寺田的陸上競技WEBスペシャル
計測工房2018

クライアントとの共同作業の幅を広げる自前ソフトの運用開始

初の海外大会視察の意味は?

  

 計測工房(藤井拓也社長)は計測業界のオンリーワンカンパニーだ。市民マラソンなど競争の激しい分野よりも、駅伝やトレイルランニングなど、自社の特徴が生かせる分野に力を入れている。創業12年目に入った2018年は、自前ソフトの「計測職人」を4月から運用し始めた。また、8月には創業後初めての海外視察に、社員3人を派遣する。これらのエピソードは独自路線を進む計測工房が、また新たなステップを上ろうとしていることを示している。

●新ソフト「計測職人」の導入
 「計測職人」はチップで計測したデータをコンピュータに取り込み、コンピュータ上で扱う計測システムのソフトウェアである。これまでは大手の同業他社(藤井社長が独立前に勤めていた会社)のソフトを使用していたが、ついに自前で開発したソフトが実用段階に入った。
 画期的な機能が盛り込まれたわけではない。データの取り込み、種目や区間毎の順位づけや並び替え、複数のフォーマットでのプリント、データの保守・修正、各種情報の収集・整理など、基本的な機能は同じである。
 藤井社長によれば、"違い"は次のようになる。
「本当に細かいところで、使い手である我々の要望を反映させています。今まで計測工房としての仕事を進める上で、ここがもう少しこうなれば、という部分があって、そこを使いやすいようにしました」
 その好例が、一昨年から実用を始めている「トレイルサーチ」との連携だ。WEB上での記録速報と、リアルタイムで人数が把握できるシステムで、トレイルランニングの主催者からは大歓迎されている。
 これまでは「トレイルサーチ」と既存ソフトを「無理矢理」(藤井社長)に連携させて使ってきたが、「計測職人」は「トレイルサーチ」との連携を前提に開発している。藤井社長に作業時間を短縮するため、という考え方はなかったが、実際の作業で効率が上がった部分もあるようだ。
計測工房を率いる藤井拓也社長。起業して丸11年が経過。計測大会数は1年目の33大会から、昨年は167大会に伸ばしている。今後も新たなチャレンジを続けていく

●新ソフトに現れている計測工房の特徴
 形の上では「使い勝手を向上させた」ということになるが、より重要な意味を持つのは「自前である」ことだという。
 他社製ではソフト自体を変更できないので、状況に合わせてできることが限られ、マンパワーに頼った「力ずく」(藤井社長)の作業で対応していた。自前ソフトならば状況に合わせて機能を拡張させたり、変更したりすることが可能なのだ。
「社会状況に応じて、計測ビジネスも求められるものが変わってきます。計測工房もマラソンから始まってトライアスロン、トレイルランニング、馬術、SUP(スタンドアップ・パドルボード。※サーフィンの一種)と計測分野を広げてきました。新しいジャンルに進出すればルールも、記録の意味合いも違いますから、求められるニーズも違ってきます。固定されたシステムでは対応できなくなるのです」
 計測工房は巨大な市場である市民マラソンを、競争過剰なレッドオーシャンとして積極的には受注していない(それでも受注数の35.3%をマラソンが占める)。マラソン主体のビジネスなら計測パターンは単純で、自前のソフト開発までする必要はない。
 計測が複雑になり、細かい配慮や労力が多く必要で、他社が敬遠する仕事を計測工房はいとわず引き受けてきた。それが、計測地点が多くローカルルールにも対応する必要がある駅伝だったり、山奥の複数のチェックポイントでの長時間作業が必要なトレイルランだったりしたわけである。
 計測工房へ業務を依頼してくるクライアントは、難易度の高い計測作業を求めてくる。そうしたクライアントの要望に応えるための「計測職人」なのである。
「自前ソフトなら、自分たちの意思でどんな形にでもバージョンアップできます。その結果、クライアントの選択肢が増えて、よりいっそう魅力ある大会に変わることもあるでしょう。ビジネスの幅がそういう形で広がっていくのが理想です」
 藤井社長の思いが形になったのが、自前ソフトの「計測職人」なのである。

“自前”ソフトの計測職人を操作する藤井社長

●トレイルラン世界一の「UTMB」を視察
 計測工房は今年の8月末から9月にかけて、ウルトラトレイル・デュ・モンブラン(UTMB)の視察に、計測ディレクターの資格を持つ社員3人を派遣する。UTMBはフランス、イタリア、スイスの3国を走る壮大な大会。トレイルラン界では「世界で知らない者はいない大会で、日本のマラソン界における東京マラソンのような存在」(藤井社長)だ。トップランナーがこぞって参加するだけでなく、トレイルラン好きなランナーたちが何千人と出場する。
 計測工房はこれまで、機材購入のためにメーカーのフィールドテストに行くことはあっても、大会自体を視察することはなかった。今回は誰かから請われたり誘われたりしたのでなく、純粋に計測工房として視察を行う初めてのケースである。
「目的は2つあって、1つめは世界ナンバーワンのトレイルランニング大会と言われるUTMBが、どういう計測をしているかを実地で見学することです。チップ、アンテナの運用はもちろん、データをどう活用し、主催者や参加者に提供しているのか。仕事、サービスの日本との違いを自分たちの目で見てきます」
 アンテナの配置など現場を見るのはもちろんのこと、大会本部や計測オペレーションルームも視察させてもらう予定だ。UTMBで学んだことを日本のトレイルラン大会に応用すれば、「計測職人」の活用と同様に、大会の魅力を広げることにつながるかもしれない。
各種トレイルランニング雑誌に取り上げられた UTMBの特集ページ

●社長が行かない海外視察と計測工房の成長
 もう1つの狙いは、社員の成長を促すことだ。1つめの目的のためには藤井社長が直接視察する方がいいのだが、今回はあえて同行しない。
「社長が行かないことに、大きな意味があると思っています」
 社長が同行していたら、どうしても社長の考え方や見方が支配的になってしまう。それでは社員の主体性が育ちにくい。同格の計測ディレクター3人で行動することで、全員が独自の視点でUTMBを見て、感じることができる。
 藤井社長は昨年の10周年を機に、会社の理念に、「ここは社員の成長の場である」という項目を付け加えた。計測工房は、多くの人との"縁"に恵まれて成長できた。その思いが藤井社長には強い。
 であるならば、社員として計測工房に入ってくる人材との出会いも、"縁"に他ならない。創業者社長がリタイアした後も、計測工房という会社が存続してほしい思いが強くなっている。
「自分も前の会社で計測業務に携わっていた頃、オランダのチップメーカーの視察に行かせてもらったことがありましたが、自分にとって大きなステップになった出来事でした。今の計測工房の置かれている状況を考えたら、UTMBの視察が一番良いと思ったのです」
 視察をしてすぐに、何かが変わるわけではないのかもしれない。しかし長い目で見れば、必ずプラスの変化を計測工房にもたらしてくれる。藤井社長はそう確信している。

 12年目に入った計測工房は、自前で開発したソフトの運用を開始することで、クライアントとの共同作業の幅を広げ始めた。そして初の海外大会視察を行うことで、より長いスパンでの成長の下地づくりも行う。
 計測業界のオンリーワンカンパニーは、これからも独自の道を歩き続ける。

計測工房の4人の計測ディレクター。藤井社長を除く3人が
UTMBの視察に派遣される<写真提供:計測工房>


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