実績を挙げるSTCIのグローバルサポートプロジェクト
日本人エージェントとして陸上界に貢献を

写真は昨年11月のナイメーヘン15kmの記者会見。野口みずきと、通訳を務めた柳原(右端)<写真提供:STCI>

Aエージェントが活躍できる時代に向けて

@海外に進出する日本選手の陰に からのつづき
●日本のトップ選手へのサポート
 赤羽有紀子(ホクレン)と野尻あずさ(元第一生命)。STCIは、女子マラソン日本代表クラスへのサポートも行っている。赤羽の代理人は、アメリカ在住でスポーツビジネスを研究する傍ら、アドバイザーとしてSTCIの仕事に関わる佐藤幹寛氏(同氏もまたIAAF公認代理人の資格を持つ)が務め、野尻の代理人は柳原が務める。そして上野が全体を統括するスタイル。
 例えば、赤羽の参加した2011年4月ロンドン・マラソン時には佐藤が参加契約交渉を担当した。さらに同年夏の海外合宿実施もSTCIがホクレン陸上部と連携しコーディネート。8月の韓国テグ・世界陸上マラソンで日本人トップとなる5位入賞を達成した。
 また野尻あずさは柳原と今年1月に代理人契約を結んだ。野尻は大阪国際女子マラソンで自己新をマークして日本人2位。今後ますます活動の場が広がると判断しての契約だった。ところが3月末で野尻が第一生命を退
昨年のテグ世界陸上女子マラソンに出場した赤羽(左)と野尻(右)
社。トレーニングなど当面は独自に行っていくことになった。
 野尻は距離スキーから転向して3年でテグ世界選手権代表になった異色の経歴を持つ。
 第一生命との関係は「発展的な解消」だと野尻は話し、山下佐知子監督からも「応援したいから、STCIには野尻の相談に乗ってやってほしい」と言われている。
 彼女もまたSTCIのサポート受けながら競技活動を展開していく1人である。

●エージェントとコーチの関係
  このようにSTCIは選手やコーチの意向を尊重する。その上で現場のコーチにも、「エージェントのネットワーク、情報、意見を生かすことを考えてほしいですね。そこがGSPの大きなウリでもありますから」と上野は言う。世界では以前から、「エージェントとコーチが立場を明確にして連携する」のがスタンダードになっている。
「欧米ではエージェントが選手、コーチ、大会主催者、連盟をつなぐ大切な存在だという認識があります。だからこそ責任は重大。早くもっと高いレベルの実力をつけないといけません」と柳原。
 ただ、エージェントの発言力が強くなりすぎる問題点も指摘されている。ビジネス主導になりすぎて、選手強化にマイナスとなる例も欧米では散見されるからだ。上野もそこは肝に銘じている。
「試合を数多く入れればエージェントの収入は増えますが、我々は常に選手の強化や将来のことを考えています。そこは現場との意思疎通を密にしてやっていくべきです」と。一方、柳原も「世界の情勢にアンテナを張ることは大事ですが、全て欧米のエージェントがやっている通りにやらなければ、という思いはありません。日本の選手、指導者、チームに適したエージェント業でなければならないと思っています」と強調する。
 上野がイメージしているのはケニア選手の発掘に貢献してきたイタリア人エージェントのローザ親子(ガブリエルと息子のフェデリコ)と、現地で指導にあたっているベラルッティ・コーチの関係だ。2時間5分以内のマラソン選手を何人も育てたカノヴァ・コーチと、代理人のディマドナ氏もしかり。
「有能なエージェントは、信頼できるコーチとの関係をしっかりと築いているんです。
▲エチオピア陸連の幹部たちと打ち合わせをする
柳原(2010年8月)<写真提供:STCI>
▼この春マツダに加入したアセファ(左)とゼウドゥ<写真提供:STCI>
日本国内ではエージェントと実業団コーチの関係になりますから、海外とは違ってきます。でもエージェントの役割は今後、ますます重要になってきます」
 以前の日本における海外遠征は、陸連や実業団連合、学連が主体で行い、日本代表クラスの選手がレベルの高い試合に選手団を編成して出るのが主流だった。だが、次第に日本選手が海外に行く目的が多様化してきている。@で紹介した名城大のように、それぞれのレベル、狙いにあった海外遠征が有効だと考えるようになってきている。
 岸川が今年2月に行ったメキシコ合宿も「レベルの高い外国選手が多くトレーニングする場所で刺激を受けたい」(上野)という狙いがあった。この合宿は全て、佐藤の人脈を生かしてコーディネートされた。
 こういった企画を実現するための交渉にはビジネス的な要素も強い。そうした現場の多用なニーズに応えるために、業務として専門的に対応できる人材が必要となってくる。実際、海外ではエージェントがそうした業務を行うことで、選手強化に貢献している。上野は、「将来は陸連、実業団連合、学連とも連携してやっていきたい。組織の活動に、我々のネットワークやノウハウを生かせるケースが増えてくると思っています」と言う。
 前述のようにエージェントのビジネスが目的になってはいけない。むやみに海外に選手を送り出すのではなく、国内大会との兼ね合いも十二分に考慮する。
「国内の大会が発展することも重要です。特に学生は教育の一環で競技をしていますから、インカレや駅伝がある時期に遠征の提案をすることはありません。そうした配慮はすべきだと考えています」と上野。
 STCIの活動の目的はあくまでも日本陸上界の発展に寄与することである。

