足立幸永先生プロフィール
西脇工高の初期を支えた1人。同高が2回目の全国大会出場となった1979年には1年生で出場して4区で区間24位、チームは18位の成績を残した。2年時の兵庫県大会は4区、3年時は1区とエースに成長したが、ライバルの報徳学園高の壁を破れなかった。
1982年に日体大に進み、1年時の箱根駅伝はアンカーで優勝テープを切った(自身は区間2位)。2年時は復路エース区間の9区で区間2位(チームは2位)。3年時は9区で区間賞(チームは3位)。全日本大学駅伝では3年時にアンカー(当時は7区)で区間賞を取り、逆転でチームを優勝に導いた。
日体大卒業後は明石城西高に4年、吉川高に6年勤務。1996年に母校に戻り、渡辺公二前監督のもと13年間コーチを務めた。「前任2校のころは"オレについて来い"というやり方でしたが、渡辺先生のもとで選手の自主性をうながす指導法を学びました」
渡辺前監督の退任を受け、2009年から監督に。2年間は駅伝の兵庫県大会に勝てなかったが、2011年に優勝。志方文典(早大2年)、大中康平(関学大2年)、新庄翔太(中大1年)、芝山智紀(中央学院大1年)そして現3年生の勝亦祐太とトラックでも全国大会入賞者を育てている。名門を引き継ぎ短期間で結果を残しているが、「基礎基本を教えていただいている、中学校の先生方に感謝しています」など、ことあるごとに周囲への感謝の気持ちを強調する。
1963年5月13日生まれ。
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