代表質問。選手個々が現在置かれている状況を踏まえた的確な質問で、聴衆を驚かせました。会見後に感想を聞くと「いやー、ちょろいもんですよ」などと不遜な言葉はひとことも言わず、「ジオルコフスキーが昨年までのコーチとたもとを分かった話をし始めたときは、意外な展開でした。大役を終えることができ、ホッとしています」と、なかなか殊勝なコメント。
 今日の会見は午後の4時と9時の2回に分けて設定されていました。夜の9時は新聞記者の方たちにはきつい設定で気の毒でしたが、会見は本来、いくつかのカテゴリーに分けて行った方がいいと思います。国内のマラソンでよくあるような、招待選手全員が一同に会してやるというのはどうも、話題が散漫になってよくないですね。各マラソン関係者にも提案しているのですが、先方にもいろいろと事情があるようです。
 話をスーパー陸上に戻しますが、2回の会見の空き時間には、インタビューを1本と買い物を1つ。会見場の新横浜プリンスホテルの隣にビックカメラがあり、そこに東芝のハードディスク・DVDレコーダーを買いに行きました。80GBのハードディスクに録画して、DVDに編集して保存できるというスグレモノ。陸上競技、特にトラック&フィールドの試合は、放映された全部というよりも、肝心のシーンを編集して保存した方が何かと便利です。その作業をやっている時間があるのかどうか、やや不安はありますが。
 実は、新横浜に行く途中、乗換駅の町田のヨドバシカメラで購入しようとしたのですが、町田駅のコインロッカーに1つの空きもなく、買えませんでした。新横浜にもビックカメラがあるから買えるだろう、と踏んでの判断でしたが、行ってみてビックリ。値段がヨドバシよりも1万円も高い! どうしようかと迷っていたら「他店より1円でも高かったらその場で値引きします」という意味のアナウンス(正確には覚えていません)。「よし、値引き交渉しよう。でも、そんな大それたことが自分にできるだろうか…」(日本的な奥ゆかしい性格です)とためらっていると、S選手とバッタリ。
 ひとしきり、T岡選手のことなどを話した後、あることにはたと気づきました。
寺田「Sビッチ選手は関西出身だよね。値切りの交渉って得意?」(
S選手「いえ、そういうのはちょっと……」
寺田「じゃあ、僕が交渉するから、横にいて話を振ったら適当にうなづいてよ」
 ということで、S選手とともにお目当ての商品の売り場に。さっそく店員をつかまえて交渉開始……「ちょっとお待ちください。値段を調べてきますから」と店員は言い残して去り、待たされること3〜4分。「お客様のおっしゃるとおりでした」ということで、本当に1万円安くなりました。あっけないくらい簡単に成功しました。
 いやー、こういうことって1人ではやりにくいですから、S選手に感謝。今度、コーヒーくらいおごらないと。
※ちょっと前にあるテレビ番組で、大阪の主婦たちが大阪の有名な市場で値切るのが上手く、値切りの下手な東京の主婦たちに東京・築地で見本を見せる、みたいな特集をやっていたのでその印象が強かったんです。関西人への偏見ではありません。