●日本人エージェントとしての思い
 STCI-GSPの一番の特徴は、"日本人エージェント(それも柳原、佐藤の2名)"という点ではないだろうか。(※日本で今年度IAAF公認代理人の資格を持つのは彼らを含め5名のみ)。
 そもそも上野がSTCI-GSPを立ち上げたきっかけは、「07年大阪世界陸上の際、海外レース経験の必要性を痛感した」ことだ。「当時、取り組んでいた女子3000m障害は国内レースが少なく、情報もほとんどありませんでした。翌年スペインの大会を自分で手配して出場しましたが、参加交渉から現地での行動にいたるまで、全て手探りの状態でした。コーチとして指導により集中するためにも海外サポート業務に精通した人材がいればと、感じました」と語る。
 そういった意味で事業全体を統括する上野は(既出の岸川選手の)コーチという立場で柳原と佐藤の2人に全幅の信頼を寄せる。
 連盟、実業団などに所属せずエージェント業務を主として事業を展開する組織は日本の陸上界においてもこれまでにない新しい形。ここまで日本の現状を踏まえ、日本の強化システムにマッチした形で活動をするエージェントは珍しいと思われる。
 四国電力の松浦監督がSTCIの活動に対する感想を次のように話していた。
「上野さん、柳原さんとも実業団スタッフの経験があり、我々の欲していることをすぐにわかってくれる。仕事ぶりに日本人としてのきめ細かさがありますし、日本人も外に出て頑張ってほしいという彼らの思いも伝わってくる。それと同時に自分たちも成長していきたい、という気持ちも感じられます。本当に陸上が好きで、陸上競技に情熱を持っている。そんな彼らだから、一緒に頑張ろうと思えるんです」
 もちろん、日本人ということがマイナスとなる要素もある。海外の文化や習慣の違いから苦労することも多い。問い合せメールを送っても、何も返して来ない大会も少なくない。電話をかけると言われてかかってこないこともよくある。現地に行ってホテルが確保されていないことも何度かあった。領収証を何週間も送ってこない合宿施設も普通にある。
 日本のようにきちっとした要項があり、申込フォームに必要事項を記入しFAXや郵送をするといったケースはないのが現状なのだ。
柳原と上野。日本の陸上界に貢献したい思いは人一倍強い
 そんな時でも臨機応変に対応し、クライアントに迷惑が掛からないよう、最大限の配慮をしていかなければならない。
 そういう世界で生きるエージェントに必要な資質とは何なのだろうか。
「多様な文化を受け容れないとエージェントはできません。その中で日本人の良さをどう出すか。きめ細かい対応をしたり、約束を守ったり。そういう所を今後も大切にしていきたいですね」
 上野がこう言えば、柳原もうなづく。
「国内外を問わずこの日本人と仕事をしたいな、と思ってもらうことが大事。欧米人エージェントと同じ、と思われるのでなく、"日本人エージェント"独自の良さを今後、作り上げていきたい」
 名城大の米田監督は「"人の輪"が広がる橋渡し役」とSTCIの役割を評した。
「我々現場の指導者だけでは、ディレクターたちとコミュニケーションをとるのは難しい。そのきっかけづくりをしてくれるのがSTCIさんです。私もオランダなどに何回か行かせてもらって、向こうのディレクターと親しくなり、情報を得ることができました。"人の輪"がどんどん広がっていくことを実感できています。今後、海外と橋渡しをする役目はますます重要になるはずです」
 上野たちが考えているのは、自分たちの経験やネットワークを日本の陸上界に還元すること。それらを実行することで、日本選手の活動の幅が広がっていき、それは強化にもつながっていく。エージェント・ビジネスが日本で今後どう展開していくか。STCIの果たす役割は大きそうだ。
「今はこの世界に飛び込んだばかりの駆け出しですが、これまでに経験したことのないワクワク感があります。好きな陸上競技を通して世界中に仕事仲間が増えていく。僕らのネットワークにより、日本と世界が繋がる。これは本当に楽しいし、大切にしたいと思っています。そして今後はもっと、エージェントを目指す日本人が現れてほしい。僕は選手やコーチとしての実績がないのに、熱意と発想の転換でトップアスリート、一流のコーチ、欧米のエージェントらと関われることができています。アメリカの佐藤も同じで、スポーツビジネスを研究する傍ら、エージェントとして頑張っています。引退した実業団選手やスタッフの中にもエージェントになれる資質を持った人はいると感じています」
 今後の展望を語る柳原、そして上野の顔が輝いていた。
既に本文中で紹介した以外にも男子では日立物流、佐川急便、女子ではシスメックス、積水化学、パナソニック、デンソーの海外遠征もサポートするなど、着実に進歩を遂げるSTCI-GSPの活動。
 10年後に、日本陸上界の活性化に大きな役割を果たした人物として、2012年のSTCIメンバーの笑顔を思い出すだろうか。


寺田的陸上競技WEBトップ