重川材木店密着ルポ2005
第1回 “一風変わった”新人選手たち

B ジェームズ・ゲタンダ
欧州のラビット経験選手

@原田正彦 箱根駅伝2区区間賞の意味
A吉田繁、川瀬久人、松本真臣  駒大の同学年トリオが新潟に集結

 ゲタンダが期待通りの力を見せている。5月の北陸実業団や6月の新潟県実業団では13分50秒台だったが、力の違いは明らかで、スタート直後にギャラリーからは感嘆の声が漏れ聞こえた。客観的に力量を見せたのは、6月の日本選手権だった。外国人選手はオープン参加となるが、28分09秒61で2番目にフィニッシュ。5月に27分08秒00の国内最高記録(all comers record)を出しているS・ワンジル(トヨタ自動車九州)に28秒差、4月に27分54秒75を出したM・モグス(山梨学院大)には26秒先着した。
 3月に来日したが、いったんケニアに帰国。日本選手権は再来日した翌日のレースで、完全なコンディションとは言えない状態だった。27分37秒の自己記録の力量は示したレースと言えるだろう。
 当のゲタンダは、そのくらいは走れて当然という感覚のようだ。7月で22歳になるが、高校卒業後はプーマチームの一員となり、ヨーロッパのトラックを転戦した。2003年9月のブリュッセル・ゴールデンリーグでH・ゲブルセラシエ(エチオピア)が26分29秒22の、当時のパフォーマンス世界歴代3位を出したときにはペースメーカーを務めたという。

6月12日の新潟県実業団対抗5000m。
1人、別格のスピードを見せたゲタンダ

 しかし、ベスト記録で世界とは1分の差がある。すぐに世界のトップを争う力はなかった。同郷のオツオリ・コーチの誘いで、日本で走ることを決意した。
「彼の性格が決め手となりました。真面目で、コツコツ努力ができるし、日本の生活にも適応できる」
 日本食が何でも食べられるオツオリ・コーチの域には、まだ到底及ばないが、人なつっこい笑顔でチームに溶け込んでいる。駅伝で結果を出すのが、自分の役目であることも十分に理解している。
「11月の北陸予選と、1月のニューイヤー駅伝が会社にとって一番大きな目標。ヨーロッパと違って、賞金レースではなく、駅伝で結果を出す。それが、日本に来た自分の使命です」
 駅伝については、オツオリ・コーチから説明を受けているし、今年のニューイヤー駅伝や去年の国際千葉駅伝のビデオを見て、早くもイメージはできてきているという。
「1人で10km以上を走りますから、スタミナもないといけないし、スピードも要求される。そして、タスキをつないでいくのが、個人のレースとは違うところ。チームワークという部分も、だいたいわかってきました。1人がブレーキをしたら、次からのランナーもついていけません。最初の1・2区が良くないと、結果は残せません」
 その一方で、憧れるのはK・ベケレ(エチオピア)やH・エルゲルージ(モロッコ)といった、間近で見てきた世界のトップランナーたち。日本にもワンジルら27分10秒前後で走る選手が数人いる。そういった選手たちに勝負を挑むことが、ゲタンダの成長を促すかもしれない。あるいは、スタミナ面の成長が大きければ、世界に挑むのはマラソンということになるかもしれない。

C   
チーム運営改善にも着手

 新人が一気に加入したことで、チーム運営も昨年までとは変わってきている。まずは練習時間。昨年度までは月・水・金の週3日はフルタイム勤務。火・木・土の3日が練習優先の日で、15時に仕事を上がっていた(萩野だけは、希望次第で毎日それができた)。それが今は、火・水・木が15時上がりで、土曜日は12時上がり。土曜日が休みの週は、木曜日を12時上がりとした。その理由を総監督の重川社長は次のように説明する。
「事務系の仕事なら昨年度までのやり方でも行けたのですが、大工仕事だと仕事の疲れが練習に影響してしまうこともあると、わかってきました。火・木・土とポイント練習をやると、水曜日に疲労を抜かないと、どんどん蓄積していってしまいます。そして、今年からポイント練習は極力一緒にやっていますが、週に1回は20kmとか25kmの距離をこなすようにしています。それには、12時で上がって食事をして、2〜3時間は休養しないと十分な効果が望めないと判断しました」
 北陸実業団駅伝優勝という目標達成のため、さらなる練習環境改善も重川社長は考慮中だという。6・7・8月に計3回の合宿も予定しているが、できれば他の実業団チームと一緒に行いたいと考えている。当然、その間は仕事に穴を空けることになる。通常の練習時間についても同様だが重川材木店の場合、選手が練習で仕事ができない時間は、重川社長がポケットマネーで穴埋めをしている。負担は、比較にならないほど大きくなった。
「すべては、11月の北陸実業団駅伝に勝って、ニューイヤー駅伝に出るためです。今年は北陸に枠が2つあるのですが、2番目でニューイヤーに初出場しても、“大工のチーム”というマニアックな視点でしか世間は見てくれません。YKKに勝って出場したとなれば、競技的にも評価されると思いますから」

6月12日の新潟県実業団対抗終了後の集合写真。このメンバーでニューイヤー駅伝初出場に挑戦する

 エース区間を任せられる大物選手も加わった。一方で、重川社長や萩野の地道なスカウト活動の努力が実り、それなりの実績を持つ選手たちも集まった。吉田、松本、鍋城邦一、進藤英樹、佐々木祐らは、大工仕事に積極的に取り組んでいる。川瀬や後藤順は、竹石コーチの下で床暖房設備を担当しているが、その他の仕事を担当している選手もいる。
 昨年の夏頃にはまだ、重川社長は“建築関係の仕事(主に大工)をしている社員だけのチーム”にこだわっていた。しかし秋頃には、昨年のルポF重川隆廣社長の魅力 その2 チーム戦略と選手への愛情で紹介したように、「それで自分が死ぬまでニューイヤー駅伝に出られなかったら意味がない」と考えるようになり、練習環境を重視しての選手採用を視野に入れ始めた。
 これらの新人たちの過去の実績を見たら、皆それなりのものがある。鍋城はニューイヤー駅伝4回優勝のコニカミノルタの選手だったし、進藤も日立電線でバリバリの実業団選手だった。後藤は山梨学院大の今年の箱根駅伝10区を担った。しかし、鍋城も川瀬と同じように1年間のブランクがある。原田のように、故障の不安を抱えている選手もいる。
「何かの事情で回り道をした選手ばかりですが、それでも走りたいという情熱を持った選手たちです。おかげで、それなりに肩書きのある選手が揃いました。しかし問題は、実際にどれだけ走れるか」と、重川社長も、新人の力に期待はしつつも、安心しているわけではない。むしろ、大変なのはこれからと覚悟もしている。
 専任の監督・コーチ・マネジャー・トレーナーがいないのが、他の実業団チームとの違い。中間の立場のスタッフがいないのだ。現場のトップ(総監督)と選手たちが直に話せるのはメリットでもあるが、お互いに負担の大きくなる部分でもある。
「全員が、ベストタイムの力を発揮すれば、北陸実業団駅伝で戦えると思います。それまでに、その力を出せるようにできるかどうか。協調性がある選手ばかりかといったら、そうでもない部分もあります。それを、上手くまとめていくのが、総監督の自分の仕事です」
 戦える駒は揃った。だが、各選手が力を出せるかどうかは、現時点でははっきりとしない。選手獲得で一応の成功は収めた重川材木店だが、これからの半年で、“強化”という次の大きな課題に取り組んでいかなければならない。


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