2001/7/14
ドキュメント7・14
日本陸上界の忘れられない1日を北上からレポート
朝原が10秒02
室伏は83m47のアジア新
二瓶が11秒36の日本新
7月14日はパリ祭の日である。フランス革命が(表面的に)勃発した日だ(1789年)。だからというわけではもちろんないのだが、2001年の7月14日は陸上界にとって大きな出来事が次々に起こった。
朝、競技場に着くと、朝原宣治(大阪ガス)のニュースが飛び込んできた。ビスレー国際(オスロ・ノルウェー)で10秒02をマークしたというのだ。伊東浩司のアジア記録、10秒00に次ぐ日本歴代2位。日本選手がヨーロッパで出した記録では、97年に朝原が出した10秒08(当時日本新)を、伊東が99年に10秒06と塗り替えていた(ともにローザンヌだ)が、今回はそれも更新した。
朝原とは先月末、ローマで会った。ゴールデンリーグでは、最近の彼の成績ではAレースに出られず、Bレースで10秒32、全体で13番目のタイムだった。
今年から留学先をドイツからアメリカに変更し、スタートから前半の加速局面に重点的に改良しようと取り組んでいる。
「その点はうまくいったが、後半がバラバラになってしまった」
ローマでは、まだまだ満足のいく走りはできていなかった。だが、錚々たるメンバーの中で、それなりに力を出せたのは、やはり日本選手の中での力は一枚上だと感じさせた。他の選手だったら、10秒4〜5はかかっていただろう。
その後の成績は以下の通り。
6月29日ローマ:10秒32(+0.2)で13位
7月2日ザグレブ:10秒32(+0.7)で3位
7月4日アルンヘム:10秒21(+1.6)で優勝
7月9日ニース:10秒39(−1.2)で4位
7月13日オスロ:10秒02(+2.0)で4位
オスロ予選:10秒15(+1.6)で1位
ザグレブではローマと同じタイムだったが、オランダ・アルンヘムから調子が上向いた。そして、今回の快記録。
タイムの他にびっくりしたのは、ゴールデンリーグのレースに朝原が出られたことだ。近年の成績では、ローマのように出られてもBレースとなってしまう可能性が高いはずだ。今回のメンバーはグリーン、ボルドンなどメダリスト・クラスが出ていなかったのが幸いしたようだ。風も、公認許容範囲ぎりぎりの追い風2.0mと、運も朝原に味方した。モンゴメリーの優勝タイムが9秒84の世界歴代2位タイだったことからわかるように、全体的にタイムが良かったレースでもある。
だが、普通の日本選手なら10秒2〜3だっただろう。そこが、朝原のすごいところだ。この結果で即、エドモントン世界選手権でも決勝進出濃厚とはいえないが、可能性が高くなったと見て間違いはない。
末續慎吾(東海大)のコーチである高野進(日本陸連男子短距離部長)が、先日の南部記念の際「末續は試合期と練習期を分けてやった方がいいタイプだが、朝原君は試合に出ながら調子を上げていくタイプ」と話していたのを思い出した。
最初の決勝種目は女子棒高跳で、江口茜(新潟大出)が3m80で優勝したが、OB選手の扱いが一転二転した。最初は、全員に順位をつける見解だったが、それがOB選手は順位をつけないオープン扱いに。そして最終的には「順位は全員につけるが、選手権者は学連登録選手(学生)のみ」ということで落ち着いた。
次の女子やり投は、向かい風で助走スピードが上がらないのか、低調な記録に。
12時を過ぎると女子100 mH、男子110 mH、男女400 mと予選が行われていったが、記録的にはいまひとつだったり、直線種目は追い風参考だったり。北上のトラックは、記録が出やすいタイプではないのか――、とも思ったが、男女100 mではまずまずの記録が出ている。
そうこうしているうちに、男子やり投が佳境に。今季のこれまでの試合と同様、村上幸史(日大4)と宇戸田実也(筑波大3)の対決が予想された。
村上が1投目に73m13を投げると、1つあとの試技順の宇戸田が73m57で逆転。その後2人とも記録を伸ばせず膠着状態が続いたが、6投目に村上のやりがそれまでとは明らかに違う大きな弧を描き、75m33と宇戸田を逆転した。これは、6月の日本選手権とまったく同じ展開だ。
だが、宇戸田は日本選手権のときとは違った。