■9月14日(土)
 15時まで自宅兼オフィスで仕事。昨日の日記で紹介した昨年10月時点の携帯電話メモリーデータを、パソコンから代替携帯電話に転送。明日の仕事で連絡をとらないといけない人の番号も、パソコンで入力してからやってみました。パソコン側での入力は初めてやったのですが、意外と効率がよかったですね。
 その後、下町の森下に出かけて会食。もつ煮込みが東京一おいしい、という触れ込みの店です。何の会かというと、特に目的はありません。昨年、エドモントン世界選手権で席が近かったグループとでもいうべきでしょうか。移動の間に、明日のインタビューの下調べ。というか、コピーした資料や過去の記事に目を通して、どんなことを聞こうかな、とイメージづくりをしました。それほど大げさなモノじゃないんですけど。
 何年やっていても、独占取材の前は緊張します。“自分なんかにできるのかな”と不安にかられます。しかし、下調べをしてイメージができてくると、徐々に「やってやろう」という前向きの緊張感に変化してきます。下調べができないときも稀にありますが、そういうときは開き直るしかありません。通常の大会取材中も、独占取材状態になることもありますから、「そういったケースでもなんとかやってるじゃないか」、と自分に言い聞かせています。
 こうして文字にすると、けっこう小心者なんですね。薄々は感づいていましたが。会食出席者に、日刊スポーツ・佐々木一郎記者もいました。そういえば、明日のスーパー陸上前日会見の代表質問は、大会共催の日刊スポーツの記者が担当します。自分だけ緊張しているのもシャクだったので、佐々木記者のことを、他の出席者に対し「明日は彼の晴れ舞台なんです。マラソンの前日会見は質問のパターンが決まっているけど、トラック&フィールドはそれがないから、記者の個性が出るんです」と話して、プレッシャーをかけました。文字にするとかなりやな奴でしたが、その程度でひるむイチロー記者ではありません。「大丈夫ですよ。○○○○○○○○ですから」。寺田とは器が違います。
 帰宅途中、室伏広治選手がグランプリ・ファイナルで優勝したという一報が。帰宅すると今度は、モンゴメリー(米)が9秒78の世界新の知らせ。もしかしてと思ってニュースを見ていたら、世界新の映像が流れました。すかさず録画。


■9月13日(金)
「金に糸目を付けずにやってくれ」
 なんてキザな台詞を言ったことがありますか? 寺田は今日、ついに言ってしまいました。場所は、都内某所のJフォンショップ。一昨日、“水死”してしまった携帯電話を修理に持ち込んだときのことです。それだけ、ひっ迫した事態となっていました。
 機械自体は間違いなく治るというのですが、メモリーのデータが復旧できるか怪しいとのこと。携帯電話の“電話帳”のデータは「2カ月くらい前にバックアップを取ったかな」と思っていましたが、パソコンのファイルを見ると保存されていたデータは昨年10月末のもの。もしも、携帯のメモリー復旧ができなければ、過去10カ月間に登録した電話番号がパア。目も当てられない悲惨さです。
 取材中に電話番号を聞いて、終了後直ちに自分の携帯に入力するのが寺田の行動パターン。1〜2年前に「携快電話4」というソフトを買って、登録したデータのバックアップは取るようにしていたので、特に紙の電話帳に整理する必要はなくなったのでした。ところが、10カ月もバックアップを怠っていたとは…。インターハイ取材中に、A新聞S山さんに「携帯のバックアップはこまめにとらないとダメですよ」なんて、偉そうに話したことを思い出しました。まさか自分がその憂き目にあうとは……。
 そんな経緯で、Jフォンや製造メーカーでできなければ、データ復旧専門の業者に依頼してでも、復旧させてもらいたかったので、冒頭のキザ台詞になった次第。さて、どうなることやら……。取材ノートにメモした電話番号を10カ月間分チェックすればいいのですが、名前を書いてないことが多いんですよね。その日の内に入力するので、その時点では誰の番号か忘れるわけはありません。だから、名前までメモする必要がないんです。
 修理期間中、代替の携帯電話を貸してくれるので、最低限の機能(要するに通話)は回復しました。でも、電話帳がないと不便です。
 さて夜は、昨日入手した陸マガ10月号の「さわり」を記事にしようと思っていたのですが、ある原稿の手直し作業が入ってしまいました。ということで、陸マガ10月号の「さわり」は明日に延期。でも、明日はある集まりがあるから書けるかどうか。仲間内では会食ならぬ「怪食」と呼んでいますが、飲み会に近いかも。なんだか、F大学のK本先生みたいになってきたぞ。
 昨日の日記で陸マガ10月号の表紙当てクイズ(?)を実施しました。正解は末續慎吾選手でした。正解者は北海道・田部信二さん、宮城県・大井恭子さん、千葉県・宇野翼さん、長野県・松本彩美さん、京都府・本条実さん、岡山県・山内翔太さん。


