Stories of CramerJapan
第3回 ジュニア指導者
     クリニック・レポート
「子供達の運動能力を伸ばす指導法とは?」
フェルプス氏(左)と吉田トレーナーにインタビューした
Aトレーニング・メニューを“楽しく”実演
@日米コーチが語るジュニア指導の“つぼ”

●体幹やジャンプ・トレーニングを重視
 フェルプス氏の指導する筋力トレーニングは、バーベルなど重量負荷を目的とする器具を使わず、「自身の体をコントロールしながら自体重で行う」というのが基本的なやり方。自体重エクササイズのなかに、“ピラー”という項目がある。日本語に訳せば“支柱”。肩甲骨から臀部までの体幹をしっかりさせるトレーニングだ。7種類のメニューがあり、腕立て伏せの伏臥姿勢で左右の手脚を上げてバランスを維持するメニューが基本だが、脇腹を下にする横向きの姿勢で行うものもある。
「盤石の体幹をつくり、内から外へと力を発揮できるようにします」
いくつものピラー・トレーニングを実演したフェルプス氏
 最後はラダーを用いたトレーニング。前後に、左右にとジャンプやステップをさせ、バランス感覚や重心移動の感覚をつかませる。ラダーを使うことにより、子供の積極性は格段に大きくなるという。
「カナダで“健康のためのジャンプ”という研究の報告がありました。1つのグループは小学生に毎日2分間のジャンプをさせ、もう1つのグループはまったくしない。それを一定期間継続すると、腱の強さや骨密度に差が明確に生じたのです。短い接地時間で地面に力を伝えるには重要となる部分。プライオメトリック的なジャンプ・トレーニングは高校までは必要ないのでしょう。特に小学生の年齢では、簡単なジャンプが効果がある。スキップをしたりバランスをとることが大事だと思います」
 ラダーを使ったトレーニングの最後は、2組に分かれてのリレー競走形式。1マスに2ステップを踏みながら走ると、簡単にスピードが上がらない。それをリレー形式にすることで、速い動きに自然となる。勝ったチームを「ウイナー!!」と声を掛けて迎えるフェルプス氏。受講者たちも、やったぞという表情だ。
「常に楽しい雰囲気づくりを心掛けています。アメリカにおいても陸上競技トレーニングでは、“吐くまで走れ”という格言があるんです。シリアスなイメージのある競技なんですね。当初、ジュニアのクリニックをやると参加者がどんどん減っていく。それを逆にしてみたらどうなるか。陸上競技をやって楽しいイメージを持たせることができると、どんどん選手の数が増えて、高校のチームを州の総合チャンピオンへと導くことができました」
 子供たちを叱る場面も出てくるだろうが、陸上競技そのものを嫌いになってしまったら、何が目的の指導かわからなくなる。雰囲気づくりもジュニア指導者の、大きな役目である。

●ジュニアの意欲を大きくするために
 フェルプス氏の次は原田康弘トレーニングコーチによるクリニック。これも終始、楽しい雰囲気で進んだ。原田コーチのスプリント理論や指導法については、本シリーズの第1回「原田塾」で紹介しているので参照してもらいたい。そして最後のクリニックが、吉田謙介トレーニングコーチによる「ジュニア期のトレーニング(アジリティ編)」である。
 まずはバランスディスクを使ったメニュー。屈伸や片脚立ち、斜め歩行や直線歩行、真横への移動といった動きを、ディスクの上で行っていく。「わざと不安定な状態をつくり、安定した位置を求めることで、重心の位置を把握します」。
バランス・ディスクを使ったメニューの一例
 ラダーを1本、その先に2本と配置して、直線の動きから斜めの動きへの変化をつける。その先にスティックラダーを置き、さらに動きは複雑化する。あまり難解にしては逆効果だが、子供たちもできる範囲の難しさ。「チャレンジしたい意欲を持たせる」のも、目的の1つだ。
 次はミニハードルを正方形の頂点になるように設置し、前後と左右の動きの切り換えを狙ったメニューに。前後の動きの部分、あるいは左右の動きの部分にプラス1台、ミニハードルを追加して、ジャンプの動きを付け加える。
 そして最後は、クレイジーボールを転がしてのドッジボール。どの方向に弾むか全く予想がつかないため、結構難しい。2つのクレイジーボールとなると、さらなる敏捷性が求められる。もちろん、遊戯性も抜群で子供たちは嬉しそうに逃げ回っている。
 吉田コーチの提案したメニューにはバランスディスク、ラダー、スティックラダー、ミニハードル、クレイジーボールといったSAQトレーニングの必須器具が次々に登場。子供の参加者は夢中になり、大人の受講者もより積極的になっているように見えた。
クレイジーボールを使用したドッジボール

