2002/3/3 びわ湖マラソン
野口が初マラソン歴代10位の2時間11分20秒
初マラソン日本歴代10傑リスト
その2 目標の沢木総監督の順大記録を大幅更新。しかし…
     先輩・浜野は順大OB初の2時間9分台
  その1 準備不足の状況で見せた(後半の)走りに今後への期待感

 野口のレース前の目標は2時間16分06秒、かつての名ランナーである沢木啓祐総監督が30年以上も前に出した順大記録を上回ることだった。繰り返しになるが客観的には、現時点の野口の状況から判断して、文句の付けようのない完璧なレースだった。
 にもかかわらず、本人に浮かれた様子は全くない。それどころか、不満すら口にした。
「喜びはまったくないですね。総監督の記録は破ることができましたが、上を見たら大した記録じゃありません。10分を切れたら、やれたかな、とは思えたでしょうが」
 実はレース前、その沢木総監督自身から、先頭集団にはつかず5km15分20〜30秒の集団に付くことを勧められたという。「あんな記録(2時間16分06秒)は(学生でも)誰でも出せる。今までウチは、マラソンのチャンスがなかっただけ。試合にさえ出れば2時間12〜13分台は出るんです」。沢木総監督自身、もういい加減に自分の記録を更新させなくてはいけないと考えていたのだ。
 2時間12〜13分台を狙うのなら、2時間6〜8分台を狙うペース設定でラビットが引っ張る先頭集団に付く必要はない。逆に、後半失速してしまう危険性があった。だが、野口は先頭集団で敢然とレースを進めた。
「これから本気でマラソンをやるからには、(本格的なマラソンが)どんなものか、実際にそのペースで走って感じてみたかったんです。実業団に入って次に走るとき、前回のびわ湖ではこうだったなと、課題をつくって走れると考えました」
 選手としての意識の高さが感じられるコメントで、今後がますます楽しみになった。

 自身への厳しい言葉を続けた野口だが、最後に「順大最後のレースを、いい形では締めくくることができた」と付け加えた。ホッとしていないわけはないだろう。22歳の素顔を覗かせた……などという表現で締めくくる記事がよく見られるが、筆者には「22歳の素顔」がどんなものなのか定義できないので、この表現は使えない。
 そんなことよりも、「順大最後」という点がポイントだった。というのも、順大OB数人が同じレースに出場していたのである。
 野口の1学年上でキャプテン(兼エース)だった高橋謙介(トヨタ自動車)も、2回目のマラソンに挑戦。30kmまでは集団に付けていたが、フィニッシュでは2時間14分16秒の20位。詳しい取材はできなかったが、ひと言、コメントを聞くことができた。
「35kmで撃沈しました」
(野口には一番負けたくなかった? の問いに)
「そうですね」

 順大OBで最も良かったのは浜野健(トヨタ自動車)で、2時間09分18秒で5位と健闘した。これまでマラソンは4戦している。中盤までは先頭につけるが(独走もあったかもしれない)、後半大幅にペースダウンする姿が目立った。
「これまでは練習しなくても、調子だけ良ければ走れると思ってマラソンに出ていました。20kmあたりまでは持つんですが…。今回は40km走を3回、こなせました。4回やる予定だったんですが」
 過去のマラソンでは1回か2回の40km走で出場していたという。
 それはともかく、意外な感じがするが、順大OBで2時間10分を突破したのは浜野が初めて。鈴木賢一(当時富士通)が97年のベルリンでマークした2時間10分47秒が順大OBの最高で、昨年、世界選手権に出場した高橋健一(富士通)が2時間10分51秒。
「それは素直に嬉しいですね。順大の中で最高というのは」と浜野。高橋健一(富士通)の2学年下で、三代直樹(富士通)の2学年上。世界選手権代表コンビに挟まれた学年の浜野が、ついに輝き始めた。
 高橋健一のいる富士通には野口が、浜野と高橋謙介のいるトヨタ自動車には岩水嘉孝と坂井隆則が、順大から入社する。ちなみに、沢木総監督と野口は、大阪出身という共通点があった。だからといって、大阪から順大に進学すると強くなれる、という保証があるわけではない。

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