2012/1/3 箱根駅伝
東洋大、驚異のスピード
往路記録を5分05秒、復路記録を1分56秒
大会記録を8分15秒更新!


@1km平均が史上初めて2分台に
 今大会の東洋大のスピードはすさまじかった。
 絶好の気象コンディションに恵まれたのは事実だろう。2位の駒大、3位の明大、5位の青学大、6位の城西大と上位チームの多くがチーム最高記録を更新している。
 しかしそこを考慮しても、大会記録を8分も更新することなど、箱根駅伝がここまで盛んになっている今日、普通に考えたらあり得ないことだった。その結果、下の表のように1kmあたりの平均タイムが初めて3分を切った。

2012東洋大 従来の大会記録
区間 区間順位 選手 距離(km) 記録 1km毎 記録 1km毎 年・大学
1区 4位 宇野博之 21.4 1:02:34 2:55.4  
2区 2位 設楽啓太 23.2 1:08:04 2:56.0  
3区 2位 山本憲二 21.5 1:02:43 2:55.0  
4区 1位 田口雅也 18.5 0:54:45 2:57.6  
5区 1位 柏原竜二 23.4 1:16:39 3:16.5  
往路     108.0 5:24:45 3:00.4 5:29:50 3:03.2 2011東洋大
6区 1位 市川孝徳 20.8 0:59:16 2:51.0  
7区 1位 設楽悠太 21.3 1:02:32 2:56.2  
8区 1位 大津顕杜 21.5 1:04:12 2:59.2  
9区 6位 田中貴章 23.2 1:11:06 3:03.9  
10区 1位 斎藤貴志 23.1 1:09:45 3:01.2  
復路     109.9 5:26:51 2:58.4 5:28:47 2:59.5 2002駒大
総合     217.9 10:51:36 2:59.4 10:59:51 3:01.7 2011早大
5区と6区を除いた平地区間     173.7 8:35:41 2:58.1      
      マラソン換算2:06:11 マラソン換算2:07:47 

 往路は前回の東洋大自身が出したタイムを5分10秒も更新。山登りは数字の上では平均タイムを低くしているが、そこで柏原竜二(4年)が区間新を出したことで、往路の平均が3分切りに近づいた。復路は10年前の駒大の記録を1分56秒更新。1km平均はすでに2分59秒台に入っていたが、それを2分58秒台に短縮した。
 特筆すべきは総合の大会記録を8分15秒更新したことで、1km平均が2分59秒4と初めて3分を切ったことだろう。このタイムをマラソンに換算すると2時間06分11秒となり、高岡寿成(カネボウ)の日本記録を上回ることになる。従来の早大の大会記録をマラソンに換算すると2時間07分47秒。今回の東洋大のスピードが、いかにエポックメイキングな記録だったかがわかるだろう。

 ちなみに区間毎に見ると1区、2区、3区が2分55〜56秒台の超高速区間。“前半で遅れない”のが駅伝の鉄則でもあり、スピード派のエース級が集まるからだ。4区は距離は短いが、1〜3区に比べ力が落ちる選手が起用されるので、平均タイムも少し落ちる。
 山の5、6区は特殊区間で比較対象にならないが、設楽悠太(2年)が区間新をマークした7区は1〜3区に迫る速さになっている。8区がやや落ちるのも選手の力から仕方ないだろう。9、10区は距離が23kmと長くなることも一因だが、今回は向かい風が障害となった。前回区間賞を獲得した9区の田中貴章(4年)が調子を落としていたが、今回も区間賞を取るレベルで走っていれば2分58秒台の平均タイムだった。

