特別レポート

独自の活動が注目される
STCI


 上野代表が実践に移す 
理念と陸上愛

上野代表(左)と関東学院大・中田監督 写真提供:STC I
@指導者としての顔とサポーターとしての顔 からのつづき

A関東学院大との業務提携

●母校復活へサポートを開始
 5月下旬のある日曜日。STCI上野敬裕代表は新潟県の競技場にいた。スカウト活動の一環でインターハイ新潟県予選を視察していたのだ。男子の中・長距離種目に目を光らせ、これはという選手には、その指導者に声を掛けた。
「関東学院大への進学を考えていただけないでしょうか。箱根駅伝に復帰するために、こういった選手を求めています(と書類を渡す)。監督は選手へ愛情を持って指導していますし、練習環境や生活環境も、他の大学に見劣りすることはありません。卒業後に日本のトップレベルに成長しているOBもいます」
 STCIはこの2011年5月に関東学院大と業務委託契約を結び、上野代表と柳原元氏は同大のアシスタントコーチとなった。現場のコーチングは中田盛之監督が中心に行うが、スカウトについてはSTCIが多くを任される形となったのである。
 関東学院大は上野代表が3年生の1994年に初出場したのを皮切りに、箱根駅伝に6回出場している(2000年の13位が最高成績)。だが、過去7年間は予選会を突破できないでいる。箱根駅伝で活躍できる前提条件の1つに有望選手のスカウトがあるが、関東学院大はそこで後れをとっていた。もちろん、在学中の成長も重要だが、スタート地点でベスト記録に1分半〜2分の差があったら明らかにハンディとなる。
 関東学院大のスタッフは中田監督1人だけ。箱根駅伝に出場する大学では監督とコーチがいて、さらにはスカウト専門のスタッフがいるのも常識となりつつある。
「指導者として育てて頂いた母校や監督のために少しでも協力できればと考えていました。監督は我慢強い性格なので、何も言いませんが、外から見ていると本当に大変だなと思っていました」
 弱い立場にいる人間を見ると黙っていられない上野代表の性格が、ここでも頭をもたげてきた。関東学院大との契約をした翌週にはスカウト活動を開始した。
「即戦力の選手を獲得するのはもちろん、関東学院大の良さでもある入学後に伸びる選手の勧誘もします。じっくり走り込むスタイルですから、5000m15分台の選手にもチャンスはあります。人材を両面からスカウトしていきますよ」
スカウト業務だけでなく、グラウンドでもサポートを行う上野代表
●中距離選手にも着目
 箱根駅伝出場から遠ざかっているとはいえ、関東学院大がまったくの弱小大学というわけではない。練習量は関東の大学の中でも多い方だろう。高校時代に実績のない選手でも、4年間をかけてじっくりと育成するノウハウはしっかりと持っている。
 卒業後に伸びることも関東学院大の特徴だ。今年の世界選手権マラソン代表となった尾田賢典(トヨタ自動車)や、ニューイヤー駅伝で09年、今年とエース区間で区間賞を取った秋葉啓太(小森コーポレーション)がその代表格。特に秋葉は高校時代の5000mは15分38秒で入学してきた。関東学院大らしい選手といえるだろう。
 設備面は、キャンパス内に400 mトラックがあるものの、集団で走れる場所は限られている。寮や治療器具など、強化に必要な最低限の環境は整っているものの、まだまだ十分とは言えない。
スカウト面も同様だ。他大学の強化に比べると改善すべき点が多い。そういったところを考慮して上野代表は「スカウトすべき選手像の1つに、起爆剤となる選手があるんです」と強調する。
「現状を抜け出すには当たり前のことをしていてもダメだと思います。他大学にはない発想でチームを運営したり、選手を獲得してこないと。色々な視点で考えていきたいと思っていますが、今、考えているのは中距離の選手で、長距離にも対応できる選手を見つけられないかということです。岸川選手の指導にあたっていて、フォームや動きで自分なりに勉強している部分もありますから」
 確かに、中距離のスピードを持った選手が距離を伸ばしてトラックの1万m、ロード・駅伝の20kmで活躍するようになれば、同じチームの選手たちは大いに刺激を受けるだろう。同じスピード型の選手は「自分にもできる」と感じるだろうし、スタミナ型の選手は「負けられない」と思うはずだ。
 上野代表は実業団監督の頃に、大学で400 mHが専門だった選手を採用したことがあった。また、@で紹介した辰巳は、上野門下に入って1年目は800 m、2〜3年目は1500m、そして4年目に3000mSCと徐々に距離を伸ばすことに成功した選手。これまでの女子選手の指導で蓄積したノウハウを、応用できると考えている。
陸上界でその活動がますます注目を集めていきそうな上野代表
●求められる選手像とは?
 上野代表が岸川の指導で留意している点の1つに、選手に考える余地を残しておくことが挙げられる。ポイント練習のメニューは岸川と相談しながら上野代表が立案するが、ポイントとポイントの間の練習は岸川に任せているのだ。そうすることで選手が、自身のコンディションを把握できるようになり、試合前の調整能力も高まる。
 上野代表はこのやり方を「学生時代、コーチ時代に中田監督から学んだ部分。そこを大事にしています」と説明する。
「中田監督はメニューを出しても、1から10まで全部を説明することはしません。その日の練習のこなし方や、次のポイント練習に向けて何をやるべきか、選手に考えさせ、わからなかったら質問させるように仕向けていました。補強をどのくらいやるか、体のケアなども選手に考えさせている。多くを話さない代わりに選手のことはよく見ていますし、卒業生のことも気にかけています。ひと言でいえば情が深い指導者です」
 上野代表は中田監督の指導法や関東学院大の環境を考慮して、自ら行動できる選手をスカウトする方針だ。合宿にかけられる資金などが、潤沢にある大学に劣るのも事実だ。和光アスリートクラブやSTCIで、限られた条件で強化をしてきた上野代表には「環境を自分に合わせられるかどうか」で成長の度合いが違ってくると感じている。
「今の学生には主体性というか、自ら進んで何かを変えていく部分が欠けています。隣の芝生が青いのを見て指をくわえているか、自分たちの置かれている状況を生かし、結果的に環境を変えていくことができるか。練習はもちろんのこと、そういったところを考えられる選手をスカウトしたいですね。表面的なタイムの10秒、20秒といった違いよりも、理解力ややる気があって、自ら行動できるかどうかを重視します」
 目標はできるだけ早く箱根駅伝に復帰すること。それに向けて、上野代表がどのような人材を関東学院大に集めるのか、興味が持たれるところである。

 上野代表は、800m〜マラソンまで幅広い種目の選手を指導してきた。和光アスリートクラブやSTCIでは実業団チームに劣る環境のなかで強化をしてきた。そして、困っている立場の人間を見ると支援しないではいられない情熱がある。
 選手指導、サポート活動、そして大学や実業団チームとの提携業務。華やかさはないが、STCIの活動が今後の陸上界では重要な役割を果たしそうな予感がする。上野代表の動向には注目していく必要があるだろう。


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