特別レポート

独自の活動が注目される
STCI


 上野代表が実践に移す 
理念と陸上愛

上野代表(左)と岸川 写真提供:STC I

@指導者としての顔とサポーターとしての顔

 STCI(湘南トラッククラブ・インターナショナル・上野敬裕代表)の活動が注目されている。選手の指導はもとより、代理人やマネージメント会社として選手をサポートする。選手のセカンドキャリアの支援をし、それと関連して人材斡旋業務も行う。若年層向けの陸上競技教室を主催することもある。最近では関東学院大と業務委託契約を結ぶなど、チームに対しての支援活動も行っている。まさに陸上界の潤滑油の役割を果たしているといっていいだろう。その裏には選手や陸上競技に対する、上野代表の熱い気持ちがあった。

●岸川選手指導の特徴は?
 上野代表の第一の顔は、指導者としてのそれだ。2007年の世界選手権大阪大会には女子3000mSCで辰巳悦加(現エディオン、当時和光アスリートクラブ)を代表として送り込み、現在は日本選手権女子800 m2連勝中の岸川朱里長谷川体育施設)を指導する。その特徴としては「じっくりと長期展望に立って育成していることと、スピードから入っていること」(上野代表)が挙げられる。
 岸川を指導し始めて今年で4年目。上野代表は岸川に対して、決して詰め込んだ練習をさせなかった。特に1年目は、選手側が物足りなさを感じるほど少なめの練習だったという。
「体格は良かったのですが、年間を通して中距離選手として戦っていく体はできていませんでした。詰めて練習すれば結果が出るのはわかっていましたが、土台ができていないのに無理をしたら、どこかで反動が来ます。選手側が走りたい欲求を持ち続けられるやり方でやっていかないと、長持ちはしません」
 岸川は日体大では400 mブロックに所属しながら800 mに出場していた。ベスト記録は学生時代は55秒63と2分04秒62。社会人1年目は2分04秒92にとどまったが、2年目に2分03秒71と自己記録を更新。3年目の昨年は2分03秒73と記録的には横ばいだったが、日本選手権を制しアジア大会でも4位と健闘した。そして今季は日本選手権を2分03秒34の自己新で連覇、400 mで54秒72と自己新をマークしている。
 800mを専門種目としながらも、400mのスピードレベルも向上する。ここに上野代表の指導方針が現れている。
「駅伝にとらわれず個人種目に特化して強化してきたことが、岸川にとっては良かったと思っています。駅伝をやるとギリギリのスピードではなく、まずは安定して走りきることを求められます。量をこなすことで、崩れない走り方、まとめる走り方になる。でも、そういう走り方ではスピードが出にくくなります。トラックで世界と勝負をしようと思ったら、女子5000mの選手でも400 m60秒を切る練習を入れていかないといけません」
指導者としてグラウンドに立つ上野代表
 だからといって、駅伝が主体となっている実業団のシステムを否定するわけではない。「実業団ほど恵まれている環境はないと思います。世界に誇る日本独自のシステムです」と上野代表。実際、この5月から岸川は長谷川体育施設に入社している(指導は引き続きSTCIで行っている)。
「長谷川体育施設さんのバックアップは非常に大きいですね。安心して競技に打ち込めます。結果で恩返ししていきたいと思っています」
 実業団システムの中で、駅伝にとらわれないトレーニングを行い世界を目指す。現時点では岸川1人だけであるが、上野代表が理想とする指導ができつつある。

●赤羽有紀子選手へのサポート
 上野代表のもう1つの顔が、サポーターとしてのそれである。その象徴的な活動が、2009年5月から行っている赤羽有紀子(ホクレン)のマネジメントだ。
 注目度が高く、取材の申し込み件数が多い選手。個々の取材のオファーに広報宣伝課や現場が対応すると、かなりの時間と手間暇を割かなければいけない。そこでSTCIが取材対応窓口となり、練習スケジュールとの調整を行う。
「赤羽選手と赤羽コーチ(夫の周平氏)に練習に集中してもらうことが、我々の役目だと思っています」
 また、海外レース出場時の主催者との交渉など、エージェントとしての業務も遂行する。STCIの柳原元氏が国際陸連の公認エージェントの資格を持っていることが、大いに役立っている。
 トップ選手へのサポートは赤羽だけにとどまらない。4月の北米遠征では、積水化学、デンソー、パナソニック、四国電力チームをサポート。このほか、国内トップ選手に、外国人コーチのリストアップ、情報提供など、幅広いサポートを行っている。

●セカンドキャリア支援への意気込み
 選手や指導者のセカンドキャリア支援も、STCIが力を入れているサポート業務の1つだ。ここでは世界で活躍した選手たちよりも、志半ばで競技生活に見切りをつけないといけない選手や、いきなり解雇、解職を言い渡された指導者たちが対象となる。また、結婚や出産を経て競技を続けようとする女子選手へのサポートも、広義のセカンドキャリア支援に含まれる。
セカンドキャリア支援などの講習会で講師を務めることもある
 これは上野代表自身の経験から、解決すべき問題だと感じた。上野代表の経歴は以下の通りである。
1991年3月   市船橋高卒業
1995年3月   関東学院大卒業
同年 4月〜   関東学院大コーチ
1997年4月〜  リクルート・コーチ
2000年7月〜  スターツ監督
2007年4月〜  和光アスリートクラブ代表
2007年10月〜 ノーリツ監督
2008年12月〜 STCI代表

 実業団の監督をいきなり解雇されたことがあった。
「陸上競技に関わり続けたいのですが、家庭もあります。いざ何もなくなったとき、『どうしたらいいんだろう』というのが本音でした」
 その際、上野代表と行動を共にしてくれた選手の競技環境や生活そのものも、考えなければいけなかった。また、女子選手を長く指導するときに避けて通れないのが、結婚や出産の問題だった。
 こうした問題に直面した選手や指導者たちに、移籍先を紹介したり、第2の人生の提案をしたりする。履歴書の書き方などのビジネスマナーを指導することもあれば、簿記や英検などの資格習得を勧めることもある。相談を受けた人数は、陸上競技以外のスポーツ選手も含め50人以上になるという。
 STCIがマネジャーを実業団チームに斡旋した実績もある。STCIにマネジャー希望の人材が相談してくるケースがいくつもあった。実業団チームからも、マネジャーのできる人材を求められた。両者の希望を聞き、チームの状況や監督の性格に合った人材を斡旋したのだ。
 こうしたセカンドキャリア支援の活動も、前述のトップアスリート支援もビジネスとしての側面はあるものの、何よりも選手、関係者を応援したい上野代表の気持ちが背景にある。
「赤羽選手へのサポートを引き受けた一番のところは、赤羽夫妻の一生懸命なところ、純粋に強くなりたいという姿勢に共感したからです。子供を産んでさらに、世界のトップで戦いたいという気持ちが伝わってきます。セカンドキャリア支援に関しては、アスリートとして培った経験を生かし、第二の人生でも輝いてほしいんです」
 陸上界でSTCIのような活動を行っている例は他に見ない。上野代表の陸上界に対する愛情の成せる業といっていいだろう。

A関東学院大との業務提携 につづく

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