◆特集◆
丸亀国際ハーフマラソン2018
今年も注目度が高く多彩なメンバーが集結
マラソンで期待される選手、トラック&駅伝で活躍する選手、そして海外トップ選手


 丸亀国際ハーフマラソン(2月4日)出場選手の顔ぶれが、今年も豪華になった。
 国際陸連シルバーラベルのロード競技会と認められ、長距離各種目で設定された記録をクリアした選手が複数の国と地域から招待される(国際陸連サイトのロードレース・ラベリング規定)。
 国内的にも男子は、3月の世界ハーフ(スペイン・バレンシア開催)の選考競技会も兼ねて行われる。
 今年の大会で最も注目されるのは、昨年9月に1時間00分17秒の日本新を出した設楽悠太(Honda)だろう。気象条件とペース次第では1時間ラインに迫っていく。59分台の可能性もゼロではない。
 また前回のレースは、大迫傑(Nike ORPJT)、神野大地(コニカミノルタ)、設楽悠、市田孝(旭化成)が出場した。神野が大迫に競り勝って日本人トップとなったが、この4人全員が丸亀後の1年間で初マラソンに出場し、大迫は2度目の福岡国際で2時間7分台の好記録で走った。
 丸亀に今年エントリーしている注目選手と、前回出場した選手のその後の活躍なども紹介し、エリート選手が多数参加する側面をクローズアップする。


丸亀国際ハーフマラソン公式サイト
招待選手

@設楽悠太に日本記録の期待
 設楽悠太(Honda)に、自身の持つ日本記録更新が期待できる。
 3週間後の東京マラソンでの日本記録(2時間06分16秒)更新が直近の大きな目標で、そこまでレースを連戦して調整していく。1月21日の全国都道府県対抗男子駅伝9区(13km)に出場し、丸亀の1週間後の唐津10マイル(約16km)も予定している。ハードスケジュールだが、設楽自身は「僕は試合に出場して調子を上げていくタイプ。それにタイムも、狙っていない試合の方が出ることもある」という話を、9月のヨーロッパ遠征から帰国時も、今年のニューイヤー駅伝前後にもしていた。

 昨年9月のヨーロッパ遠征は以下のように3連戦した。
9日:10km(プラハ)=28分56秒・16位
16日:ハーフ(ウスティ)=1時間00分17秒・8位
24日:マラソン(ベルリン)=2時間09分03秒・6位
 8月の時点でベルリンから逆算して、このスケジュールを組んだ。「特に理由はありませんが、試合の雰囲気を味わいたかった」と設楽。ハーフマラソンは「マラソンの中間点通過を意識して走ろう」と考えていた。日本記録を狙っていたわけではなく、「15、16kmくらいでやめるか、そこから流す」(小川コーチ)つもりだった。
 だが、設楽本人が「15kmを通過したとき、このまま押して行けば記録を狙えるのではないか」と思って、走り続けた結果の日本記録更新だった。

 前回の丸亀は7位で、日本選手間でも神野と大迫に終盤で引き離されて3位。これはリオ五輪後に故障でブランクが生じたことも影響していた。急仕上げでニューイヤー駅伝に合わせたが、2年続けていた最長区間の4区区間賞を逃した(区間13位)。さすがの設楽も、準備ができていなかったら走れない。
 それに対してこの1年間は、大きな故障もなく流れとしては怖いくらいに順調だ。
 2月の東京で初マラソン。2時間09分27秒で11位、日本人3位で世界陸上代表入りはできなかったが、20km通過は58分34秒という超ハイペースに挑戦していた(設楽自身は普通の感覚で走っていたが)。
 トラックシーズンは日本選手権10000mが15位。リオ五輪10000m代表の実績からすると物足りないが、4月から7月まで毎月2大会に出場し続け、そこそこの走りを続けている。2017年はトラックではなくマラソンで、という意識が潜在的にあったのではないか。
 そして9月の3連戦で上述の結果を残し、その後も、11月の東日本実業団駅伝こそ回避したが、八王子ロングディスタンス10000mで27分41秒97と、スパイクを履かずに自己記録を更新。12月の甲佐10マイル(約16.1km)でも45分58秒と日本記録に18秒と迫り、元旦のニューイヤー駅伝は4区(前年までと一部コースが変更)で区間賞。そして1月の全国都道府県対抗男子駅伝7区(13km)では、区間2位に49秒もの大差をつけた。

