2001/6/10 日本選手権3日目
女子走幅跳で花岡が6m82のスーパー日本新
今季世界4位、シドニー五輪なら5位相当
三段跳で代表漏れ、傷心の花岡を立ち直らせたのは――?
女子走幅跳は18人がエントリーし、花岡麻帆(Office24)は17番目の跳躍者だった。最終18番目と、1番目の選手が棄権したため、ピットに立った花岡の後ろには第2跳躍者、成田高の後輩・河内麻里子が控えていた。今季6mジャンパーの仲間入り(6m07)をした期待の選手である。
花岡がいつものように、スタンドに拍手を要求する。「イキマス!」の花岡の声に「ハイ!」と、河内が後方で、スタンドでは成田高の生徒たちが応える。助走を滑らかにスタートさせ、踏み切りはドンピシャ。花岡の身体が前方に投げ出される。距離がグンと伸び、滞空時間が他の選手より明らかに長い。スタンドの観衆から「オオーッ」というどよめき。
花岡は着地地点から好記録を確信していたはずだが、砂場から出てもガッツポーズなどはない。審判員が2人、計測器を交替で覗く。「6m82」の声。そして、すぐに数字が表示される。日本記録は花岡自身と高松仁美が持つ6m61。いきなり21cmも更新したのである。花岡はスタンド(たぶん成田高の後輩が陣取っていたあたり)に両手を挙げ、そして深々と腰を折った。
スタンド下を通りかかると、花岡の目の周囲が赤かった。
「すごく嬉しくて涙も出たし、今までにない気持ちがこみ上げてきました。調子が悪い中で高校生たちや先生、周りの人たちが支えてきてくれた結果です」
花岡は千葉県成田高時代に、走幅跳で日本選手権優勝。順大4年時には三段跳で日本新、三英社に入社した99年秋には、日本人初の14mジャンパーとなった。その頃は、三段跳の方が世界に近いと見られていたが、シドニー五輪A標準には届かず涙を飲んだ。2000年5月には走幅跳で6m61の日本タイを出し、2種目でB標準は破っていたのだが…。
今回の世界選手権は特にフィールド種目の標準記録設定が高くなり、三段跳のB標準が14m00、走幅跳が6m65に。陸連はB標準突破者でも、派遣する方針を表明した。三段跳は花岡の自己ベストより下の記録だが、有効期間以前に出したもののため、現時点では未突破だった。
そして迎えた最終選考会の日本選手権。初日の三段跳で花岡は優勝したものの13m59。目まぐるしく変わる風向きが、選手たちを苦しめた。花岡の優勝記録も、向かい風1.0の中で出された記録だ。
「正直、すごく悔しくて、昨日の夜くらいまではあきらめかけたような気持ちになっていました。勝つことと、標準記録を目標にしなければいけないことはわかっていたんですが、“するぞ”という気持ちにはなれませんでした」
花岡は、練習拠点をずっと、母校の成田高に置いている。順大時代もそうだったし、99年に就職する際も、「千葉県で練習できる環境」にこだわって就職先を探した。三英社が昨年12月で休部となり、今季からは「Office24」の所属となったが、練習環境は変えなかった。変えられなかった。コーチは成田高の越川一紀先生。走高跳の元五輪選手である。そして25歳になる今でも、花岡は成田高で高校生に混じって練習する。
今回、越川先生もスタンドに姿を見せたし、成田高の選手も何人か参加している。確認してはいないが、応援のために来場した部員も多くいたのだろう。花岡の「イキマス!」の声に応えていた女の子の声は、数人単位ではなかったような気がする。
「いつもは、生徒たちの前ではカッコよくしなくてはいけない、と考えてしまうんですが、昨晩、先生と何人かの生徒の前で、涙を流して、情けない話をしてしまったんです。でも、それで肩の力が抜けたような気がします」
スタンドで見守った越川先生によれば、花岡の状態はかなり悪かったらしい。2月の中国遠征(日中対抗室内)あたりから、右腿の裏の神経がいい状態ではなかった。シーズンイン後も、左の踵に痛みを抱えたまま試合を続けざるを得なかった。
「世界選手権に行くんだという気持ちが強かったんでしょう。普通だったら、あんな記録は出るとは思えません。練習の感じから、風がよかったら、うまくすれば日本新もと思いましたが、80までは考えられませんでした。生徒の応援が、記録につながったのでしょう」
技術的には、助走スピードと踏み切ってからの動きがよかったのだという。
「ウォーミングアップで走れる感覚のアップを行ったんです。それが、スタートから4歩目以降の中間走に結びつきました。踏み切ったあとの動作では、脚の残し方がよかった。うまくためらることができ、フィニッシュのタイミングがよかった。踏み切り脚がすぐに出てくると、後半、すぐに落ちてしまいます。昨年日本タイを跳んだ水戸の跳躍も残っていましたが、それ以上にうまくできたと思います」
今後について越川先生は「あとはスプリント、100 mで11秒7とか8のスピードが欲しい。跳躍は、世界に近いはずなんです」と言い、花岡も「記録を聞いた瞬間、今まで7mは夢だと思っていましたが、今の状態でこの距離が跳べるのなら、アテネまでには是非、跳びたいと思いました」と、世界を意識したコメントが出た。
6m82は現時点で今季世界4位、昨年のシドニー五輪なら5位に相当する記録である。