2013/11/24
アスリートネットワーク主催のトップアスリートセミナーで
シャン・コーチ、朝原コーチ、福島がトークショー
「ジャマイカのトレーニングが優れていると言いたいわけではなく、シェアをしたい」

 24日15時からアスリートネットワーク主催のトップアスリートセミナーが大阪市内で開催された。ウサイン・ボルトやヨハン・ブレイクが所属するレーサーズトラッククラブのジャメイン・シャン・コーチ、大阪ガスの朝原宣治コーチ、福島千里(北海道ハイテクAC)の3人によるトークショーが、テコンドー五輪メダリストの岡本依子さんの司会で進められた。


シャン・コーチのワークショップについて
 同じ日の午前中に行われたスプリント学会のワークショップについて、朝原コーチは「すごくシンプルな内容でした」と感想を述べた。
「そんなに変わったことをしているわけではないのですが、ポジショニングや角度、どこに力を入れるか、というところを細かく説明していました。組み合わせ方が面白かったですね。クールダウンの時にもドリルをやったり」
 それに対して福島は、自身のやり方とは大きく違っていた印象を持った。
「これまで外国の指導者の方に教わる機会はありませんでしたが、色々な指導者がいることがわかりました。私は走り始めた頃の走りを尊重してもらってきました。今日のような技術をやったのは初めてで、良い機会になったと思います」
 シャン・コーチは「シェア」という言葉を強調していた。
「レーサーズトラッククラブでやっているウォーミングアップが優れていると言いたいわけではなく、シェアをしたいのです。いつの日か、日本がジャマイカを抜く日が来るかもしれません」
 外交辞令もあると思われるが、強くなるのに国籍は関係ないというシャン・コーチの姿勢が、他の話題のときにも垣間見えた。

理想の指導者について
 今回のトークショーの大きなテーマが“理想の指導者について”だった。シャン・コーチが以下のように持論を展開した。
「コーチングとティーチングは違うと思っています。ティーチングは“教える”ことですが、コーチングは家族の延長のように選手の全てに関わります。食べ物から学校生活、友人関係まですべての面倒を見る。コーチは選手に納得できる説明をすることが重要で、ベストセールスマンである必要があるんです。選手とコーチは一方通行でなく、選手がどう思っているかを把握する道を作っておかなければいけません。選手とコーチで行ったり来たりできる良い関係が築くことができると、選手は意欲的になる」
 日本の大学以上のトラック&フィールドの指導者は、選手の生活全般にそこまで積極的に関わっていない(例外もあると思われるが)。朝原コーチのコメントからもその辺の事情がわかる。
「選手と指導者の間で行ったり来たりができる関係が必要というところは同じですが、僕は現役時代にドイツ、アメリカに留学してプロのコーチの指導を受けましたが、競技人生の最後の方では色々なやり方が僕の中で統合されて、べったりのコーチは必要なくなりました。今の僕もそこまでやっていません。指導者がそこまでしなくても、やっていける選手たちです。意識も高く成熟した選手たちで、尊敬もしています。パートナーという感じですね。でも、(コーチを付けなかった現役時代の最後も)時には冷静に自分の動きを見たり、判断してくれる人が必要だと感じていました。選手たちを尊敬しつつも、それだけではダメかな、という認識も持ち始めています。こういう方向で進んで行こう、というところ、言うべきところはしっかりと言っていきたい」
 2人のコーチの言葉から、選手と指導者の関係は1つの理想があるわけではないことがうかがえた。

リレーのエピソードと福島の課題
 ジャマイカのコーチと朝原コーチの組み合わせということで、4×100 mRの話題になった。北京五輪の4×100 mRのVTRを見た後に朝原コーチが「いやあ、ジャマイカ速かったですね。銅メダルくらいで喜ぶなよ、っていう感じですね」とコメント。それに対してシャン・コーチは、モスクワ世界陸上のときのエピソードを披露した。

