Road to 全日本実業団陸上2017大阪
実業団陸上の話題を継続的に紹介していくイノベーション記事
第4回 日本選手権で見られた“実業団”
 実業団連合とのタイアップ記事である「Road to 全日本実業団陸上2017大阪」。
第1回 実業団陸上のシーズンイン
第2回 地区実業団大会に見る日本陸上界の“今”
第3回 実業団視点で日本選手権を楽しむ
 その第4回は6月23〜25日に大阪・長居陸上競技場で行われた第101回日本選手権を、実業団視点で振り返ってみたい。一番の話題は8月の世界陸上ロンドンの代表19人が決まったこと(マラソン、競歩は4月までに発表済み。7月後半に追加代表発表あり)。3回連続代表入りの山本聖途(トヨタ自動車。男子棒高跳)ら12名が実業団選手だった。
 記録的には男子110 mHで、増野元太(ヤマダ電機)が13秒40の日本歴代2位をマークしたのが光った。また、同じ長居競技場で行われた昨年の全日本実業団陸上での優勝を自信に、今回の日本選手権優勝に結びつけた選手もいた。
【実業団トップ選手の動向】 新興チームのJP日本郵政グループが複数代表輩出
名門のゼンリンも存在感
  今回の日本選手権の結果を受け、ロンドン世界陸上代表に選ばれた実業団選手は以下の12人。
<男子>
▽200m3位・飯塚翔太(ミズノ)
▽110mH優勝・山峻野(ゼンリン)、3位・増野元太(ヤマダ電機)、準決勝1組6位・大室秀樹(大塚製薬)
▽400mH優勝・安部孝駿(デサントTC)
▽走高跳優勝・衛藤昂(AGF)
▽棒高跳優勝・山本聖途(トヨタ自動車)、5位・荻田大樹(ミズノ)
<女子>
▽5000m優勝・鍋島莉奈(JP日本郵政グループ)、2位・鈴木亜由子(同)
▽1万m優勝・松田瑞生(ダイハツ)、2位・鈴木亜由子(JP日本郵政グループ)、3位・上原美幸(第一生命グループ)

 大会前に標準記録を突破していて、3位以内に入り選考基準を満たした選手が安部、衛藤、山本、松田、鈴木、上原の6人。良い形で代表入りを決めた選手たちだ。
 飯塚、山、増野、鍋島の4人は(予選・準決勝も含めて)日本選手権で初めて標準記録を突破して、3位以内の条件も同時にクリアした。ピークをしっかりと合わせ、記録も勝負も一試合で選考基準を満たした。
 大室と荻田は大会前に標準記録を破っていたことが幸いした。日本選手権の3位までで突破者が3名いなかったため、グランプリ大会優勝の成績で選考基準をクリアした。
 大室は左太腿の痛みで準決勝落ちしたが、織田記念やゴールデングランプリ川崎で日本選手権1〜3位の選手に勝っている。日本選手権で3枠が埋まらなければ、そういった選手も代表に選ぶシステムが採用されている。
 チームとして見たとき、ミズノとJP日本郵政グループから2名が代表入りした。ミズノは室伏広治や末續慎吾らメダリストを育て、これまでも日本陸上界を支えててきたチーム。
 それに対して日本郵政は創部4年目の若いチームである。一昨年の北京世界陸上に鈴木を、昨年のリオ五輪に鈴木と関根花観を送り込んだ。クイーンズ駅伝(全日本実業団対抗女子駅伝)にも、創部3年目の昨年優勝した。スタミナ型の関根、スピード型の鍋島、両方の力を併せ持つ鈴木と、多くのタイプの選手を育てている。
 スタミナが課題だった鍋島は、力をつけた理由に「1万mを目指す鈴木さん、関根さんと合宿で一緒に練習したこと」を挙げた。「自分も一緒にスタミナ重視の練習を行いました。その結果、少しずつスタミナもついてきた気がします」
 鈴木も「鍋島のスピード、ラストの力強さは練習でも感じます。そこは一緒に練習して、私も吸収していきたい」と、一緒に練習する利点をアピールした。
 ゼンリンも藤光謙司がリレー候補に入ったので、7月後半に4×100 mRの正式出場が決まればその時点で、110 mHで優勝した山峻野と2人の代表になる。
