2017/12/31
ダークホースのMHPSDeNA
外国人選手を含めた全員駅伝で、優勝候補を慌てさせるか?


 MHPSとDeNAの2チームがダークホース的存在だ。
 地元長崎県出身者を多く採用しているMHPS(旧チーム名三菱重工長崎)と、かつての名門エスビー食品を受け容れたDeNAでは成り立ちが大きく違うが、4強(旭化成、トヨタ自動車、Honda、富士通)ほど、選手層が厚くない点が共通点だろう。主要区間以外でも、故障者が出たらチーム力は大きくダウンする。
 もちろん、駅伝よりも個人の目標が優先されるのが実業団。両チームとも全員が完璧に駅伝に合わせられたわけではない。それでも故障者をほとんど出さず、各選手が自身の役割を果たせば駅伝として大きな力を発揮する。
 DeNAは3年連続で、レース前半でトップに立つ可能性がある。MHPSはエースが快走して、他の選手たちも発揮すれば、頂点に届く可能性もゼロではない。
●マラソン代表経験のあるMHPSの新旧エース2人
 MHPSのエースは2015年大会までは松村康平(31)だったが、16年大会からは完全に井上大仁(24)に受け継がれた。
 松村はMHPSが九州予選で敗退していた2009年に入社し、ニューイヤー駅伝は2010年大会から15年大会まで、6年連続で最長区間の4区を走り続けた。個人ではマラソンでMHPS初のサブテン(2時間8分9秒)と、アジア大会代表を実現。駅伝では4区を確実に走ることで、右肩あがりではなかったものの、チームも徐々に順位を上げてきた。
 井上は松村の山梨学院大の後輩。長崎は出身地でもあるが、MHPS入社の決め手は松村がマラソンで活躍していたチームだったことだ。MHPSは部の名称も、陸上競技部でも駅伝部でもなく、マラソン部である。
「自分には陸上競技、マラソンしかない」
 井上の一途な思いは、学生時代は力みにつながったこともあったが、高校では全国トップレベルではなかった井上の成長を支えてきた。入社1年目の16年から2年連続でニューイヤー駅伝4区を走り、連続して区間3位。チームを11位、そして初の入賞となる4位へと導いた。
 井上は1年目のニューイヤー駅伝2カ月後に初マラソンに出場し、2年目もニューイヤー駅伝翌月の東京マラソンで2時間8分22秒の日本人トップ。世界陸上ロンドン代表になった。チームの大黒柱に成長した。
 3年目のニューイヤー駅伝への思いを次のように語る。
「目標は4区の区間賞ですね。どういう位置、どういう状況でタスキが来ても、エースらしい走り、攻めの走りをします。後ろの区間に力を与えられるような走りをしたい。自分より前の区間の人には、安心感を与えられるような準備を見せたい」
 MHPSのオーダーは井上が4区に入ることが大前提で、その上で井上に触発されて成長してきたチームメイトが、適材適所で役割を果たす。
 前エースの松村は、井上の入社後2年間は5区を走ってきた。前回は一時はトップに立って集団を引き離そうとするシーンも演じた。そして今回は初めて7区を走る。初の3位以内を決める役割を、チームの功労者が担うことになった。
●DeNAの内外ダブルエース
 DeNAは上野裕一郎(32)とビダン・カロキ(27)の、内外ダブルエースが引っ張るチームだ。
 上野はエスビー食品時代の2009年に1500mと5000mで日本選手権に優勝、5000mでベルリン世界陸上にも出場した。その後、マラソンを志していた時期もあったが、現在はトラックでの2020年東京五輪出場を目標としている。
「日本選手権の1万mで(佐久長聖高の)後輩の大迫(傑・ナイキオレゴンプロジェクト)に負けて火が点きました。1500mや3000mを走ってもう一度スピードを強化したい。以前だったらあの展開で負けることはなかったですから」
 ニューイヤー駅伝ではDeNA初参加の2014年こそ4区で区間29位とブレーキとなってしまったが、15年は1区で区間10位、16年は3区で区間賞、前回の17年も3区で区間2位。16、17年と連続で、上野がトップに立って新興チームをアピールした。最長区間の4区は別の選手が3年間走っているが、DeNAのエースは上野だろう。
 そしてもう1人のエースがケニア人のカロキである。国近友昭監督は、「DeNAの4番バッターは?」という質問に、一瞬迷った後に「カロキですよ」と断言した。
 実業団長距離チームでは、エースといえば通常は日本人エースを指す。外国人がエースと表現されるには、競技力だけでなく存在感も必要だろう。カロキは2012年以降の五輪&世界陸上で5大会連続入賞という世界的な活躍に加え、駅伝でも4大会で区間賞2回、区間2位1回、区間7位1回の成績をインターナショナル区間の2区で残している。
 上野が3区で2年連続トップに立てたのも、2区のカロキがトップと小差で上野にタスキを渡しているからだ。カロキと上野はセットでトップに立ってきた、と言っても良い。
 今回は3年ぶりに1区・上野、2区・カロキの並びになった。上野が故障明けのため1区に回ったが、個人種目と同じ一斉スタートは、追い上げる3区と同等かそれ以上に、上野が得意とする。
「2年連続僕が先頭でタスキを次の走者に渡していますから、3年連続を狙いますそうすればカロキも気持ち良く走れます。僕以外は練習できていますから、3位以内という目標を達成するためにも、1区のスタートが重要になる」
 区間賞宣言をした上野だが、カロキがトップに立てる位置でタスキを渡せば十分だろう。セットでトップに立てばダブルエースの役割を果たしたことになる。