 連戦してマラソンに合わせた昨年9月の実績と、この1年間の流れから判断して、設楽悠が丸亀で自己記録(=日本記録)を更新しても、少しも不思議ではない。
 あとは、今年の気象コンディションやペース次第ということになる。
 5km毎の通過を見てみよう。
▼前回の丸亀優勝者のホーキンス
5km 10km 15km 20km 21.0975km
14分21秒 28分28秒 42分37秒 56分55秒 1時間00分00秒
14分07秒 14分09秒 14分18秒 3分05秒
▼前回の丸亀7位(日本人3位)の設楽悠
5km 10km 15km 20km 21.0975km
14分21秒 28分28秒 42分53秒 58分04秒 1時間01分19秒
14分07秒 14分25秒 15分11秒 3分15秒
▼ウスティでの設楽悠の日本記録
5km 10km 15km 20km 21.0975km
14分04秒 28分10秒 42分29秒 57分08秒 1時間00分17秒
14分06秒 14分19秒 14分39秒 3分09秒
※15kmまでは公式発表。20kmは小川コーチの計測

 丸亀はコースの特性上前半が速くなるが、10km通過が昨年より10〜20秒速くなっても、今の設楽悠なら持ちこたえられるのではないか。ハーフマラソン世界記録(58分23秒)保持者のタデッセ(エリトリア)昨年はマラソンに出場して失敗。どんな状態なのかわからないが、1時間を切る期待は持てる。タデッセに食い下がれば設楽悠も1時間前後でフィニッシュする可能性は十分ある。
 タデッセが世界記録を出したのは2010年だが、15年にも59分24秒で走っている。そのペースで走られたら設楽悠もつけないが、1人でリズムを維持できることが設楽悠の特徴。引き離されても最小限のペースダウンにとどめることができる。

 過剰な期待は禁物だが、設楽悠が10kmを28分10秒前後で通過したら…。

A前日会見(1) 神野の目標が「63分」と低めの設定の理由は?
 大会前日の記者会見で、前回日本人トップの神野大地(コニカミノルタ)は今年の目標記録と“走り方”を次のように話した。
「最大の目標は3週間後の東京マラソンです。そこに向けての練習として位置づけ、明日は63分前後のタイムで走りたい」
 63分は1km3分ペース。神野クラスの力の選手では、スローな部類に入る。昨年の神野の走りを思い出すと、「63分」と聞いたときには戸惑いさえ覚えた。

 神野の前回のタイムは1時間01分04秒。大迫傑(Nike ORPJT)に競り勝ち自信を得た。
 レース内容がアグレッシブだった。12kmでは優勝したホーキンス(英国)ら外国勢を含むトップ集団の先頭で引っ張った。16kmでホーキンスが抜け出し、日本人トップを大迫と争ったが、17kmでは大迫が5〜10m程度リードした。そのまま大迫が差を広げるかと思われたが、神野は17.4km付近でスパートするようにスピードを上げ、大迫と外国人2人の集団に追いついた。そして18km過ぎに再度スパートして、大迫を引き離したのである。
 初マラソンの福岡国際に向けて練習が佳境に入っていた昨年10月の取材時には、昨年の丸亀を次のように振り返っていた。
「僕もきつかったですけど、大迫さんもきつそうでした。あの大会は大迫さんが久しぶりのハーフ出場で、みんなが“大迫、大迫”と注目していたと思います。神野は山(箱根駅伝の5区)だけだろう、みたいな雰囲気もあって。(レース中は)ここで大迫さんに勝ったらスゴクねぇ? と思いながら走っていました。自分は高校時代は実績のない選手です。強い選手と走っていると燃えるものがあるんです」
 そのくらい強い気持ちで、神野は昨年の丸亀を走っていた。

 昨年12月の福岡国際マラソンの結果は、大迫の圧勝だった。2時間07分19秒で3位(日本人トップ)の大迫に対し、神野は2時間12分50秒で13位。丸亀から10カ月後には5分以上の差があった。
 ハーフとフルは、言うまでもなく異なる種目である。大迫はナイキオレゴンプロジェクトで独自のトレーニングを積んでいるが、神野も独自のフィジカルトレーニングを行い、走るメニューで以外で極限まで追い込むスタンスは、女子マラソンアテネ五輪金メダリストの野口みずきを彷彿させる。
 福岡国際マラソンの5分差を、両者の努力の違いと決めつけるのは無理があり、現時点では適性の違いと見るべきだろう。