 山は準決勝で13秒44(+0.6)と標準記録を初めて破ると、決勝では向かい風のなか13秒45(-0.2)で連続突破。平常心を保つため、あえて低い目標を口にしてきたが、代表を決めた後は初めて、正直な心情を吐露した。
「率直に、嬉しい気持ちがわき上がってきています。13秒4台を連発できるとは、思っていませんでした。いつも通りという点を心がけているので、“まさか”という気持ちもありました。うれしさ倍増です」
 3台目までに高いスピードに乗せて、そのまま押し切るレースが持ち味。現役時代はゼンリンに在籍した金子公宏コーチとのトレーニングで、そこに研きをかけるのと同時に、課題だったインターバルでの体のブレの修正にも取り組んできた。
 1990年代前半に全日本実業団陸上で男女総合4連勝したことのあるゼンリンだが、近年は少人数で活動してきた。今年、山ら3人の新人を採用し、再スタートを切ってすぐに好結果を残した。5人の選手は専門種目は異なるものの、「ゼンリン・チームの合宿も刺激になりました」と山は言う。
 名門チームが再び、存在感を増し始めた101回目の日本選手権となった。
日本選手権男子110 mHに優勝した山(写真上)と200mで2位の藤光(写真左)<写真提供:ゼンリン>

【good performances!】 110mHの増野が日本歴代2位の13秒40
男子円盤投は2・3位が順位別最高記録
  日本選手権で歴代順位が最も高かったパフォーマンスが、増野が男子110 mH予選で出した日本歴代2位の13秒40(±0)である。谷川聡(当時ミズノ)が2004年アテネ五輪でマークした13秒39の日本記録に、0.01秒に迫ってみせた。
「1本目からしっかり記録を狙って行きましたが、(タイマーを見て)思ったよりも速い数字だったので驚きました。完璧(な内容)じゃなかったので、ビックリしました」
 今季の増野は初戦が5月の木南記念(2レースあって2位と3位)で、東日本実業団陸上も欠場と出遅れていた。6月4日の布勢スプリントでも、第1レースは大室、矢澤航(デサントTC)、山に先着されて4位だった。
 だがそこでスイッチが入り、第2レースではトップ(大室は欠場)。追い風3.2mで参考記録にはなったが、13秒43の好タイムをマークした。
 大室が1台目から、山も3台目までにリードするタイプなのに対し、中盤から後半で勝負するタイプだ。
「練習では3台目から後半にかけて、スピードに乗ってからの走りが安定してきました」
 しかし決勝では3位。準決勝では「脚が痙攣しかけていたので抑えざるを得なかった」という。決勝も万全の状態ではなかった。
 世界陸上代表には、標準記録突破&日本選手権3位以内の選考基準をクリアして選ばれた。本番でも予選で、日本記録前後を出さないと準決勝には進めない。課題が残った日本選手権でもあった。
 だが、この4月にスタートしたばかりのヤマダ電機トラック&フィールド陣では、記念すべき代表第1号に(女子長距離・マラソンでは過去に複数の代表を輩出)。それを長居競技場で決めたところに、ちょっとした巡り合わせが感じられた。
 ヤマダ電機のトラック&フィールド陣は昨年まで、モンテローザとして活動していた。最後に五輪&世界陸上に出場したのが現在監督の田中宏昌で、2007年の大阪世界陸上十種競技だった。監督が世界と戦った場所で、増野が代表入りを決めたのである。
日本選手権男子110 mH予選で13秒40の日本歴代2位をマークした増野<写真提供:ヤマダ電機>
 歴代順位では増野が一番良かったが、男子円盤投では2位と3位の順位別最高記録が誕生した。
 優勝したのは堤雄司(群馬綜合ガードシステム)で、4連勝を達成。第一人者の貫禄を見せたが記録は59m09で、昨年自身が投げた60m00の大会日本人最高には惜しくも届かなかった(大会記録は外国人選手の参加が認められていたときの64m20)。
 それに対して2位の米沢茂友樹(オリコ)は58m53、3位の湯上剛輝(トヨタ自動車)も57m38と、日本選手権の順位別最高記録を上回った。円盤投の上位選手が充実してきた証で、五輪種目で最古の日本記録である60m22(1979年・川崎清貴)を、3人とも破る可能性を持っている。
