Road to 全日本実業団陸上2017大阪
実業団陸上の話題を継続的に紹介していくイノベーション記事
第2回 地区実業団大会に見る日本陸上界の“今”
 実業団連合とのタイアップ記事である「Road to 全日本実業団陸上2017大阪」(第1回 実業団陸上のシーズンイン)。その第2回は、5月に全国6地区で開催された地区実業団大会の話題を紹介する。ロンドン世界陸上標準記録を破る選手が出なかったことは残念だったが、すでに代表に決まっているマラソン、競歩勢が地区実業団大会を調整試合として活用した。また、複数の地区で投てき種目の大会新記録が多く出たことは、今年の傾向として特筆できる。そして昨年の全日本実業団総合優勝の新潟アルビレックスRCは、今年も北陸大会で独自の活動を展開した。地区実業団大会をしっかりと見ることで、日本陸上界の“今”が見えてくる。
【実業団トップ選手の動向】 マラソン&競歩の世界陸上代表が
地区実業団大会を活用
  ロンドン世界陸上マラソン代表3人が地区実業団大会に姿を見せた。井上大仁(MHPS)と中本健太郎(安川電機)は5月20日の九州実業団男子1万mに、重友梨佐(天満屋)は同日の中国実業団女子1万mに、それぞれの目的を持って出場した。
 記録的な収穫があったのは井上で、28分08秒04の自己新と好走した(日本人2位、全体5位)。外国勢4人と市田孝(旭化成)、井上の6人の集団で27分台のペースを刻み、7000m過ぎに引き離されたが、優勝したJ・ムァゥラ(安川電機)から約15秒差と、マラソンにつながる粘りは発揮した。
九州実業団男子1万m(5月20日@北九州)で28分08秒04の自己新をマークした井上大仁<写真提供:MHPS>
 MHPSの黒木純監督は出場の目的や、結果の評価を次のように話した。
「走り込みの初期段階で40km走などもやりながら、(スピードも出せる)動きを作っておくことが目的でした。28分前後は行くかな、と思っていたので予定通りです。本人も27分台を出せなかったことを悔しがっていましたが、(東京マラソン3カ月前の)甲佐10マイルよりも良い動きでした」
 2月の東京マラソンは2時間08分22秒と、2度目のマラソンでサブナインを達成した。そのときの練習との違いは、ロンドンのコースの小刻みな起伏に耐えられる脚作りも行っていること。東京は平坦なコースのため、「起伏よりも速い流れに乗るための軽い感覚を作り、後半は1人でも押せるように」(黒木監督)という意図でトレーニングをした。
 練習場所なども違うが、3カ月前のレースでスピードが出る動きを確認する点は同じ。「九州実業団はタイミング的にも良かった」(同)という。
 中本はトラックの記録は重視していない選手で、1万mも28分54秒59しか持っていなかった。それが九州実業団では28分58秒98と自己記録に迫った。井上の自己新よりも、34歳の中本の走りの方が驚きは大きかったかもしれない。2人ともロンドン世界陸上に向け、順調に準備を進めていることを確認できた九州実業団だった。
 男子の2人に対し、中国実業団女子1万mの重友は34分27秒75(3位)と、タイムだけを見ると不安も残った。2時間24分22秒で優勝し、代表入りを決めた1月の大阪国際女子マラソン以来のレース。天満屋4選手だけの出場で練習のような雰囲気だったが、重友は6000mで優勝した前田穂南から引き離された。
 もう少し良い結果を出しておきたいところだが、天満屋の武冨豊監督は冷静に受け止めている。
「3分20秒のペース(1万m33分20秒)でどこまで押していけるかを確認することと、フォームが改善されているかを見ました」
 今年の大阪国際女子マラソンも、必ずしも良い準備ができたわけではない。踵の痛みの影響で腰が落ち、軸が崩れていた。「そこは改善できていることが確認できた」(武冨監督)という。
