陸上競技マガジン2002年5月号
春に熱きアスリートたち
森 千夏
「中国選手と対等に戦える選手になりたい」


 日中対抗室内天津大会(3月3日)で16m80と、自己の持つ屋外の日本記録に4cmと迫る投てき(室内日本新)を見せた森千夏(国士大)。来年の世界選手権B標準は17m20。世界へのチャレンジも現実的な目標となってきた。快進撃を支えているのは、彼女の砲丸投への熱い思いと、ある中国人コーチとの出会いだった。


――16m80の室内日本新を出した天津の投てきを振り返ると…。
森 4投目の16m79のときは「あっ、イッター」という感触がありましたが、6投目の16m80のときはありませんでした。最初、右足の引きつけ(グライドの際の、右足の動き)がよくなかったんですが、79のときはそれがうまくいきました。日本選手団の岡野(雄司・成田高教)先生にも、「入りがポイント。力まないでいけば大丈夫」とアドバイスされていて、とにかくリラックスして、何も考えずにいきました。
――16m80のときの違いは?
森 80の投てきは、イケルかもしれないと、力が入りすぎてしまいました。そうなると、上体のタイミングがずれちゃうんです。力を入れて(しまって)投げたのは6投目だけなんですが、それまでの投てきから(動きの)流れをつかんでいたので、力んでも、いい状態が保てていたのでしょう。
――天津では6投すべて、16mをオーバーする安定ぶりですが。
森 言葉がわからないこともありますし、自分より上の人たちばかりで、自分が一番下だと思うと緊張もしないし、冷静になれます。それでいて、試合の興奮もあります。日本の試合だと、「この試合で出さないと次に試合に出られない」とか、「この試合は勝たないといけない」という気持ちが先走って、力の入れ具合のコントロールが難しいんです。室内や中国の試合はそういった部分がないので、リラックスできます。
――16m84の日本新を出した去年の日本選手権でさえ、14m台が2回もあります。これまでは、1投毎に記録の差が大きいのが森さんでした。
森 差が大きいときは、考えすぎているときです。「なんでダメなんだー」とか「開きが早かったー」とか、考えている時点でもうダメだったんです。それまでやってきたことは急には変えられないわけですから、投げるときに意識するのは1つか2つにした方がいいようです。日本選手権は先に市岡(寿実・国士大教)さんが16m34を投げていらして、「勝ちたい」とだけしか思っていなかったんです。「こうやって記録を出そう」、とか考えずに。


――今回、一連の日中対抗室内では、中国チームのコーチである隋新梅(21m66=アジア歴代2位)さんもアドバイスしてくれたそうですが、彼女との出会いは?
森 高3の陸連ジュニア合宿が上海で行われたときに、上海体育学院のコーチである隋さんに教えていただいたのが最初です。理屈で説明するというよりも、「こう動きを変えてみたら、こうなるから」と、ジェスチャーで説明してくれるんです。実際にやってみると、その通りなんです。大雑把なんですが、わかりやすいですね。
――しかし、大学1年の時は15m07がベストにとどまっていますが。
森 1年の時は、隋さんの言われたことをやっていないんです。海外合宿も初めてでしたから、考える余裕もありませんでした。高校から大学の練習に変わったことにも対応もできなかった。高校では1から10まで先生が教えてくれますが、大学では共通のメニューもありますが、あとは全部、自分で考えて練習しないといけません。自分も戸惑って記録が落ちました(実際は15cm伸ばしている)。それで、一から練習をやり直して、冬から中国で教わったことを思い出してやり続けたら、大2の春に記録(16m43の日本新)が出たんです。体幹を使うことを意識し、捻りを入れたスタンディングの練習を繰り返しました。
――2度目の中国合宿が、昨年3月。
森 私は16m台の選手なのに「あなたは20m投げられる選手だと思って教えています」と言ってくれました。中国人に18mの人もいるんですよ。感動しちゃいました。
――中国の環境も気に入った?
森 中国というより、上海体育学院ですね。バレーボールをして遊んでいるときなんか、ふざけ合っているんですが、その1時間が終わるとパッと、真剣に技術練習をやり始めます。さっきまで大笑いしていたのに。その辺が“プロ”だなと感じました。2年か3年の契約で、その間に実績を残さないと出ていかないといけない。それで競技をあきらめられるの? と聞いたことがあるんですが「それは仕方のないこと」という覚悟でやっているんです。日本の場合はまだ、大学生活があって次に陸上競技がありますが、向こうは陸上競技がメインなんです。