 9月の全日本実業団陸上では再度、3人が顔を揃えるだろう。同じ長居競技場を舞台に日本選手権に劣らない激戦と、日本記録更新が期待できる。

【実業団つながり】 昨年の全日本実業団陸上がきっかけだった松田
富士通“同室コンビ”が優勝
 実業団らしい“つながり”が感じられたケースが、今回の日本選手権で2つあった。1つは初日の女子1万m優勝の松田瑞生(ダイハツ)がラスト100 mの直線勝負で優勝し、昨年の全日本実業団陸上と同じシーンを再現したこと。もう1つは最終日の男子3000mSCで潰滝大記が優勝すると、富士通の寮で同室・同期の松枝博輝も5000mで優勝したことだ。
 松田は以前は、それほどラスト勝負に強いタイプではなかったが、昨年の全日本実業団陸上で加藤岬(九電工)に最後まで食い下がると、ラスト100 mで会心のスパートを決めて優勝した。会場は長居陸上競技場で、大阪出身の松田には家族や友人の応援が多く、これまでとは違った力が発揮しやすかったのかもしれない。
 今年4月の兵庫リレーカーニバルでもラスト勝負で優勝し、日本選手権での勝負パターンが決まった。勝ちパターンはこれ、と決められれば、レース中も余分な動きをしないようになる。
「(最後の直線は)ここや、と思ってスパートしました」
 スタミナ養成も「5〜6月のアルバカーキ合宿(米国の高地練習場所)で、ペースを上げられたときに対応するための練習」を、しっかりと行ってきた。自身の武器を生かすために、練習でやるべきことが見えてくれば、より集中して取り組むことができる。
「やはり、去年の全日本実業団陸上の優勝が、一番大きかったと思います」
 全日本実業団陸上と日本選手権、2つの大会を自身の中で上手く結びつけられたことが、世界陸上代表への道を切り開いた。
日本選手権女子1万mに優勝した松田(左)。写真は昨年の全日本実業団陸上女子1万m
 最終日の男子長距離2種目は、3000mSCの方が先に行われた。アップ場のサブトラックから本競技場に向かうとき、潰滝はマッサージ用のベッドに座っている松枝の姿を見つけると、拳を合わせて本競技場に向かった。言葉は交わさなかったが、何か通じるものがあったのだろう。
 潰滝は1月の全国都道府県対抗男子駅伝を最後に、故障でレースに出られなくなった。本格的な練習ができるようになったのは5月中旬からで、日本選手権はぶっつけ本番の形で出場した。
 その間のルームメイトの様子を、松枝が話してくれた。
「少し良くなると走り始めてしまって、またケガをする繰り返しでした。2月からは部屋でもずっとアイシングをしていました。あせりもあったと思いますが、誰かに当たったり、苛立ちを周囲に見せたりすることはありませんでしたね。最後の1カ月で状態を上向かせてきたときは、本当にスゴいな、と思いました。潰滝が勝つんじゃないか、と思うようになりましたね」
 松枝は自分の準備に集中していたが、電光掲示板で白と赤のユニフォームがトップを走っているのを見て、「勝ったな」と認識した。やはり同期の横手健(富士通)と、潰滝が勝ったことをジェスチャーで確認し合った。
 そして自身も5000mで、得意のラストスパートを決めて優勝した。
 2人がレース後に会ったのはドーピング・コントロール室だったが、お互いに優勝したことには特に触れなかったという。同室の選手同士というのは、そういうものなのかもしれない。寮はリラックスする場であり、競技の話をしないのが普通である。
「あとから、『よかったね、のひと言があってもよかったんじゃない』と話題になりましたが、僕らにとってはまだ、目標を達成したわけではなかったんです。世界陸上代表を決めていたら、お互いに祝福したかもしれません」
