寺田的陸上競技WEBスペシャル
計測工房2015春
創業8年が経過して節目を迎えた計測工房
市民マラソンブームに沸く業界にあって
光る独自性


市民マラソンよりも駅伝
 計測工房が創業して丸8年が経過した。ランニング雑誌会社の計測事業に従事していた藤井拓也社長が独立・起業したのが2007年5月。東京マラソンが始まったのがその年の2月で、市民マラソンブームに拍車がかかった時期だった。タイム計測の分野が、ビジネスとして成長を見せ始めたタイミングである。
 だが、計測工房の8年間を見ると、市民マラソンブームが追い風になったのは事実としても、他の多くのタイム計測会社とは一線を画す軌跡を描いている。携わった大会のカテゴリー別比率表からも、それが見て取れる。当初はマラソンが50%を超えていたが、4年目に40%台となると、7年目以降は30%台となっている。
 現在もパーセンテージではマラソンがトップだが、藤井社長が「すごく大事にしてきた」というのが駅伝であり、ここ3年間で大きく増えているのがトレイルランである。2つの競技の特徴は「レースの途中を計測する」(藤井社長)こと。マラソンであれば、フィニッシュ地点だけの計測で事足りるケースが多いが、駅伝とトレイルランは複数箇所の計測をするために機材も人材も多く必要で、さらに、競技に対する専門知識も求められる。
「駅伝は中継所が多くあり、リアルタイムでデータを本部やテレビ局に送ります。メンバー変更や繰り上げスタートもありますから、かなりのノウハウが必要になります」と藤井社長は説明する。
 市町村主催で行われている駅伝は、陸連公認大会ではないことが大半で、ローカルルールで行われるのが普通である。例えば1つの団体からABCの3チームが出場して、Cチームの補欠で登録していた選手がAチームを走ったり、そのAチームの補欠がBチームで走ったりする。
「対応力がないとできない部分が多いのが駅伝なんです」
計測工房が担当している春の高校伊那駅伝

レッドオーシャン分野よりも独自性を追求
 詳しくは昨年の高校伊那駅伝の記事を参照してほしいが、駅伝は中継所毎に機材と人員を配置しないとタイム計測はできない(計測工房はさらに、センサー・マットを2つ用いるなど完璧なバックアップ体制を敷く)。極端な話、マラソンなら機材と人員1セットで計測できるが、駅伝で5カ所の中継所があれば5倍のエネルギーを使う。
「駅伝を1大会計測するよりも、マラソンを5大会受注した方が良い、と考える会社が多いと思います」
 目の前で市民マラソン計測という市場が急成長している。東京マラソンが始まった後に、県庁所在都市で開催されるようになった都市型フルマラソンは23大会に上る、というデータもあるくらいだ。だが、その分、参入してくる計測会社も多くなる。
「1〜2万人規模のマラソンになると、計測にかかる費用もけた違いに大きくなるので、そこで売り上げを伸ばそうと考えるのは当たり前です。ただ、価格競争になることも多いので、他社との競争で疲弊してしまうこともある」
 経済用語でいうところの“レッドオーシャン”と言われる分野である。そこでの戦いに藤井社長は積極的になれないという。
「我が社ならでは、という価値観も見いだせません。それよりも自社の特徴を生かし、小回りの利く分野、より専門的なノウハウの必要な分野で、精神的にはノビノビと仕事をしたい」
 駅伝は市民マラソンに比べれば小規模かもしれないが、「全国の自治体の8〜9割は実施しているのでは?」と藤井社長は見ている。他社が尻込みする駅伝に対して積極的な姿勢を見せるので、主催者から信用を得やすい。そうなると継続的に仕事を受注できるので、ビジネス的にも効率が悪いわけではない。
 自治体が運営を都道府県陸協に委託するケースも多いが、藤井社長自身も大学まで競技ランナーで、学生時代に審判員の資格も取った。陸協との協力はスムーズに行うことができる。
2007年に始まった東京マラソン。その大成功が、都市型フルマラソンが続々と誕生するきっかけとなった(写真は第1回大会)