「あー、またかと思いましたが、2回同じ負け方をしたらまずい。もう負けたくないと、気合いが入りました」
宇戸田のやりは、村上とは角度は違うものの、同じような位置に落下した。記録は76m02。今大会前の自己記録は73m35だったので、1投目に22cm、6投目には大幅な記録更新をやってみせた。
村上は、昨年来続いていた日本選手間での無敗記録が途絶えてしまった。
やり投選手のコメントを聞こうとスタンド下に行くと、室伏広治(ミズノ)が83m47をマークした、という情報が記者たちにもたらされていた。4月の2試合に続き、中京大土曜記録会で出したのだ。室伏のスケジュールにこの試合への参加予定はなく、昨日、飛び入り参加を決めたとのこと。6回の試技は以下の通り。
79m86−82m16−82m26−83m32−パス−83m47
83m47は室伏が4月にマークした82m60の日本記録を更新しただけでなく、アブドゥバリエフ(タジキスタン)が94年にマークした83m36のアジア記録をも上回り、世界歴代では7位、今季世界最高という大記録だ。
学生種目別選手権会場にいた室伏重信中京大監督は、次のようにコメントしてくれた。
「今日の試合に出るのは昨日の練習前に、決めた。本番まで、1カ月以上試合に出ないのはどうかという気持ちがあった。80mちょっとは出ると思っていたが、83mとは思わなかった。春の調子から見て、今シーズン中にはいくと思っていたが…。こういう記録が出て、プラスの面があるし、マイナス面は思いつかない。
昨日は7〜8本の練習にとどめ、軽く投げて80m近くいっていた。いつも、国内の試合では前日は完全休養。昨日練習をして、今日記録を出せたことは、(予選・決勝と2日連続で行われる本番に向けて)かなりのプラスになると思う」
室伏監督の取材が終わると、トラックでは女子800 m決勝(2組タイムレース)が始まろうとしていた。第2レースには、5月に2分02秒23の日本新をマークした西村美樹(東学大)が登場した。西村についてはメルマガ・バージョン第2号の「先週のMIP」として取り上げたので、そちらをご覧ください(メルマガへの登録はこちら)。
男子110 mHは世界選手権代表の内藤真人(法大3)が13秒72(+1.8)で優勝。関東インカレで13秒69の学生新を出して以降、追い込んだ練習の最中に調整なしで出場しても13秒6〜7台が出ている。国際舞台でどうか、という不安要素もあるが、調整して出場したら13秒5台が出せそうな勢いである。「世界選手権では記録を狙い、ユニバーシアードでは順位にこだわりたい。決勝に進んで、どこまで勝負できるか試したい」と、内藤本人も言う。
女子100 mHは茂木智子(福島大出)と池田久美子(福島大3)の先輩後輩対決となった。日本選手権は池田が0.01秒差で茂木に競り勝ったが、今回は茂木が序盤から池田を抑え続け、13秒21でランニングタイマーを止めた。世界選手権B標準は13秒32で、それを上回ればユニバー代表も近くなる。だが、残念ながら追い風2.5m。正式計時は13秒23だった。金沢イボンヌ(佐田建設)以外が出した2m台の追い風参考記録としては、森本明子(日本教育SS)の13秒22に次ぐタイム。ユニバー代表の可能性も出たかと思えた。
3000mSCは岩水嘉孝(順大4)が8分43秒62で圧勝。実業団・学生対抗の際には、この大会は5000mに出場する可能性が高い、と話していたので、3000mSC出場への経緯を聞くと「5000mは先週の南部記念に出たので、今日は3000mSCで後半走れるかどうかをチェックしました。実学では最後の1000mをペースダウンしてしまいましたから」とのこと。実学と学生種目別選手権の通過タイムは以下の通り。
実学 学生種目別
1000m2分45秒 2分52秒
2000m5分38秒 5分47秒
3000m8分35秒17 8分43秒62
ラスト1000mのタイムは僅かにアップしているに過ぎない。だが、この日の30℃を超える暑さ、さらには翌日1500mで3分46秒87(5位)をマークしたことを考えると、岩水の目的は果たされたように思える。
男子400 mは邑木隆二(法大4)、女子400 mは吉田真希子(福島大出)と、世界選手権代表が順当勝ち。吉田は54秒16と自己記録を0.01秒更新した。