■9月12日(木)
 午前中に電話取材を1本。すぐに出かけて、都心で打ち合わせ。途中、営業の電話を2本。その後、陸マガ編集部に行って、10月号をゲット。表紙は……誰だと思いますか? わかった方は、メールくださいって、わかるわけがないですね。印刷所の担当者は別として。この選手だと自信のある方は、メールください。ただし、明日の21時締め切り……明日は、13日の金曜日じゃないですか。だから何だと言うわけじゃないですけど、「13」という数字が嫌われている理由を知りたい方は、ミステリアス“48” 数字にひそむ謎の法則の真相とは?で。正解者の方には何も差し上げられませんが、この場で名前を掲載します。正解者多数の場合は抽選。
 今日中締め切りの原稿が1本。こんな日記を書いている場合じゃないです。そちらを頑張ります。
 おっと、その前に――昨日(9月11日)のおやじの時々日記に、寺田の話題が出ています。10日の日記に「“真っ昼間からビールが飲める”のはフリーの特権。さすがの川本先生にもできないだろう」と書いたところ、こちらの意図を察して“挑戦”と受け取ってくれました。その返球が、「いい教え子たちに囲まれて、好きな陸上で遊べて幸せです。」という部分でしょうか。
 フリーだって幸せですよ。最近ではそうですね。やっぱり6〜7月のヨーロッパ出張でしょうか。まず、グランプリの取材が充実していました。福士加代子選手は面白いし…じゃなくて日本新を連発するし、朝原&為末コンビも絶妙だし(何が絶妙?)、HSIのスミス・コーチと目で会話ができたし、ペティグリュー選手のアスリスター(91世界選手権マスコット)シャツとの写真は撮れるし。
 試合の間に、ヨーロッパ各地を見て回れたのもよかったですね。パッと思い出すのはツールーズから特急で約1時間の街、フォアに着いたときのことです。最終目的地のモンセギュール城塞まで足の便がなくてタクシーで行くと腹をくくり、だったらと、1時間ばかり、文庫本を読みながらカフェでゆっくり昼食。そのときのビールのおいしかったことといったらなかったですね。ヨーロッパの女性は87%が太り気味ですが、そのカフェのお姉さんだけはスリムでした。思わず、モンセギュール要塞に登るのに何分かかるのか、質問してしまいましたから(寺田はふだん、その手の世間話的な質問を初対面の人に対してすることはありません)。
 でも、川本師匠は茂木智子選手のお弁当エピソードを紹介して、幸せ度を強調されています。このエピに対抗するには、ヨーロッパ取材中に受け取ったあるメールを紹介するしかないですね。
「日記、毎日、拝見しています。そして、同時代に寺田辰朗という○○○○○○○○○○○○を持った幸せを噛み締めています。これ、お世辞じゃないですよ!」
 これは、買いかぶりかもしれませんが、猫かぶりじゃありません(意味なしギャグ)。○部分まで明かしてしまうと、せっかくの幸せが逃げていってしまいそうなので、伏せさせていただきました。それじゃあ、茂木エピと比較しようがないって? そうかあ、そうですよね。でも、やっぱり……。
 とにかく、一昨日の“真っ昼間ビール”の意図を“挑戦”とわかってくれた川本先生に感謝。アジア大会も朝鮮半島でありますから、アジアに挑戦してください、と言いたかったわけです。


■9月11日(水)
 悲劇は、午後の10時11分に起きました。場所は自宅兼事務所のトイレ。頭上の棚に携帯電話を置いた直後に、なぜか“ボッチャン”という擬音が…。「ええーーーーっっっっっっ!」という叫び声と共に便器(洋式の水洗)に右手を突っ込んで救出を試みました。こういうとき、国際救助隊(サンダーバード)は間に合いません。
 瞬時に脳裏に浮かんだのが、末續慎吾選手のこと。陸マガ8月号34ページの「やったるばい」をご覧ください。彼も、同じ被害に遭っているのです。そういえば、以前、国体だったと思うんですが、陸マガの後輩(今は別の編集部)がトイレに携帯を落としたことがありました。確か、熊本でしたね。
「やってしまったばい」
 洗面所でひとりつぶやく寺田の背中に、哀愁がただよっていました。秋ですし、ね。
 が、そのときです。液晶画面がまだ生きているのに気付きました。頭の中ではサンダーバードの曲が流れ出します。急いでティッシュで拭きました。丁寧に拭きました。あちこち拭きました。頭の中ではサンダーバードのメロディー。そして精魂込めて拭きました……が、拭いていたら、画面が、消えてしまいました。「マジかよ…」。サンダーバードの音楽が、徐々に小さくなっていきます。為末大選手の気持ちがわかりました。彼もどこかで、「サンダーバードの背中が小さくなっていくのを見ながら――」と書いていましたから……って、サンチェスか、それは。