A「2分50秒〜55秒で押していく感覚を練習で…」(酒井監督)
 今回は駒大がスピード・ナンバーワン・チームだった。油布郁人(2年)と撹上宏光(3年)が1万mで五輪B標準を突破し、揃ってユニバーシアードに出場(油布が5000m、撹上がハーフマラソン)。新人の村山謙太は日本インカレ5000mを制した。1万mの上位10人平均タイムは28分40秒83と箱根駅伝史上過去最速に上がった。
 1万m平均タイムの2位は前回優勝の早大で28分49秒00。東洋大は3番目で29分02秒42だったのである。
 しかし、結果として箱根駅伝で圧倒的なスピードを見せたのは東洋大だった。トラックの記録と今回の箱根のスピードに関して問われた酒井俊幸監督は、次のように説明した。
「東洋大にはまだ、トラックとロードの両方に出ていけるまでの選手が少ないのです。下地ができた選手はトラックのタイムも狙っていきますが、選手には各々の段階があるといった状況です。でも、箱根駅伝はスピード化しているまっただ中です。(09、10年と)連覇したときは3分05秒ペースで進めて勝つことができました。しかし前回は、3分00秒ペースで進めても早大さんに勝てなかった。後半落ちてくるのをとらえる走りでは通用しなくなったんです。2分50秒〜55秒で押していく力が今後は求められると思ってやってきました。もちろんトラック練習もやりますが、ロードやクロスカントリーの練習を、ただ時間走的にやるのでなく、2分50〜55秒の動きができるように逆算して、そこに直結していくように行ってきました」

 序盤からハイペースで入ることは、終盤で失速する危険と隣り合わせでもある。それでも今年の東洋大は、独走となった後も前半を抑えることはなかった(9区と10区は少し抑えたが)。「この1年、そういう練習をしてきましたから」と酒井監督。「元々スピード能力の高い選手たちではありませんが、ライバル校に競り勝つためにやってきました。その力を箱根でも発揮したかった」

 実際に走る選手は、トラックの記録が上の相手に挑まなくてはならない。その点をどう考えているのか。1万mは29分29秒56がベストだが、3区で区間歴代4位をマークした山本憲二に話を聞いた。
「自分たちも記録会で狙っていけば、早大や駒大くらいのタイムは出せると思っています。同じくらいの練習はしているはずですから。(練習が2分50〜55秒につながっているかは)監督が練習の意味を細かく説明してくれるので、自分でもこう練習して、次にこうなっていくという流れが理解できます。それで調整も上手くできる。単純なスピードでは勝てなくても、スピード持久とか総合力というところでは勝てると思っています。今回完勝できたことで、やってきたことが正しかったと証明できました」

 トラックの記録は持っていなくても、駅伝になればスピードが出る。それが東洋大のやり方なのだ。
 だが駒大のやり方が間違っているわけではない。全日本大学駅伝で優勝したことからもわかるように、駅伝でもスピードを生かすことができる。今回力が出せなかった原因は、トラックのスピードを強化してきたこととは別の部分だろう。来年は駒大のスピードが、箱根駅伝で爆発する可能性は十二分にある。
 要はチーム毎に選手の特徴が違い、それに合わせた強化スタイルのカラーがあるということである。

B2位とのタイム差は現行コース最大の9分02秒。“今井・順大”と共通点
 今回の新記録の背景に気象条件の良さがあったのは間違いないが、東洋大の強さが突出していたのも事実である。最もわかりやすいのが2位とのタイム差だろう。現行の217.9kmのコースになった1999年以降の1・2位のタイム差を表にしてみた。