 神野がフィジカルトレーニングで鍛えたのは、臀筋やハムストリングなど、体の裏側の筋肉だった。ところがレース後に筋肉の張りなどの疲労度を確認すると、臀筋やハムストリングの疲れはほとんどなかったという。鍛えた部位を使えず、変わって大腿前面の四頭筋が疲労していた。
 これは神野が実は緊張するタイプで、福岡ではそれがはっきりと現れて、動きを硬くしてしまったことも一因だという。
 それともう1つは、これも緊張していたことと関係していたかもしれないが、前半からエンジンを全開にするような走り方をしていたこと。つまり、ハーフのような走り方を、フルマラソンでもしていたことになる。
 マラソン練習を1人で行っていたことも一因と考えられ、陸連ニュージーランド合宿に出発する際に、他の選手と一緒に走ることにも慣れたい、と話していた。

 今日の会見で神野は、明日のレース出場の狙いが3つあるとコメントした。
「まずはレース勘を取り戻すことです。試合でしか味わえない緊張感もありますし、それを東京マラソンの3週間前に経験しておくことです。2つめは集団でどう走るのが楽なのかを見つけること。練習では身につけられない部分です。そして3つめは、マラソンと同じ3分ペースで走ってみて、余裕度を確認することです。それらを試してみて、東京マラソンに向けてどういうトレーニングを組んでいくか。現状でいいのか、修正していくのかを考えます」

 昨年の丸亀は大迫に競り勝つことで、マラソンに向けて気持ちを高めていけたし、ハーフの走り方では持たないというのも感じることができた。だから「レイヤートレーニング」と名付けた負荷の大きいフィジカルトレーニングを実施した。
 しかし、そのトレーニングをマラソンに生かせなかった。
 その流れで今年の丸亀を迎えることになり、何をすべきかを考えた結果が、「63分」というマラソンと同じペースで走ることだった。
 前回の丸亀が“ハーフをフルスロットルで走った”とするなら、今年の丸亀は“ハーフをハーフスロットルで走る”としたい。
 同じ選手でも年によって走り方が変わるのも、丸亀の特徴といえる。


B前日会見(2) 風が吹かなければ59分台ペースか?
 丸亀国際ハーフマラソンは例年好ペースで展開し、好タイムが出ている。
 が、実はペースメーカーはいない。勝敗にそこまでこだわらなくていいレースということもあり、選手たちは積極的に走れるのである(選手個々の目的として、勝敗にこだわるケースもあるが)。

 明日のレース展開のイニシアチブを握るのはゼルセナイ・タデッセ(エリトリア)だろう。58分23秒と、この種目の世界記録保持者。36歳で世界記録も2010年と8年前だが、リオ五輪も1万mで8位に入賞している。他の選手たちがタデッセの前を走るのは、ちょっとできないのではないか。
「トレーニングは順調にしてきたが、タイムの目標は気候によって変わる」と、最初は目標タイムを明かさなかった。もしも風が吹かずに前日と同じような気温であれば? と質問されると「コースがフラットなら59分くらいは目指したい」とコメントした。

 箱根駅伝2区区間賞のドミニク・ニャイロ(山梨学大)も、「目標は59分台」とロビーで会った際に話していた。風が強く吹くという予報もあるが、例年のようなコンディションであれば59分台を狙うペースで外国勢は走りそうだ。

 日本勢で会見に出席したのは佐藤悠基(日清食品グループ)、設楽悠太(Honda)、神野大地(コニカミノルタ)。茂木圭次カ(旭化成)の4人。Aで紹介したように神野は63分が目標タイムなので抑えた走りをしそうだが、設楽はトップ集団につく可能性が高い。
「昨年9月の海外遠征でも、マラソンの1週間前にハーフに出て記録を出しました。周りからは色々な(批判的な)声がありましたが、あれが僕のやり方。今回はマラソンの2週間前に10マイル(唐津)、その1週間前が明日のハーフ(丸亀)です。マラソンに悪い影響はないですし、試合で作っていくのが僕のやり方。通過点ではなく、全力で丸亀を走ります」
 59分前半のペースだと速すぎるが、1時間をちょっと切るペースなら、自身の持つ1時間00分17秒の日本記録更新を狙う設楽の、注文通りの展開になる(@参照)。

