日本選手権2012・日付毎展望
第2日・6月9日編
やり投げの村上vs.ディーンの対決は85mで決着を
女子100 mは高校生・土井が福島に迫る勢い
男子100 mは江里口vs.江里口に、九鬼と塚原がどう絡むか
男子1万mは佐藤、清水、村澤のB標準3人が好調
菅井、木村&紫村にはA標準を期待

●女子棒高跳 全種目エントリーリスト
 2連勝中の我孫子智美が腰痛の影響で、今季はまだ競技会に出ていない。中野真実も織田記念を欠場。錦織育子も帰国していないため動向がわからない。我孫子が間に合わなければ、織田記念に4m00で優勝した仲田愛が初優勝に近づく。パワーが特徴の選手。今年は14歩の中助走で行く予定だが、全助走と同じ150ポンドのポールが使えている。一昨年4m23の学生新を跳んだときは155ポンド。「それを使いこなせれば4m30が見えてきますし、今年はオリンピックイヤーですから、日本選手権でB標準の4m40を跳びたい」。そのためには160ポンドを使うことも視野に入れている。織田記念2位の青島綾子の成長も楽しみ。
=陸上競技マガジン6月号記事。以下同
■ロンドン五輪標準記録 4.50/4.40
■突破者 なし

 我孫子智美が関西実業団に出場。故障明けにもかかわらず4m10を跳んだ。本人のブログによれば中助走での跳躍だったという。やはり力は一枚上だろう。
「今の状態と課題もちゃんと見えたし、あとは日本選手権まで自分のやれることをしっかりやって挑むのみだと思います」と書き込んでいる。
 “期待優勝記録”は妥当なところで4m20とした。取材をして目標を直接聞いていたらその数字にしたと思うが…。
 関東インカレでは青島綾子(日体大4年)も4m00で大会新で優勝した。同時に行われた2部に出場した仲田愛(筑波大院)は3m80。青島は「初めて仲田さんに勝ちました」と喜んだ。
 青島は4月21日の四大学対校で4m03と関東学生記録を1cm更新した。同29日の織田記念では4m00で仲田と同記録の2位。昨年までは3m90がベストだったが、3試合続けて4m台と安定した強さを身につけた。
 今季好調の要因を「助走が安定したのが一番です。それができないとポールが曲がりません」と自己分析。「トレーニングはそこまで大きく変えたわけではありませんが。ロープを使った補強系のメニューなどで、体幹が鍛えられたと思います」
 青島も150ポンドの耐荷重のポールを使っている。単純比較はできないが、日本記録保持者の錦織育子や日本選手権2連勝中の我孫子智美も150ポンドである。
「日本選手権は確実に自己ベストを跳んで3位以内に入ることが目標です」
 仲田と青島の2位争いとなりそう。日本記録保持者の錦織育子はエントリーしなかったが、元日本記録保持者の中野真実がどこまで復調してくるか。


●男子円盤投 全種目エントリーリスト
 小林志郎が連覇すれば5回目の、畑山茂雄がV奪回すれば11回目の優勝となる。織田記念では畑山が56m22で優勝。小林は45m99でまさかのベストエイト漏れ。畑山が安定感では一歩リードしているが、小林の集中力も侮れない。過去6年間の日本選手権は小林が4勝。「小林はタイミングだけ。組み立て直せば投げられる」と等々力信弘投てき部長。堤雄司も織田記念で54m59と好調。55m89の自己記録を更新すれば2強を脅かす。織田記念では犬伏拓巳が53m51、知念豪が53m15と学生陣も自己新。日本記録の60m22は五輪種目で最も古い(1979年)。「畑山が投げるか、畑山を追い越して若手が投げるか」(等々力部長)
■ロンドン五輪標準記録 65.00/63.00
■突破者 なし

