2002/1/31
東京国際マラソンみどころ その3 神屋伸行編
箱根駅伝から1カ月、神屋のマラソン挑戦について
招待選手一覧
その1日本選手編 その2外国選手編
さて、一般参加で神屋伸行(駒大)が出場する。
箱根駅伝終了後、マラソン出場を思わせるコメントはしていたが、その時点では“確実に出る”というニュアンスではなく、“誘いはある”という感じだった。
神屋は周囲から“フォア・ザ・チーム”の選手と見られることに対し、反発しているわけではないが、実際は“がまんの走り”をするタイプではないと言う。ある取材のときに、次のようにコメントしたことが記憶に残っている。
「本来の自分は、3年のときの日本インカレ(ハーフマラソンに大会新で優勝。暑さの中前半から独走して2位に約50秒差をつけた)のように、ぶっ飛ばすタイプ。大八木(弘明コーチ)さんからは抑えろと言われましたけど」
大学や周囲が自分に求めているのは駅伝で結果を出すことであるとは十二分に承知しているし、箱根駅伝の記事でも触れたように、学生駅伝では必ず区間3位以内(それもエース区間で)の走りをしてきた。だが、大学に来た目的は「1に勉強(東洋史専攻)、2にマラソン、3が駅伝」だと言い切る。
実際、3年時は夏場の3カ月で1100km、昨年の8月は1380km走ったという。それだけの練習をこなしながら、卒業論文にも取り組み、自分のホームページで情報や意見を発信している。睡眠時間は確保しているの?、などと老婆心的な質問をしたこともある。「それは絶対に大丈夫です」という回答に、神屋の意識の高さを感じたものである。
「在学中に、駒大のユニフォームでもう一度、大きなレースを走りたい」
取材中に聞いたのか、ホームページに神屋がつづっていたのか、どちらか忘れてしまったが、藤田敦史(富士通)、西田隆維(エスビー食品)という先輩たちが通ってきた道である。
気になるのは、先輩2人は箱根の2カ月後のびわ湖に出場したのに対し、神屋が1カ月後の東京になった点だ。そして、心配されるのは箱根駅伝出走中に痛みが出た左半身の状態だ。ホームページを読むと、どうやら練習はできているようである。ただ、どの程度の質の練習かは、不明である。
が、神屋が出場に踏み切るからには、彼なりの理由があることも明白だ。箱根駅伝にピークを合わせ、そこで故障をしたのだから、年末年始が“強化練習”になっていないのは間違いない。夏場の走り込みの貯金が、現在いい感じで表れていることも考えられ、走れないと決めつけることはできない。
神屋自身が「3分ペースでどこまで押せるかを試す」と考えているのか、「安全策で第2集団くらいで行く」と考えているのか、あるいは「2時間10分前後」まで視野に入れているのか、神(屋)のみぞ知るところだ。