1位 2位 タイム差
1999 11:07:47 11:12:33 4:46
順大 駒大
2000 11:03:17 11:07:35 4:18
駒大 順大
2001 11:14:05 11:17:00 2:55
順大 駒大
2002 11:05:35 11:09:34 3:59
駒大 順大
2003 11:03:47 11:08:28 4:41
駒大 山梨学大
2004 11:07:51 11:13:48 5:57
駒大 東海大
2005 11:03:48 11:07:23 3:35
駒大 日体大
2006 11:09:26 11:11:06 1:40
亜大 山梨学大
2007 11:05:29 11:11:42 6:13
順大 日大
2008 11:05:00 11:07:29 2:29
駒大 早大
2009 11:09:14 11:09:55 0:41
東洋大 早大
2010 11:10:13 11:13:59 3:46
東洋大 駒大
2011 10:59:51 11:00:12 0:21
早大 東洋大
2012 10:51:36 11:00:38 9:02
東洋大 駒大
平均 3:53
酒井俊幸監督が語る快記録が出た理由
「今回は追い風が多く、連覇のときよりすごく気象条件に恵まれました。この1年、駒大さんと早大さんというライバルチームが存在して、危機感を持ってやってきました。前回21秒差で負け非常に悔しい思いをした。では何をすべきか。1人1人が自覚を持って、選手のみならず、マネジャーを含めた部員全員が自覚を持って、総力戦という意識でやって来ました。(ライバルチームを意識して1km2分50〜55秒ペースを想定した)トレーニングもできました。夏のトレーニングも十分積むことができ、スピード練習も入れられました。スタミナがあってのスピードです。トラックの記録はそこまで上げられませんでしたが、距離の短い出雲で駒大さんに勝つことができました。トレーニングは中身が大事ですが、上手く試合へリンクさせていくことができたと思います。そして本学は被災地出身の部員も多く、スポーツを通じて元気があるところを伝えたい思いが強かった。往路をとっても守りに入らず、復路も前へ行く姿勢、苦しくても前へ行く姿勢を走りから伝えたかったんです」
 平均で3分53秒差。2番目の差は6分13秒である。今大会の9分02秒が圧倒的な大差だったことがわかる。

 2番目に大差(6分13秒)をつけたのは2007年の順大だが、今回の東洋大との共通点が2つ見られた。
 まずは今井正人(現トヨタ自動車九州)という絶対的に信頼できる山登りの選手がいたこと。5区の今井で予定通りにトップに立った順大は、復路は区間賞2個を出すなどして独走した(7区までは1分台のタイム差で、今回ほどの独走ではなかったが)。
 もう1つは4年生が今井を含め5人メンバーに入っていたこと。つまり4年生がチームをまとめ、その力が爆発した点である。

 順大の仲村明監督は“今井・順大”と今回の東洋大の共通点を次のように説明する。
「今井のときがそうでしたが、柏原君がいることで“勝てる”という気持ちをみんなが持っている。一緒にやっているうちに“オレだってやれる”と思う選手が出てきます。そういう選手が4年生になったときに力を発揮するのです」

C4年生中心チームの爆発力
 酒井監督は「設定タイムを合計したら10時間57分台」だったことを明かした。ここまでの記録が出ることは当事者も想定していなかったのである。
「やはり学生特有のパワーがあります。スタッフが導く部分もありますが、学生は上級生の背中を見て動く部分が大きい。高校よりも大学の方が、そういった部分が強くなってきます」
 4年生がチームをどうまとめられるか、どう引っ張ることができるか。今井や柏原というジョーカー的な選手の有無にかかわらず、4年生がその年のチーム力を左右するとはよく指摘される点である。

 4年生の宇野博之(1区)は次のように話した。
「確かにチームが1つになった感じはありました。4年生がリーダーシップをとって、上下関係も適度に保ちつつ、です。特に何かをしたというよりも、尊敬される上級生として行動することを心がけました。練習は引っ張るようにしましたし、普段の生活では栄養を考えた食事をとり、ストレッチやマッサージをなどケアをしっかりとやりました。基礎的なことをしっかりとやることで、チーム全員の意識が高くなった。4年生がすごかったというよりも、それに応えてくれた下級生がよくやってくれたと思います」

 柏原竜二は「キャプテンらしいことは何もしなかった」と繰り返し話していたが、東洋大というチームの大前提として柏原の存在があればよかった。“強烈すぎる個”が何かを言っても別格視されてしまう。それよりも上級生という集団がチームを引っ張り、結果としてチーム全員が団結する。地味な部分であるが、4年生の背中を見た下級生が高い意識で競技と生活をする。その方が効果的だった。酒井監督が「部員全員の総力戦」と話すのは、一部選手だけが高い意識を持とうとしても難しいことを指している。
 地味な取り組みでもそれが積み重なり、チームのパワーがぎゅっと凝縮される条件が整えば、学生チームは予想以上の力が出る。
 “今季の東洋大”でなければ、ここまでの記録は出せなかった。


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