 重友は2012年のロンドン五輪代表。そのときもトレーニングが不十分で79位(2時間40分06秒)と、まったく力を発揮できなかった。その後も低迷が続いたが、15年の大阪で2位(2時間26分39)と復活。その頃から、以前に増して動きを重視し始めている。
 2時間23分23秒で走った12年大阪国際女子マラソンの頃のような、勢いのある練習をすることはできないが、動きをしっかりと確認しながら1つ1つ積み上げて行く力は、29歳となった今の方が長けている。
 中国実業団はベテランの域に達した重友が、確実にロンドンに向けて準備ができていることを確認したレースだった。
 マラソン代表3人以外では、競歩の世界陸上代表勢が5月20日の東日本実業団5000mWに多数出場している。男子は日本選手権20kmW3連勝中の高橋英輝(富士通)が19分05秒97で1位、リオ五輪7位入賞の松永大介(富士通)が約5秒差の2位。50kmW代表の小林快(ビックカメラ)と荒井広宙(自衛隊体育学校。リオ五輪銅メダリスト)も、3位と5位に続いた。
 東日本実業団5000mWは男女同時スタートのため、女子20kmW代表の岡田久美子(ビックカメラ)も一緒に歩くオールスター的なレースとなった。また、5月14日の中部実業団1万mWは、50kmW代表の丸尾知司(愛知製鋼)が2位に3分以上の差をつける40分37秒97で圧勝している。
 東洋大から富士通に入社したばかりの松永は東日本実業団の結果に、「実業団デビュー戦で力みが出た」(富士通チームブログの本人コメント)と悔しがったが、「2週間後の国際陸連競歩チャレンジ・ラコルーニャ大会(スペイン)に向けて、スピードの確認ができた」と出場の目的は果たした。
 ラコルーニャでは松永が1時間20分44秒で4位、高橋も1秒差の5位。20kmW初のメダル獲得を目指すロンドン世界陸上に向けて、しっかりと歩を進めている。

【実業団つながり】 中部の男子円盤投は41年ぶりの大会記録更新
各地区の投てき種目で大会新が連鎖反応的に続出
 今年は各地区実業団大会の投てき種目に大会新記録が続き、まるで連鎖反応を起こしているかのようだった。
2017年地区実業団大会で誕生した投てき種目の大会新
畑瀬聡(群馬綜合ガードシステム)=18m10・東日本実業団・男子砲丸投
堤雄司(群馬綜合ガードシステム)=58m08・東日本実業団・男子円盤投
勝山眸美(オリコ)=60m44・東日本実業団・女子ハンマー投
山元隼(フクビ化学)=17m69・北陸実業団・男子砲丸投
遠藤克弥(志賀高教)=63m06・北陸実業団・男子ハンマー投
松田昌己(新潟アルビレックスRC)=14m66・北陸実業団・女子砲丸投
右代織江(新潟アルビレックスRC)=53m15・北陸実業団・女子やり投
湯上剛輝(トヨタ自動車)=56m22・中部実業団・男子円盤投
安保建吾(愛媛競技力本部)=55m10・関西実業団・男子円盤投
久世生宝(コンドーテック)=57m67・関西実業団・女子やり投
松谷昂星(鹿児島銀行)=70m03・九州実業団・男子やり投
中部実業団男子円盤投で41年ぶりに大会記録を更新した湯上剛輝<写真提供:トヨタ自動車>

 口火を切ったのは5月14日の中部実業団男子円盤投で、56m22を投げた湯上剛輝(トヨタ自動車)だった。川崎清貴が1976年に出した大会記録の55m30を、実に41年ぶりに更新した。川崎は60m22の日本記録保持者で、日本記録を出したのは79年と五輪種目では最も古い。少しでも早い更新が期待されている種目である。
「川崎さんはやはり、日本人として目指すべき目標であり、超えるべき存在だと思っています。その川崎さんの大会記録を更新できたことは、正直うれしいです」と湯上。
