2014/5/13
春季国内シリーズで活躍した選手たち
File1 高瀬慧(富士通)

@織田記念と静岡国際の違い
「(織田記念は)力を抜いた最高のレースでした」
「(静岡国際は)ラスト50mくらいで飯塚に目が行ってしまい、(力みが出て)動きませんでした」

 織田記念100m決勝は、予選で10秒10(+2.0)で走った桐生祥秀(東洋大)こそ欠場したが、一昨年まで日本選手権4連勝の江里口匡史(大阪ガス)ら100mで実績のある選手たちが揃っていた。ロンドン五輪代表の九鬼巧(早大)、故障明けだったとはいえ山縣亮太(慶大)、そして織田記念&ゴールデングランプリと好走する大瀬戸一馬(法大)ら。
 それらの選手を後半で完全に置き去りにしたのが高瀬慧(富士通)だった。10秒13(+0.7)は自己記録を0.10秒更新する日本歴代9位。アジア大会の派遣設定記録B(10秒14)も突破した。

「今シーズンは力を抜くことができる感覚が練習からありました。昨年まで、試合でそれを出すことができませんでしたが、今日の決勝は力を抜いた最高のレースでした。これまでは後半でもう1回行こうとしたことで浮いてしまったので、60mで加速が終わってからは動きをキープすることを心がけました。“自分で行こうとしない”ことを心がけました」

 静岡国際では予選で20秒34(+1.7)の日本歴代6位と自己記録を0.08秒更新したが、決勝では同じ静岡県出身の飯塚翔太(ミズノ)に競り負けて2位。飯塚の20秒39(+0.8)に対して高瀬は20秒45だった。

「唯一の不安要素が今シーズン、競るレースをしていなかったことですが、決勝はラスト50mくらいで飯塚君に目が行ってしまい、(力みが出て)動きませんでした。コーナーを抜けたところでは、イケると思ったのですが…。生命線である腕振りがだんだん、タイミングが合わなくなってしまった。そこをやわらかく使えていれば、イケると思うんです」

 予選はマイク・ロジャーズ(米国)に0.30秒差をつけた。織田記念のように会心のレースだったと思われたが。

「予選も自己新ですが、スカッとしない自己新です。アジア大会の派遣A(20秒28)を狙ったのですが、あの条件で出ないのか、と。織田記念のタイムは、そこまで狙って出したわけではありません。今日は、狙った試合で出すことの難しさを感じました」

 連戦の最後は5月10日のゴールデングランプリ。110mではマシュー(バハマ)と400m五輪金メダリストのジェームズ(グレナダ)に0.5〜1mほどリードされていた。後半も差を詰められずに3位。優勝したジェームズから0.12秒差の20秒75(−1.2)だった。

「タイム的にも、競り負けたことにも不満が残りますが、現時点の課題だったコーナーでレーンの内側を走ることと、力を抜くことはできました。コーナーの抜けの差で、そのまま行ってしまったレースです。そこをもう少し突き詰めてスピードに乗せる走りができたら、タイムも出せる」

 課題も残った春季国内シリーズだが2種目で自己新をマークし、外国勢にも迫る走りができた。そして走りの内容的に、昨年との明らかな違いがあった。

「去年と違って後半も動く感覚を持てています。冬場にしっかりと身体づくりができたことと、力を抜く感覚が芽生えているからだと思います。そこをもう少し養っていければ、もっと上にイケる」

A100mで大幅自己新を出した2013年との違い
「去年の今頃はガチガチで余裕のない動きでした。それで後半が伸びのない走りになっていた」
 高瀬慧(富士通)は昨年も織田記念で100 mの自己新をマークしている。10秒23は、2012年までの10秒43を0.20秒も更新する大自己ベストだった。その頃の高瀬は「走りの感覚が変わってきている」ことに戸惑っていた。冬期に米国で違うタイプのトレーニングを積んだ影響だった。
 昨年の織田記念レース後には「その辺を確認する意味で出場しました。ボチボチ良かったと思います。200mにつながる100 mになったと思う」と話していた。そう言い聞かせていたのかもしれない。
 200mは6月の日本選手権で20秒48(+0.9)。自己記録に0.06秒届かなかった。