――今年は、日中対抗室内のあとも上海に残って、指導を受けたとか。
森 室内が終わったあとそのまま上海に残って、3月の終わりまでいました。上体が開かないようにする動きなども教えてもらいました。グライドのとき、身体全体は左方向に動いていますが、左脇腹は突っ張る感じ、逆方向へ捻るような感じを持たせるんです。それを意識したらダメなんですけど、チューブを使った練習のときは、意識していいんです。ホント、1年間でも上海にいられたらと思います。
――1年間、試合に出なくても我慢できますか。
森 我慢という感覚ではないんですよ。砲丸投がホントに好きで、最初は記録が伸びるから好きでしたが、今は投げ方を工夫していくこと自体が楽しいと思っています。投げ方を変えてみて、実際にその通りに動けたら楽しいですし、意識せずにポーンと砲丸が飛んだりするとまた、楽しいんです。そういった積み重ねが楽しく感じるようになりました。1年間上海に行って、仮にその間、練習だけだとしても何とも思いません。
――しかし、4月からは日本でシーズンインします。
森 17m50が最低目標です。世界選手権B標準が17m20に下がっていますが、去年から言い続けている数字ですし、区切りのいい数字ですから。
――そのためには?
森 私の場合フルスクワットなど、下半身は強いと言われますが、上半身が弱すぎます。ベンチプレスは105kgですが、市岡さんは130kg。私も130〜140kgは挙げないとダメですね。それと、体幹が弱すぎます。腕や胸、肩といったあたりが、腰よりも強いんです。今は「1番が脚、2番が肩のあたり、3番が腰」という順序での動きですが、「1番が脚、2番が腰、3番が肩のあたり」という順番にしたいと思います。
――具体的にどの試合で、という考え方はしない?
森 最終的に出たいのはオリンピックですので、その標準記録を(来年以降に)突破できればいいんです。国内の試合は去年までに一通り勝つことができているので、「この試合を狙うんだ、この試合で記録を出すんだ」という焦りはありません。気分的には楽になっているので、自分のペースでできます。時期的に、前半は日本選手権に合わせるのがちょうどいいかな、と思っています。秋は、インカレに合わせる感じでしょうか。もちろん、アジア大会もあります。
 しかし、試合とか記録という考え方でなく、もっともっと強くなって、中国の人たちと対等に戦える選手になりたいんです。ソンさん(宋斐娜)という18m73の選手と上海で一緒でした。練習の動きなんか、自分のやろうとしているものを速くやっていて、強いなと思います。体幹を鍛える練習でも、自分とは10kg、20kgと負荷の重さが違います。あと何年かしたら、ライバルとして戦いたいですね。


青山利春監督のコメント
「今年はとにかく、17m20のB標準を1回でも突破しておくことが目標ですが、できれば17m30を出したいですね。次のステップの17m50を考えた場合、20と30では違います。タイミングが合えば、そのくらいいくだけのトレーニングはやっています。
 課題はスピードに頼って、体幹を使っていない点です。手足などのハイギアのパワーはあるんですが、ローギアのパワーがない。トルク、捻りを利用したパワーを、下半身の粘りをうまく使って出せれば、17mはいきます。
 あとは、ベンチプレスを130〜140kgまで挙げられるようにすること。そうすると砲丸をグッグッグッーと3段階に加速する感じを出せます。意識して力の配分ができるようになるんです。段階を追って突き出す投げができるようになるはずです」


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