 だが、技術的な部分では「すくい上げてしまうような投てきになってしまい、あまり伸びませんでした」と課題も残った。その状態でも今季は56m台が2試合、55m台も2試合とアベレージが上がっている。「基礎体力的な部分はかなり強くなっていると思います」と、手応えも感じている。
 翌週の東日本実業団でも男子円盤投で、堤雄司(群馬綜合ガードシステム)が58m08と大会新記録をマークした。こちらも更新したのは、日本歴代2位の60m10を持つ畑山茂雄が12年前に出した58m00である。
 堤は日本選手権3連勝中の第一人者で、60m05(14年)、60m00(16年)と60m台を2回投げている唯一の選手。しかし今年4月の兵庫リレーカーニバルでは、湯上に35cm差で敗れていた。
「兵庫は力んでしまった最悪の投げでした。リズムを一から見直して、東日本実業団では無駄な力が抜け、ライナー気味に綺麗に投げられました。地区実業団大会はピリピリした雰囲気はありませんが、その分、自分のやりたいことを試すことができます」
 堤の目標は国際大会で戦うことで、「東日本実業団も風が良くないなかで出した記録。良い風だったら62〜63mは行く」と、見ているところは日本記録よりもはるかに高い。それは湯上も同じで、「世界で戦うためには日本記録も通過点でしかないので、あまり大きく意識しないようにしています」と言う。
 地区実業団大会男子円盤投の大会新記録は、歴史が動く予兆のように感じられた。

【good performances!】 標準記録に迫った東日本のハードル2種目
レベルが高かった中部の大会新記録
 東日本実業団ではハードル2種目で、ロンドン世界陸上標準記録に迫るタイムが出た。
 男子110 mHは山峻野(ゼンリン)が13秒53(+1.1)の日本歴代5位で優勝。標準記録の13秒48に、0.05秒差まで記録を縮めた。山は「自己記録を0.05縮めることができましたが、これに満足することなく、さらに自己ベストを更新していきたい」と、自社ブログに感想を記している。
 女子400 mHでは青木沙弥佳(東邦銀行)が56秒32の大会新記録で優勝。標準記録に0.22秒と迫った。「本当にあと少し過ぎて、悔しい思いで胸が一杯でした」と、こちらも自社ブログに記した。ただ、アベレージが上がっていることは、標準記録突破に向けての好材料ととらえている。
 東邦銀行は昨年の全日本実業団女子総合2位のチーム。2015年までは5連覇も成し遂げている。400 m日本記録保持者の千葉麻美が昨年10月に現役を退いたが、今季は昨年の日本選手権400 m2位の青木りんらが加入。青木沙が世界陸上に出場すれば、チームにも勢いがつく。
 ゼンリンには山以外にも400 mHの田辺将大良、走幅跳の城山正太郎が加入。短距離の藤光謙司(リオ五輪代表)、円盤投の知念豪と、各ブロックに選手が揃った。9月の全日本実業団の総合でも、上位をうかがうチームになりそうだ。
2016年度 中部実業団陸上 of The Yearを受賞した衛藤昂(左)と福田有以は今年の中部実業団でも大会新の活躍を見せた<写真提供:中部実業団連盟> 中部実業団女子200mで23秒59の大会新をマークした市川華菜<写真提供:中部実業団連盟>
 中部実業団の男子では200 mの諏訪達郎(NTN)が20秒70(−0.1)、走高跳の衛藤昂(AGF)が2m27、女子では200 mの市川華菜(ミズノ)が23秒59(+0.4)、1500mの福田有以(豊田自動織機)が4分17秒48と、男子円盤投の湯上の他にも、4人が大会新をマークした。
 衛藤は調整なしの出場で予想以上の高さが跳べたため、自信を持って1週間後のゴールデングランプリ川崎に臨むことができ、2m30(2位)と自身2度目の標準記録突破に成功した。福田は今季、4月の米国遠征と5月のゴールデンゲームズinのべおかで、5000mの15分20秒台を2度マーク。中部実業団では自身が中学記録を持つ1500mでスピードを確認し、日本選手権で標準記録(15分22秒00)の突破と世界陸上代表入りを狙う。
