2015/7/3 日本選手権混成前日
2人の“アジア王者”の激突
昨年の仁川アジア大会金メダリスト右代が復調に自信
中村は6月の武漢アジア選手権優勝で成長を確信
「お互いを高め合う勝負を」

@“共闘”したアジア大会
 2人の“アジア王者”が激突する豪華な日本選手権。そして、2人の8000点台選手が出場する初めての日本選手権でもある。

 昨年の仁川アジア大会で24年ぶりの金メダリスト(8088点)となった右代啓祐(スズキ浜松AC)は、“アジア王者”になったことを、海外に出たときに実感している。
 今年3月の取材で、アジア大会について以下のようにコメントしてくれた。

「アジア・チャンピオンにならないと、その上には上がれないと考えていました。僕の場合は一歩一歩でしか、競技人生の階段を上がれません。最終目標と目の前の目標をしっかりと定めてやってきました。2010年のアジア大会(中国広州)は力が全く発揮できませんでしたが、世界陸上2回(11年テグと13年モスクワ)、ロンドン五輪(12年)と経験して、昨年のアジア大会で金メダルを取れば次の世界が見えると思ったのです」

「実際に取ってみて、生活は何も変わらないのですが、世界観みたいなものは変わってきました。1月にアメリカで合宿したのですが、練習に使わせてもらっていた大学で違う種目のコーチが陸上雑誌を手に近寄ってきて、『オマエはデカスロンのウシロか?』と質問してくるんです。世界でも、アジア・チャンピオンとして認められていることがわかりました。これは下手なことはできないな、と良い意味でプライドが高くなりましたね」

 一方の中村は、昨年のアジア大会で銅メダルだったが、7817点の海外自己最高記録。昨年の日本選手権で8035点と日本人2人目の大台突破を果たしていたが、記録が落ちるのが普通の海外の試合で、自身のセカンド記録をマークした。

「アジア大会は右代さんと“共闘”していくことを考えていました。銅メダルという結果は個人としては悔しいのですが、2人そろってメダルを取ることができたのは、陸上競技では男子マラソンと十種競技だけ。海外で2人で結果を残せたことはすごく嬉しいことでした」

 右代が次のようなエピソードを話してくれた。
「400 mを前の組で走った後に『右代さん、前半の風は気にせずに行った方が良いですよ』とアドバイスをしてくれました。普通、ライバルにはそういう言葉はかけないですよ」

Aアジア選手権とゲッチスに別れて出場。それぞれの収穫

 昨年のアジア大会では“共闘”した2人だが、今年最初の国際大会は右代がゲッチス(5月30〜31日・オーストリア)、中村がアジア選手権(6月6〜7日・中国武漢)と“別闘”した。 ※別闘は造語
 結果が良かったのは中村の方で、7816点で優勝して世界陸上代表入りに大きく前進した(日本選手権出場が条件で、よほどのことがない限りは代表に決まる)。
 TBS陸上Facebookに書いたように、アジア大会と1点差という安定感を示したが、違いは日本選手1人の状況で出したこと。
「試合中に外国選手や審判とも、コミュニケーションを積極的にとれたことが今までと違う部分でした」

 中村は「日本と外国(国際大会)では、種目が違うくらいにガラッと変わるのが混成競技」だという。日本では朝の9〜10時に始まって、夕方の17〜18時まで、というタイムテーブルが一般的。海外では「午前中に3種目やって昼休みをはさんで午後の7時か8時に再開して、(初日最終種目の)400 mが夜の10時。その後にダウンをして食事をして就寝して、翌朝また10時から競技をする」という。
 控え室もしっかりと指定されていて、IDコントロールも厳しくなるため、国内大会のように自由に動き回ることもできない。
「種目の間を誰ともしゃべらないで音楽を聴いている方法もありますが、顔を知っている選手とこうだったよな、としゃべっているのではストレスが違います」

 4月の日本選抜和歌山大会で8043点と、昨年の日本選手権で出した日本歴代2位を8点更新した。海外ベストを更新したかったところだが、2日目は気象条件も悪くなったなかでの1点違い。さらに、動きの面でも手応えがあった。
「アジア選手権は疲れてくる種目でも、アップをするといつも以上に動いていて、余裕を持って試合を進めることができました」
 条件が良くなる日本選手権で記録を伸ばす可能性は高まった。

