2002/5/6水戸国際 100 m特集 成績一覧男子 女子
末續が10秒05!!
日本歴代3位&学生新&日本人国内最高
朝原は“ミスで予選敗退”も、感じられた底力と精神的タフさ
その1 明暗を分けた2人のスプリンター
その2 末續と高野コーチのコメントから9秒台への感触を探ると…
その3 朝原もかつないほど好調なシーズンイン
その4 水戸で再燃(再スタート)した“黒人選手を除く初の9秒台”先陣争い
その1 明暗を分けた2人のスプリンター
「3番に落ちたのはゴールしてもわからず、記録の紙を見て初めて知りました」(朝原)
男子100 mで朝原宣治(大阪ガス)と末續慎吾(東海大)が明暗を分けた。朝原には運も味方しなかった。
予選1組。末續は中盤でリードを奪うと、トンプソン(ケイマン諸島)をまったく寄せつけず10秒18でフィニッシュ。風が強い一日だったが、このときは追い風0.7mで余裕の公認範囲内。2000年の日本インカレでマークした10秒19の自己記録を0.01秒更新した。
朝原は予選2組に登場。予選は3組あって「2着プラス2」が決勝進出の条件。朝原も中盤から抜け出し、後半はいつものように他を圧するかに見えた。実際、筆者は「朝原が勝ったな」と感じて他の選手を見てしまったので、朝原が抜かれるシーンは見ていない。
「予選は5歩目とゴール前30mでガクッと体重が落ちたような走りになってしまいました。(最後を)気張らずスーッといっても1番か2番だろうと思ってしまったんです。気張って行ければ2番か1番で通過できたんでしょうが…。3番に落ちたのはゴールしてもわからず、記録の紙を見て初めて知りました」
朝原を抜いたのはコロンボ(イタリア)と田島宣弘(日体大)。追い風1.3mでコロンボ10秒33、田島10秒34、朝原10秒35。運が悪いことに3組目の追い風が4.5mと強く、4位までが10秒30を切って朝原を上回ってしまった。
100 m選抜参考レースに回った朝原は、後半で同じシドニー五輪代表だった川畑伸吾(群馬綜合ガードシステム)と小島茂之(富士通)を圧倒。ここでも不運だったのが、この日ほとんど追い風だったホームストレートが、このレースの時は向かい風(1.7m)だったこと。朝原は2位の川畑に0.25秒の差をつけたが10秒38にとどまった。
100 m決勝は選抜参考レースとは対照的に、絶好の追い風に恵まれた。3レーンの末續は4レーンのナゲル(南アフリカ)、2レーンのトンプソンに中盤で胸一つリードしていたように見えたが、はっきりと差をつけたのは終盤。グンと差を広げてフィニッシュ。レースを見ているときには気づかなかったが、7レーンの田島が終盤で追い上げ2位でフィニッシュしていた。
ランニングタイマーは「10秒05」で止まっていた。風速が発表されるまでの時間が長く感じられたが、「追い風1.9m」で公認。伊東浩司の10秒00、朝原の10秒02に次ぐ日本歴代3位というタイム。伊東と朝原はともに海外で出した記録なので、国内日本人最高記録ともなる(※)。川畑の持つ10秒11の学生記録も大幅に更新していた。
「春先からこの記録が出たのは嬉しいですね。1回目のフライング(ナゲル)がよかった。あのときは風が向かっていましたから。実は9秒台、狙っていたんですよ。スキあらばと。でも、この風で(10秒)0台というのは、これが実力ということでしょう」
※海外と国内でどちらが記録を出しやすいかはなんともいえないが、トップ選手間では“日本のファストトラックや整った環境の方が出しやすい”という共通認識がある。
その2 末續と高野コーチのコメントから9秒台への感触を探ると…
「レースは中盤で、変な感じになってしまいました。つるような感じで、身体全体がどっか、取れていっちゃいそうな感じでした」(末續)
末續慎吾(東海大)はレース後、次のようにコメントした。
「すごく嬉しいですね。(100%でなかった)予選の結果から、緊張していなかったとは言えません。実は9秒台、狙っていたんですよ。あと、もう一息ですね。
(9秒台への手応えは)ゆっくり、ゆっくりですね。
沖縄合宿(3月中旬)から調子よかったんです。風が“絶好(追い風1.9m)”でしたが、これくらいの力はあるということで…。久しぶりに手応えのあるレースでした。スタートもさほど置いていかれなくて、大丈夫だと思いました。予選はアップで突っ込みすぎたので、前半からゆっくり行ったのですが(10秒)18が出て、『決勝、思いっきりいったらどうなるんだろう』と思いました。