 佐藤悠基も設楽悠太、神野と同じように東京マラソンに出場する。
「タイム設定はしていません。天候がどうなるかわかりませんし、レースがどう動くかもわからない。レースプランはレース中に考えたい。一番はゴールまでしっかりと走って、東京マラソンへの弾みがつくレースとしたい。時期的に、マラソンの前半を意識して走りたいと思っています。この後はもう東京まで、大した練習はしませんから、明日のレースが最終的な仕上げの走りになります。ここまでのマラソン練習の総仕上げ的な位置づけになります」

 具体的なタイムを明確に話したのが、茂木圭次カだった。
「2年前に丸亀で出した1時間00分54秒(日本歴代6位)の自己記録を更新が目標です。前半からハイペースになると予想していますが、落ち着いて、ペースを乱さず、後半を粘るようにしていきます。今後のマラソン挑戦も考えていますから、マラソンにもしっかりつなげられるようにしたい」
 仮に59分台のペースになった場合、どこまで先頭集団につくか、どこで余力をもって離れるか。その判断が明暗を分けるかもしれない。
 旭化成からは東京マラソンに出場する市田孝、びわ湖マラソンに出る村山謙太もエントリーしている。ニューイヤー駅伝では3区で市田孝が、5区で村山謙太が区間賞を取っている。村山も大学3年時の4年前に出した1時間00分50秒の自己記録更新が目標だという。

C男子は設楽悠太が日本人トップ。丸亀でも見せた独特の調整法
公式サイトのリザルトページ
 今年のレースは寒さと強めの風のなかで行われ、男子のエドワード・ワウエル(NTN・ケニア)は1時間00分31秒、女子のベッツィ・サイナ(ケニア)は1時間09分17秒が優勝タイム。悪コンディションを考慮すれば、2人とも悪い記録ではない。
 日本勢ではワウエルに13km付近まで食い下がった設楽悠太(Honda)が2位で、タイムは1時間01分13秒。女子は前半は第2集団で走った森田香織(パナソニック)が、後半で福士加代子(ワコール)を逆転して日本人トップ。1時間10分10秒と、悪コンディションのなか自己記録を1秒更新した。
 また、日本人2位には最初の5kmを14分00秒で飛ばした村山謙太(旭化成)が、後半も崩れず1時間01分42秒で入った。
 男女の日本人トップと男子の日本人2位の3人(3人とも双子選手という珍しいケースとなったが)は、丸亀の結果をどういう形で生かしていこうとしているのだろう。

2018年丸亀の上位3選手のスプリット
選手 5km 10km 15km 20km フィニッシュ
ワウエル 14:10 28:01 42:28 57:15 1:00:31
13:51 14:27 14:47 3:16
設楽悠太 14:10 28:02 42:39 57:53 1:01:13
13:52 14:37 15:14 3:20
村山謙太 14:00 28:02 43:06 58:29 1:01:42
14:02 15:04 15:23 3:13

 設楽は自身の結果を「評価としては満足できる」と話した。
「今回は勝つレースにこだわって日本人トップを取ることができました。(村山の飛び出しには)付く気はなかったです。外国人選手に付こうと思っていて、(ワウエルが村山に追いついたので)自分も追いついた。後半は(向かい風に)苦しめられましたが、よく走れた方だと思います。(反省点は)特にありません。ワウエル選手には付いて行けませんでした。相手が強かった。そこは修正できた部分ではありません。最悪のコンディションのなか61分台で走ることができ、力がついていると思いました」