 織田記念後に、昨年との違いを次のように話した。
「去年の今頃はガチガチで余裕のない動きでした。それで後半が伸びのない走りになっていた。そこを反省点として冬場に取り組んで、自分のリズムを取り戻しました」
 小型のソリにウエイトトレーニングで使うプレートを乗せ、2mくらいのゴムで腰に結びつけて砂地50mを往復するメニューを導入した。ウエイトトレーニングのやり方も変更した。
「(軽い重量で多い回数から始めて、重い重量で回数を少なくしていく)ピラミッド型をやめて、中ぐらいの重量で30秒やって90秒レストにするメニューを多く行いました。シーズンが近づいて重さとスピードも求めましたが。ソリを引くトレーニングは、砂地ではありませんがシーズンに入っても継続しています。動きながら付ける筋力、というところを意識しています」

 体重は昨年よりも2kg増え、体脂肪は3〜4%減ったという。
「世界選手権やオリンピックで100 mと200 mのファイナルを走った選手を見ると、細い選手はいませんから。身長と体重比について書かれている論文を見ましたが、僕は世界的に見たら5000mの選手なんです。僕もこれまで、体重が増えてきて記録も上がってきました。(もちろん)ガチガチの筋肉ではなく、筋力の付け方も工夫してきました」
 “冬場の身体づくり”は、走りの動きと結びつけることを意識した身体づくりだった。体型的にスラッとした印象は変わらない。おそらく肩甲骨周りや腰回りなど、効果的な筋量の増え方なのだろう。

 昨年との違いを説明する高瀬のコメントの中に「持ち味であるロングスプリントのリズムを織り交ぜて」という言葉が印象に残った。
 改めて紹介すると、高瀬は順大時代に400mで頭角を現した。富士通入社1年目(2011年)のテグ世界陸上は4×400mRの代表。翌年のロンドン五輪は200 m(準決勝進出)と4×400mRで出場した。昨年のモスクワ世界陸上が200 mと4×100 mR。
 昨年は自身の持ち味だったロングスプリントのリズムより、最大スピードを追求する形になった。今年は「冬場にしっかりと身体づくり」を、「持ち味であるロングスプリントのリズムを織り交ぜて」行った。その結果「力を抜く感覚が芽生えている」のが今季の高瀬と言うことができる。

「スピード感は去年の方がありましたね。今年の方がゆっくり走っているというか、感覚としては脚を置いていくだけです。しかし一歩一歩が進んでいる。そういうところがあります」

B海外で経験したトレーニングを否定するのでなく
「米国でやってきたことを捨て去ったわけではありません」
 繰り返しになるが高瀬は何度か、昨シーズンのリズムから、自分のリズムを取り戻すのに苦労をした、とコメントしている。ウエイトトレーニングに関しても、「米国では重さを重視して行いましたが、走りが硬くなってしまった。この冬はしっかりと動かしきるところを意識して行うようにしました」と言っている。
 もちろん高瀬が武者修行を行った米国のチームでは、そのやり方で結果を出している選手が多くいる。改めて言うまでもなくトレーニングに万能薬的なメニューはなく、ある選手にはプラスとなっても、別の選手にはマイナスとなることも多い。その選択をする能力を、米国に行ったことで高瀬は身につけることができた。
「米国でやってきたことを捨て去ったわけではありません。去年100 mで自己新を出しましたし、最大スピードを出すという取り組みは評価できた。米国でやって(本来の自分と合わない方向に)変わってしまったことを直そう、とこの冬にやってきましたが、継続してやっている部分もあります。相当に苦労しましたが、米国の経験があるから今があると思っています」

 海外にトレーニングに行く場合、現地のスタイルに自身を染めるのが普通だと聞く。従来のやり方から“大きく振ってみる”のが目的で行くからだ。それで結果が出れば問題はないが、パフォーマンスが低下するケースもある。そのときにどう立て直すか。
 高瀬の今シーズンの躍進には、そこのヒントも多くありそうだ。


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