 畑山茂雄は東日本実業団で54m00。日本記録まで届くかどうか。数年前の勢いはなくなっている。体力的な衰えを克服する何かを見つけられているかどうか。
 小林志郎は北陸実業団で52m16。織田記念が故障や特別な不調でないことを示した。
 関東インカレは知念、犬伏とも51m台。
 5月の有力選手は記録を出せずに終わったが、等々力部長のコメントにあるように、畑山と小林には60mを期待していい。風も大きく影響する種目。日本選手権本番で爆発する可能性はある。
 ということで“期待優勝記録”は日本記録を1cm上回る60m23とした。


●女子砲丸投 全種目エントリーリスト
 昨年優勝の大谷優貴乃も、一昨年優勝の豊永陽子も今季は試合に出場していない。3年前の優勝者の白井裕紀子が兵庫を15m21で制した。昨年は日本選手権こそ自己新を出した大谷の勢いに屈したが、白井も日本選手権では自己記録に5cmと迫る15m39、国体では15m47の自己新で優勝と主要大会で力を発揮した。豊永が復帰しない限り、白井の優勝は堅そうだ。白井に迫るとしたら、昨秋の国体で15m37と大幅な自己新を投げた横溝千明か。兵庫では14m66で50cm以上の差をつけられたが、国体のように“一発”を投げられれば面白くなる。若手では昨年インターハイで圧勝した松田昌己がどこまで15mに迫るか。
■ロンドン五輪標準記録 18.30/17.20
■突破者 なし

 ついに豊永陽子がエントリーしなくなった。となると、優勝は白井裕紀子の可能性が高い。1人だけの参加だった関西実業団でも15m00と、きっちり投げている。自己新も行けそうな雰囲気があるので、目標は15m51とした。15m台後半を投げてほしいという意味で、参加全選手の自己新にもなる。
 横溝千明は東日本実業団で14m62で2位。今季はまだ昨年の国体のような力を発揮できていない。地元国体が起爆剤となったのは確か。今季も何かきっかけがあれば15m台を大きく超えてくるのではないか。
 関東インカレは松田昌己が1年生V。記録は14m41で反省しきりだった。3月に15m04をプットしていたからだ。「インカレに勝つのは当たり前で、目標は一般の選手と戦うこと」だと言う。ただ、アジアジュニア選手権に遠征する可能性もあるという。そうなったら日本選手権には出場できない。
 そして、ここに来て評価が急上昇なのが茂山千尋だ。東日本実業団で14m89と自己記録を8cm更新。大学時代は同期の大谷優貴乃の陰に隠れていた存在だが、社会人1年目の環境に慣れるのも早かったのか、充実している感じがする。
 白井が15m20とか30でぐずつくと、茂山にも可能性が出てくる。


●男子走幅跳 全種目エントリーリスト
 昨年8m05、今季もマウントサックで8m00を跳んでいた猿山力也が織田記念で負傷。日本選手権に間に合わなければ、菅井洋平の独壇場になりそう。菅井はマウントサックで8m09とB標準に1cmと迫ると、織田記念では向かい風0.5mで8m02。助走スピードよりも跳躍技術が特徴で、そこは安定している。「全体的にパワーアップできた。A標準や日本記録は明確に見えている」。ビッグジャンプが期待できそうだ。学生では下野伸一郎、嶺村鴻汰、小西康道らが織田記念で上位に。誰が抜け出して菅井に迫るか。5月に入って富山カップ、水戸招待と7m70台を2日連続で跳んだ大岩雄飛にも注目したい。
■ロンドン五輪標準記録 8.20/8.10
■突破者 なし

 菅井洋平は東日本実業団で7m97(+3.0)。同大会に調整して臨んだのは初めてだったが、またも標準記録突破はならなかった。壁を感じているか? という質問に対し「自分ではいつでも跳べる気がしている。1回でも跳べれば、何かが変わると思う」と手応えを話した。
 質問者は8m10のB標準をイメージして質問したと思われるが、菅井が話しているのは8m20のA標準のこと。ということで、“期待優勝記録”は8m20にした。
 それにしても1cm。「その1cmに泣かないように、なんとかする」と決意を込めた。
 学生勢では西海亮が関東インカレに7m87(+1.8)で優勝。勢いはあるが、まだ8mを期待するのはどうか。
 7m90台の小西康道と辻将也も期待の若手。8m候補だろう。宮岸暖も東日本実業団2位と安定性はある。
 有望株は多いだけに、菅井、猿山力也、荒川大輔に続く8m突破選手が早く現れてほしい。


