Road to 全日本実業団陸上2017大阪
実業団陸上の話題を継続的に紹介していくイノベーション記事
第1回 実業団陸上のシーズンイン
 実業団連合が陸上界を盛り上げるために力を入れている。全日本実業団陸上の集客アップへの取り組みもその1つで、昨年9月の大会では、3日間で合計4万1500人の観客を大阪長居陸上競技場に集めることに成功した。寺田的陸上競技WEBでは実業団連合とタイアップし、日本のトップアスリートとして世界に挑戦する実業団選手、それぞれの環境で頑張っている実業団ならではの選手を継続的に紹介していく。題して「Road to 全日本実業団陸上2017大阪」。その第1回は、シーズンインから5月上旬までの期間から、世界陸上標準記録を破った選手、日本歴代上位記録をマークした選手たちにスポットを当てた。

【実業団トップ選手の動向】 シーズンイン直後に
複数の世界陸上標準記録突破者
 2017年のロンドン世界陸上標準記録突破第1号は、実業団連合の2016年"Athlete of The Year賞"男、山縣亮太(セイコー)だった。3月11日に豪州で10秒08(−0.1)、10秒06(+1.3)と、標準記録の10秒12を2回破った。ここまでのタイムを3月と早い時期に出すのは、山縣としては初めてのこと。
 豪州には陸連バイオメカニクス班もおもむき、局面毎のスピード変化を測定した。そのデータでは、山縣が自己記録の10秒03(+0.5)を出した昨年の全日本実業団より、トップスピードが上回っていた。計測環境が不十分だったため簡易的な算出方法になったという。100%正確なデータとは言い切れないようだが、フィニッシュの正式計時が0.03秒しか違わないのだから、大きく間違ったデータではないだろう。
 帰国時には「自分では10秒2くらいかな、と思ったら10秒0台だった。それはある意味、良い手応え」と話した山縣。日本人初の9秒台突入への期待が膨らんだ。
4月18日の実業団連合表彰式でAthlete of The Year賞を受賞した山縣
 ところが好事魔多し、と言うべきか、なんと言うべきか。足首の痛みが出てしまい、山縣は4〜5月の国内の試合を欠場している。
 ライバルが好調なだけに、先に9秒台を出されてしまう可能性が大きくなってきた。だが、焦って自身の状態を悪化させたら、チャンスが巡ってきたときに大魚を逸することになる。3月の取材時に、造詣の深い将棋(※)に例えて次のように話していた。(※)山縣は羽生善治三冠(王位・王座・棋聖)と対談した経験もある
「"手"を相手に移す、"盤"を相手に委ねるということもあります。そこは運ですね」
 "Athlete of The Year賞"の授賞式の際には、「自己新記録や日本記録を目指して競技に集中し、頑張って行ける実業団の環境に感謝したい」と話した。山縣は感謝の気持ちも支えとして、我慢の時期を必死で耐えている。
 4月中旬になると、内外で実業団選手の標準記録突破のニュースが相次いだ。米国では男子棒高跳の山本聖途(トヨタ自動車)が5m70、5m71と2試合連続でクリアした。「2試合連続5m70オーバーは初めて」と、自身のTwitterでつぶやいている。
 国内では大室秀樹(大塚製薬)が4月15日に13秒48(+1.7)、13秒48(+1.5)と、標準記録を2度マーク。翌16日には男子走高跳の衛藤昂(AGF)が2m30と、標準記録をクリアした。4月29日の織田記念男子棒高跳では、荻田大樹(ミズノ)が標準記録の5m70をクリアし、山本を破って優勝もした。
 大室も4月29日の織田記念で優勝し、衛藤は5月3日の静岡国際で優勝した。世界陸上選考競技会の春季グランプリで日本人トップは選考基準の1つ。最終的な標準記録突破人数次第だが、大室、衛藤、荻田は代表に選ばれる資格を得たことになる。
 5月に入って再び、海外で標準記録突破者が生まれた。5日のペイトンジョーダン招待(米国)女子5000mで松崎璃子(積水化学)が15分19秒21を、1万mでは高島由香(資生堂)が31分33秒33、鈴木亜由子(JP日本郵政グループ)が31分41秒74、一山麻緒(ワコール)が31分49秒01、関根花観(JP日本郵政グループ)が32分10秒22をマーク。松崎、一山が初突破だった。

