Stories of CramerJapan
第2回 トレスシステムによる
     新井智之 復帰プロジェクト
食事への意識を高くすることもトレスシステムの特徴
 
A選手の気持ちとシステムの融合 @他にはない三位一体のシステム

●治療と栄養指導の関わり方
 取材に訪れた日は、クレーマー整骨院での治療も行われていたので、鍼治療を行なう場面を撮影させてもらった。佐藤トレーナーと祖山旭院長、鍼灸師の石塚恵美さんが治療側のスタッフ。石塚さんが手際よく鍼を打っていくが、ときどき檜山トレーナーにも意見を求める。
「しこりが大きくなっている、小さくなっているなど、情報を聞くことで対処がしやすくなります。治療側が診られるのは週に1回程度ですから、その間もずっと見ているトレーナーの方の情報は貴重です。使用する言葉も解剖学的に共通していますから、客観性を持つことができます」
 患者による言葉ももちろん重要だが、しこりの大きさや、腕や足などが上がる角度を受傷者に話してもらうと、どうしても主観的になってしまう。患者の希望的な観測や、逆に悲観的な観測も入ってしまうのだという。
 治療側からトレーナー側に、アドバイスをすることもあるという。
「リハビリをこうしたら、とか、動きはここまでやらせても大丈夫、とか。やりすぎないように注意もします」
 お互いの専門分野で、状況を把握してのアドバイスし合う。トレスシステムが最も有機的に機能する部分だ。
鍼灸師の石塚さんがしこりの個所を確認しながら鍼治療を行う
 今さら言うまでもないが、トレーニング・休養・栄養の3つがしっかりと作用して初めて、競技パフォーマンスの向上が望めるし、治療の効果も上がる。佐藤美恭(みゆき)管理栄養士が整形塾に着任したのは今年4月。彼女がスタッフに加わったことにより、三位一体のシステムが完成した。すでに競輪選手のトレスシステムによるリハビリサポートに、効果を発揮している。
 7月中旬には新井にも3日間のスクリーニング(通常練習日2日、練習オフ日1日の食事調査)を実施。全体的には栄養摂取に高い意識を持って取り組んでいることがわかった。しかし、朝食の摂取エネルギー量が低く、特に主食(ごはん、パン、めん類)が不足の傾向にあった。また、食べた糖質をグリコーゲンとして体に蓄え、それを走るためのエネルギーとして出すために必要なビタミンB1も不足の傾向にあったという。
「朝食では食欲がわかないという新井選手の状況に合わせ、朝食と昼食の間に補食として主食を補うように指導しました。新井選手のトレーニングを考えると、長時間にわたっていることが多いため、トレーニング施設に補食を常備しておき、いつでも摂れる環境を作るよう指導し、実施しました。ビタミンB1については、選手本人もその重要性は理解していましたが、実際に不足の傾向にあることはわからなかったようです。全粒粉のパンを選ぶなど、ビタミンB1を摂取するための工夫を提案しました」
 選手個人に合わせて栄養管理を行っていくためには、対象者とのコミュニケーションが重要。特に食事調査・指導というプライベートに踏み込んだものを実施するにあたっては、信頼関係がなければ成立しないものだと佐藤管理栄養士は考えている。
「新井選手に対しても、通常のスクリーニング以外に、普段の会話も栄養管理でのスクリーニングとしても捉え、今回のスムーズな食事調査・指導を行うことができました。今後も選手のトレーニング計画やその環境に合わせた栄養管理を行っていくトレスシステムで、選手をサポートしていきたいと考えます」
 栄養面でも対象者一人ひとりに合わせて、他の分野との連携を図りながら徹底した個人サポートを行っていく。それがトレスシステムでの栄養管理の最大の特徴である。