●女子400m 全種目エントリーリスト
 大混戦の様相を呈している。静岡の3組は新宮美歩が54秒03で日本人1位。織田記念800 mの自己新も好調を証明している。静岡は0.02秒差で田中千智が続いたが、タイム的には2組の鳥原早貴が53秒83で新宮を上回った。自己記録を約0.5秒更新。昨年の日本インカレ優勝者だが「トップ選手について行けるように」と目標は控えめだ。蔭山愛が静岡で54秒20。「53秒台前半を」と元100 m高校チャンピオンはこの種目に重点を置く。佐藤真有は静岡で54秒21だったが、4×400mRでは52秒台のラップで走った。青木沙弥佳もこの種目に出場予定。そして出産を経て復帰した千葉麻美がどこまで復調するか。
■ロンドン五輪標準記録 51.55/52.35
■突破者 なし

 日本記録保持者の千葉麻美が昨シーズン出産休養に入り、53秒台前半が昨年、今年と出ていなかった。ということで“期待優勝記録”を52秒99としたが、それも望める記録が予選で出始めた。
 予選1組目で佐藤真有が53秒53とここ2年間の日本最高をマーク。1組2位の新宮美歩も53秒66と、自己記録を3年ぶりに更新した。
 ちなみに佐藤の53秒53は先輩の吉田真希子が持つ29歳日本最高の53秒42に迫るタイム。新宮の53秒66は、自身の持つ関西学生記録54秒06を大きく更新した。
 予選2組目では蔭山愛が53秒83とやはり自己新。100 mの4年前のインターハイチャンピオン。「隠れた優勝候補」という声も挙がっていた選手だ。
 そして3組目では鳥原早貴が54秒58で1位。ただ、2位の田中千智が55秒30と、ちょっと離されすぎたのが気になる。
 決勝は予選最高タイムの佐藤か、前回優勝者の新宮か、余裕を持って通過した鳥原か、“隠れた優勝候補”の蔭山か。
 残念なことに千葉が3組3位、56秒06で決勝に進めなかった。「ラスト120mあたりで左のハムストリングに痛みが出てしまい、最後でスピードを切り替えることができなかった。東日本実業団以降、調子も上がってきていて、自分のなかでは今季ベストの状態に仕上がっていた。レース自体も、痛みが出るまではよく走れていたので、この結果は本当に残念に思う」とレース後に話した。