 1週間後に唐津10マイルを走り、3週間後の東京マラソンが直近の最大目標だ。同じ東京マラソンに出場する佐藤悠基(日清食品グループ)や神野大地(コニカミノルタ)はマラソンの前半を意識して、かなりの余力を持って走った。しかし設楽はBでも紹介したように、丸亀をほぼ全力で走った。
 設楽も東京に合わせるための丸亀と唐津だが、そのために調整レースも思い切って走る。これは調整法の違いであり、設楽が自身で、その方法が自分に合っていると感覚で判断している。
 昨年9月以降は駅伝の区間も含め、日本選手には1回も負けていない。圧倒し続けていると言って良い。その理由を問われると次のように答えた。
「土日は練習がフリーなので、試合に出ないと僕はサボってしまう。試合に出ることで走り込めるので、試合が増えている分、昨年よりも結果につながっています」
 若干のユーモアも交えていると思われるが、これは設楽の本心と推測できる。要は、試合で強い負荷をかけた方が状態を上げて行きやすい、ということだろう。

 東京マラソン出場を表明した会見では、日本記録の2時間06分16秒更新が目標だと話した。それも設楽の本心だが、丸亀のレース後に東京に向けての仕上がりを問われると「順調に来ていると思いますが、残り3週間何があるかわかりません。東京マラソンはこれくらい、とはまったく考えていません」と答えた。
 “これくらい”がタイムなのか、自身の体調なのか、あるいは別の何かなのか。チームメイトでさえ設楽の“感覚”を正確に理解できないようだが、その独特の“感覚”が設楽の爆発的な走りの背景にあるのは間違いない。
 丸亀をほぼ全力で走った調整法が正しかったと、東京マラソンの“走り”で証明する。

D女子は森田香織が日本人トップ。“印象”を大きく変えるレースに
 一日にして評価が変わったと言ったら少し大げさだが、森田香織(パナソニック)の“印象”が変わったのは事実だろう。周囲が森田を見るときの“印象”もそうだが、本人の“長い距離への印象”も丸亀の1本で明らかに変わった。

 昨年11月のクイーンズ駅伝。1区のコースは仙台開催になって上りが厳しくなったが、スピードランナーたちが集う傾向はより大きくなっている。北京世界陸上5000m9位の鈴木亜由子(JP日本郵政グループ)、1500mで16年日本選手権優勝の木村友香(ユニバーサルエンターテインメント)、5000mと1万mの2種目で昨年の日本選手権4位の一山麻緒(ワコール)、昨年の日本選手権3000mSC優勝の森智香子(積水化学)らが競い、そこで区間賞を取った森田は18年トラックの注目選手に躍り出た。
 パナソニック・チーム内においても、3区区間賞の堀優花(パナソニック)はトラックでもアジア選手権代表になった選手だが、タイプとしてはスタミナ型という安養寺俊隆監督の評価だった。それに対して森田香織はチーム一番のスピードランナーと言われてきた。

 昨年12月の山陽女子ロードが初ハーフ。1時間10分11秒で走ったが、森田は自身がハーフマラソンを走りきれる選手とはまだ考えなかった。丸亀のレース前日の会見では、目標タイムは「1時間10分を切ること」としたが、そのために「前半から攻めるのでなく、一定ペースを刻んで後半ペースアップする。トラックシーズンの5000m、10000mに向けて距離の余裕度を出すためのハーフにしたい」と話していた。

2018年丸亀の上位2選手と福士のスプリット
選手 5km 10km 15km 20km フィニッシュ
サイナ 16:16 32:15 48:51 1:05:35 1:09:17
15:59 16:36 16:44 3:42
森田香織 16:30 32:53 49:27 1:06:23 1:10:10
16:23 16:34 16:56 3:47
福士加代子 16:15 32:31 50:11 1:09:01 1:13:17
16:16 17:40 18:50 4:16

 翌日のレースも前半は福士加代子(ワコール)にはつかず、5kmでは第2集団で、(先頭集団が分裂したため)10kmでは第3集団でレースを進めた。森田が長い距離への強さを見せたのは、折り返し(10.5km過ぎ)後の向かい風となった部分である。
「10kmまでは1km毎3分15〜18秒で刻んで行きましたが、折り返し後も2〜3kmは落とさず走ることができて前との差も詰まり、先頭を抜けるかもしれないと目標を持って走ることができました。きつくなった箇所もありましたが、耐え抜くことができました」

