2013/1/3 箱根駅伝
5区を走る予定だった成瀬の存在でわかった
東洋大の“育成”


「80分切り」を目標にしていた成瀬
 東洋大の勝因の一番は、1万m27分ランナーの設楽啓太(4年)を5区の“山”に回しても、復路が手薄にならなかった選手層の厚さだろう。往路では設楽兄弟が3区と5区で区間賞を取ったが、復路では7区の服部弾馬、8区の高久龍、10区の大津顕杜と3人が区間賞。主要区間以外でも複数の区間賞を取るのは、選手層の厚いチームが調整に成功したときの現象である。その結果5時間25分38秒と復路記録を1分13秒も更新し、大会史上2番目となる10時間52分51秒で総合優勝を達成した。

 驚かされたのは往路優勝後の酒井俊幸監督のコメントだった。
「(設楽)啓太の5区起用は、朝の風の状況を見て決めました。昨年のように向かい風が強ければ5区にエントリーしていた成瀬(雅俊・1年)をそのまま走らせ、啓太を復路に起用するつもりでした。成瀬も1時間21分では上れる選手なんです」

 当の成瀬は自分が走れなくなった時の状況を次のように振り返った。
「1週間前には今までにないくらいの調子になったので、80分切りを目標にしました。前日まで走る気満々でいたのですが、出場するときに来るはずの電話連絡が、夜の9時になっても来なかったので覚悟はしました。それでも、当日朝に行けと言われても大丈夫なように、準備はしっかりとしていました。走りたい気持ちは本当に強かったのですが、啓太さんは頼れるキャプテンなので、絶対にやってくれる。中継所で啓太さんに『自分の分も頑張ってください』と言うと、『オゥ』と短く答えてくれて、『来年はオマエが走るんだぞ』と言ってくれました」
 成瀬の気持ちも背負って走った設楽啓太は、期待に応えて1時間19分16秒で区間賞を獲得した。

成瀬が5区を走っていたら?
 だが、5区では駒大の馬場翔大(2年)も1時間19分54秒(区間3位)と好走した。1万m30分ランナーの馬場が、27分ランナーの設楽啓太に38秒しか負けなかった。その点だけを見たら今大会の“山”は、スピードのあるランナー1人を平地に回せた駒大に有利に働いたはずである。往路終了時の両校の差は59秒。逆転の可能性も十分あると思われた。
 だが、ふたを開けてみれば復路は東洋大の圧勝だった。それだけの選手層があったから27分ランナーを“山”に回すことができたのだと、そこで理解することができた。

 今の箱根駅伝は多少の戦力ロスをしてでも、“山”を重視せざるを得ない状況になっている。スポーツナビ記事で紹介したように、5区の距離が23.4kmに伸びた2006年以降、2013年までの8大会では、5区で区間賞を獲得したチームが5回優勝していた。
 今回は結果的に5区の上位3選手が38秒のなかで走った。東洋大は山で決定的な優位を築けたわけではなかったが、万が一5区が2分悪かったら、往路の1、2位は逆になっていた。
 前を走る選手が有利となるのは駅伝の常であるが、最近はその傾向が強くなっていると指導者たちは言う。駒大が前を走ったら、その後の展開がどうなったのかはわからない。この点に関する酒井監督のコメントはなかったが、9区で設楽啓太と窪田忍(4年)のキャプテン対決になっていただろうか。

 ところが成瀬の話を聞いていて、成瀬が走れないことで東洋大が不利となったという認識が、少し間違っていたことがわかった。
 成瀬の自己記録は14分19秒20と29分51秒95、ハーフマラソンは1時間04分58秒。これは数字上のことで駅伝の20kmを走れば十分に戦力になる……と思っていたが本人は否定する。
「平地では通用しません。“山”を走るか、(箱根駅伝を)走らないかのどちらかでした」
 愛知県の強豪、豊川工高出身。高校時代から上りを得意とし、「“山”を上るために東洋大に入りました」と言う。夏合宿では傾斜のきつい坂道を積極的に走り、首脳陣にアピールしたという。
 成瀬が走れないことになっても、東洋大の戦力的マイナスは少なかった。選手層の厚さという部分の証しとはならなかったが、“山”上り要員をしっかり育成できていた。それもまた、東洋大の強さを物語っていた。

来季の戦力も充実しそうな東洋大
 今回は“山”要員だった成瀬だが、来季は東洋大の完全な戦力となることを目指している。
「この1年は“山”一本で頑張ってきましたが、来季は三大駅伝すべてを走りたいと思っています。平地でも戦力になりたい」
 2012年のインターハイは3000m障害で8位に入賞している。ベスト記録はそのときにマークした9分03秒36。平地でも通用するスピードは十二分に持っている選手なのだ。

 だが、箱根駅伝では“山”以外を走る気はない。
「来年は78分切りを目指します。今年勝てたことは嬉しいのですが、走れなかった悔しさもあります。来年は僕が往路のテープを切ります」
 設楽兄弟と大津、区間賞を取った4年生が3人いる。その4年生たちが卒業するが、今回2区を服部勇馬(2年)、9区を上村和生(2年)と下級生を起用して区間上位で走ることができた。1区の田口雅也(3年)もエース区間の区間賞候補になっているだろう。そこに“山”の成瀬が加われば、設楽兄弟が抜ける穴を十分に埋められる。


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