2002/3/10 名古屋国際女子マラソン
安部友恵のマラソン全成績
安部ちゃん人気を不動のものとした“快進撃の1年間”
93年の初マラソンで浅利と激闘→世界選手権銅メダル→大阪優勝
そして、個人10傑平均では日本人唯一の2時間28分台!


 今後も競技者としての活動を継続していく安部友恵だが、ともあれ、区切りとなるレースだったのは確かなので、安部のマラソン全成績を紹介したい。マラソン歴は彼女自身に確認(今回も資料を持参していた)したので、間違いはない。
 2000年の泉州は「公認コースだが記録は公認されない大会」(安部)ということで、マラソン回数にはカウントしていない。

安部のマラソン全成績
回数 年 月 日 大会名 成績 記 録
1 1993. 1.31 大阪 2 2.26.27.
2 1993. 8.15 世界選手権 3 2.31.01.
3 1994. 1.30 大阪 1 2.26.09.
4 1996. 1.28 大阪 5 2.28.00.
5 1996. 8.25 北海道 1 2.31.21.
6 1997. 8. 9 世界選手権 29 2.45.19.
7 1998. 8.30 北海道 2 2.31.12.
8 1999. 1.31 大阪 6 2.27.05.
9 1999. 8.29 北海道 2 2.33.45.
10 2000. 1.30 大阪 6 2.28.01.
2000. 2.20 泉州 1 2.29.09.
11 2000. 8.27 北海道 3 2.35.21.
12 2001. 3.11 名古屋 5 2.27.02.
13 2001.11.18 東京 12 2.34.17.
14 2002. 1.27 大阪 5 2.29.16.
15 2002. 3.10 名古屋 6 2.31.11.

 すごかったのは初マラソンだった93年1月の大阪から、翌年の大阪までの3レースだ。
 初マラソンでは浅利純子(ダイハツ)と1秒差の激闘の末、2位に。前年の同大会で、ダイハツの後輩・小鴨由水に敗れてバルセロナ五輪代表を逃した浅利の、執念の前に屈した形となった。同年8月のシュツットガルト世界選手権では銅メダル。ここでも、金メダルの浅利に隠れた形となったが、2回目のマラソンで世界選手権の銅メダルは、真似をしようと思って真似できることではない(当たり前か)。
 そして、今も語り継がれるのが94年の大阪国際女子マラソン。浅利、藤村信子のダイハツ勢とのトラック勝負を制し、当時の日本最高記録となる2時間26分09秒で優勝したのだ。当時、スタート&ゴールの長居陸上競技場が改装中で、第2競技場にフィニッシュした。当時の陸マガが手元にある方は是非とも写真を見て欲しいのだが、スタンドは観客でいっぱいである。ホームストレート側が埋まるのはよく見る光景だが、第3コーナーと4コーナーの間の客席もいっぱいなのだ。前年の1・2位が、世界の金・銅メダリストとなって出場する“凱旋対決”。そして、万人から愛される安部のキャラクターにより、ものすごい盛り上がりとなった。

 残念ながら、その年(94年)のアジア大会を故障で辞退したあたりから、安部の歯車が狂い始めた。一時、96年の北海道で優勝し翌年のアテネ世界選手権出場と、同じようにスピードのない有森裕子と同じ戦略を取って、夏のレースという部分に活路を見出した(この点は本人に未確認なので、正確でないかもしれません)。だが、五輪選考レースで安部が“選考”に絡んだことはなく、アトランタ五輪で“4番目”の鈴木博美(リクルート)がトラックを狙うため、補欠に選ばれたのにとどまった。
 ラビットの導入などマラソン界の“スピード化”も、安部にとっては向かい風だった。速い流れに対応できなかったというか、無意識に前半を抑えてしまったりした。また、持病の座骨神経痛などもあって結果を出せないレースが続き、今日に至っている。
 しかし、安部の競技歴の長さと安定感(8位以下のレースはたったの2回)は、個人10傑平均日本人トップという形となって表れた。2000年末時点では浅利が2時間29分00秒7でトップで安部が2時間29分50秒2で2位だったが、この1年間で逆転。2001年の名古屋で自己3番目の記録を、そして先の大阪でも2時間29分台をマークし、今回の名古屋も自己9番目。平均を2時間28分32秒4にまで押し上げ、初マラソン以来何かと縁のある浅利を抜いてトップに立った。

安部のマラソン記録上位10大会
回数 年 月 日 大会名 成績 記 録
3 1994. 1.30 大阪 1 2.26.09.
1 1993. 1.31 大阪 2 2.26.27.
12 2001. 3.11 名古屋 5 2.27.02.
8 1999. 1.31 大阪 6 2.27.05.
4 1996. 1.28 大阪 5 2.28.00.
10 2000. 1.30 大阪 6 2.28.01.
14 2002. 1.27 大阪 5 2.29.16.
2 1993. 8.15 世界選手権 3 2.31.01.
15 2002. 3.10 名古屋 6 2.31.11.
7 1998. 8.30 北海道 2 2.31.12.

 10傑平均記録は今後も、上げていくことは可能だろう。というか、本人は自己記録更新に向けて、やる気満々なのである。肩の力が抜けて、あるいは新しい練習パターンを発見する可能性もあり、今後が楽しみな選手であることは変わりはない。

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