2017/4/15 日本選手権50km競歩前日
ロンドン世界陸上残り2枠に対し荒井、谷井、森岡の国際大会実績トリオが出場
牽制しあう可能性も、日本記録更新の可能性もある“内容の濃い戦い”に注目
明日の日本選手権50kmWは、かなり内容の“濃い”争いになりそうだ。
まずはロンドン世界陸上代表争いだが、昨年10月の全日本競歩高畠大会で初50kmWながら小林快(ビックカメラ)が3時間42分08秒の日本歴代4位で優勝し、一足先に代表入りを決めている。残る2枠を荒井広宙(自衛隊体育学校)、谷井孝行(同)、森岡紘一朗(富士通)の3人が争うと見られている。五輪&世界陸上のメダリスト、または入賞者から1人が外れてしまうすさまじい戦いになるのだ。
谷井は14年アジア大会金メダルで15年世界陸上の代表権を取り、15年世界陸上銅メダルの成績で16年リオ五輪の代表は決めていた。谷井は前日会見で「過去2回は代表に内定した状態で出場していたので、記録を狙って1人で飛び出すレースもできましたが、今回は代表権獲得が第一の目標になります。臨機応変にレースを進めていきたい」と、今年の違いを強調した。
リオ五輪銅メダリストの荒井も「残り2枠しかない。タイムよりも勝負重視」と言い、テグ世界陸上(6位)、ロンドン五輪(7位)連続入賞の森岡も「世界陸上、オリンピックのメダリスト2人が相手。厳しいレースになる」と認める。
顔ぶれ的には間違いなく、競歩史上最高レベルである。
日本の競歩史上初めて“日本人メダリスト2人”が対決し(20kmWでは2月の日本選手権に一緒に出場している)、近年精彩を欠いているとはいえ、日本記録保持者で50kmW五輪初入賞者の山崎勇喜(自衛隊体育学校)も背水の陣で臨んでくるだろう。山崎、谷井、荒井と日本歴代1〜3位が揃う。
20km競歩日本歴代2位の高橋英輝(富士通)も初50kmWに参戦。鈴木雄介(富士通)も50kmWに出場したことがあるが、高橋が完歩すれば50kmWを歩いた20km最速記録保持者となる。高畠で2位(3時間53分41秒)の勝木隼人(自衛隊体育学校)、初50kmWで同大会4位(4時間02分36秒)の丸尾知司(愛知製鋼)も期待されている選手たち。
日本人初の3時間40分突破は誰がやってのけても不思議ではないが、これからの競歩はより内容の濃い戦いになっていく。
前日会見に臨んだ3人は異口同音に「パーフェクトな準備ではない」とコメントした。その意味するところは三者三様だが、そこを理解して見ると、競歩がより面白く感じられる。
谷井は35歳になったが、さらにまた動きの進化を追求している。
「自分が求めているのは出力を上げる、ピッチを高める、というところではありません。周りがペースを上げたとき、自分がペースを上げたいところで自然に体が反応することです」
これは国際レースで頻繁にある、細かいペースの上げ下げを想定してのこと。そのときに「ストレスを小さくし、余分な力を使わない」ことが目的だ。そのための動きをいくつも試行錯誤してきた。1つの動きを徹底して行ってくることができなかったため、準備不足の状態になった。
それでも「残り2週間で固めてきた」という。短期間で自分のものにできていれば、34歳のベテランの真骨頂といえるだろう。
荒井に求められているのは、五輪メダリストのさらなる進化だろう。
先輩の谷井は昨年、そこに失敗してリオ五輪では14位と敗れた。昨年の日本選手権では接地のから体重移動の感覚が崩れ、本番までに立て直すことができなかった。メンタル面でも焦りが生じ不眠症にもなった。日本競歩界のエースの重責を1人で“背負ってしまった”のだろう。
その点、荒井は少し違っているようにも見える。先輩の谷井や森岡が、一緒にロンドン世界陸上のメダルを目指している。若手の小林も台頭してきた。“自分がやらないといけない”意識もないはずはないが、荒井のコメントには「日本の競歩界で」という言葉が多く出てくる。「リレーは1種目1個しかメダルを取ることはできませんが、競歩は3人取ることもできる」というコメントからも、荒井の考え方が感じられる。
「(高校では)県レベルの選手だった自分がオリンピアンになって、さらにはメダルを取ることもできました。人生の中で、以前は考えていなかったことが起きたんです。11月くらいまでは夢心地だったかもしれません」
国際大会で結果を出す強い意思はあった。「ロンドン五輪に出られなかった後、リオ五輪に全てを懸けていた」と言う。だが、日本の先頭を走っている意識はそこまで強くなかったのではないか。20kmのスピードでは高校の先輩の藤澤勇(ALSOK)が上だったし、50kmWでは同じチームに山崎や谷井がいた。先輩たちの背中を追いかけてきたら、いつの間にか自分がメダリストになっていた。
荒井のキャラクターもあるのか、五輪メダリストの肩書きが重荷になっている様子は感じられない。去年は直前にインフルエンザにかかったが? という質問に、「今年は小さな故障がありました。右足の腱鞘炎で2週間くらい」とあっけらかんと話す。
パーフェクトでなくともなんとかしてしまう強さを身に付けたら、メダリストのさらなる成長といえるだろう。
森岡の立場の特徴は、メダリスト2人に立ち向かわなければならない点だ。その難しさは森岡自身が一番感じている。
「やはりメダリストは力がありますし、記録的にも高いものを持っている。(こんな状況は)初めてというくらいに、レベルの高さを感じさせられます。尊敬するメダリストが身近に2人もいたんです。ただ、年間を通じて合宿するなかで、まったく通じないわけでもない、チャンスはあると感じています。自分も同じ舞台で戦わないといけない」
誰が飛び出す可能性があるかを森岡に質問すると「そればかりは、いくら親しくても言ってくれないんです」と笑顔で、勝負の厳しさを指摘した。何か特別な対策を、講じてきたわけでもないという。
「メダリストはどの場面でも力を発揮してきますが、相手の状態を判断することも含め、最大限、その場でできることをする。それがわかっているからこそ、1日1日、最善を尽くすしかないと思ってやってきました。全体としてみたらトレーニングは順調でした。結果として勝った負けたはついてきますが、自分の力を最大限発揮したなかで代表もついてくることです」
メダリスト2人と対決する現実から目を背けず、自身の力で堂々と立ち向かおうとしている。
これだけのメンバーが揃ったレースを1つの言葉で言い表せるか、という質問に対し、谷井は次のように答えた。
「(1つの言葉は)思いつきませんが、これだけのメンツが揃ったので、もしかしたら明日は牽制し合う展開になるかもしれませんし、誰かが飛び出したら日本記録を更新する可能性もある。少なくとも、世界レベルの戦いにはなります。それを多くの皆さんに楽しんでもらいたい」
初の五輪メダルを取った後の日本選手権は、日本競歩界の成長を感じられる濃い内容のレースが期待できそうだ。
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