●「“せっかく”ケガをしたのだから」
 東日本実業団でケガをした瞬間、新井自身は「一瞬、真っ暗になった」という。しかし、その場ですぐに思い直した。
「今年は12月にアジア大会がありますし、その選考は9月まで。気持ちを切り換えることができました。変に弱気になったりしませんでしたね。元々、速く走るためにやっていて、その過程にアジア大会も、南部記念もあるという位置づけです」
 新井自身のやる気が大きかった。4月の織田記念で10秒32の自己記録を出し、手応えを得ていた。
「こうやったらもっと速く走れる、という感触を自分で感じていたので、とにかく早く復帰して、走りたい気持ちが強いんです」
 クレーマー的な理論への手応えと言ってもいいだろう。
「春先は股関節や臀部の使い方を、意識しすぎておかしくなっていたかもしれません。足の裏の細部まで使えれば、衝撃を吸収することもできるし、力を発揮しやすくもできるのに、そこを無視して股関節や臀部への負担を大きくしていました。以前よりも、1本走ると脚に来る感じが大きかったので、疑問に思っていた部分です」
 それが故障の直接の原因ではないと新井は言うが、まったく関係なかったとも言い切れないだろう。それ以前から、右の臀部の使い方も下手だったと新井は言う。
「左は上手く使えるのに、右は素直に使えていなかったんです。左側を使ってしまったり、右脚の別のところを使ってしまったり」
 それが原因かどうかは、これも100%はっきりしているわけではないが、新井は右脚が外旋しながら前に出てくる動きになっていた。接地する位置や、重心への乗り込み方に微妙なズレが生じ、地面の反発を受け取りにくくなる。それがひどくなっていたため、以前は得意だった200 mが、コーナーが走れないフォームになってしまっていたのだ。
 それを修正するのにも、リハビリ期間を利用している。それが檜山トレーナーの言う「弱点を補強するメニュー」であり、復帰したときに「0ではなくて2にも3にもなっている」という佐藤トレーナーのリハビリの方針なのである。新井自身は次のような言い方をした。
「自分のダメなところを直したら、速くなるのがわかっている。“せっかく”ケガをしたのですから、治せるところは全部治していこうと思っています」
 “治す”は故障を治すということだが、動きや技術を“直す”という意味でも新井はこの言葉を使ったのだと感じられた。

スプリットジャンプで動きの
課題克服に取り組む

●システムとスタッフへの信頼感
 ケガをした直後はまだ、7月の日本選手権もあきらめてはいけないと考えたようだが、故障をした2週間くらい後には、9月の南部での復帰を目標にするようになった。早期の復帰をあきらめたわけではなく、治療の道筋が見え始めたことが大きい。
「高校3年生の南関東インターハイの後と、大学2年の時に大きなケガをしてシーズンを棒に振りましたが、今考えるとその頃は、治療なのかリハビリなのかわからないものを自分で続けていました。今は、治療もリハビリも、そういうものじゃないとわかっています。自分がやるべきことをトレスシステムが指示をしてくれて、それが信頼できるものだとわかっている。だから、復帰にも希望を持てるんです」
 それでも、実際に日本選手権をテレビで見たりすると、辛く感じることもある。繰り返すが、まだ流しもできない状態なのだ。それに耐えられるのは、トレスシステムに関わるスタッフの気持ちが伝わってくるからだ。
「朝から晩まで地味で、一見似たようなメニューをひたすらこなさないといけません。頑張るぞ、と思っていてもついつい、ボーっとしてしまったり、気持ちが切れてしまいがちです。それをスタッフたちが厳しく渇を入れてくれたり、親身になってサポートしてくれる。その環境があってこそ、きついリハビリやトレーニングがこなせて行きます」
 新井はトレスシステムのモデルケースとして、自身がこうして記事になることは、プレッシャーでも何でもないと言いきる。
「むしろモチベーションになります。社内でも注目されなかったら、逆につらいですよね」と、屈託のない笑顔を見せる。故障者の気持ちを前向きにさせる力が、トレスシステムには確かにある。

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