 2人の優勝記録は潰滝が8分38秒20で、故障明けのレースとしては健闘といえるタイムだが、標準記録には6秒20届かなかった。松枝は勝負優先の展開となったために13分48秒90。7月13日のホクレンDistance Challenge網走大会で、標準記録の8分32秒00と13分22秒60に挑戦する。
 2人そろって破ったときに、どんな言葉を交わすのだろうか。

【実業団ならではの話題】 女子走幅跳優勝者の小中学生時代をサポートした
朝原さん主宰のNOBY T&F CLUB
 今年の日本選手権唯一の高校生チャンピオン、女子走幅跳に6m14(+1.1)で優勝した高良彩花(園田学園高)にも、実業団とのつながりがあった。大阪ガスグループの社会貢献活動の一環として活動している朝原宣治さん主宰のクラブ、NOBY T&F CLUBに通っていた選手なのだ。
 高良は小学校高学年コース(現在は小学生Bコース)に週1回通っていた。同コースを当時担当していた山本慎吾コーチは「NOBYでは走り方を教えるというよりも、さまざまな動きを学んでもらう」ことに主眼を置いていたという。
「走り込みだけでは単調な動きしかできなくなり、頭打ちになることも多いと思います。朝原も中学ではハンドボールをやっていて、その感覚をもって陸上競技に取り組み、高校生以降の活躍につながりました」
 そのためには子どもたちに、運動することが楽しいと思ってもらうことも重要になる。球技に近い感覚で取り組むことができるボールを使ったドリルを行ったり、とかげの這うような動き、手と脚を熊のように同調させる歩き方など、動物を真似た動きをメニューに取り入れたりしている。
 NOBYのメニューの背景には、コオーディネーショントレーニングの理論がある。旧東ドイツを中心にアメリカや旧ソ連で開発されたトレーニング方法で、コオーディネーション(「協応性」=動きをうまくこなす能力)を開発するためのトレーニング法である。視覚や触覚などを活用し、身体だけでなく、脳も同時に活性化させることで、筋力など基礎的運動能力を実際の競技での高いパフォーマンスにつなげられる。
朝原さん(左端)が主宰するNOBY T&F CLUBの活動光景<写真提供:NOBY T&F CLUB>
 中学入学後も高良は、学校の陸上部に籍を置きながら、NOBYのスキルアップコース(途中からアスリートコース)で週に1回、8mジャンパーの荒川大輔コーチから走幅跳の指導を受けた。3年時には全日本中学選手権に優勝するまでに成長した。
 トレーニング以外の面でNOBYのスタッフたちの印象に残っているのは、「スキルアップシートを事細かく記入していたこと」(山本コーチ)だという。
「4つの項目の自己評価を5点満点でして、具体的に良くできた点、反省点なども書き込んでもらうシートです。直接の指導は週に1回だけなので、他の日も高い意識で取り組んでもらうために実施しています。自身の課題をどのくらい認識しているかもわかるので、アドバイスがしやすくなる。高良さんはそのスキルアップシートを、本当にきっちり書き込んでいました」
 高良は小学生の頃から、走りに関しては「天性のバネ」(山本コーチ)が感じられた選手だったが、動きに関しては「即座にできるタイプではなかった」という。
「ボールを使ったドリルなど、不器用な方でしたね。関西の言い方をするなら、どんくさい。でも、本当にこつこつと最後までやりきる子で、中学になってからは専門種目でも力を伸ばしていった。その姿勢が今につながっていると思います」
 NOBYには荒川コーチ、山本コーチの他にも女子長距離の中村友梨香コーチ、女子やり投の的場葉瑠香コーチら、実業団でトップ選手だったスタッフが多い。彼らが技術やトレーニング指導だけでなく、スキルアップシートなどを通してトップ選手に必要な人間力も高めようとサポートしている。その中で日本チャンピオンが育ったことは、日本陸上界の今後へのヒントになったように思う。


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