■9月10日(火)
 午前中に、昨日提出した原稿の手直し作業。かなり煮詰まった状態で書いたため、編集者の方にお願いして助言をいただき(というか、大幅に直してもらい)、それの最終チェック。その原稿を送信してから出かけました。
 ファミレスが慣例となっているO内さんとの打ち合わせでしたが、今日は府中のイタリア料理の店で。真っ昼間ですが、ビールを飲みながらのミーティング。おやじの時々日記を拝読する限り、毎晩飲んでいらっしゃる川本先生でも、さすがに昼日中からは飲めないでしょう。フリーランスの特権です。
 打ち合わせ後、京王線で多摩センターに移動。7年前に谷川聡選手を取材した記念すべき場所です。用事があったのはHIS。アジア大会出張用の航空券を購入……しに行ったのではなく、6〜7月のヨーロッパ出張が、最終的には当初購入した路線とは異なる路線となり、少しばかりの返金があったのです。今日まで忙しくて(仕事が遅いのが原因)取りにいけなかったわけです。
 HISの後は、スターバックスで原稿書き。渋谷や新宿のスタバで空席を見かけることはほとんどありませんが、多摩センターは2席空いていました。典型的な日本的な奥ゆかしい性格と言われる寺田は、カウンターの店員から死角となる席に陣取り、約3時間パソコンに向かいました。そういえば、日本インカレで向井裕紀弘選手が不調でした。どうしたんだろう?


■9月9日(月)
 昨日で日本インカレが終わってしまいました。学生新は女子4×400 mRの1つだけで、大会新も女子100 mHの池田久美子選手と砲丸投の森千夏選手の2選手だけ。予選までチェックしていませんが、たぶんこの3種目だけでしょう。記録的には「全般に低調」と言われてしまいそうな大会でしたが、記録レベルの高い低いだけで陸上競技を見ていては面白くありません。昨日紹介したハンマー投の土井宏昭選手のように、学生6年目で偉大な先輩の記録に挑戦した選手や、田子康宏・西村美樹選手のように、“インカレの中距離”には珍しく前半からぶっ飛ばす選手がいました。インカレというとどうしても学校対校優先となり、ある意味、それが選手の個性を覆い隠していた部分を感じましたから、田子・西村両選手には新鮮さを感じました。自分の持ち味を最大限に発揮する、という単純なことなのかもしれませんが、これまでは、その単純なことが全体優先でできなかったような気がします。
 末續慎吾・内藤真人・池田久美子と大物選手が抜けて、来年の学生陸上界は正直、心配な面もあります。ですが、女子ではなく男子に1年生優勝者が3人も出ましたし、インターハイをにぎわしたあの選手やこの選手など、高校生の大物選手もたぶん、学生となるでしょう。来年のことを言ったら鬼が笑うかもしれませんが、女子三段跳の吉田文代選手の大会記録(成田高の先輩である花岡麻帆選手の記録)への挑戦や、今回欠場した田島宣弘選手のリベンジ(留年が決定しているとのこと)、男子走幅跳の大石博之選手と荒川大輔選手の8m対決など、話題になりそうです。
 昨日の日記で宮崎久選手とのやりとりを紹介しましたが、寺田の周りは3日間、ユーモアにあふれ、ウィットに富んでいました。男子100 mの予選終盤に末續選手が左右を見回したときとか、女子4×100 mRに関するK先生との会話とか、女子5000mの最中に池田久美子選手を探していたときとか、斉藤由貴選手が卒業後どうするのか某社コーチと話していたときとか。寺田がくだらない(と一部で思われている)ギャグを言ったわけではなく、寺田を含めた周辺が“ユーモアにあふれ、ウィットに富んでいた”のです。具体的には、機会を改めて文字に……は、しません。
 しかし、楽しいことのあとには、苦しいことが待っていました。今日の昼、締め切りの大作が1本。これが、いつ取材したんだ、というくらい昔に取材した原稿でして、いつものことですが仕事の遅い我が身を嘆き、嫌悪しました。ホント、成長していません。


