2002/6/28オスロGL
ビスレット・ゲームズ観戦&ちょっと取材記

その1 ビスレット・スタジアムの観客たち
 ビスレットゲームズの競技開始は18時30分。だが、スタジアムと道を挟んだ向かい側の広場(?)では、それに先だって関連イベントが行われていた。チケットを見せると入場でき、屋台の飲食店も多数出て、縁日のような雰囲気。中央の壇上に上がった男性が司会者の質問に答えている。「俺はセバスチャン・コーの世界記録を見たことがあるんだ」という意味のことを話していた。英語で答えていたから外国人だったのだろうか。
 そちらに観客が引き留められていたせいか、競技の始まった最初の時間帯は、観客席はまだ閑散としている。18時30分。15〜16歳の女子600mが始まった。同時刻から始まるはずの棒高跳の開始は、遅れている。600mという距離は日本ではまったく馴染みがないが、なかなかいいアイデアかもしれないと思った。印象的だったのは、出場した9人の選手中7人が、長い髪を後ろで結んでいたこと。これもまったく、日本では見られないことだ(どちらがいいと言っているわけではない)。
 徐々に観客席が埋まりだし、1万6000人(だったか1万7000人)収容のスタンドは、入場者の人の流れで、逆方向には歩けないくらい。19時20分の女子800 mのあとのセレモニー(主要選手の紹介など)の際には、ほぼ満席の状態に。スタンド最前列(トラックの第6レーンの外側のラインというくらい、客席とトラックが近い)で選手にサインをもらおうとしている少年少女から、フィニッシュライン付近の上段の席で、ストップウォッチを2つ首から下げている老人、そして家族連れと、客層は老若男女、多岐にわたっている。
 セレモニーが終わると男子100 mC組。この日、オスロは不安定な天候で、雨がやんだかと思うと、夕方にはまた強い通り雨があったりした。そのあと、気温がやや上昇したが、15℃前後しかなかったと思う(気象コンディションの発表がないのはいただけない)。

その2 朝原の出ない男子100 mC組&B組に白人の“10秒突破候補”
 男子100 mC組には、“黒人以外初の9秒台”候補の1人、シャーヴィントン(豪)が出場。終盤でザカリ(ガーナ)に大きく引き離されて、一安心と言ったら土江寛裕選手の練習仲間に対して失礼にあたるが、それが正直なところ。朝原宣治選手が出場できなかった試合で件の9秒台が出てしまったら、正直悔しい。ザカリが10秒33でシャーヴィントンが10秒51(向かい風1.8m)。
 朝原選手が10秒02を出した昨年は予選・決勝と行われたが、今年はCBA3組のタイムレースである。続いてB組。ここにもやはり、“黒人以外初の9秒台”候補のナーゲル(南アフリカ)が出場。室内が得意の選手らしく前半でリードしたように見えたが、後半、オビクウェル(ポルトガル←ナイジェリア)とアリウ(ナイジェリア)に引き離された。オビクウェルの終盤は、やはり圧倒的である。オビクウェル10秒20、3位のナーゲルは10秒44。向かい風1.4m。低温とホームストレートの向かい風で、直線種目の記録は厳しそうだ。