 一方の右代は、4月の和歌山で中村に敗れていた。約6年ぶりの対日本選手敗北。7739点ではどうしようもなかった。TBS陸上Facebookには松田克彦コーチの
「(和歌山と日本選手権で日本新を出した)昨年と同じ冬期トレーニングをする方法もありましたが、右代はもう一段階上げたいと考えて、全体的に底上げをする新しい挑戦を取り入れました。それが、試合でまとまりきれていなかった」
 というコメントを紹介したが、不安のあった内転筋を、2種目目の走幅跳で少し痛めた影響もあった。

 日本選手権前日の会見で、右代は次のように話した。
「今年に入って走幅跳の助走のリズムを変えています。踏み切り前の減速を抑えるため、刻むような助走に変えて、練習ではできているのですが試合では噛み合っていない部分がある」
 それが内転筋を痛めた一因だと思われるし、走幅跳の記録はゲッチスでも6m74にとどまっているので(和歌山は6m67)、課題の克服は日本選手権に持ち越された。だが、TBS陸上Facebookで紹介したように、メンタル面も(帰国後に)動きの面も一気に良い方向に向かいだした。

「ゲッチスはトップ争いも観客の応援も、オリンピックや世界陸上とは違う雰囲気の盛り上がり方でした。投てき種目は世界でも通用することも、実感できました」

 アジア選手権とゲッチス。別々の国際大会に出場した“アジア王者”は、それぞれの国際試合の特性に応じた収穫を得て帰国。その流れが日本選手権でどう現れるかが注目される。

B長野で史上2度目の8000点台の競演を

 日本選手権混成では、昨年に続く8000点台の争いが期待される。中村は、右代に勝って連勝をストップさせたい気持ちがないわけではないが、8100点の五輪標準記録(世界陸上標準記録は8075点)をより具体的な目標としている。
「今年は和歌山で1勝していますし、(2位が続いている)過去3年間より勝負をしたい気持ちは強いのですが、やはり自己記録で250点差があったら、(記録が上の選手は)余裕があります。日本選手権も勝ちに行くとはいえませんし、勝負をできるところまで自分の記録を伸ばすことを優先したい。10個をキチンとこなして、その結果で勝てたら良いですね」

 アジア大会のような“共闘”ではないが、試合中に「バチバチ」はやらないという。
「それをやってもストレスになるだけなので、(勝負に行く気持ちが例年より強いといっても)いつも通りに協力するところは協力して、お互いに高め合っていきたい。そうすることで、2人で出場したときのパフォーマンスが上がってくる。その試合の勝負も大事ですが、1つ上のステージを見据えた戦いをしたい」

 対する右代も、勝負よりも記録を重視したコメントをしている。
「ゲッチスをはさんで走りの改善をして、日本選手権は最高の状態で迎えらると実感しています。日本記録を再び更新して、北京世界陸上に結びつけたい。連覇はあまり気にしていなかったので、(6連勝がかかっていると聞いて)ちょっとビックリしています。この春うまくいっていない部分を修正して臨み、殻をどれだけ破ることができるか、見てみたい」
 TBS陸上Facebookでも触れた「全体的に底上げをする新しい挑戦」(松田コーチ)が試合結果に結びついていないが、そこがゲッチスを経て、徐々に良くなっているのは確か。ゲッチスから200点の上積みができれば8100点前後で、自己新が予想される中村と良い勝負になる。

 中村はベスト記録に250点差があることを挙げ、「ライバルと見てもらえない」というが、右代は中村の存在が大きいと明言する。
「中村がいたから8300点を超えることができた。記録を伸ばすためには必要不可欠の存在です。日本選手権でも2人で、世界陸上に弾みのつく記録を出したい。お互いに高め合っていきたいですね」

 異口同音に発せられた“お互いを高め合う戦い”になる日本選手権。「バチバチ」と火花を散らす雰囲気にはならないが、結果として2人が8100点を目指すハイレベルの戦いが期待できる。
 ただ、中村が取材中に、次のようなコメントもしていた。「1500mだけかな。バチバチやるのは」と。
 実際、2年前の日本選手権では85点差の勝負となり、1500mレース後の中村は相当に悔しがっていた。最終種目だけは、違った雰囲気になるようだ。それが8100点のリオ五輪標準記録突破、という形に結びつけばベストである。


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