レースは中盤で、変な感じになってしまいました。つるような感じで、身体全体がどっか、取れていっちゃいそうな感じでした。今、練習でも思いっきりいけないんです。思いっきりいったら、暴れ馬に乗っている感じになるんです。
(冬期練習は)アベレージがよくなりました。どこがどうなったというより、練習のアベレージが違うんです。去年、めいっぱいで出たタイムが、練習でボカスカ出る。でも、正直、どういう状態なのかわからないところがあり、不安もありました。あまりに去年と感覚が違いすぎるので…。練習でも、(外側に振られて)コーナーが曲がれないんですよ。
腹筋は今年もやりましたよ。補強をやる体勢でやってもきついですけど、走りに生かされているかわからないので、意識を(これまでと)違うところに置いてやりました。走りながらも、体幹に負荷をかける意識でやったら、意外ときつかったですね」
沖縄合宿では、タイムトライアルで「9秒95」(手動)が出た。しかし末續自身は、「速い感覚はないのに“進む”感じがする」のだという。
高野進コーチは、当たり前といった口調で次のようにコメント。
「(冬期は)例年通りです。腕の使い方とか、体幹の使い方とか、ちょこっとは言いましたが、本人が工夫してやっています。1戦目ということで気になってはいましたが、練習の走りがができました。スタートをちょっと変えたんですがスムーズに出られたし、中間からストライドを生かし、うまく前に跳ねて、乗り込んでもいけました。21歳でまだまだ未完成ですが、そろそろ9秒台を目標に入れてもいいかな、と思います。9秒台を出しても、世界で勝負をするのは200 mでしょう。去年は200 mに多く出ましたが、今年は100 mにも積極的に出ます。関東インカレは100 mには出ます。200 mは検討中。日本選手権は逆に200 mはいきますが、100 mが検討中です」
その3 朝原もかつてないほど好調なシーズンイン
『(9秒台へは)去年より近づいていると思います』
その1で紹介したように、不覚とも言える予選落ちを喫した朝原宣治(大阪ガス)だが、状態は決して悪くない。悪くないどころか、好調だった96〜97年や昨年を上回るシーズンインと言っていい。水戸もあくまで、大阪に向けた調整の1つという位置づけだった。
「帰国したのが木曜日(2日)の夜。そこから大阪GPに向けて調整していく中で、1試合刺激が欲しいと考えて出場しました。水戸で気持ちよく走って、と思っていましたが、気持ちよくなったかわかりませんが(負けて)刺激にはなりました」
と、ジョークも交えて話す様は、泰然自若というか、余裕が感じられた。すでに、4月27日のカリブ海のフランス領の島で屋外第一戦を消化し、10秒22をマークしていたのだ。単に記録だけでなく、仕上がりの状態に手応えを感じている。
「ここ数年、春先は悪いんですが、今年は無難に来ています。うまく持ってこれていますね。インドアは自己新こそ出ていませんが、安定して決勝に残れています」
以下は、一問一答形式で紹介した方が、わかりやすい。
Q.9秒台への手応えは?
朝原 練習の過程で去年の仕上がりと比べると、去年より近づいていると思います。イメージが変わっていて、それができるといい走りができるんですが、今日みたいに狂ってしまうと記録は出ません。
Q.変わったイメージとは?
朝原 去年までは、自分の目指す走りがコロコロ変わっていました。それをやってみて、上手くいったり、ダメだったり。それが、今年は「これかな」というイメージをもって、スタートラインに付くことができています。
Q.具体的に言うと?
朝原 ひと言でいえば(ひと言で言うのはちょっと難しいが、というニュアンスもあった)、無駄がないというか、ロスのない走りです。このくらいの速さだったら力配分はこのくらい、というスムーズなイメージができていて、一歩でも外してしまうと影響が出てしまうような。
Q.今日はうまくできなかった?
朝原 予選は5歩目と、ゴール前30mでガクッと体重が落ちた感じになってしまいました。
Q.そのイメージを持つようになったきっかけは?