●駅伝を理解するケニア選手
 カロキは駅伝の名門、世羅高出身。全国高校駅伝では3年連続区間賞で、3年時にはチームの優勝に貢献した。日本語も堪能で、それで周囲の期待も大きく感じてしまうが、サポートや声援を力にすることもできる。そこが外国人でありながら、エースと言われる理由でもある。
 その意味では、MHPSのエノック・オムワンバ(22)もエースになれる選手だろう。
 山梨学院大1年時に箱根駅伝2区で区間2位と好走したが、2年時はレース中に腓骨の疲労骨折で途中リタイアしてしまった。3区以降の選手は、チームの順位がつかない状況で残り8区間を走った。立派だったのは、レース後のチームメイトやサポーターに対するオムワンバの真摯な態度だ。
 1学年先輩の井上ら、チームメイトのサポートがあったにせよ、山梨学院大の上田誠仁監督に「タスキをつなぐ駅伝にはならなかったが、心をつなぐことは忘れずに走ることができた」と言わしめた。
 しかしオムワンバは、翌年も箱根駅伝2日前にアキレス腱の痛みが出て欠場せざるを得なかった。井上大仁が4年生でチームを引っ張っていたシーズン。2区オムワンバ、3区・井上のタスキリレーが実現していれば優勝争いも可能だったかもしれない。
 2人のタスキリレーはオムワンバがMHPSに入社した2016年の九州実業団駅伝で、2区オムワンバと3区・井上で実現。MHPSは旭化成を破って初優勝し、前回のニューイヤー駅伝4位へと弾みをつけた。
 2017年はずっと左ヒザの痛みに苦しめられたが、先輩の井上からストレッチや治療法をアドバイスされ8月には完治。井上の世界陸上出場には「私も元気が出た」という。
 11月の九州実業団駅伝では世界陸上ロンドン1万m銅メダルの九電工・タヌイ(27)らを抑えて区間賞。ニューイヤー駅伝でも「区間賞にチャレンジします。カロキやタヌイについて行けば、ラストで私が勝てます」と意欲的だ。
 オムワンバの頑張り次第では、4区の井上でMHPSがトップに立つ展開も可能になる。
「私が区間賞を取れば、チームにもプラスになります。チームも頑張って、たぶん、優勝です」
 個人でも、東京五輪は5000mでケニア代表を狙う。駅伝でカロキとタヌイに勝てるようになれば、ケニア代表も現実的な目標になる。
 井上とオムワンバの山梨学院大先輩後輩コンビが、MHPSのダブルエースと言われる日が来る予感もする。
●エースの同学年選手の成長で、ダークホースで終わらない可能性も
 DeNAとMHPSのエースとケニア選手を紹介してきたが、両チームとも脇を固める選手が育ってきた。脇を固めるどころか、主要区間で活躍できるレベルである。
 DeNAでは4区を室塚健太(31)が走る。上野と学年的には同じだが、高校時代は無名選手。「同じ北信越地区でしたが、上野や、1学年下の佐藤悠基(日清食品グループ)は別格でした。しかし自衛隊体育学校の4年目に1万mで28分4秒40を出すことができ、形として1つ追いついて来た」と感じられた。DeNAが発足するタイミングで移籍してきた。
 だがチームメイトになってみると、やはり上野のスピードには勝てない。マラソンに活路を開こうとしたが上手く行かず、現在、練習の仕方を見直している。
 しかし上野が17年の日本選手権で2位になれば、自分もやれると刺激を受けた。東日本実業団駅伝では最長区間の2区で区間賞。ニューイヤー駅伝の室塚は4区。上野とカロキでトップに立ったとき、3区の高橋優太(30)とともに、その位置をキープする役目になる。
 6区の永井秀篤(24)も、中学でクロスカントリースキーで全国優勝したこともあったが、エリート選手ではなかった。DeNAで強くなりたいと、競技を続けている選手たちだ。DeNAが目標とするニューイヤー駅伝3位以内を実現させるには、上野&カロキ以外の無名から叩き上げた頑張りが必要になる。
 MHPSでは1区の目良隼人(25)、3区の木滑良(26)、4区の井上、5区の定方俊樹(25)の4人が長崎県出身。これだけ地元色の濃い上位チームは他にない。
 目良は井上と同学年で、井上も全国トップクラスというわけではなかったが、その井上にも高校時代はまったく勝てなかった。実業団入りができるレベルではなかったが、黒木監督に直訴して自分の走りを見てもらった。
「入社して3年目までは、結果を出せずに苦しみましたが、4年目で記録が出始めました。5年目に大学を出た井上が加わってきましたが、自分も実業団4年間できつさも経験していたので、負けたくない思いで一緒に練習するようになりました。やはり井上は強かったですけど、練習で勝ったりすることもあって、自信をつけ始められました」
 前回のニューイヤー駅伝で目良は1区区間5位。今回は「区間賞に絡む走りをする」のが目標。黒木監督は勝負強さが目良の特徴だという。
 MHPSは3区の木滑も前回区間7位と好走した。5区の定方は2年連続、九州予選のアンカー決戦で旭化成に競り勝った選手。競技に取り組む意識が高く、地道に力をつけてきた。派手な快走をするタイプではないが、粘り強い走りで最後は先着して次の区間にタスキを渡すだろう。
 2区のオムワンバと4区の井上で、MHPSがトップ争いに加わることは想像できる。木滑や定方がその流れに上手く乗れば、7区の松村がトップの見える位置で走り出す可能性もあるだろう。ダークースで終わらない要素が、MHPSには確かにある。


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