2002/1/27 大阪国際女子マラソン
レース直後記者会見 その1 優勝のキプラガト
『弘山が雪辱を狙ってハードなトレーニングをし、強くなっているだろうとは予想していましたが、最終的には勝てるだろうと思っていました。しかし、彼女と一緒に走っていて、偉大なランナーだと思いました』


その2 3位・岡本治子前編 後編
その3 2位・弘山晴美

Q.優勝された感想は?
キプラガト 大阪での優勝が目標であり夢でもあったので、それが実現できてヴェリーハッピーです。最後は弘山選手との一騎打ちになりましたが、彼女が前回(2年前)優勝を逃して落胆し、その雪辱を狙ってハードなトレーニングをし、強くなっているだろうとは予想していました。しかし、自分も同じくらいハードなトレーニングは積んできたし、勝とうと思ってきていたので、最終的には勝てるだろうと思っていました。しかし、彼女と一緒に走っていて、偉大なランナーだと思いました。
Q.前半、集団を引っ張ったのは、もっと上の記録を狙っていたからでは? 中盤で集団の後方に下がったのは戦略ですか。
キプラガト 最初はあのリズムが居心地がいいというか、走りやすい感じだったので、そのまま行きました。途中、風が強くてペースが落ちましたが、集団の後ろで走ったのはエネルギーをセーブしたいと考えたからです。先頭を走り続けると消耗すると思ったので、そういう作戦にしました。
Q.ゴールタイムは期待していたものと比べてどうですか。
キプラガト 風の影響を考えたら満足できる記録ですが、理想としてはもっといいタイムで走りたかった気持ちはあります。
Q.女子だけのレースは素晴らしいと一昨日話されていましたが、そのレースで勝てたことについてどう思いますか。
キプラガト 素晴らしいレースだったと思います。男子ランナーがいないことで、自分1人で走ることに集中できました。そういった意味ではいいレースを楽しむことができました。こういう機会がもっと増えればいいと思います。そういった意味で、運営されるオーガナイザー、スポンサーの皆さんにお礼を言いたい。そして、世界の女子選手をサポートしてくださっている皆さんにもお礼が言いたい。ありがとうございました。
Q.35kmでスパートしましたが、タイミングはどう計っていたのですか。
キプラガト レースを走るとき、計画を立てたり、戦略を考えたりという走りはしません。とにかくいい走りをしたい、自己記録を伸ばしたいとだけ考えています。先頭集団のトップで走ったりもしましたが、35kmでは“これはいける”という感じがありました。スピードも出せるという感じもあったのでスパートしました。戦略でやったわけではありません。
Q.22km過ぎでロバ(エチオピア)選手がリードしたとき、付いていかなかったのは?
キプラガト なぜついていかなかったのか自分でもよくわからないのですが、感覚として、あのときまでのリズムを考えるとちょっと速すぎると思いました。飛び出してもまた、戻ってくるだろうと。作戦というより、感覚的な理由でした。
Q.10kmの給水に失敗しましたが、走りのリズムに影響しましたか。
キプラガト いいえ。あの時点ではまだ元気でしたから。あれが21km以降なら(給水を取るために)戻ったりしなかったと思います。しかし、前半でドリンクを逃すと後半で影響が出ます。5km、10kmなら取るために戻った方がいいと思います。
Q.10km以降、集団から少し離れて走ったのは?
キプラガト あまり近くを走っているとシューズを引っかけられたり、足を踏まれたりするかもしれません。それで故障をしてしまったら、3カ月やってきたことが無駄になってしまいます。それが怖かったので、距離をおいて走ることを心がけました。
Q.昨年10月のシカゴでは正確に何kmでデレバ(ケニア。そのレースで世界最高)に引き離され、何kmで棄権したのですか。
キプラガト デレバは15kmではすでに、リードしていました。自分が実際に棄権したのは35kmです。そのままのペースで行けば2時間21〜22分台のペースでしたが、25kmから具合が悪かった(肺気腫との新聞報道あり)ので35kmでやめました。
Q.今日も10kmまではかなりのハイペースでしたが、シカゴの前半と今日の前半を比べてどう思いますか。
キプラガト 最初の10kmは風がなかったこともあり、ペースが速くなったのだと思います。シカゴとの違いといえば、シカゴはもっとフラットで、下りになっている点が違います。

*ここで、ドーピング検査のため会見は打ち切りに。