重川材木店密着ルポ
崇高なる職人ランナーたちの挑戦


B 留学体験を生かして、早くも自己新<林 隆道>
アメリカ帰りの異色ランナー

 @大工のチームで全日本実業団駅伝出場を Aエースの取り組みがチームの求心力に

 重川隆廣社長(陸上競技部総監督)の選手採用に対するスタンスは明確だ。まず、陸上競技しかできない社員でなく、将来、他の社員と互角に仕事もやっていけるように配慮する。それは、これまでも一部チームでは実践されてきたし、選手個々で見れば、引退後も立派に仕事をこなしている選手もいる(少数派ではあるが)。重川材木店の一番の違いは、運営資金の出所である。
「90%以上走る環境を望む選手もいますが、会社自体にその社員の90%以上を競技に充てる体力がありません。やはり、7割は仕事をしてもらい、その部分は会社としての経営範囲になります。残りの3割は遠征費等とともに個人的に会社へ補填をすることで、私が負担しています」
 つまり、重川材木店陸上競技部は社長の私財で運営されているのだ。社業とはっきり区別されている。個人商店から@で紹介したような優良企業へと、事業拡張に成功した社長だからできることかもしれないが、ある面、新しい実業団スポーツ運営の提案でもある。経営者が、競技に理解のない人物に変われば即、競技部の廃止となるのが大手企業。陸上競技を宣伝媒体としか見ていない場合も、スポーツ活動は簡単に切られる。その点、重川社長はまず、陸上競技自体に理解がある。
「100%を私が負担してしまったら、金銭よりもまず私の心が持ちません。社員としてしっかり働いてくれれば、応援し続けることができる。2〜3年ではなく、最低でも10年、できれば私が生きているうちは続けたいのです」

 重川材木店に集まってきた選手は、そんな社長の理念を理解してきた選手たちばかり。それだからこそ、既存の実業団システムしか考えられない選手はいない。個性的で特徴ある経歴の選手が多くなる。異色の経歴という点では、林隆道が真っ先に挙げられるだろう。福井県の名門、北陸高では5000m15分06秒がベストで、インターハイは北信越大会止まりだった。卒業後に単身渡米。
常に効率的な動きを意識してトレーニングを行なっている林
 リーズ・マクリー大から米国スポーツ界の名門オレゴン大に編入。陸上競技部のトライアウト(一般公募)がなくなっていたため、4年半をチーム・ユージーンというクラブチームで走り続けた。クラブとはいえ、1500mの3分45秒や1万m28分台の選手もいたレベルの高いチーム。コーチ兼マネジャーは、視覚障害を持ちながらシドニー五輪女子1500m8位となったマーラ・ランヤンのコーチであるマット・ローナガン氏だった。
 渡米の目的は、自身も故障が多かったこともあり、スポーツ障害の治療やコンディショニングを勉強したかったこと。オレゴン大卒業後に1年間、ユージーンの高校で陸上競技部のコーチを務め、その間にCSCSというストレングス・コーチの資格を取った。今年1月からは理学療法士助手として働いていた。だが、ワーキングビザの延長が困難な状況となり、帰国を決意。
「そんなとき、重川材木店の選手募集をインターネットを通じて知りました。走ることは好きで市民ランナーとして走り続けてもよかったのですが、実業団の経験もしたかった。毎日夜の9時まで仕事をしていたら、強くなりたいという部分で不満を感じてしまいます。行く行くはコーチになりたいので建築の仕事に最初は抵抗がありましたが、国際電話で重川社長と話をして、お世話になることに決めました。自分の気持ち、迷いを理解してくれたことがすごく嬉しかった」
 滞米中も故障の多さは高校時代と変わらなかったが、昨年2月からやっと本格的なトレーニングが継続できるようになり、4月には14分45秒3の自己新を記録した。
「競技者として強くなることは半ば、あきらめかけていた時期もありましたが、実業団に入ることで強くなりたい気持ちを取り戻したかった。昔は自分でも、いつかはオリンピックにと思っていた時期もあったんです」
 今年6月に重川材木店へ入社。当初は大工の見習いをしていたが、現在は現場管理補佐の仕事が中心。原価管理や発注管理をし、警察や県土木事務所に道路使用の申請をする。「社会人として一人前になれる。そういった部分を身につけられると思いますね。社長の人との接し方など、勉強になるものばかりです」
職場でも欠かせぬ存在になっている
 重川社長は林の選択を「ベストではないかもしれないが、ベターなもの」と表現した。
「日本の実業団が何チームあって、指導者が何人需要があるかを考えたら、それだけに賭けて人生を送れないと思うんです。では、2番目にしたいことは何なのか。林の場合は帰国することが決まっていて、そして走って、仕事もしたい。将来、コーチとなる可能性も残されます」

 その環境で林は、早くも自己記録を更新した。10月3日の北陸実業団秋季記録会で、14分37秒16をマークしたのだ。
「大学では勉強優先でしたが、今と比べたら走る時間はあったと思います。でも、どんな仕事をしていても制限があるのは同じ。ネガティブなイメージは持っていません。元々、練習量は少ない方なんです。ぎくしゃくした動きで走り込むよりも、“楽な状況でいかに長く走れるか”を考えて、動きを意識した方が結果として速く走れます。それを前提とした上で、練習の距離が延びればいいという考えです」
 練習ではそれほどタイムを上げないが、試合になると力を発揮する理由が、このあたりにある。9月には500km以上を走れたことが、10月の自己新につながったと、林自身は分析している。重川材木店という新たな環境に自身のトレーニング観をマッチさせ、今後も記録を伸ばしていきそうな気配だ。異色の経歴ではあるが、重川材木店を代表する選手である。

C箱根を走った選手と、走らなかった選手につづく
D建築業と陸上競技の両立を目指す選手たち
E重川隆廣社長の魅力 その1 建築業でのサクセス・ストーリー
F重川隆廣社長の魅力 その2 チーム戦略と選手への愛情
G鶴巻監督とオツオリ・コーチの役割

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