2003/12/30
2003年 寺田が勝手に選んだ新人賞
男子400 m 45秒18 山口有希
ジュニア日本新レース後のインタビュー
新人賞に限らずこの手の賞の選出は、選ぶ側がどこに注目するかで大きく異なってくる。すでに昨年、世界ジュニアを経験し、日本インカレにも優勝している山口有希(東海大2年)を新人賞とするのには、抵抗のある読者もいるかもしれない。だが、“(シニアの)世界レベルで戦う力を付け始めた新人”という視点ならば、山口を選んでも異論は出ないだろう。もちろん、色んな意見はあっていいと思うが…。
今季の山口は4月の日大・東海大対校で46秒14の自己新も、45秒78を記録した先輩の冨樫英雄(東海大4年)に敗れ、5月の関東インカレでは痛恨のコール漏れ。しかし、6月の日本選手権では予選で自身初の45秒台(45秒98)を記録すると、決勝では4位となって世界選手権代表入り。8月の富士北麓での記録会では45秒86にまで縮めた。そして、4×400 mRの1走を務めた世界選手権では決勝で45秒5と、過去のオリンピック・世界選手権の日本の第一走者としては最速タイムで走破し、その結果、2走の山村貴彦(富士通)が世界一を決めるレースでトップ争いをしたのである。陸上競技ファンが泣いて喜ぶシーンを実現させたのだ。
シーズン最終戦の静岡国体は、国内では珍しく予選・準決勝・決勝の3本を走る大会。早生まれでジュニア資格があるのも運の1つ。3本のうちどこかで45秒77のジュニア日本記録も破っておきたかったが、45秒55の五輪A標準の方が、“実用効果”のある記録として、今季のうちに破っておきたいとエコパスタジアムに乗り込んだ。結果は45秒18の今季日本最高、日本歴代4位、学生歴代2位、ジュニア日本記録、今季ジュニア世界2位、そして五輪A標準突破。レースを淡々と振り返る山口の話した内容(共同会見)に、この1年間の成長の跡がよく表れていたので、そのときの模様を紹介したい。なお、12月の陸連合宿共同取材の際に、国体のコメントの一部を補足して話してもらった。
「ずっと追い風を感じていたので、記録が出ると思って走っていました」
Q.45秒18で走った感想は?
山口 走っているときにずっと追い風を感じていたので、記録が出ると思って走っていました。でも、ここまでの記録が出るとは思っていませんでした。嬉しいと言うよりビックリしています。
Q.伊藤(友広・法大)選手も食い下がっていましたが。
山口 直線に入って伊藤さんが隣のレーンでわかりましたが、自分も余裕を持っていました。勝敗よりもタイムを出すのが目的でしたし、最後までタイムを出そうと頑張りました。
Q.レース中はどんな意識で走っていたのですか。
山口 前半は余裕を持ちながら前を詰めていこうと。100 mまでは加速する意識で、力を使わずに乗せていきました。前半は気持ちよく乗って行けたと思います。200 mから300 mあたりでちょっと上げていく感覚で行きましたが、タイムを出すのが目的でしたから、400 mをトータルで走り切れるように意識しました。最後100 mはすごくいい状態で、記録が出ると信じて頑張れました。
Q.200 mでB標準を破ったばかりの高平(慎士・順大1年)選手もいましたが。
山口 他の人のことを考えたらキリがないですからね。みんな調子よく見えますし、なるべく考えないようにします。自分も調子が良かったので、タイムのことだけ意識しました。
Q.ここのトラックはどうでしたか。
山口 反発が強いですね。昨日(準決勝)は流しても46秒43。今朝は筋肉痛です。ダメージが大きかったですね。決勝はどれだけ走れるかわかりませんでしたが、シーズン最終戦でしたから、やるだけでした。
Q.高野進コーチからはどんな指示を?
山口 世界選手権の頃からずっと、個人種目でも45秒5は切れる、そのくらいは出ると言ってもらっていました。でも、アジア選手権が46秒18(3位)でしたから、自分ではどうかと思っていたのですが。今回も45秒5は絶対に切れと言われていました。
Q.45秒5を切るというのはm、五輪A標準という意味ですね。
山口 今年切るのと、来年に持ち越すのではゆとりが違ってきますから、今はすごく安心した気持ちです。来年、個人でもオリンピックに出ることが現実味を帯びてきました。今はすごく、満足しています。
Q.A標準が目標だったとのことですが、ジュニア記録に関しては特に?
山口 昨日の準決勝で狙おうかと思ったんです。寒くなってしまったので、無理だと判断しました。今日は1本だけだったので、決勝に賭けようと。高校の先生(洛南高の柴田先生)にジュニア記録を狙ってきますと、メールをしていたんです。最後で更新できて嬉しかったですね。
「まだまだ壁はあると感じていますが、(日本記録)破りたいですね」
Q.44秒台の感触もつかめた?