●男子10000m 全種目エントリーリスト
 A標準突破の3人以外にも有力選手が多く混戦が予想される。昨年優勝の佐藤悠基は大会までの調整もレース展開も、勝ちパターンに持っていけた。だが今年は、カージナル招待でA標準破りに失敗。日本選手権までの流れをどうするか。村澤明伸と宇賀地強がカージナルで日本人1、2位。2人ともラスト勝負ではなく、どこかでロングスパートに出るだろう。ラストに強いのは竹澤健介と高林祐介、松岡佑起だが、3人ともカージナルでは良くなかった。連続代表を狙う竹澤はラスト勝負に持ち込みたいところ。宮脇千博は兵庫日本人2位だったが、その争いで勝ちパターンを意識して走ったという。
■ロンドン五輪標準記録 27.45.00/28.05.00
■突破者
宇賀地 強 コニカミノルタ 27.40.69 2011/11/26 八王子ロングディスタンス
宮脇千博 トヨタ自動車 27.41.57 2011/11/26 八王子ロングディスタンス
鎧坂哲哉 明大 27.44.30 2011/7/29 UKトライアルズ
渡辺和也 四国電力 27.47.79 2011/6/25 ホクレンDistance Challenge深川大会
清水大輔 カネボウ 27.50.50 2012/4/21 兵庫リレーカーニバル
村澤明伸 東海大 27.50.59 2012/4/29 カージナル招待
大迫 傑 早大 27.56.94 2012/5/12 ゴールデンゲームズinのべおか
佐藤悠基 日清食品グループ 27.57.07 2012/4/29 カージナル招待
深津卓也 旭化成 28.01.31 2011/9/23 全日本実業団
油布郁人 駒大 28.02.46 2011/6/25 ホクレンDistance Challenge深川大会
撹上宏光 駒大 28.03.27 2011/6/25 ホクレンDistance Challenge深川大会
松岡佑起 大塚製薬 28.03.46 2011/10/10 選抜中・長距離特別レース
 優勝者予想に挙げた佐藤悠基は、東日本実業団では1500mで3分47秒27で2位(日本人1位)。日本選手権で優勝した昨年と同じパターンの調整になってきている。「大きな動きをすることと、ラストを切り換えられるようにすることが狙い。1500mをやっておくと1万mなら動きに余裕が出ます。去年も東日本実業団で動きが変わりました」
 佐藤がVパターンで来ていると見て良さそうだ。
 が、清水大輔の好調ぶりも侮れない。兵庫リレーカーニバルでB標準突破。兵庫、ゴールデンゲームズinのべおかと東日本実業団の5000mと今季は3戦して日本人には負けていない。昨年、実は優勝者予想に挙げた選手。1年おくれで予想が的中するかもしれない。
 村澤明伸も良さそうだ。カージナルでは日本人1位。前日のサブトラックで村澤を見た某大学監督が「動きがかなり良いですよ」と話していた。
 “期待優勝記録”はA標準の27分45秒00。佐藤、清水、村澤の3人はB標準しか破っていない。B標準選手が優勝した場合、2〜3位にA標準の宇賀地強、宮脇千博が入っても、代表はおそらく1人になる。複数の代表入りを実現するためにもA標準を破ってほしい。
 といってもA標準の宇賀地と宮脇が悪いというわけではない。宇賀地は最終刺激の日体大(5月27日)で13分46秒03(同じレースで佐藤悠基13分43秒01)。順調と見て良いだろう。宮脇は中部実業団5000mで13分43秒97。タイム自体よりもケニア3選手に勝っているのが評価できる。
 蓋を開けてみたらA標準選手が強かった、ということになる可能性も十分にある。
 大迫傑はゴールデンゲームズinのべおかで27分56秒94で日本人トップの2位。上り調子だ。高林はカージナルではダメだったが、中部実業団の1500mで独走で3分49秒17とスピードを確認。竹澤健介は日本選手権初日の5000mに出て、体が“動く状態”になったか。
 初日の5000mはスローペースになってしまったが、1万mはたぶんそうならない。佐藤も宇賀地も宮脇も村澤も、スローペースにしたらリスクが高まるばかり。前述の某大学監督も「1万mはスローになりませんよ」と明言した。


●男子やり投 全種目エントリーリスト
 ディーン元気が織田記念で84m28の日本歴代2位。記録では村上幸史を上回った。続く川崎でも81m43と連続で80m越え。だが、安定感では村上がまだ勝る。昨年だけでも82mオーバーが5試合。織田、川崎と右脚大腿の故障を抱えながらも79m56、80m26とまとめた。13連勝がかかる日本選手権には万全で臨んでくるだろう。五輪本番を想定して、2人とも前半から80m越えを狙う。1投目から見逃せない戦いになる。そこに加わりたいのが織田記念で79m90とB標準を超えた荒井謙。「オリンピックに出るためには記録との勝負」とA標準の82m00だけを見据えている。21世紀に入って初めて村上以外の優勝者が生まれるか。
■ロンドン五輪標準記録 82.00/79.50
■突破者