「日本のリレーは9秒台が1人もいないのにこれだけの結果を残しています。我々は日本の陸上競技をリスペクトしています。今夏のモスクワ世界陸上のリレーでは、ボルトがケガをしていて1日2本走るか迷っていました。そのときに予選の同じ組に日本がいないとわかって、『それならオレは走らない』とボルトが言い出したんです。そのくらいに日本のことを警戒していたし、リスペクトもしていました」

 それを受けて朝原コーチが、北京五輪のときのエピソードを話した。
「北京五輪の決勝が3走がボルト、4走がパウエルと聞いたので、これはバトンパスの練習を見ておきたいと、決勝レースの1時間前でしたがサブトラで見学しました。『はえー』とか言って見ていましたね。一緒に走って勝てる気はまったく持てませんでした。でも、ボルトがそういうふうに言ってくれたのは、日本が確実に決勝に残っているからだと思います」
 2人とも外交辞令もあったとは思うが、両国がリレーという種目を通じてお互いに意識していたことがわかるエピソードだった。

 北京五輪とともに、今シーズン前半にオンエアされた福島のVTRも会場に映し出された。朝原コーチからの「今年新しく練習で取り組んだこと、トレーニングで変えたことはあるのですか」という問いに、福島は以下のように答えていた。
「去年からスタートが上手くいっていなかったので、シーズンオフに筋力アップを目指しました。最初はケガをしない体づくりを目的に始めたのですが、補強をしてウエイトをして体が一回り大きくなりましたね。(VTRで紹介された)腰を押さえてもらってスタートするメニューも、きっかけになればと思って取り組みました。でも、今シーズンはスピードに結びついていません。スカッとしたスタートは今年できませんでした」
 筋力をスピードに結びつけることが、現在の福島の課題だという。
 それに対してシャン・コーチは「他のコーチが指導している選手のことなので」と前置きしながらも次のように話した。
「体の強さを求めればテクニックもタイムも上がっていきます。私が見たところ福島選手のポテンシャルはもっとある。0.2秒は速く走れるはずです」
 11秒21がベストの福島が0.2秒記録を縮めたら……。

スポーツから学んだこと、これからの夢
スポーツから学んだこと、これからの夢
 最後に司会の岡本さんから、「スポーツをやってきて得られたものは何か? 今後の夢は何か」というテーマが提供された。それに対して3人は以下のように話した。
朝原コーチ「スポーツを通じて自信や自尊心を持つことができました。生きるための基本的なことをたくさん学ばせてもらったと思います。いろいろと失敗もしましたが、立ち直る強さを身につけられました。身近な目標としては2020年の東京オリンピックで、もう一度4×100 mRのメダルを見てみたい。ジャマイカに少しでも近づきたいですね」
 指導者としての意欲を明確に語った。

福島「学んだことは、あきらめないことと頑張ることです。やっぱり1人ではやっていけないので、支えてくれている人たちのことを色々と考えます。これからは、どんなに調子が悪くても目標を下げずやっていきます」
 不調が続いている福島が、いつものおだやかな話しぶりながらもきっぱりと語った。

シャン・コーチ「陸上競技を通じてたくさんのことを学びました。スーパースターになるためには、他の人と同じことをしていてもダメなこと、そして陸上競技は痛みを伴うスポーツだということ。女性が子供を産むことと似ているかもしれません。厳しい練習をして体を痛めつけますが、だから成長できるんです。学校に行って練習をして、体はきついと感じて睡眠を取る。他のスポーツでも同じだと思いますが、細かい注意や日常生活が大事なんです。1日1時間でも家に帰って個人練習をした方が良い。週に3日でもそれをやったら大きな違いになります。夢は2つあって、1つは今回来日することができ、技術的なことと精神的なことがシェアができましたから、日本の選手が強くなって、世界で戦えるようになってほしい。もう1つは私はプロのコーチですから、男女を問わず世界最速の選手を育てることです。それはジャマイカの選手に限りません。どこの国の選手でもいいのです」
 プロのコーチの矜持が言葉の端々から感じられた。


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