その3 超ベテランのディバースとペティグリュー健在
 20時10分からの女子100 mHは、ディーバースがスタートから僅かにリードし、中盤以降でも差を広げて圧勝。2位のフォスター(ジャマイカ)やアロジー(スペイン)に0.30秒前後の差をつけてしまうのだから、強い。向かい風1.2mで12秒53は、全米選手権でディーバースが出した12秒51(−0.5)の今季世界最高を上回る走りだったといっていい。
 ただ……。ディーバースは調子がいい時、ハードル間のインターバルが詰まり気味となり、踏み切り位置が近くなる傾向がある。ちょっと古すぎる例だが100 mで金メダルを取ったバルセロナ五輪がそうだった。彼女にとっては、向かい風の方が走りやすいのかもしれない。
 それはともかく、今年で36歳になる女傑。まだまだ意気盛んである。
 男子400 mは大阪グランプリでも優勝したペティグリュー(米)に注目していた。ディーバースの後なのでややかすんでしまうが、今年で35歳になる91年東京世界選手権金メダリストだ。フィールド種目の歓声があったりして、スタートの仕切り直しが何回かあった。ペティグリューの200 m通過は22秒2とそんなに速くない。最後の直線で、弟弟子でもあるビュルド(Byrd)を追い込んだが0.03秒差で届かなかった。
 ペティグリューにはちょっと用事があったので、400 mのレース後にミックスドゾーンに。しかし、いつまでたっても来ない。表彰が終わってビュルドと3位のアルシャマリ(クウェート)が来たのに、彼だけ来ないのだ。待っている間に女子5000mがスタート。サボー(ルーマニア)とイェゴロワ(ロシア)の対決が実現した。しかし、ペティグリューへの用事が終わっていないので、ミックスドゾーンを離れられない。そうこうするうちに、棄権した選手(ラビットか?)はミックスドゾーンに引き揚げてくる。
 遅まきながら、そこでテレビモニターがミックスドゾーン脇にあるのを発見(日本の大会でもミックスドゾーン脇とインタビュールームには是非、モニターを。陸上競技は選手のコメント取材をしていたら、その間の競技が見られないのです)。4000mからレースを見ることができた。
 4000mの通過は11分57秒76。5人の集団にサボー、イェゴロワとも残っている。ラスト450mでサボーがスパートし、4200mから4600mは72秒23。しかし、バックストレートでは長身のアデレ(エチオピア)がトップに。3〜4m差が開いてしまった。第3〜第4コーナーで差を詰めると、勝負は最後の直線に。アデレも簡単には抜かせない。さすが昨年の世界選手権1万m2位&今年の世界ハーフマラソン選手権優勝&3000m室内世界記録保持者である。
 サボーが僅かに前に出たのはラスト50mを切ってから。もしかしたら30mを切っていたかもしれない(正面からの映像だったので)。ラスト1周は60秒48。サボーが14:46.86の今季世界最高で、このタイムでアデレとの差は0.13秒。アデレも強かった。イェゴロワ14:48.29で5位。最後は蚊帳の外だった。
 ふとミックスドゾーンの奥を見るとロルーペ(ケニア)が、ジャージを着ているところだった。特に誰かと話し込んでいる風でもないし、呼吸も落ちついてきたようなので、思い切って話しかけてみた。その内容はこちらの記事で。
 この時点でもまだ、ミックスドゾーン付近で粘って、ペティグリューを探し求めていた。続く女子100 mもモニター観戦。マリオン・ジョーンズ(米)が中盤から他を圧倒。向かい風1.0mで10秒96は、ディーバース同様今季世界最高(ジョーンズ自身の10秒90・+1.8)を上回る走りだった。

その4 男子400 mHの2つの出来事
 続いてのトラック種目は男子400 mH。これは絶対にスタンドから見たかったので、大急ぎで記者席に。ペティグリューに何の用事があったのかは、まだ明かせません。成功したら必ず、報告します。
 記者席に着いて男子400 mHのスタート位置を見ると、にわかには信じられないことが…。(ここから後が後半の追加分)6レーンしかないうちの1つが、空いているのだ。2レーンのヘルベルトが欠場している。正直、ちょっと腹が立った。出たくとも出られなかった選手がいるというのに…。
 誰のタッチダウンタイムを測るか迷った。世界選手権金メダリストのサンチェス(ドミニカ)か、それとも、シドニー五輪銀メダルのソマイリー(サウジアラビア)か。今年はアジア大会イヤーでもあるので、ソマイリーにした。その決断をした直後に号砲。ソマイリーの1台目を……と思ったら、なんと、やってくれました。1台目にして早くも、チョコチョコっと脚を合わせたのだ、銀メダリストが。逆脚で踏み切ったと考えて間違いなさそうだ。思わず「おいおい」と声が出てしまった。1台目でやるなんて、日本の選手ではまず考えられない。何か事情があったのだとは思うが、それにしても……。HSIのスミス・コーチからは何を教わっているんだ、と言いたくなった。寺田は今回の航空券もHISで取ったのだが…。
 それでも最後は、サンチェスをちょっとだけ追い込んだように見えた。やっぱり外人って、ハードル間の歩数とかリズムとか、気にしないのかもしれない。“外人”というくくり方をしてしまっていいのか、難しいところであるが。サンチェスが48.91でソマイリーが49.06。タッチダウンは以下の通り。
1台目 6秒0
2台目 9秒9(3秒9)
3台目 13秒6(3秒7)
4台目 17秒3(3秒7)
5台目 21秒4(4秒1)
6台目 25秒4(4秒0)
7台目 29秒7(4秒3)
8台目 34秒1(4秒4)
9台目 35秒7(4秒6)
10台目 43秒4(4秒7)
フィニッシュ 49秒06(5秒7)
 こうして見てみると、やはり2台目までが明らかに遅い。1台目でチョコチョコやってリズムが乱れたことが影響しているのは明白。先ほども書いたように、何か事情があったのだろうが、そんな初心者みたいなことを、よくも世界最高峰の大会のゴールデンリーグでやったものだ。ゴールデンリーグだぞ、と言いたくなったが、その辺は日本人と彼らとの感覚の違いかもしれない。彼らにとっては、ゴールデンリーグはすごい大会、特別な大会ではなく、日常なのではないだろうか。だから、何か新しいことを試したとしても不思議ではない。

