長良川陸上紀行(一)
岐阜でタクシーに乗っていたら、運転手さんが面白い話をしてくれた。中部実業団取材からの帰途のことである。
「今日から鵜飼いの期間が始まるんですよ……鵜飼いのあれを見に来たんじゃないの、お客さん。まあ、岐阜だけじゃないからね。6カ所くらいでやっているし、岐阜県では関市でもやってるし。年々、観光客も少なくなってますね…(稼ぎが減っている、というグチらしい)。だから毎年、鵜飼いが始まるのに合わせて高橋尚子選手を招いてイベントやってるよね」
長良川で5月中旬から10月中旬まで行われる鵜飼いは、岐阜市にとって重要な観光資源となっている。97年発行の百科事典によれば、期間中30万人の観光客があるとか。ホントかどうか怪しい話だが、その鵜飼いが始まるのに合わせて、Qちゃんを呼んでイベントを行なっているというのだ。
話の真偽はわからないが、昨年も同じ日にQちゃんが長良川のイベントに出場していたのは事実。知らない人もいるかもしれないので紹介すると、Qちゃんの愛称で知られる高橋尚子とは、2000年のシドニー五輪女子マラソンで、陸上競技戦後初の金メダルを取った選手である。
競技面の実績だけでなく、キャラクター的にも明るくて誠実。頭の回転もすこぶる速い。とにかく国民的な人気者なのだ。プロ的な活動をJOCが認め、色々なイベントに出演している。そんな選手を出身地の岐阜が放っておくわけはないのである。
鵜飼いの観光客減とはまったく関係ないが、長良川競技場で行われた中部実業団のスタンドは、今年も寂しかった。昨年も国際グランプリ大阪大会の翌日に、同大会の2日目を取材した。綾真澄(グローバリー)が66m23と日本記録をドカーンと更新し、度肝を抜かれたことを鮮明に覚えている。あのときの衝撃は正直に言って、今年の大阪国際女子マラソンやびわ湖マラソンよりも大きかった(競技的な価値を比べているわけではないので、念のため)。
「ドカーンと更新した」と書いて、何m更新したのか正確にイメージできる人は少ないと思うが、「1m80も更新した」と記録を書くよりもわかりやすいと言う一般メディアの担当者もいる。要するに「1m80」と数字を出されても、それがすごいのかすごくないのか、編集者がまず理解できないのだ。だから、書き手の「ドカーン」という主観で表現してくれた方がいい、という理屈になるらしい。道理で、いい加減な主観に基づく文章がはびこるわけである。
おっと、これでは貧乏ライターのグチになってしまっている。タクシーの運転手と同じだ。そういえば、鵜飼いの話をしてくれた運転手とは、短時間だったがかなり話がはずんだ。ウマがあったのだろう。そういえば昔、千葉県松戸市に住んでいたが、深夜、水道橋にある会社からタクシーで帰宅した際に、運転手にものすごくほめられたことがあった。たぶん、こちらの仕事が何かと聞かれて陸上競技の話になったと思うのだが、瀬古利彦と宗兄弟の話を延々1時間近くした。
「お客さんの話、本当にわかりやすくて面白いよ。そのへんのスポーツ新聞や雑誌の100倍は面白い。得した気分だよ」
どこぞの編集者に聞かせたいセリフである。
「得しちゃったから料金なんかいらないよ、お兄さん」
という話になるかと期待したが、向こうも会社の経費で落ちるとわかっているのか、そこまでお人好しではなかった。人生、こちらの思った通りには進んでくれない。ちょっと面白い話ができても、お金になるわけではない。つまり、ちょっとばかり陸上競技の記事を書けても、貧乏閑なし状態になるだけという2003年の筆者の現状を、10年前に予測させた出来事だった。
長良川陸上紀行(二)につづく
長良川陸上紀行(三)
長良川陸上紀行(四)
地区インカレ&地区実業団2003特集
寺田的陸上競技WEBトップ