2013/9/7 日本インカレ
全カレちょっと感動した話題特集
B松下が最後の十種競技最終種目で2点差逆転初優勝

関カレ優勝者が十種競技に別れを告げる経緯
 十種競技にはドラマを創造する神がいるのだろうか? 大会2日目の松下祐樹(順大4年)を見ていてそう思った。

 最終種目の1500mスタート前の得点は川崎和也(順大3年)が6793点でリード。それを1学年先輩の松下が69点差で追っていた。
「11秒差をつければ逆転と聞いていましたが、11秒と思ってもなかなかできません。最後まで自分の走りを貫こう、自己記録(4分23秒48)を更新しようと思ってスタートしました」(松下)
 松下は積極的に先頭集団で走った。一方の川崎は無理をしてついて行く必要はない。400 m通過時は約20m、800 m通過時は約50m後方を走っていた。
 それ以上離れると11秒以上の差がついてしまいそうだった。川崎もそこから踏ん張り、差はなかなか開かない。松下は、1500mに強い清水剛士(近大高専)らに最後に差を広げられて3位でフィニッシュした。対する川崎は、後方の集団から抜け出して5位でフィニッシュラインに倒れ込んだ。
 正確な距離差はわからないが、着順の動きでいえば川崎が追い上げたようにも見え、それを根拠にしていい理由はないが、総合得点でも逃げ切ったような印象があった。
 いずれにしても、2人とも最後の直線まで死力を尽くした好勝負だった。

 松下は八種競技の高校チャンピオンだが、十種競技は今大会を最後とする意向だと、6月の学生個人選手権400 mH優勝時(50秒11)に聞いていた。十種競技で関東インカレに優勝(7330点)しながら日本選手権混成に出ていなかったので、その理由を質問してみたのだ。
「十種で世界で戦える力が自分にあるかといえば、正直、ないと感じています。2年の頃から監督やすごいコーチから、『オマエは400 mHに向いている』と言われ始めて、本当にずっと言っていただいていたので、自分も徐々にその気になってきたんです。この冬は十種競技と並行して400 mHのトレーニングもしてきました」
 昨年までは51秒78がベストだったが、シーズンインしてすぐの四大学で51秒43、5月の日体大競技会で50秒61までタイムを縮めた。
「400 mHで日本選手権の標準記録を破れなかったら十種競技に専念する」つもりだったが、難なく突破した。
 十種競技でも5月の関東インカレで前述のように自己新で優勝。初の学生タイトルを獲得した。
 400 mHでは6月の日本選手権で決勝に残って8位。準決勝では50秒28と自己新だった。そして学生個人選手権で優勝をさらった。
「でも、秋の全カレは十種競技で日本一を狙います。ずっとやってきた種目ですから」

同タイプの2人の過激な接戦
 松下と1学年下の川崎は、走種目と跳躍種目が強い同タイプ。
 十種競技では現在、右代啓祐(スズキ浜松AC)と中村明彦(スズキ浜松AC)が日本のトップ2人だが、投てき種目に強い日本記録保持者の右代、走種目に強い400 mHロンドン五輪代表の中村と、タイプは異なる(跳躍は同じくらいのレベル)。1993年シュツットガルト世界選手権に揃って出場した金子宗弘と松田克彦も、パワー系種目の金子、走種目の松田と明らかに違った。
 タイプが違えば“我慢の種目”と“攻める種目”と分けて位置づけしやすい。精神的にも上手くもっていきやすいのではないか。個人差があるところかもしれないが。
 それが同じタイプで同じレベルとなると、つねに競り合っていることになり、ストレスが大きいのではないか。
 2人の今大会の種目別得点と累計得点を表にまとめたので見ていただきたい。
種目 松下祐樹 川崎和也 点差
勝敗 記録 得点 累計 勝敗 記録 得点 累計
100m 10"70(+2.2) 929 929 10"82(+0.2) 901 901 28
走幅跳 7m25(+0.6) 874 1803 7m33(+0.5) 893 1794 9
砲丸投 10m06 489 2292 10m70 528 2322 30
走高跳 1m90 714 3006 2m02 822 3144 138
400m 48"38 891 3897 49"51 837 3981 84
110mH 14"53(+1.8) 907 4804 15"51(+1.4) 789 4770 34
円盤投 33m53 534 5338 36m54 595 5365 27
棒高跳 4m40 731 6069 4m40 731 6096 27
やり投 54m49 655 6724 57m30 697 6793 69
1500m 4'24"03 784 7508 4'34"91 713 7506 2