その5 グリーンに感じた“日常”と男子三段跳の新旧対決
 世界のトップ選手にとって、グランプリは“日常”に近い感覚なのだと思ったのは、ソマイリーの1台目もそうだが、男子100 mグリーン(米)の負けたあとの様子、態度を見ていてそう感じた。記事も参照してほしいが、悔しいとは言うが、暗さはない。いつもと同じように明るいノリで勝ったチェンバース(英)を持ち上げる。世界選手権・オリンピック、もちろんグランプリでもあれだけの強さを発揮する選手である。負けて悔しくないはずがないだろう。それでいて、いつものように“明るいふてぶてしさ”で記者会見に臨む。そして、「100 mは十分な準備をしても負けることがある種目」と、悟ったように話す。
 そういえば、あのボルドン(トリニダードトバゴ)が、サングラス無しでスタートラインに着いたので、ちょっと驚いた。結果は10秒33で最下位。ボルドンにとっては、“非日常”的な行為をしてしまったのが、失敗の原因だった……などと特定できる根拠は何もない。単に持ってくるのを忘れただけの可能性もあるし、サングラスメーカーと契約でもめているのかもしれない(ここんとこ、よくないから)。HSIを離れたことと関係があるのだろうか。
 練習と試合を比べたら、どんな小さな試合でも“非日常”となる。だが、グリーンのような世界のトップアスリートにとっては、グランプリは“日常”で世界選手権やオリンピックが“非日常”なのだろう……というようなことを、去年のエドモントンで為末大選手も話していたように記憶している。
 男子100 mのあとに、男子三段跳のエドワーズ(英)とオルソン(スウェーデン)の旧新対決が佳境を迎えていた。オルソンが2回目に17m24、3回目に17m35をマークし、3回目に17m14のエドワーズを抑えていた。今日はオルソンか、という雰囲気が漂い始めた4回目、エドワーズが17m51で逆転。助走のスタート前に、ピットを横切ろうとした男女2人(なんだったのだろう、あの2人は)を声と手振りで制止するハプニングがあったにもかかわらず、その直後に助走を開始しての大ジャンプだった。ディーバース同様、今年で36歳になったベテランである。この程度のアクシデントは“日常茶飯事”なのかもしれない。
 エドワーズは残りの2回をパス。22歳のオルソンも5回目に17m47と迫ったが、結局そこまで。4cm及ばなかった。

その6 中距離は選手寿命が短い?
 男子5000mとドリームマイル(男子1マイル)は、男子100 mと三段跳の記者会見と重なって、モニター観戦となった。5000mは、このくらいのペース(といっても3000mしか通過タイムはメモできず。ちなみに7分48秒17)で進めば、何人でも12分台が出せるということ。と言っても、4人全員がケニア選手だが。
 男子1マイルの400 m毎の通過タイムとフィニッシュは以下の通り。
 56.44
1.55.28 58.84
2.51.98 56.70
3.50.12
 1000mまでをラビットが引っ張り、そこからエルゲルージ(モロッコ)が独走したが、自身の世界記録とは約7秒差。ラストの409mは58秒14。このイーブンペースで最後をペースアップできないのは、ちょっとまずいように思った。エルゲルージは今年で28歳になるが、一時の勢いがなくなってきているように感じられる。アトランタ五輪後に、20歳代中盤で勢いがなくなったモルセリ(アルジェリア)のように…。