 市川は2年前の北京世界陸上4×400 mRの日本新に貢献した選手だが、200 mでの23秒5台は5年ぶりである。6月4日の布勢スプリント100 m第1レースでは、11秒43(+1.1)と6年ぶりの自己タイ。第2レースでは0.1mのオーバーで追い風参考記録となったが、11秒38(+2.1)の好タイムをマークした。個人種目でも標準記録(23秒10)突破の可能性を示した中部実業団の大会新だった。

【実業団ならではの話題】 昨年の全日本実業団総合優勝チーム
新潟アルビレックスRCの北陸実業団の戦い方
  今年の地区実業団大会で最も注目されたチームは、北陸地区の新潟アルビレックスRCだろう。昨年は全日本実業団で男女総合優勝と、大野公彦監督も「予想以上」という大健闘だった。
 新潟アルビレックスRCの一番の特徴は、日本で唯一の"陸上クラブの運営会社"で陸上競技(ランニング)そのものを業務対象としていること。約800名のクラブ員(そのうち400名がジュニア選手)が在籍する陸上クラブで、県内の小中学校でも陸上競技教室を行うし、市民マラソンなど自治体のイベント運営を請け負ったりもする。「陸上競技の総合商社」(大野監督)として独立採算制で運営しているのだ。
 他の実業団と比べれば会社の規模は小さく、日本代表選手も昨年引退した女子400 mHの久保倉里美だけだった。ここ数年は選手勧誘自体を、行ってこなかったチームである。だが、所属選手の陸上競技への強い思いが、創部12年目での男女総合優勝を可能にした。今後は代表レベルの選手も積極的に勧誘していく方針だ。
 今年の5月13、14日に行われた北陸実業団は9種目に優勝し、女子では砲丸投の松田昌己、やり投の右代織江、そして男子800 mの市野泰地の3人が大会新をマークした。
 出場選手数が少ない大会ということもあり、優勝することよりも「日本選手権で結果を出すためのステップ」(大野監督)と位置づけている。
 市野や女子800 m優勝の沖田真理子は、1人でレースを作る展開にトライした。市野は大会新を出したが、沖田は600 mまでは予定通りのペースで進めたものの、ラスト200 mで失速した。「通常の試合とは違うアプローチ」(同監督)をすることで、課題を見つけやすくなることもある。
 投てき種目は、少ない出場人数でライバル選手も不在のため緊張感を欠きやすくなるが、「声を掛け合ったり、課題とする技術に取り組んだりする」(同監督)ことで、リラックスした中にも緊張感を出すようにしている。そのなかで右代が53m15を出したことは、55m89の自己記録更新の可能性があると見ていい。9月の全日本実業団では、昨年の4位以上の活躍を期待できそうだ。
 前回10点差で2位のミズノ以下、富士通、東邦銀行、住友電工といったチームにも、男女総合優勝の力はある。だが、新潟アルビレックスRCも2連勝に向かって、「エース(久保倉)が抜けた穴をチーム力でカバーし連覇を狙います。」(大野監督)と、王者というよりも挑戦者として秋の大阪決戦に臨む。
新潟アルビレックスRCは北陸実業団大会に小学生会員たち約30人を帯同した。日頃は「陸上競技の楽しさ」(大野監督)をテーマとしているが、今回の遠征では「宿泊を伴う県外試合」を早い段階で経験させた。大きな大会でも落ち着いて戦えるようにするためだ。トップ選手を間近で見たり、声をかけてもらうことでモチベーションも上がる。新潟アルビレックスRCからは昨年の全日中200 m優勝の稲毛碧や、2014年の全国中学駅伝男子で2位になった小千谷中のメンバーが育っている<写真提供:新潟アルビレックスRC>


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