次のトラック種目は、男女の100 mである。男子100 mの予選は、他種目のコメントを聞く都合上、3組までしか見られなかった。1組では小島茂之(早大4)が10秒37(+1.4)、2組では川畑伸吾(法大出)が10秒32(+2.6)で1位。世界選手権代表は逃したが、昨年のシドニー五輪代表だったこの2人が、優勝争いをするのではないかと思われた。この2人に勝つとしたら、関東インカレ3位で4組1位(10秒32・+1.7)の菅野優太(日大3)かと思われた。関西インカレ優勝の面高潤也(関学大4)は5組で2位(今大会100 mは6組1着+2)、関東インカレ2位の奈良賢司(日体大4)は6組で1位だったが10秒40(+0.8)で、優勝争いとなると苦しいと思われた。
だが、川畑に競り勝ったのは奈良だった。川畑も10秒23と、昨年マークした10秒11の学生記録に次ぐ自己2番目のタイムだったが、奈良はそれを上回る10秒22。学生歴代順位は6位だが、世界選手権A標準(10秒26)を突破する好タイムだった。
そして女子100 m。メンバー的に見て、坂上香織(ミキハウス)も新井初佳(ピップフジモト)も、島崎亜弓(スズキ)もいないとあっては、二瓶秀子(福島大)の優勝は間違いなかった。日本選手権までは4×100 mRで世界選手権出場を目指したが、あと一歩、手が届かなかった。そこで、二瓶の気持ちが切れなかったのは、力はついているのに記録が出ていない、との気持ちが強かったからだ。
「11秒6台で終わりたくない」
二瓶のベストは昨年マークした11秒63。そして、今年いっぱいで大学院を終了したら、教員に戻ることになっている。かつて、教員時代の95年に200 mで日本新(当時、23秒82)を出したこともあるが、競技をする環境は今より制限が多くなる。なんとか今季中に、記録を更新しておきたかった。
スタートで僅かにリード。中盤でグンと出ると、後半は完全に独走状態。
以前に書いたこともあるが、見ている側は1人の選手の動きよりも、後続との差でタイムを予測することが多い。今回は、約3〜4m差がついていたので、11秒5台かなと感じた。だが、二瓶の迫力ある走りを目の前で見て、4台ではないか、とも感じた。
ところが、タイマーは11秒36で止まった。風は+1.8。公認だ。正式計時も11秒36。日本選手初の11秒3台だ。予想以上の大記録に一瞬、我を忘れてしまったが、すぐにデジタルカメラを持ってゴール付近に走り出していた。
写真中心の記事のページにも書いたが、カメラマンからガッツポーズを要請されたが「そんな年齢じゃないから」と、二瓶は恥ずかしがってしまう。
今大会は取材する記者の数は、世界選手権代表も出場するということで、それなりに多かったが、カメラマンは専門誌など数人と、そう多くない。観客も関係者と、地元の陸上ファンたちで、インカレの大声援とも違う雰囲気だ。場所が北上で、恥ずかしがる二瓶は福島育ち、ほのぼのした東北地方らしい雰囲気が漂った(都会人の思い込みかもしれないが)。
その間、フィールド種目も次々に行われ、男子棒高跳は木越清信(筑波大M3)、三段跳は渡辺容史(筑波大3)、女子走高跳は岩切麻衣湖(中京女大出)、そして女子ハンマー投は綾真澄(中京大4)と、ユニバー候補たちが順調に勝ち名乗りを上げた。だが、記録的には5m40、16m42(+0.9)、1m83、59m45で、そこそこいい記録だが、代表を決定づけられるほどの快記録でもない。どの選手にも会心の笑みは見られなかった。
トラックの最後は男女の5000m。男子は徳本一善(法大4)が最後で圧倒的な力を見せ、女子は藤永佳子(筑波大2)が赤羽有紀子(城西大4)に競り勝った。記録はともかく、本番での有望種目だけに、代表に選ばれることは間違いなさそうだ。
競技が終わってプレスルームに戻ると、ミズノから室伏のコメントがリリースされていた。
「今日はあくまで『練習』という位置づけで出場し、『今の状態の確認』を行った。記録に対しては評価していない。『フォーム・動き』を確認でき、『可能性のある動き』として自信になった」
室伏のコメントを入手し、北上の充実した一日は幕を閉じた。