●アジリティ・トレーニングを普及させるために
 吉田コーチが今回紹介したのは、SAQトレーニングのうち、アジリティを中心としたメニュー。SAQがスピード、アジリティ、クイックネスの頭文字をとったものであることはすでに知れ渡っている。
S=スピード (走る時の最高速度の能力)
A=アジリティ(敏捷性:左右の速い移動)
Q=クイックネス (素早さ:静止からの速い反応と動作)

 しかし、左右の動きがどうして、“前に速く走る”陸上競技に有効なトレーニングとなるのか、その理解は指導者間でされているのだろうか。まずは、左右の動きが直線の動きにもプラスになることを、吉田コーチの口から直に語ってもらった。
「直線よりも左右や斜めなど複雑な方向の方が、高度な動きなのです。そこで重心移動をしっかりとした動きができれば、直線はもっと楽に動くことができます。逆に球技系で横の動きは得意なのに、走るのが遅い人がいます。その人が速く走るようになれば、横の動きがもっとスムーズになる」
 例えばリズムが狂ったり接地がズレていた場合、縦の動きだけやっていても、どこがおかしくなっているか自覚できないことがある。それを真横に動いてみると、重心の位置を理解しやすくなり、自身の狂いに気づくこともある。100 m・200 mの元日本記録保持者の小島初佳(ピップフジモト)も、アジリティのドリルを実践した選手。その効果を、次のように説明してくれた。
「私は体重移動のバランスがすごく悪かったんですね。色んなことをして微調整をする必要がありました。そのとき、前に進む動きよりも、横の動きの方が感覚をつかみやすかったんです。それで、横の動きも必ずやるようにしていました」
 小島選手は春先の故障からなかなか動きが元に戻らず、苦しんだ年もあった。日本選手権は厳しいだろうと予想されたが、それを覆して優勝したことが2回くらいはあったと記憶している。周囲から見たらサプライズな出来事でも、選手側にはしっかりした取り組みがあっての結果だったのだ。日本選手権2種目7連勝を達成できた要因の1つであることは確かだろう。
 徐々にその重要性が認識されつつあるアジリティ・トレーニングだが、まだ、全ての指導者に理解されているわけではない。「1つ1つ丁寧に、わかりやすく説明していく」と吉田コーチ。そのためにも、選手や子供たちが有効性を体感できるかどうかが、重要になってくる。すぐに動けない子供には、関節の可動域を大きくしたり、筋肉の柔軟性を指摘して、動けるようになるヒントを与えていく。動けるようになるフットワークなど、神経系の動きのコーディネイトも、しっかりした知識をもとに指導をする。
 指導者と選手が一緒に、理解度を深められるかどうか。そのためにも、と吉田コーチの言葉が続いた。
「ただSAQトレーニングをやらせればいい、と頼る考え方をしたらダメなんです。単純に、表面的な動きを真似させても効果は小さいでしょう。動きの本質的なところを理解しないと意味がありませんし、そのためには継続してやること、そのために楽しい雰囲気も必要です。段階を踏んで、パフォーマンスを引き出せると実感できれば、あとは難しいことなんてなくなります」

 吉田コーチの話は、関連した事柄にどんどん広がっていく。アジリティ・トレーニングがSAQトレーニング全体につながり、全体の特徴がアジリティ・トレーニングにも顕著に表れているということだろう。つまり、ジュニアに限らず指導者には、全体を見通せる能力と個々のトレーニングの知識、双方が求められるのだ。
 そして、クリニックの最後にフェルプス氏が短く挨拶をした。
「ジュニア指導にも、ベーシックなことから応用的なことまであります。一番大事なことは、そこに楽しさを織り込むことです」
 これらの要素の全てを、体験することができたのが、この日のジュニア指導者クリニック「子供達の運動能力を伸ばす指導法とは?」だったように思う。


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