 クイーンズ駅伝後の練習を振り返ってもらった。
「ポイント練習はチームのメニューでしたが、ジョッグの時間を長くとるようにしました。朝は基本、20kmは走って、ポイント練習後のダウンも40〜50分はやるようにしました。1月の総距離は1000kmくらい行ったと思います」
 それでも、意識としては駅伝までの練習と大差がなかった。チーム全体がこの1年で、選手各自が自発的に走る量を増やして強くなってきた(クイーンズ駅伝2位)。8月の走行距離も森田香織、堀、渡邊奈々美の3人は1000kmを超えていたのだ。駅伝後の練習というよりも、1年間の練習でハーフを走りきる走力がついたと見るべきだろう。

 とはいえ、森田自身にとっても予想以上の走りで、手応えも十二分に得られた。
 落ち着いた話しぶりだったが、言葉が弾んでいた。
「自分がマラソンを走っている姿がほんのちょっと見えてきました。マラソンは、先週の大阪国際女子がとても印象に残っています。同い年の松田(瑞生・ダイハツ)さんと、1個下の前田(穂南・天満屋)さんが活躍するのを見て、今まで遠い存在だったマラソンが自分もできるかもしれない、チャレンジしてみたいと思い始めました。2020年はトラックで出たいとずっと思っていましたが、今はすこーしマラソンで出てみたい、という気持ちになっています」

 2018年シーズンの目標は「5000mが15分10秒台、10000mが31分半、ハーフは1時間9分台をコンスタントに」という数字を考えている。クイーンズ駅伝1区のラスト400 mのスパートも鮮烈だった。東京五輪にマラソンで挑戦するイメージを持てたが、「まだわかりません」と、トラックの可能性も(大きく?)残す。
 昨年の丸亀ハーフ男子日本人1〜3位だった神野大地(コニカミノルタ)、大迫傑(Nike ORPJT)、設楽悠太は、この1年間でマラソンに進出した。女子日本人1位だった松崎璃子(積水化学)は全日本実業団陸上10000mに、同3位だった森智香子(同)は日本選手権3000mSC優勝に優勝した。
 森田香織はどちらのパターンになるのだろうか。

E男子優勝のワウエルは日本が主戦場の選手。女子優勝のサイナはマラソンで東京五輪挑戦へ
 男子では設楽悠太(Honda)が2位、女子でも森田香織(パナソニック)が2位と健闘したが、男女とも優勝者は今年も海外勢。男子は日本の実業団所属のエドワード・ワウエル(NTN)が1時間00分31秒、女子はリオ五輪1万m5位のベッツィ・サイナ(ケニア)が1時間09分17秒で優勝した。

 男子でレース前の注目度が高かった世界記録(58分23秒)保持者のゼルセナイ・タデッセ(エリトリア)は4位、女子のロンドン世界陸上銀メダルのエドナ・キプラガト(ケニア)は12位。タデッセ36歳、キプラガト38歳、7位の日本記録保持者の福士加代子(ワコール)も35歳。ベテラン勢にはスタート時で3℃の寒さが不利に働いたのかもしれない。
 しかしその寒さの中、ともに自己新をマークした男女の優勝者は高く評価される。
「ケニアでハードなトレーニングをしてきたので、59分台を目指していましたが、寒かったので達成できませんでした。でも、レースを楽しむことはできました。勝てたことは誇りに思います」(ワウエル)
「前半10kmは(追い風で)楽に走ることができましたが、後半の10kmは大変でした。コンディションの悪い中でも自己記録を更新できてハッピーです。2018年最初のレースで勝つことができたので、自信になります。今年が良いシーズンになりそうです」(サイナ)

 ワウエルは日本の大会を主戦場にしている点が特徴だ。
 日本の実業団に在籍するということは実業団駅伝で頑張ることを意味しているが、母国の代表を狙ったり、26分台レベルのダイヤモンドリーグ10000mや60分を切るレベルのハーフマラソンなど、海外の賞金の出る大会に積極的に出場する選手もいる。それに対してワウエルは、手元の資料では5000m、10000mとも自己10番目までの記録はすべて日本のレースで出している。ケニア国内でも2013年と15年には世界陸上トライアルに出場したが、途中棄権に終わっている。

 ニューイヤー駅伝のインターナショナル区間の2区では区間賞2回のほか、下記の成績を残してきた。
2011年 区間4位・22分31秒
2012年 区間1位・22分29秒
2013年 区間3位・22分29秒
2014年 区間1位・22分15秒
2015年 区間3位・22分43秒
2016年 不出場
2017年 不出場
2018年 区間2位・22分38秒