 同タイプとはいえ2人の比較でいえば、投てき種目は川崎が少し強い。意外なのは4種目めの走高跳で12cm差が生じたこと。投てき3種目は40〜60点の違いだが、走高跳で108点も川崎が優り、累計得点差も138点と最大になった。
 だが、6種目めの110 mHでは松下が1秒近く勝ち、ここで走高跳の差を取り返している。棒高跳は4m40の同記録なので、7種目めの円盤投と9種目めのやり投でつけられた差を、最終種目の1500mで一気に追いついた(2点逆転した)のが今大会だった。
 100点以上の開きが生じたのは走高跳終了後だけ。7種目で、終了時点の差が50点未満だった。

 1500mをフィニッシュした2人は対照的だった。
 間もなく優勝を告げられた松下が、空を見上げて感極まっている様子だったのに対し、川崎は力を使い果たしたこともあってうつ伏せに倒れ込み、何かに耐えている様子だった。それだけ勝利への思いが強かったのだろう。
 表彰式では2人とも最高の笑顔を見せていた。

7500点を置き土産に国体で49秒台を狙う松下
 今大会の自己新は川崎が100 m、走幅跳、110 mH、やり投の4種目。松下が100 m、走幅跳、円盤投、棒高跳(タイ)、やり投。3種目が共通していた。
 松下は「スプリント系が大きく向上しました。100 mは10秒93から10秒70に伸び、それが跳躍にもつながった」と言う。その結果が自身初の7500点突破だが、学生デカスリートにとって7500点はステータスといえるだろう。
「全カレの前に川崎と、『7500点を取った方が勝つよな』という話をしたんです。ワンツーは取って当たり前というつもりでいましたが、まさか2人とも7500点を取ることは思わなかった。プライベートでは仲が良いのですが、ピッチに立てばライバルです。川崎とは悔いのないレースをしようと話し合っていました」
 川崎にも少しだけ話を聞くことができた。
「同じチームでも絶対に自分が勝つつもりでいましたが、4年生の底力を見せつけられましたね。来年、この悔しさをぶつけて、今回負けて良かったと言えるようにしたいです。2位ですけど、我慢します」
 今回の結果だけで判断するなら、同じタイプの2選手が競り合ってもマイナスにはならなかったといえる。

 川崎は来年の飛躍を誓ったが、松下は前述のように今後は400 mHに主戦場を移す。
「(未練は)ないですね。きっぱりと、十種はここを最後にします。むしろ、有終の美を飾ることができてよかった」
 400 mHと十種競技といえば、十種競技が専門の中村明彦が昨年のロンドン五輪400 mH代表となったのは記憶に新しい。十種競技に7557点を持つ清川隆も、1990年アジア大会の400 mHに出場した。女子400 mH日本記録保持者の久保倉里美(新潟アルビレックスRC)も、高校時代に七種競技で全国高校混成大会13位になっている。
 という話を城西大の千葉佳裕コーチ(400 mH48秒65)にしたところ、千葉コーチも全国高校混成で5位に入っていると教えてくれた。
 混成競技では行われていないにもかかわらず、400 mHと混成競技の両方に強い選手が多いのはなぜか。両種目で“学生一”となった松下は次のように話していた。
「混成競技は走跳投の全部を極めないといけないので、器用さが求められます。それがインターバルのリズムだったり、両脚で踏み切ることに役立つのだと思います。体の操り方が上手いことが400 mHにつながるのでは」

 今シーズンの残る目標は10月の国体だ。
「今年中に49秒台は絶対に出したい。来年以降の日本選手権で戦える記録を出しておきたいと思っています。進路はまだ決まっていませんが、400 mHで世界で戦うことを念頭に考えていきます」
 日本インカレが“デカスリート”の最終戦なら、東京国体は“ハードラー”としての初戦となる。日本インカレの10種目めで逆転劇を演じた松下が、国体でも10台目で逆転劇を演じ……られるほど日本の400 mHは甘くないが、何かをやってくれそうな雰囲気はある。


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