■9月8日(日)
 日本インカレ最終日は、ハーフマラソンの土井洋志選手(法大)の優勝で幕が開きました。男子ハンマー投では土井宏昭選手(中京大)も優勝。日本インカレで「土井選手」が2人、しかも同じ日に優勝したことがかつてあったでしょうか。とても調べられるものではありませんが、「土井ひろ」まで同じ2選手は初めてでしょう、たぶん。
 ハーフマラソンの法大選手優勝は史上初めて(これは調べられます)。5000mでは昨年、徳本一善選手が優勝していますが、1万mでも戦後、法大は優勝者を出していません。ちょっと意外。土井宏昭選手は71m84の大会記録更新に意欲を燃やしました。あの室伏広治選手の記録を破る、千載一遇のチャンスだったのです。3投目にハンマーが着地したときは「きわどい」と、誰もが思いました。が、71m60と惜しくも24cm届かず。土井宏昭選手は今年で大学6年目。「競技優先の学生生活を送ってきた結果です。仕方ありません」と、自分の選択に後悔はしていない。「もう1年留年して大会記録更新を目指すのか」の質問には「就職します」とのこと。
 最終日のハイライトは、女子4×400 mRの学生新と東海大による男子短距離全種目制覇。東海大の男子100 m・200 m・400 m・4×100 mR・4×400 mRの優勝はすぐに気づくことですが、200 mの宮崎久選手の「今季200 m負け無し」に気づいたのは、宮崎選手(東海大短距離ブロック・キャプテン)と話していたときでした。来年の世界選手権を目指していることが話題となって、ふと気づきました。
寺田 そういえば、今年200 mじゃあ日本選手に負けていないよね。
宮崎 そう、ですね。関カレ、日本選手権……この前のヨーロッパ遠征は小さい試合でしたし。
寺田 ヨーロッパは初めて? アルゼンチンは世界ジュニアで行ってるけど?
宮崎 アルゼンチンじゃなくてチリですよ。
寺田 そうそう、チリ。いやあ、地理に弱いもんで…………これ、なかなか上手いでしょ。
宮崎 そうですかあ。ちょっと、あれだなあ。
 ここで、某記者が「最初から計算して間違えたのならグッドですけどね」と、フォローしてくれたのですが、宮崎キャプテンはそれでもイマイチの評価を変えてくれません。
 よし、アジア大会では宮崎キャプテンに認められるように頑張るぞ!


■9月7日(土)
 日本インカレ取材。末續選手の9秒台は出ませんでしたが、女子三段跳ややり投で、学生歴代上位記録が誕生しました。女子やり投はどうも、レベルがわかりにくいです。規格変更があってから。気を付けないと見逃してしまいます。男子走幅跳の大石選手も九州学生新。2位の青山選手の健闘も光りました。
 しかし、このサイトで記事にするのはアジア大会代表選手がほとんど。なんでかというと、それは寺田の事情もあってのこと。詳細は企業秘密。
 そうそう。アウトライン記事のページに、女子4×100 mRの福島大を記事にすると書いていますが、これは川本先生の日記に詳細が出ていますので、そちらをご覧願ったほうがベター。
 明日は、ある原稿の締切と重なります。インカレにどれだけ時間を裂けるか、ちょっと心配です。ちょっとというより、かなり。