 来日1年目も区間4位と悪くないが、2年目以降は出場した全てで区間3位以内。チームへの貢献度は絶大である。さらに、五輪&世界陸上10000mで4個のメダルを取り続けているポール・タヌイ(九電工)や、5大会連続入賞中のビダン・カロキ(DeNA)に何度も勝っている。ワウエルは国際大会の実績こそないが、ワウエルの力は世界トップクラス。「59分台を出したかった」と残念がったのも当然だろう。
 次の目標を質問されると、「4月に岐阜でハーフマラソンを走ります。特に目標というのは考えていませんが」と答えた。我々はアフリカ選手というくくり方でケニア・エチオピア選手を見てしまうが、同じ価値観で走っているわけではない。欧米を中心に(近年ではアジアでも増えている)賞金マラソンや、賞金の出るロードレースで生活している選手がいるのと同様に、ワウエルは日本の大会を中心に出場しながら、実力は世界レベルに達している。
 今年の丸亀は、そういった選手もいることを我々に見せてくれた。

 女子優勝のサイナは対照的に、五輪&世界陸上で結果を残すことを目標にしている選手だ。
 2009年頃から各種目で記録が残っているが、10000mで初31分台を出したのは2012年で24歳のシーズン。早熟でもないし、遅咲きとも言えない。米国のアイオワ州立大に留学していて、卒業後も米国を拠点としている。
 5000mの14分台と10000m30分台は2014年が初めてで、五輪&世界陸上は2015年北京世界陸上が初出場で10000m8位に入賞した。そしてリオ五輪が10000m5位で、記録も30分07秒78と29分台に迫ってきた。

 今後はメダルや、29分台を目標とするのだろうか?
「2020年東京五輪はトラックとは限りません。マラソンかもしれませんね。リオ五輪後はロードレースにシフトしてきています」
 2016年10月にハーフマラソンを1時間07分22秒の快記録で走った(@英国グラスゴー)。150mの距離不足が判明したが、ロードへの手応えを得ただろう。そして昨年2月の東京で初マラソンに臨んだが、結果は途中棄権。2レース目のニューヨークシティも途中棄権した(両レースとも何km地点かは不詳)。
 自信を失いかけていたが、上記のコメントから察するに、丸亀の結果で再び自信を取り戻したのだろう。

 丸亀を走ってマラソンにつなげた選手は多い。
 男子は前回カルム・ホーキンス(英国)が1時間00分00秒で優勝し、女子はユニス・キルワ(バーレーン)が1時間08分07秒で制した。ホーキンスは半年後のロンドン世界陸上のマラソンで4位と健闘し、キルワも6位に入賞。女子では丸亀2位のエイミー・クラッグ(米国)が世界陸上で銅メダルと快走した。ホーキンスとクラッグは、アフリカ勢以外では最高順位だった。
 サイナは会見の最後に「2020年にまた日本に来て、マラソンで走りたい」と自身に言い聞かせるように話した。日本で初マラソンに失敗したが、再起のきっかけもつかんだ。
 2020年へ注目し続けるべき選手が、今年も丸亀で現れた。

F実業団1年目の鈴木洋平が日本人3位。ブレイクの予感漂う成長株
 実業団ルーキーの鈴木洋平(愛三工業)が1時間01分53秒で9位、日本人3位と健闘した。同2位の村山謙太(旭化成)とは11秒差にとどめたのである。この2シーズンは駅伝でそれなりの活躍をしていたが、早大3年時までは出雲、全日本、箱根の学生駅伝に出場したことすらなかった。その鈴木が丸亀の豪華メンバーの中で日本人3位に入ったことは、ちょっとしたサプライズと言えただろうか。
「目標は1時間01分30秒でしたが、天候が悪かったので自己記録の1時間02分16秒を抜きたかった。外国人が仕掛けてきたのに反応できず入賞を逃してしまいましたが、日本選手の多くが15〜20kmでペースダウンしたところを、イーブンに近いペースで刻めた(10-15km15分00秒・15-20km15分10秒)ことは今後にプラスになると思います」
 愛三工業の井幡政等監督も「外国人選手を含め、名のある選手たちの中でキチッと走ってくれました。高く評価できる」と、チームの元気印の走りに満足していた。

