@受講者の目線
Stories of CramerJapan
第1回 原田塾原田康弘(はらだ・やすひろ)
日体大在学中の1977年に200 mと400 mで日本記録を樹立。卒業後は郷里の宮城県で教員となり、白石工高に7年間、利府高に4年間勤務。白石工高では自身も日本のトップスプリンターとして活躍する傍ら、インターハイ出場者を育てる。その後、光カメラで5年間実業団チームの監督を務め、その間に野村綾子が女子100 mの日本記録を樹立した。89年から陸連強化委員会男子短距離部長、97年からは女子短距離部長、03年からはジュニア部長を務める。陸上競技以外でもプロ野球の旧福岡ダイエーホークス、ラグビー日本代表などに指導経験がある。
●無数にあるウォーミングアップ用ドリル
「20種類以上はあるでしょうね」
ウォーミングアップで行うメニューの数を原田康弘塾長に質問すると、予想以上の数字が返ってきた。
6月最後の土曜日、埼玉県上尾陸上競技場で行われた原田塾(クレーマージャパン主催)の第4回クリニック。1回目は基本的なスプリント技術(動きづくり)、2回目はスタート・テクニック、3回目はスタートから加速段階と講習を行ってきて、最後の4回目はそれらを1つの流れにつなげる「総合的ランニング法の習得」がテーマだった。
それでも、ウォーミングアップにも入念に時間をかける。まずはトラックの第2コーナー手前で静的なストレッチを行い、次に場所を芝生上に移して動的なストレッチ要素の入ったドリル。そしてトラックの直線部分でマイクロ・ハードルやミニハードルを使ったドリルを行い、さらにはラダーを使った小刻み走なども(クレーマージャパンのサイトに写真が多数掲載)。
原田塾長はスタートする1組1組に声を掛ける。どこをきちんと行ったらいいか、選手は的確に意識できるのだ。
入念に行う理由を原田塾長は「走るために関節と筋肉の状態を整えてやることが目的ですが、色んなパターンから成り立つのがウォーミングアップ。その中からアレンジしていく楽しみを見つけて欲しい」と説明する。
順序としては足元から徐々に、ほぐす個所が上の方に移っていく。それぞれのメニューによって目的とする部位は異なるが、共通している狙いもある。
「体のバランスをとることですね。ヒザ、股関節、腰、肩と身体の軸をしっかり作り、芯をしっかりさせた中での動きを行うことです」
この考え方は、Aで紹介するスプリント理論の基本にもなっている。
スティックとマイクロハードルを組みあわせた練習メニュー
●埼玉県中学最速スプリンター
ウォーミングアップドリルを列の先頭で積極的に行っている選手がいた。6月の通信陸上の埼玉県大会男子100 mと200 mに優勝した松村拓也選手だ。原田塾長によれば、松村選手も多くの中学生選手と同様に身体が硬い傾向があったが、股関節と動きのコーディネイトをすることでバランスが良くなったという。
シーズン前のベストは11秒51と23秒42だったが、埼玉県中学通信で11秒15と22秒92まで縮めてきた。昨年まではスタートダッシュが苦手で、明らかな後半型。それが今は、「リードはできないまでも、前半から攻める走りになってきている」と自己分析できる走りに変わった。“スタートテクニックの習得”がテーマだった原田塾第2回で、自身の欠点を修正できたという。
「セット時の姿勢を変えて、楽に出られるようになりました。楽になったけど飛び出せます。以前は腰の上げすぎていました。ヒザが伸びきっていたら蹴られないことを、新井(智之)コーチに教えてもらったんです。通信大会の日も、原田先生がレース前にアドバイスをしてくれて、自信をもって走れました」
もう1つ変わったことは、「地面のキャッチの仕方」だという。
「昔はヒザ下に力を入れて、振り子みたいに振り出していましたが、中盤ではヒザ下はリラックスさせるようにしています。菅原(新)選手の走りや、高校のトップ選手のビデオも見て参考にしました。(接地の仕方を変えることで)地面の反発をもらって、バネで走れるようになりたいと思っています」
松村選手がその動きを最も実感できるドリルが、ミニハードルを横向きに越えていくドリル。原田塾長は「縦の動きはただ足を置くことになりがちですが、横の動きだとしっかり重心に乗りやすい」と説明する。
骨盤の動きを意識したドリルを行う松村選手
●日常の指導者のスタンス
松村選手を日常的に指導しているのは、児玉中の川田好子先生である。国士大時代には砲丸投で日本インカレに優勝(1983年)している元トップスローワー。児玉中は松村選手の他にも、女子100 mHの大澤早紀選手と、男子4×100 mRが埼玉県中学通信で優勝。「自分の専門種目でなく、短距離の生徒が伸びています」と苦笑するが、川田先生も中学時代は走高跳と三種競技で埼玉県大会に優勝した万能選手だった。
筆者には原田塾のようなクリニックが行われる際、以前から気になっていたことがあった。その選手を日常的に指導しているコーチは、クリニックのコーチが自分と違う動きを指示したり、違う考え方を提示したときに、どう対処しているのだろうか、と。
川田先生は生徒を原田塾に預ける際のスタンスを、次のように話した。
「私の言うことと違ったら、原田さんの言うことを聞きなさい、と選手には言っています。その道を究めた方のコツというか、ツボのようなものがあると思うんです。私は自分の指導にこだわりはありません。こちらも勉強させてもらって、どんどん取り入れていきます」
川田先生が例として挙げたのは、リレーのバトンパス。出だしからダッシュするのが、川田先生は当たり前だと思っていた。しかし、原田塾長は「ゆっくり出ればいい」と話した。バトンを渡す側を慌てさせない狙いもあるし、受ける側の加速感をスムーズにする狙いもある。
「最初は“えっ?”と思いましたが、やってみて“なるほど”と納得できました」
なかなか変えられなかった選手の動きが、意識のさせ方の違いで、簡単に変わったこともあった。
「踵を素早く引きつけろ、と私は言っていたのですが、その意識の仕方では選手たちはなかなかできません。原田さんが重心に乗り込むように、という言い方で指導をすると、意識は前脚でも、後ろ脚も素早く戻ってくるようになりました」
これは川田先生のやり方であるが、指導者にも色々な考え方があるだろう。選手が混乱しないように、自分がこれまで使ってきた言葉と、整合性を持たせる方法もあるかもしれない。
デリケートな部分ではあるが、クリニックなど他流トレーニングに身を投じるときは、まずはその場の指導者の言うことを信じてやってみることが重要ではないか。松村選手はそこをどう判断しているのか。
「学校に戻ってやってみます。自分に合っている、やりやすいと思ったものを継続してやるようにしているんです。微妙なところは、自分で判断します」
ここまでできるようになるには、選手が感じたことを、指導者と素直に話し合える雰囲気作りも重要だろう。川田先生の生徒たちへの接し方を見ていると、そこができているように感じられた。
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