山口 45秒1台が出たと言っても、それが実力とは思えません。ほとんどの人が自己新を出したレースですから。練習でも、44秒台で走れるようなタイムは出せていませんから。ただ、標準記録を破ることができ、次につなげられたことは大きいと思います。45秒18が自分の力とは思っていませんが、自信にはなりました。
Q.44秒台を出すには、どこを直していけばいいと?
山口 先ほど言ったように、この1年間で走りのイメージがすごく変わったんですが、それもやってくる中で見つけられたこと。今、どこが悪いとか、どこを変えればいいとかは、わかりません。冬にまた、さらに上を目指すトレーニングをしていく中で、見つけていけると思います。それが記録にもつながると思います。
Q.走りのイメージというと?
山口 腕の動きとか、脚の動きとか、バラバラではなくて、全てが次の動きにつながっていくイメージです。あと、心の持ち方とかも。全てが1つにつながっていくんです。
Q.バラバラでない動きをもう少し詳しく説明してもらえますか。<12月の補足取材>
山口 こういうタイミングで腕や脚を動かしたい、というイメージがあります。腕がこう来たときに 、(脚を)こう切り返したいというのが。1年生の時までは、そう思える感覚はなかったですけど、今は理想の走り方というのがあって、それに近づいていきたいんです。
Q.心の面でもあると?
山口 心の面でも自信をもっていくと、やれるんじゃないかな、というのがあります。高校で故障をしたとき、気持ちの面も落ちていった。今後も故障とかスランプもあると思いますが、そういう部分を(心の面でも)克服して、いつか44秒台を出したいですね。
Q.高野コーチの日本記録(44秒78)を?
山口 破りたいですね。あと0.4〜0.5秒ですが、まだまだその間に壁があると感じています。先生が44秒台を出されたときの感覚とか話してもらうんですが、まだわかりません。現実にはまだ、遠いと思います。今の自分の力は45秒6〜7。今日のタイムは明らかに出来すぎです。
Q.前半のスピードの感覚がイメージできない?<12月の補足取材>
山口 そうですね。21秒0で走るための走り方っていうのがあって、それは今の力では無理ですね。
「この1年で走り自体、力を使わずに進む感じが出てきています」
Q.世界選手権も経験し、このシーズンでどんな変化を自覚していますか。
山口 すごく楽しくなりました。走りの感覚が急に変わってきて、400 mで言うと“苦しいけど楽しい”と思えるようになりました。それ以前は、苦しかったら嫌だったんですけどね。今は苦しいけど走りたい。走り自体、力を使わずに進む感じが出てきています。練習中から楽しくできています。それは、環境的にも恵まれているということだと思いますが。
Q.力を使わずに進む感覚を、もう少し詳しく説明してもらえますか。<12月の補足取材>
山口 腕振りや切り返しもそうですが、こういう姿勢を持ちたいというのがあります。前傾の姿勢で体を前に落として、上手く拾い上げれば楽に進んで行ける。高野先生の言っていることが、できてきている気がします。1年生の時はわからなかったんですけど。末續さんは「腹筋を使って走れ」と言うんですが、それも最初はよくわかりませんでした。今はその感覚がわかるというか、(自分の感覚では腹筋と言うより)みぞおちや股関節あたりから動かす感じで走れればいいのかなと。シーズン中はそういう感覚が感じられるようになりました。今(12月)は記録を出すための感覚はないですけど、シーズン中にはよくあって、全体が上手く一致すると、スピードに乗っていく感じになります。それが全然、前とは違いますね。腕を振るとか脚を大きく動かすとかではなく、もっと細かい感覚です。
Q.世界選手権のような場でもう1回走りたいと思えてきた?
山口 世界選手権は自信にもなったし、刺激にもなりました。あんなに興奮したことは過去にありません。山村さんがシドニー五輪を経験されて、もう1回オリンピックにという気持ちになられたそうですが、自分も世界選手権に一度出てみて、次は個人でも出たいと強く思いました。
Q.アテネ五輪をかなり意識した?
山口 4年に1回の大会です。その次のことを考えても、ケガをしてしまう可能性もあるわけです。出られるなら出ておきたいです。
Q.末續選手のメダル獲得はどう見ていましたか。
山口 すごいというか、うらやましいというか。でも、普段の練習の中でも、あの人の動きの1つ1つが世界のトップレベルにあるのがわかります。自分はなかなか思うように動きませんが、いつかは自分もなれると信じてやっています。
Q.世界への欲が出てきた?
山口 一度(世界の舞台を)経験していますから、日本の中でやれればいいとは思いません。できるだけ上の方でやりたい。1つ1つ、やっていきたい。
Q.末續選手も大学2年でオリンピックを経験しました。同じようにステップアップしていきたい?
山口 それができれば、理想ですね。でも、1つ1つ確実にやっていけば、達成できると信じています。焦らず、長い目で競技をやっていきたいです。
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