ディーン元気 早大 84.28 2012/4/29 織田記念
村上幸史 スズキ浜松AC 83.53 2011/8/14 国体愛媛県予選会
荒井 謙 七十七銀行 79.80 2012/4/29 織田記念
 ディーン元気は関東インカレに81m54のセカンド記録で優勝。風邪気味の状態だったというから底上げは確実になされている。
 勝負のカギは村上幸史の故障からの回復具合にかかっている。
 東日本実業団では山本一喜が78m17で、荒井謙を抑えて優勝。6年ぶりに自己新を投げた。社会人2年目に腰をケガしたこともあって伸び悩んだ。左脚を早くつき、体のひねりを使う「クローズの投げ」(山本)が、村上やディーンが成功した投げ方。しかし、山本がそれをしようとすると、腰が耐えられなかった。
「だったら正面を向いてまっすぐやりを引き、投げで体が左に開いてもいいから体全体がしっかりとついていく動きをしようと思いました」
 この投げができるのは「体があるから」だという。外国選手には散見されるが、日本人では珍しい。「今回がきっかけでポーンといけば、81〜82mは行く感覚があります」
 荒井は東日本実業団で76m02。「もう2ステップ良くならないと、82mは厳しい」と自己分析する。
「1ステップめが左の背筋の詰まっている感じがとれること。バランスがよくありません。それを元に戻さないと。2ステップめが左脚が着いたときに右腕が前に出ていること。左脚が着いたときにもう少し押せるようにしないとダメです。全てが上手く噛み合えば82mも行きます」


●男子400m 全種目エントリーリスト
 静岡で快勝した金丸祐三の8連勝が濃厚だ。優勝回数では現在、日本記録保持者の高野進と並んでいるが、単独最多回数にもなる。ただ、本人は「もう勝ちは意識していません。ロンドン五輪でどう戦うか、というイメージを作ることだけを考えている」と言う。狙うのは44秒台。「前半200mを21秒4で通過する」プランだ。2位争いは静岡で45秒81と五輪B標準を突破した中野弘幸と、静岡3位で安定している石塚祐輔が有力。石塚は静岡で「300mでかつてないほど金丸の近くにいられた」と手応えを感じた。昨年B標準を突破している廣瀬英行は、静岡で47秒53と不調に苦しんでいる。立て直すことができれば有力な2位候補だ。
■ロンドン五輪標準記録 45.30/45.90
■突破者

金丸祐三 大塚製薬 45.23 2011/5/12 テグ国際
中野弘幸 愛知教大 45.81 2012/5/3 静岡国際
廣瀬英行 慶大 45.84 2011/6/12 日本選手権
 初日の予選では金丸祐三が予選1組1位で45秒99。予選の自己最高記録かと思って確認すると、「高3のときに45秒6で走っているんです」とのこと。当時の高校記録。しかし「流して出た最高タイムだと思います」という。
 これは、44秒台も期待できそうだ。金丸自身も、日本記録の前に「まず44秒台を」と話している。ということで“期待優勝記録”は44秒99にした。
 1組目では2位に籾木、4位に安井が入り、中京大コンビが決勝に残った。1組3位の本塩遼もプラス2の1番目で決勝進出。
 2組目では中野弘幸が46秒49で1位通過。調整法(攻めの調整?)を変えたとツイッターに書いていたので、具体的にどう変えたかを聞いてみた。
「テグ国際(4×400mRで3分01秒04の日本歴代3位)のあと、200 mまでの距離しかやっていません。400 mだとどうしても、ビビって脳が抑制してしまうので、300 mとかで中途半端に前半を抑える走りをするのでなく、200 mまででスピードをやって、脳から筋に(ビビらない)指令が行くようにしてきました。明日は200 mを21秒台で通過したい。金丸さんに並ぶのはまだ無理かもしれませんが、石塚さんを目標に行って、後半で持ち味を出せれば」
 ところが、予選3組でその石塚祐輔がフライングで失格してしまった。「セット」のあと、スタンドがざわついたのに体が思わず反応してしまったのだ。「何がなんだかよくわからないうちに終わってしまいました」
 リレーメンバーの選考は“リレーの特性を考慮する”という規定なので、五輪代表の可能性がゼロになったわけではない。失格直後ということで、石塚自身もどう考えて良いのか気持ちの整理がついていない様子だった。
「タイムを見てくれたら可能性はありますし、静岡、川崎、テグとリレーを走ってきたのも事実です」
 と言いながらも「でも、日本選手権の順位が一番重要なのはわかっていたこと。無理だと思っています。オリンピックが終わったんだなと、確信せざるを得ません」という考えも頭をもたげてくる。
 決勝で好タイムが続出すれば可能性は小さくなるが、決勝で45秒台が2人とかであれば、「やはり石塚」となるかもしれない。こればかりは陸連の判断を待つしかないだろう。
 昨年までリレーメンバーを続けてきた廣瀬英行が不調だったが、3組目2位で予選を通過。47秒07とタイムは良くないが首の皮一枚のところで残っている。東日本実業団では46秒98の2位と持ち直している。
「新人研修後に無理矢理スピードを上げようとした」ことで右足底筋膜炎になったのが不調の原因。「右をかばって走ってブレーキをかけていました」5月16日のテグ国際4×400mRはサポートに回ったが、「痛みを気にせず練習ができるようになりました」と元気を取り戻して帰国。決勝で起死回生の走りを見せられるか。