朝原 室内ですね。練習の中では実際、相手とは30〜40mまでしか走りません。勝負は60mからです。今年の室内は屋外を想定して、60mで競うのでなく、60mを走る中でどれだけ(屋外を)戦えるかを自分なりに考えてやりました。同じ室内の60mでも、最初の頃と後の方では、中身が違っていました。最初の頃は(屋外を想定しても)70mで終わってしまうような走りでしたが、後半は、あと40mもいける走り方でした。
朝原といえども去年までは、ここまで明確に9秒台への感触を話したことはなかったのではないか。そして、精神的にタフだと感じたのは、末續に関するコメントを求められたときの受け答えを見たときだ。
「(末續は)気にならないことはないですよ。僕も同じくらいで走りたいですね。(予選で10秒18は)日本のトラックで1台だったら、それほどでもないです。これで0台だったら、速いと思いますが」
2年前の五輪最終選考会前、電話取材中に小島茂之(早大)が10秒20で走ったことを伝えたとき「10秒20は速いですよね」と話していた朝原とは、大きな違いが感じられる。決勝レースの後、末續の走りに関するコメントを求められたときも「速いなっていう印象です。きれいに出ていたし、スムーズでした。2位の田島(宣弘)君もすごかったですね。大阪ですか。僕が調子よかったら面白くなるでしょう。一緒に戦えたらいいんですが」と、答えにくいと思われた質問にも、堂々と答えてくれたのが印象深い。
ある大阪ガス関係者にそのことを話すと、「彼は、苦しいケガの時期(98〜2000年)を乗り越えてきているから、ちょっとやそっとじゃ動じないよ」という答えが返ってきた。ベテラン選手のメンタル面に不安はまったく感じられない。朝原が9秒台をいつ出しても、驚くことはないだろう。
その4 水戸で再燃(再スタート)した“黒人選手を除く初の9秒台”先陣争い
『(9秒台)はみんな狙っていると思いますよ』(朝原)
“100 mにおける黒人選手以外で初の9秒台”が話題となったのは、伊東浩司(富士通=当時)が98年のアジア大会で10秒00のアジア新記録を樹立した後、2000年のシドニー五輪あたりまで。2001年は特にそのことが(日本では)話題となることもなかったが、ここにきて朝原宣治(大阪ガス)と末續慎吾(東海大)に9秒台が期待できる状況となり、“黒人選手以外――”が再度、陸上界の焦点となってきた。
その3で紹介しているように今季は、朝原もかつてないほど9秒台を意識するようになった。本日(5月10)に行われた大阪GPの記者会見でも「今年中に9秒台を出したい」と、明言している。末續はといえば、水戸ですでに9秒台を狙っていたというし、高野進コーチの言葉からも、東海大陣営として実現間近だと実感しているのがわかる。
海外に目を転じると、古くはヴォロニン(ポーランド)が1984年に10秒00、メンネア(イタリア・当時200 m世界記録保持者)が79年に10秒01と、9秒台に肉薄している。最近では、98年にオーストラリアのシャーヴィントンが10秒03を出し、伊東とともに“初の9秒台”が期待された。そして今年、海外の関係者の間で熱い視線を浴びているのが、春季サーキットにも来日したモルネ・ナーゲル(南アフリカ)だ。
室内の60mで世界歴代12位の6秒48をマークし、7戦して6勝1敗。モンゴメリーと並んで室内世界リストトップ。200 mも走れる選手だけに、9秒台突入間近か、と海外のメディアが取り上げるのも肯ける。
朝原も水戸で、“黒人選手以外――”のことについて、次のように話していた。
「それは、みんな狙っていると思いますよ。ナーゲルの試合はインターネットでチェックしています。室内のあと、南アフリカは季節が反対なので屋外の試合があるんですが、200 mで20秒10で走って、その翌日に100 mがあって10秒13だったんです。たぶん、プレッシャーを感じてしまったんでしょうね」
春季サーキットのナーゲルは、織田記念200 mが20秒70(+1.4)、静岡国際200 mも21秒09(−2.8)で2連勝したが、水戸国際100 mは10秒17(+1.9)で末續、田島宣弘(日体大)に敗れて3位。織田記念の予選では、前半食らいついた奥迫政之(ミキハウス)の走りを狂わせるようなダッシュを見せたが、決勝の走りを見た高野コーチは「末續の方が強いですよ」とコメント。それを水戸の100 mで実証した。
時期的には、今後しばらく休んで、夏のヨーロッパに再度ピークを持っていくスケジュール。谷間の時期といえなくもない。
水戸のレース後、「黒人選手以外で初めて10秒を切る選手になりたいか」と質問したところ「I hope so.」との答え。20秒10の翌日の10秒13は、「少し向かい風だった」という。そして、「9秒台へのプレッシャーを感じたか」の問いには、「すごくね」との答えだった。
ナーゲルをサポートするメーカー関係者によれば、7月5日のサンドニ・ゴールデンリーグあたりでの本格参戦が予定されているという。朝原と末續が一番乗りを果たすには、5〜6月の日本の試合がチャンスかもしれない。ただ、朝原は過去の例からも、7月のヨーロッパの試合で自己記録を出すことが多いのだが…。
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