その7 陸上競技を楽しむために
 運営に関しては、参考になる点が多かった。競技会全体が、“陸上競技を楽しむ”1つの有機体のようになっている。短距離の選手はフィニッシュすると、すぐに花束を受け取り、10秒後にはゴール近辺のスタンド最前列の観客にサインをし始めている。それを延々続けるのでなく、すぐにウイニングランに移る。そして、場内を一周してくると、その場ですぐに表彰。フィニッシュ後にすぐに表彰をすれば、着替えも必要ない。
 ビスレットでは(グランプリでは)選手も、競技会を盛り上げる“役目”を演じているのだ。選手が(特に勝った選手は)ボケーッとしていたら、その役目は果たせない。100 mのスタート前に選手1人1人をテレビカメラがアップで映していくが、その時にいかに個性を見せるかも、選手の役割だろう。全員が全員、同じように突っ立っていたら、面白くもなんともない。バーナード・ウィリアムスなどは、腕を組んで左斜め前方を見据える自分の姿を、右のローアングルから映させていた(たぶん、カメラクルーと打ち合わせをしないとできない)。
 今回、特に声を大にして言いたいのは、日本の表彰が丁寧すぎて、逆に選手を長く拘束してしまっていることだ。日本では選手がフィニッシュすると、正式順位が出るまでその場で待機。そして係員が表彰控え室に誘導し、そこでまた表彰時間が来るまで何分も待たされる。その間に、インタビューを認めてくれる大会もあるが、「運営に支障をきたしますから」と、選手をただ待たせておくだけの大会もある。
 なんで選手が揃っているのに表彰をしないのかと思えば、「競技進行予定でこの種目のあとにやることになっている」(だったら、その間にインタビューできてしまう)、とか、ひどいときは「表彰する○○先生がいない」、なんてこともある。それで、インタビューが後回しになったり、選手の拘束時間が長くなったりしていることに、どうして気づかないのだろう。“表彰は待たされる”ということが常識になっているため「このあとリレーがあるから」と選手がいなくなってしまい、代理の人間が表彰台に上って白けることになるのだ。
「これまでそうやって何年もやったきたから」、とか、インターハイや国体でよくある「昨年の大会がそうしていたので踏襲した」、とか、もういい加減にやめましょう。インターハイや国体は、次回開催地の陸協の人が視察に来る。プログラムを見たら、「視察員」という役員がいるから、手元にプロがある人は見てほしい。前年の大会を見習うために行くんじゃなくて、何を改善したら面白くなるか、効率的になるかを考えてほしい。そのためには一度、海外のグランプリを視察に行くのもいいんじゃないでしょうか。考え方、変わると思います。
 話をビスレットに戻そう。でも、フィールド競技は、やっぱりこれだけ短い時間に複数進行されると、とても見られない。有力選手の試技の際には注意をうながしているのは当然だが、それでも……。大いに不満である。1つ、日本の競技会と違って見やすいと思ったのは、視界をさえぎる“もの”が少ないこと。テントが少ないように思えた。ナイターだから日差しを遮る必要がないのだろうが、ここにも、待機している選手も見てもらおう、という考えがあるように感じられた。
 日本の大会の方がいい点もある。例えば、成績一覧表を出す習慣。特に専門誌編集者にとっては、大会全体のバランスを見るために、必需品といえる(もしかして、頭の悪い寺田だけだったかもしれないが)。しかし、外国のグランプリでそれを出している大会は、これまで1つもお目にかかっていない。

 常識に縛られないライターらしく“しめ”の文章はありませんが、いかがでしたでしょうか。ヨーロッパのグランプリの雰囲気が伝わったでしょうか。さすがに、ローザンヌ以降は日本選手も出場しますし、ここまでの観戦&取材記は書けません。来年以降も、1つくらいはこういった観戦記を書けたらと思います。ただ、来年以降も来られるかどうかは神のみぞってとこです。

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