【実業団つながり】 注目したい女子長距離の新鋭、一山。
昨年の全日本実業団はジュニア3000m3位
 ペイトンジョーダン招待で標準記録を突破した選手たちはほとんどが、日本代表の経験者だ。松崎は14年アジア大会、高島、鈴木、関根の3人は昨年のリオ五輪代表だった。ただ一人、一山だけがニューフェイスと言える存在。入社2年目の19歳は、実業団の試合を通じて成長してきた。
 高校(鹿児島県出水中央高)では3000mのベストが9分26秒13で、1500m・3000mともインターハイに出場しているが予選落ちだった選手。それが昨年5月の関西実業団で、ジュニア1500mとジュニア3000mの2冠。5000mでは15分40秒台を連発し、9月の全日本実業団はジュニア3000mで3位に入った。
 10月のプリンセス駅伝(全日本実業団対抗女子駅伝予選会)1区では前川晴菜(十八銀行)とレースを引っ張り、区間賞の前川から6秒差の区間3位。12月のクイーンズ駅伝1区では、プリンセス駅伝で敗れた竹中理沙(資生堂)を1秒抑え、ルーキーながら区間賞の快走を見せた。3月のクロスカントリー日本選手権に優勝し、世界クロスカントリー選手権にも出場した(40位)。
 尊敬するのは先輩の福士加代子(ワコール)。クイーンズ駅伝で区間賞を取ったときには、「トラックで日本代表になり、そこからマラソンの代表に成長していきたい。福士さんと同じ道のりを歩んでいきたい」と、将来の展望を話していた。
 だが、今年の世界陸上で代表を狙うところまで成長するとは、本人も予想していなかったのではないか。ペイトンジョーダンで標準記録を破った5人以外にも、上原美幸(第一生命グループ)、鷲見梓沙(ユニバーサルエンターテインメント)、石井寿美(ヤマダ電機)ら、若手有望選手は数多(あまた)いる。ロンドン世界陸上代表入りがどうなるかはわからないが、9月の全日本実業団では優勝候補の1人に挙げられているかもしれない。

【good performances!】 砲丸投・中村が18m55の日本歴代3位。
大室の13秒48は歴代4位、衛藤の2m30は歴代5位
 静岡国際では男子砲丸投の中村太地(落合中教)が、18m55の日本歴代3位で優勝した。標準記録のところで紹介した110 mH・13秒48の大室は日本歴代4位、走高跳・2m30の衛藤は日本歴代5位タイ。3人とも今後の頑張り次第では、日本記録も狙える位置に成長してきている。
 中村は自己記録を65cm更新しただけでなく、回転投法の日本最高記録も26cm更新した(従来は野口安忠<コニカ九州>が2000年に投げた18m29)。
「以前はスピードとパワーに頼った投げでしたが、今日は落ち着いて、ちゃんと投げられたと思います。速く回るのでなく、落ち着いて回って、投げの後半で脚を使うことができました。グライドから回転投法に変更したのは大学1年(2011年)ですが、最近やっと慣れてきたのかな。冬季に投てき練習を増やしたことがよかったのかもしれません」
 目指すのは18m78の日本記録更新と、日本人初の19m台だ。「19mを狙わないと、アジアでも戦えません」と意欲を見せる。世界とはまだ距離のある種目だが、ドーピング検査の進歩の影響か、世界やアジアのレベルは以前より落ちてきている。世界との距離は縮まっている種目である。
織田記念男子110mHに優勝した大室。今季日本選手間では無敗を続けている
 110 mHの大室は、13秒48を出すことができた理由を次のように自己分析する。
「冬期も速い動きを継続してできたこと、股関節の動きなど、必要と思ったトレーニングが重点的にできたことがよかったのだと思います」
 5月7日の木南記念では、向かい風0.8mのなか13秒57で走った。適度な追い風だったら13秒4台前半は出ていたのではないか。
 大室は「あとは気象条件が合えば出ると思う」と明言できるほど、日本記録(13秒39)は近くに見えている。

【実業団ならではの話題】 新規参入チームが多数。
「ヤマダ電機」はトラック&フィールドにも進出
 今季、新たに陸上競技チームを発足させた実業団が多い。
 2年前の北京世界陸上4×100 mR代表だった谷口耕太郎は「凸版印刷」、14年アジア大会女子4×100 mR代表の藤森安奈は「エステール」、女子ハンマー投静岡国際優勝の勝山眸美と男子円盤投兵庫リレーカーニバル2位の米沢茂友樹は「オリコ」、男子800mの三武潤は「TSP太陽」、女子800mの山田はなは「わらべや日洋」、男子400mの小林直己は「セゾン情報システムズ」、といったところである。
 JOCの就職支援制度アスナビを利用するケースが増えているが、最終的には選手の競技力や、企業へアピールする力が道を切り拓いている。三武など、推薦書などは大学側に用意してもらったが、あとはほとんど独力でプレゼンテーションして、スポーツイベント会社のTSP太陽に採用された。
 谷口は大学の陸上競技部長のコネクションを通じてアピールした。大学OBが役員にいる企業が、東京オリンピックに向けて有望な後輩選手を採用するケースも多い。
 斬新なのは宝石の輸入および宝飾品の製造・販売をするAs−meエステールに入社した藤森だ。テレビ番組にも登場する藤森のビジュアルを生かし、"ジュエリー・アスリート"として、同社の製品を身に付けてレースに出場していく。
トラック&フィールド部門が発足したヤマダ電機。左から田中宏昌監督、山崎謙吾、桐山智衣、札場大輝、増野元太。TOKYO Combined Events Meetで
 また、クイーンズ駅伝3位のヤマダ電機は女子長距離のトップチームだが、元モンテローザの選手5人とスタッフ2人を採用し、4月にトラック&フィールド・チームをスタートさせた。織田記念の男子ハンマー投で柏村亮太が2位、TOKYO Combined Events Meet女子七種競技で桐山智衣が4位、木南記念男子110 mHで増野元太が3位と、各大会で上位に食い込んでいる。
 チームの受け入れ先を探して東奔西走した田中宏昌監督は、やっと腰を据えてトレーニングに取り組めると安堵の表情。
「東京五輪に向けて選手の強化、日本代表の輩出、そしてこれまで以上に社会貢献活動に全力で勤めていきます」と、実業団チームとしての使命に再挑戦していく。


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