トレイルランとトライアスロン
 計測工房が請け負う大会で、近年増えているのがトレイルランである。トレイルランも駅伝と同様、レース途中の何カ所かを計測することが求められる。
 トレイルランはいわば山岳マラソン。参加者は日常から解放され、大自然のなかでアクティブな気分になることができる。市民ランナーが活動範囲を広げて参加するケースもあれば、アウトドア派が走る楽しさをプラスさせるケースもある。
 問題は、主催者による選手たちの安全管理だ。途中関門を通過したかどうかのチェックは、係員の目視だけでは心許ない。リタイアした人数などを、主催者は把握しておく必要があるのだ。タイム計測とともに、その点でも計測会社が重要な役割を担う。
 トレイルランの関門は山頂とかではなく、林道やオフロード的な場所になることはあっても、車は必ず入ることができる場所に設置される。計測用機材を運ぶには、車が移動できる場所であることが前提だからだ。
 だが、関門が携帯電話の電波が入らない場所になることもしばしばあり、そういうときは衛星電話を使用してデータを送る。それも難しいときはUSBメモリーなどでデータを移管する。考えてみれば、以前の駅伝はすべて手作業で運営していたのだ。
 そして、計測工房向きといえるのがトライアスロンだ。ご存じのようにスイム、バイク、ランの3種目を連続して行う競技。駅伝の3区間ととらえることもできるが、状況は少し異なる。種目を変更するトランジッションが2カ所入るのがトライアスロンならでは部分。その時間も無視できない要素なのだ。
 従来はトランジッションタイムをスイムやバイクのタイムに含めていたが、トライアスロンが盛んになるにつれて、トランジッションにかかった時間を独立してタイムを知りたいと、主催者やメディアからも要望が出始めた。当然、計測する側の作業は多くなる。
 さらに、選手の動きも単一的というわけではない。自転車がパンクをして、中継所に戻ってくる選手がいれば、センサーマットの上を通ることになる。また、バイクで5kmコースを周回している選手が、自分が走った周回を勘違いして走り終えてしまうこともある。
 どちらのケースもおかしな数字がデータ上には記録されることになる。起こりうるイレギュラーな出来事を理解していないと、間違った数字を発表してしまいかねないのだ。
トレイルランのスタート

年内にも社屋移転
 もちろん、求められればどんな仕事(計測)もこなしてきた。一輪車の大会を、マラソンもトラックレースも請け負ったことがあった。馬術のエンデュランスも計測した。藤井社長はどんな仕事でも、“一期一会”の出会いと考えて大事にしている。
 ただ、創業8年がたち、計測工房が進む方向性がはっきりとしてきたのは確かである。
 額が大きいものの価格競争になりやすい市民マラソンではなく、複雑な計測システムや専門知識が求められる分野で、計測工房は力を発揮していく。
「創業当時は本当に手探り状態でしたが、自分の思いと、請け負ってきた仕事の数字を照らし合わせて、8年間を言葉にできるようになっています。ベースができつつある、と実感できるようになりましたね」
 計測ディレクターの数は当初は2人でスタートしたが、3年目に3人となり、昨年はついに新卒の社員を採用して4人となった。学生(実際には院生)がタイム計測というビジネスに興味を持ち、自社への入社を志してくれた。藤井社長のなかでは、象徴的な出来事ととらえている。
 社屋も年内には移転し、より広いスペースで作業をしたいと考えている。人も機材も、年々増えている証しで、社屋移転も節目と考えて良いだろう。
 8年間でベースが固まった計測工房が、次のステージでどんな計測をしていくのか。社会の大きな動きに独自性を持って挑戦していく姿勢が、どういう形になって表れるのか。我々が日常生活でも普通に行っているタイム計測を、ビジネスとしてどう“進化”させていくのかに注目していきたい。
創業から8年間を振り返る藤井社長


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