●男子400mH 全種目エントリーリスト
 岸本鷹幸が大きくリードしている。昨年は日本選手権優勝と世界選手権準決勝進出。今季は静岡で日本選手3年ぶりの48秒台をマークした。レースパターンを昨年から前半型に変更。今季はハードル間13歩を5台目までに伸ばし、前半型をさらに押し進めている。それでいながら静岡、川崎と外国選手相手に競り勝った。48秒台中盤も期待できる。A標準突破の今関雄太と小西勇太も、昨年の世界選手権代表だった安部孝駿も静岡は今ひとつ。川崎でも差が開いた。静岡で1組1位の記野友晴や、3組1位の野澤啓佑らが代わって上位に来る可能性もある。あとは47秒台コンビの為末大と成迫健児の復活次第
■ロンドン五輪標準記録 49.50/49.80
■突破者

岸本鷹幸 法大 48.88 2012/5/3 静岡国際
今関雄太 チームアイマ 49.27 2011/6/26 大阪選手権特別レース
小西勇太 立命大 49.41 2011/6/26 大阪選手権特別レース
安部孝駿 中京大 49.64 2011/7/17 アジア選手権
野澤啓佑 早大 49.64 2012/6/8 日本選手権予選
舘野哲也 中大 49.77 2012/5/20 関東インカレ
 2日目に準決勝もあるので、有力選手は予選ではまだ全開ではなかった。
 1組目は安部孝駿が50秒15でトップ通過。髪の毛が短くなっていた。2位に関東インカレ2位(49秒77の自己新&B標準突破)が50秒45で続いた。
 2組目は十種競技が専門の中村明彦が50秒67で1位。今関雄太が50秒89で続いた。小池崇之と成迫健児の同学年コンビは調子が上がらず予選落ち。為末大は1台目を倒して転倒。ラストランとなった。
 3組目は野澤啓佑が予選最高タイムの49秒64で1位。3位だった関東インカレで49秒84の自己新を出していたが、今回はB標準突破。記野友晴が復調して50秒50の2位。A標準突破者の小西勇太が50秒59で3位。
 そして4組では本命の岸本鷹幸が50秒35で1位。好調の笛木が50秒57で続き、袋井市出身の天野裕太が50秒66で3位。
 “期待優勝記録”は48秒34。岸本が「目標としている」という苅部俊二監督の記録である。


●女子100mH 全種目エントリーリスト
 木村文子が完全に抜け出した。地元の織田記念で13秒04の日本歴代3位で五輪B標準も突破。川崎では12秒台の外国人選手に競り勝った。「今後につながる収穫でした。日本選手権へは(日本人初の)12秒台を出すためのトレーニングを考えてしていきます」。織田記念では紫村仁美も13秒15とB標準を突破。「4月後半はスプリントの練習に専念して、後半の脚の回転が落ちなくなった」と好感触。現時点では木村に対抗する存在だ。寺田明日香は織田記念で13秒58と昨年の不調から抜け出ていない。「スプリント能力自体が落ちている」と中村宏之監督は分析する。伊藤愛里と野村有香を含めた3人がどう立て直してくるか。
■ロンドン五輪標準記録 12.96/13.15
■突破者

