2013/9/1 東京アスレチックチャレンジ
川面が調整試合で10秒27のセカンド記録
競技続行を決めた男の覚悟が結果に現れ始めたか?

@「前半を乗り切れば中盤、後半は自信がありました」

 男子100 mは藤光謙司(ゼンリン)と飯塚翔太(中大)の世界陸上4×100 mR6位入賞メンバー2人が、2組あった予選でそれぞれトップを取った。1組の飯塚は10秒42(−0.3)、2組の藤光は10秒53(−3.4)。だが、2人とも体調を考慮して決勝を棄権した。トップ選手にとって今大会は、1週間後に日本インカレ、3週間後に全日本実業団、10月には国体を控え、調整試合という側面が強いのは確かである。
 だが、川面聡大(ミズノ)が調整試合の雰囲気を一転させた。後半の強さは見ている者に息をのませる迫力があった。
 川面も全日本実業団や地元国体(東京国体)に向けて8月27日まで中大の合宿に参加し、かなり追い込んだトレーニングをしていた。「疲労はたまっている」ことは否めなかったが、その状態でも10秒27(+1.2)のセカンド記録で走ってみせた(自己記録は2011年に出した10秒22)。
「この大会は調整の一環ですが、アキレス腱もハム(大腿)も万全ではなかったので、無理をしない範囲で行こうと考えていました。(藤光に0.03秒後れた予選は)動かないのは覚悟していましたし、実際、スタートで浮いてしまった。決勝もスタートでつまづきましたが、反応は良かったですし、つまづいてもトップで出られたのでイケルと思いました。僕はいつも前半が課題ですが、そこを乗り切れば中盤、後半は自信がありました。いつものようにしっかり走れたと思います」
 国体では東京都チームの短距離のエース。山縣亮太(慶大)と飯塚は同時期開催の東アジア大会代表のため、江里口匡史(大阪ガス)や高瀬慧(富士通)、塚原直貴(同)らとの勝負になる。

A大手電子機器メーカー入社の道も残した五輪シーズンに低迷

 川面は2011年のテグ世界陸上4×100 mR代表。出番はなかったが、その年の秋の国体では前述の10秒22で走り、江里口に次いで2位と好走した。翌2012年4月に川面は、トラック&フィールドの実業団トップチームのミズノに入社。そのこと自体は、とりたてて変わり映えすることではない。
 だが、川面は通常の実業団トップ選手とは少し違った意識で競技をしていた。大学4年時にS社(世界的にも著名な電子機器メーカー)の入社内定を得ていたが、テグで走れなかった悔しさから、ロンドン五輪を狙いたい気持ちが強くなった。そこで1年間、S社の入社を保留してもらい、ミズノで競技を続けることにしたのである。
 ところが昨年の川面からは勢いが失せていた。前年5位に入った日本選手権は決勝に残れず、秋の全日本実業団こそ2位と意地を見せたが、シーズンベストは10秒37にとどまった。五輪代表を望める成績ではなかった。
 1年間と限定することで集中力が高まると計算したのだろうが、そうはいかなかった。インカレで頑張ることで勢いがついた学生時代の方が自分には合っていた、というニュアンスのコメントを聞いたこともあった(2011年には関東インカレで100mと200mの2冠)。
 昨秋のシーズン終了時点では、S社に入社するのか、ミズノに残って競技を続行するのか迷っていた。

B競技続行を決めた2つの理由

 出した結論はミズノ社員として競技を続行することだった。5月の東日本実業団の際に、決断をした経緯を聞かせてもらった。
「去年は正直、S社へ行く道があったので、思い切り打ち込めない部分があったと思います。自分のレースが本当に1本もできませんでした。このまま終わるわけにはいかない。そういう気持ちが徐々に強くなってきました。もう1つは昨年結婚したことが転機になりました。ありがたいことに彼女(元ハードル選手)は、僕のことを心から支えてくれています。2人を出合わせてくれた陸上競技で結果を出したい。2人で力を合わせて形にしたいと思うようになったのです。もちろんミズノともしっかり話し合って、社員として働いていく気持ちを固めました。1人だけの人生ではなくなったのですから」
 自分だけのために競技をする考え方もあるが、人の思いも背負って競技をすることで結果が上向く選手も何人か見てきた。川面もそんな1人になるかもしれないと直感した。

C長期展望で走りと肉体改造

 だが、今年の日本選手権で川面は5位。モスクワ世界陸上の代表も逃してしまったが、不思議と焦りが感じられなかった。そして今回の快走である。
 その背景には、長期展望のもとで自身の走りと肉体改造に取り組んでいたことがあった。
「今年はしっかりと体を作っていくことを課題として取り組んできました。体重は昨年と比べて3kg増えています。体脂肪率は1.4%減っていますから、筋肉だけが増えたと考えられる。学生時代はウエイトトレーニングを取り入れていませんでした。今もガンガンやっているわけではなく、動きの効率化を求めて必要な筋肉をつけることを目的として行っています。経過や、走りへの効果を見ながらやっている感じです。昨年の11月から、ウエイトトレーニングのためのジムにも通っていますが、1年間やったくらいで10秒0台、9秒台まで行くとは思っていません」
 これも1シーズンで結果を求めて失敗した昨年の反省だろう。
 3月のアメリカ遠征中にデニス・ミッチェル・コーチ(東京世界陸上100 m銅メダル)から、スタートの技術を教えられた。今回スタートでつまづいているので完全にモノにできていないのかもしれないが、今の川面は変化にたじろぐことはない。
 そうした流れで取り組んでいるなかでの10秒27だった。「疲労がたまっているなかでのタイムですから、合格点の走りだったと思います」と川面。秋の目標である全日本実業団か国体で、10秒1台を出すことに手応えを感じていた。
「今年そこまで出せれば来年の10秒0台、さらに先の9秒台も見えてきます」
 2年続けて代表入りを逃した川面が、しっかりと足元を固めて再浮上してきた。


寺田的陸上競技WEBトップ