■9月6日(金)その2
 インカレ会場の国立競技場。第4コーナー外の出入り口から入って第1コーナー外にある報道受付に行く場合、通称「ランプ下」と言われているアップ場の横を通る。選手たちが“所狭し”とウォーミングアップを行っているころだ。恥ずかしながら、「ランプ下」の正確な距離を知らない。たぶん直線で100 m前後(100 mもないかもしれない)。国立競技場はサブトラックがないため、短距離選手はここでアップをするしかない。“所狭し”は慣用句としての意味ではなく、文字通りの意味となっている。
 しかし、そのおかげと言っていいだろう。今朝、ランプ下の側を通ると、東海大・高野進(400 m)、順大・岩崎利彦(110 mH)、法大・苅部俊二(400 mH)、そして甲南大・伊東浩司(100 m・200 m)と日本記録を出したことのある選手がずらり。一瞬、「ここはバルセロナか」とも思った(ホントは思ってない)が、苅部コーチはバルセロナ五輪は出ていなかった。
 今日は雨。詳しくはISHIRO!の写真をご覧ください。寺田も雨が競技のどう影響するかを取材しました。女子の円盤投の記録が過去何十年かで最低で、もしかして“雨の影響を受けやすい種目”なのかなと。実際は女子ではなくて、男子の佐々木大志選手から話を聞いたんですが。三段跳の渡辺容史選手からも、興味深い話を聞くことができました。円盤投に関しては、ハンマー投用の“滑りやすいサークル”で円盤投への弊害が生じているとの書き込みが、これもISHIRO!の掲示板にあるので、興味のある方はご覧ください。
 競技が終わってから、ミズノのスタンド下ブースに行くと、十種競技日本記録保持者の金子宗弘氏にばったり。ちょっと世間話をしていると、平成国際大の松田克彦監督(十種競技前日本記録保持者)も。これがその写真。思い出しますね、93年の日本選手権の激闘。国立競技場でした。優勝した金子さんが7874点で、2位の松田監督が7871点。3点差ですよ、3点差。それも7800点台で。そのときは陸マガでカラー6ページの特集を組みました。トビラページは、当時「デカスロン」で話題となっていた漫画家の山田芳裕さんにイラストを依頼。両選手の写真を10種目全部載せました。混成競技で全種目の写真を、それも2選手も載せるのって、専門誌でも空前絶後じゃないでしょうか(調べたわけじゃありませんが)。


■9月6日(金)
 やっと仕事を1つ、大きい仕事ですが、片づけました。今、朝の8時半。徹夜ってわけじゃないんですけど、楽じゃあありません。これからインカレ取材の準備。


■9月2日(月)
 本当に、ぶっ通しで仕事。末續選手にならって「苦しく辛いという思考回路を麻痺させよう」としていますが、皆さんの予想に違わず、寺田なんぞができるこっちゃありません。天才と凡人の違いかな、と感じています。
 資料がたくさん必要な仕事なので、ファミレスにも行けません……という、常識は寺田には通用しません。膨大な資料をファミレスまで持っていって、明け方まで仕事。自分のデスクが資料の山に埋もれているので、広いテーブルが快適です。あらためて、日本のファミレス文化に感謝。
 それにしても、日記も書いていなかったし、北海道マラソンで取材したネタも記事にしてない。もう1つ、海外の話題なんかもあるんですが…。M岡さんがいろいろと各サイトの更新情報を教えてくださるので、それを紹介してごまかしています。9月2日だけに苦肉の策……。


■9月1日(日)
 この土日は、取材する試合はなし。そういうときこそ、普段は行けないような試合、例えば関東選手権(千葉)にふらっと行けたら面白いかな、と考えていました。以下は、寺田がある人に出したメールからの抜粋です。
地区選手権のみどことろは、日記でも九州選手権と中国選手権のことに触れましたが、日本選手権入賞レベルの選手が「おっ、強くなったな」と思わせる記録を出すのに出くわすこと。ただ、あまりそういう機会は多くありません。
むしろ、2〜4位くらいの高校生・大学生が自己記録を伸ばす点でしょうか。特にフィールド種目にその傾向があるかな・・。三段跳の稲葉広幸選手なんかは、一昨年(高3)、昨年と関東選手権で自己記録を出していたと思います。
あとはリレーで3位以内に入ると日本選手権リレーに出られます。アンビバレンスや栃木TFC(名前、違っていたらすいません)といったクラブチームが、それを目標に頑張るものと思います。有名大学チームが、関東の出身者だけでチームを編成して出てくるかもしれません。

 もちろん、これだけでなく、いろいろな楽しみ方があるように思います。地区選手権まで見に行っている人は、陸上競技の楽しみ方を知っている人だと思いますね。
 でも、仕事優先。ひたすら頑張っています。
 まあ、仕事があるから、余暇がある。日常があるから、非日常が楽しいんです。でも、寺田の日常は陸上競技……この辺を詳しく書くと長くなるので、それはまたの機会に。



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