木村文子 エディオン 13.04 2012/4/29 織田記念A決勝
紫村仁美 早大 13.15 2012/4/29 織田記念A決勝
 準決勝もあるので予選は全開ではなかったが、紫村仁美は予選2組で13秒42(+0.1)。木村文子は3組で13秒44(±0)。標準記録を破っている2人の争いになりそうだ。
 新にやっていることは? という問いに紫村は「ハードルを越えて1、2を、ブレーキをかけずに、さらにスピードに乗るようにやってきました。それが中盤で出たのはよかった」と話した。「目標はA標準です。Aを出せば順位もついてくると思うので」
 ということで、“期待優勝記録”もA標準の12秒96にしてある。
 一方の木村は「1台目まで加速にしっかりと乗ること」を意識したという。「それを確認できたので、準決勝、決勝とつなげていけると思います」と話した。
 あとは精神面で気をつけているようだ。
「オリンピックに、とよく言われますが、そんな状況でも自分のペースで行きます、ということを心がけています」
 平常心を強調していた。
 2人の他では熊谷史子が好調で、1組で13秒53(±0)。13秒37(2009年)の自己記録更新も見えてきた。
 だが、北海道ハイテクAC勢では寺田明日香が欠場。400 mHではなく100 mHに絞った野村有香は1組で5位と精彩を欠いた。
 伊藤愛里は4組1位通過で13秒62(±0)。「小谷君(100 m)がポジティブなので、私も前向きになれた」と、同期コンビの相乗効果を強調する。


●女子100m 全種目エントリーリスト
 福島千里の4回目の優勝は堅い。屋外初戦の織田記念で11秒34。日本人2位に0.16秒差をつけた。スタートから加速局面に本人も、中村宏之監督も不満を示す。それでも、福島のスタートに太刀打ちできる選手はいない。序盤で差を広げてフィニッシュまで駆け抜けるだろう。2位争を見るとき、前半型か後半型かに注目すると面白いかもしれない。織田記念では土井杏南が日本人2位、北風沙織が同4位と、福島も含め前半型選手が上位に入った。後半型では高橋萌木子が同3位に食い込んだが、市川華菜や渡辺真弓は加速がぎくしゃくしていた印象だ。高橋と土井の新旧高校記録保持者対決という視点もある。
■ロンドン五輪標準記録 11.29/11.38
■突破者

福島千里 北海道ハイテクAC 11.24 2011/6/26 布勢リレーカーニバル兼 2011スプリント挑戦記録会 in TOTTORI
福島千里 北海道ハイテクAC 11.24 2011/10/8 国体
 予選は雨が強く、本来の力(晴天時の力)を出せなかった選手が多かったように見えた。
 予選1組は石田智子が11秒71(±0)で1位。存在感を見せた。終盤で一気の追い上げを見せた高橋萌木子が同着の1位。しかし、3位の岡部奈緒と4位の市川華菜と、昨年のテグ世界陸上代表2人が予選落ちする波乱があった。
 2組目は福島千里が11秒51(±0)で1位。スタートが悪かったという福島に対し、リアクションが悪かったのか、加速へのつなぎが悪かったのか、という質問が出た。
「今日は全部ダメでした。自分が悪いんですが、ショックです。これを無駄にしないで。決勝ではちゃんと走れるようにしたい」
 “期待優勝記録”は福島の自己記録(日本記録)更新である。
 2組では佐野夢加が11秒74で2位。北風沙織が11秒81で落ちてしまった。
 3組がすごかった。土井杏南がスタートから大きくリードを奪い、11秒47(+2.2)で1位。風速の違いはあるので福島より良かったとは言えないが、予選最高タイム。タイム自体よりも、2位の今井沙緒里に0.24秒差をつけたことにスゴさを感じた。
 それでも土井は「スタートで少し浮いて思ったスタートができませんでした。スタート次第で終盤のイメージも違ってきます。明日に向けて修正していきたい」と課題を話した。
 この冬から課題としてきたのは、骨盤の動きを利用して地面反力を得る走り。その完成度はどうなのか。
「意識しなくてもできるようにならないと意味がありません。まだまだ未完成ですが頑張りたい」
 福島が本命であることに変わりはないが、土井がかなり近づく走りをするのではないか。あとは予選1組目の石田と高橋がどうか。石田のスタートも以前のキレを取り戻したように見えたし、高橋の最後もかなりの追い上げだった。各選手の特徴が出るレースを期待したい。