 大学3年まで10000mの自己記録は29分57秒58と、学生でもまったく通用しないレベル。「ムチャ練を続けてしまい、色々な箇所の故障を繰り返していました」。“やらなければ”という意識が強く、身体の悲鳴に正しく対応できなかった。
 4年時から練習のやり方を改め、トレーニングを継続できるようになると徐々に結果も出始めた。3月の日本学生ハーフマラソンでは389位だったが、5月には5000mで自身初の13分台をマークし、6月には10000mで29分19秒76と自己記録を大幅に縮めた。9月の日本インカレ5000m11位は、3年時までの鈴木からは考えられない結果である。
 10月の出雲駅伝4区区間賞で駅伝ファンを驚かせると、11月の全日本大学駅伝3区区間2位、年が明けて箱根駅伝4区区間3位と駅伝で区間上位を続けた。その間に11月の上尾ハーフ7位(前述の1時間02分16秒)にもなり、2月に地元の愛媛マラソンに出場したのは卒業記念的な意味合いが強かったが、2時間14分56秒で川内優輝(埼玉県庁)に次いで2位に入った。

 早大から愛三工業に入社した選手は珍しい。エスビー食品から移籍した櫛部静二(現城西大監督)に次いで2人目だという。
「最初は一般就職をすることを考えていましたが、やはり陸上競技をやりたいと思うようになったときに最初に声をかけてくれたのが愛三工業でした。櫛部さんは目標とする先輩でしたし、マラソンで日本代表になろうと考えて入社しました」
 鈴木の練習のやり方をスタッフが理解し、「オンとオフをしっかり分けたり、ロード練習が続く時期にもクロカンを入れたりしてやっている」と井幡監督。
 トラックシーズンはレースの本数も増え、アベレージが格段に上がった。10月には10000mで自身初の28分台で走ると、11月の中部実業団対抗駅伝最長区間の4区で区間賞を獲得。大石港与(トヨタ自動車)の不調もあったが、27分ランナーに勝ったこともちょっとしたサプライズだった。
 元旦のニューイヤー駅伝も最長区間の4区で区間6位。中部よりも、こちらの方が価値は上だろうか。
「自分の力がこの1〜2年でついているのはわかっていましたが、テレビで見ていた選手たちと肩を並べて走ることができて手応え……というよりも、幸せでした。日本のトップ選手たちにも引けを取らない。自分の走りができれば丸亀でも戦えると思いました」
 丸亀の10km通過は28分26秒で、学生の塩尻和也(順大3年)と片西景(駒大3年)は15〜20m前を走っていた。その2人に追いついたとき、鈴木は「一緒に前を追おう」と声をかけたという。「実業団の僕が引っ張ろうと。学生には負けたくありませんでした」と、実業団ランナーとしての自負も持ち始めている。

 今後は、目標のマラソンに挑んでいく。まずは3月のびわ湖で2度目のマラソンを走る。
「あまりタイムは意識していないのですが、30kmまではペースメーカーについて、そこから先の競り合いを体験したい。世界との差を見せつけられるかもしれませんが、自重していたら今後に生かせません。まだ本格的なマラソン練習はしていませんが、今の力と今の練習でどこまでできるか試してみたい」
 昨年の愛媛マラソン前は、「40km走1本と30kmのビルドアップが1本」で出場した。今年も「40km走2本と30kmのビルドアップ1本」で臨む予定だが、丸亀の走りで前年よりも地力が大きく上がっていることは実証した。30kmまで集団につくことも不可能ではないだろう。
 だが3月の世界ハーフマラソン(バレンシア)の代表に選ばれれば、「初めての世界大会になるので」と、世界ハーフにシフトする。どちらを走っても、貴重な経験になるのは間違いない。

 若手選手が丸亀の経験を、次につなげていく例も多く見られる。昨年は片西が丸亀14位できっかけをつかみ、3月の日本学生ハーフ3位、8月のユニバーシアード金メダルとステップアップした。対照的に塩尻と栃木渡の順大勢は振るわなかったが、丸亀で明確になった課題に取り組みトラックシーズンの好タイム(塩尻27分47秒87、栃木28分19秒89)につなげた。
 鈴木が今後、どういう形で生かしてステップアップしていくのか。「やっていることに間違いはない。手応えを感じられました」と言う鈴木への期待が丸亀で一気に膨らんだ。


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