●男子100m 全種目エントリーリスト
 山縣亮太と江里口匡史の対決が白熱しそうだ。スタートは山縣がリードしそうだが、中盤以降は調子の良い方が前に出る。序盤をいかに、力を使わないでスピードを出すか。大舞台でそれができる能力は、経験のある江里口が勝る。だがゴールデングランプリ川崎(以下、川崎)の山縣は、「すごく力んだレースにはならなかった」と言う。外国選手相手で思い切りぶつかることができたのだろうが、プラス材料ではある。北京五輪代表の塚原直貴は織田記念で10秒25とB標準に迫った。完全復活にもうひといきか。木村慎太郎は50〜60mで重心が高くなってしまうのが課題だが、「あと一歩でなんとかなる」と感じている。
■ロンドン五輪標準記録 10.18/10.24
■突破者

山縣亮太 慶大 10.08 2012/4/29 織田記念予選2組
江里口匡史 大阪ガス 10.14 2011/10/8 国体
小谷優介 住友電工 10.21 2012/4/29 織田記念予選1組
川面聡大 中大 10.22 2011/10/8 国体
大瀬戸一馬 小倉東高 10.23 2012/4/29 織田記念予選1組
九鬼 巧 早大 10.23 2012/6/8 日本選手権予選3組
 予選は各組の風が大きく違って比較ができない。
 1組は+0.5で飯塚翔太が10秒35で1位。高校3年時の10秒38を更新する自己新だった。2位は小谷優介で10秒40。テグ世界陸上代表の川面聡大は10秒55の3位で決勝に残れなかった。
 2組は唯一の向かい風(−0.9)となり、1位の江里口匡史のタイムは10秒45。2位の塚原直貴が10秒48。
 江里口は「あの風でも10秒3台中盤だったら良かったが、前半から乗れずに最後はアップアップだった」と反省の弁。
 塚原は「江里口と一緒だったので、記録を出せると思っていたが、2人で並んでいてもゆったり動いている感じで、“まずいんじゃないの”と感じていた」と振り返った。
 標準記録未突破だけに「明日しかチャンスはない。腹を決めて走る。めっちゃ崖っぷち。でも、試合勘を含めて緊張感が足りていない。もっと追い込まれた方が良い」と、自身の置かれた状況を利用するつもりだ。
 3組は+1.3と最も風に恵まれ、山縣亮太が10秒22で1位。タイムを見たら、関東インカレ準決勝以降を欠場した脚の不安はないように見えるが、スタートから序盤の加速にいつものキレがなかった。今季の特徴である後半の走りでかわしたように見えた。
 だが、これはもしかすると、九鬼巧の走りが良かったからそう見えただけかもしれない。九鬼は10秒23で初のB標準突破。高校時代のライバル2人が、大学に入って最も接戦となった。
 山縣は関東インカレ後「2週間くらい」練習に影響が出たという。不安ももちえおんあるが、「レースに影響しないように、そっちのトレーニングもしている」と言う。メンタル面の強化をしているということか。
 走り自体は「ちょっと空中分解しているような走りだった」と自己分析。「そういうとこも含めてまだまだなので、決勝はどうなるかわかりませんが、自分の走りを心がけます。故障明けに不安はつきものですが、予選を走ったことで決勝はリラックスして走れます」
 江里口対山縣の構図は予想通り。これも陸マガの展望記事に書いたことだが、どちらが自分の走りに徹することができるか、が勝敗を分けそう。違ってきそうなのは九鬼。ひょっとすると2人の争いに加わってくるかもしれない。もちろん、追い込まれた塚原が底力を見せることも期待したい。


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