2009/5/9 国際グランプリ大阪
女子4×100 mRで43秒58の日本新
バトンパスよりも個々の
“走力”を前面に出した珍しいケース
しかし、その背景に感じられたリレーの伝統


●“走力勝負”
 女子4×100 mRの日本チーム(北風・福島・渡辺・高橋)が、43秒58の日本新で優勝した。
 3走の渡辺真弓から4走の高橋萌木子にバトンが渡った時点で、すでにリードを奪っていた。追う展開で力を発揮することの多い高橋。
「いつもと違って逃げる展開でしたが、そのなかでも自分の走りをしっかりしようと思って走りました。(自分のパフォーマンスに)関係ないと言いたいところです(笑)」
 2位のオーストラリアが43秒95、3位の中国が44秒37。以前の日本なら簡単に勝てるレベルではなかったが、今回の日本チームは簡単に勝ってしまった印象すらある。
 レース後の選手たちのコメントは、断片的にしか聞くことができなかったが、次のような感じだった。

1走・北風沙織(北海道ハイテクAC)
「(バトンパスが詰まったか? の問いに)このチームでは最初だったので、バトンをしっかりとつなげるように行きました」
2走・福島千里(北海道ハイテクAC)
「パスは(上手く)できたと思います。初めてのメンバーでこれだけの記録を出せました。経験を積めば積むほど、よくなっていくと思います」
3走・渡辺真弓(ナチュリル)
「今回のメンバーでは初めてで、バトン練習も昨日だけ。その条件で日本記録を出せたのはよかったです。みんな走れていたので、バトンがつながればタイムは出ると思っていました。これから精度を上げていけば、記録は縮められると思います」
4走・高橋萌木子(平成国際大)
「走力もみんな上げてくると思うし、バトン技術を研いていけば、あと0.5秒くらいは短縮できると思います」

 選手たちのコメントにあるように、バトンパスはどこも“安全運転”で行なっていたように見えた。バトン練習はレース前日だけ。清田浩伸女子短距離副部長は「普段よりも2足長詰めて、余裕を持ってやりました。今日は“走力勝負”。バトンが渡れば43秒5は出ると思っていました」と話す。
 個々の走力では劣るが、バトンパスの技術などでカバーする。それが、日本の4×100 mRだった。日本チーム関係者が“走力勝負”と話していた記憶は、かつてない。

 今回の相手のオーストラリアと中国が、42秒前半で走るチームだったら“走力勝負”とは言えなかっただろう。
 今年の大阪GPは4月の試合の結果でメンバーを組んだため、どうしても急造チームとなる。バトンパスの練習をする時間がなかった以上、状況的にも“走力勝負”とならざるを得なかった。
 直前のレースで日本新、自己新がメンバーに続出した。アップした走力を、リレーでも確認してみたい。そういう気持ちが自然と働いたとしても不思議でないくらい、今年の女子短距離は良い雰囲気になっている。

●個々には経験のあるメンバー
 昨年、43秒67の日本記録を出したときのオーダーは
1走・石田智子(長谷川体育施設)
2走・信岡沙希重(ミズノ)
3走・福島千里
4走・高橋萌木子
 だった。
 そこから残ったのが福島と高橋の同学年コンビ。2人の今季の活躍は素晴らしいの一語に尽きる。織田記念100 mでは11秒23と11秒24で、ともに日本最速タイムを上回った。追い風は2.2mで、公認範囲を0.2m上回っていたに過ぎない。続く静岡国際200 mでは23秒14と23秒15のダブル日本新。2レースとも福島が0.01秒先着した。
 男子でも旧チームから残った高平慎士(富士通)と塚原直貴(同)の2人が大活躍しているように、女子でも残った2人が快走を続けている。旧チームで経験を積んだ選手が、その経験を生かしてしっかりと成長したからこそ、良い循環が生まれる。

 渡辺と北風も“新人”というわけではない。
 渡辺は2007年の世界選手権代表。予定していた選手の故障で3走を走ったが、バトンパスでミスをして失格した。落ち着いた雰囲気の選手なので、気持ちの動揺が記者たちに伝わることはないが、何かしらの思いを乗り越えてその後の競技生活を続けているはずだ。
 昨年はリレーメンバー入りは逃したが、100 mの記録を11秒7台から11秒57まで短縮。今季は4月のアメリカ遠征で11秒61と好調な出だしで、織田記念では上述の2人と同じように追い風2.2mの参考記録だが、11秒34で走っている。200 mでは静岡国際で23秒66(日本歴代6位)の自己新。
 つらい経験を乗り越えて人間的に成長していることと、今季の好調さ。この2つがリレーにつながっているのは間違いないだろう。

 北風も2006年にアジア大会代表、07年には世界選手権代表。ともに4×100 mRでは1走を務めた。記録も06年に初めて11秒5台となる11秒56を記録すると、07年に11秒52と伸ばし、昨年は福島が11秒36の日本記録を出した織田記念で11秒42で走っている。
 しかし、アジア大会の頃から脛に痛みがあり、昨年の日本選手権を最後に痛みがひどく試合に出られなくなった。北京五輪を逃したこともあって手術に踏み切り、今年の織田記念が10カ月ぶりのレース出場だった。
 そこで11秒53(+2.2)と好走し、大阪GPのリレーメンバー入りが決まった。だが、状態は必ずしも良くなかったと北風は言う。
「まだ脛が痛いこともあって練習にも波があります。織田記念が思ったよりもよくて、その後の練習も思い切ってやるようになったのですが、やり過ぎてしまったのかもしれません。少しずつ疲れが出てしまいました」
 今回のメンバーでは、不安要素を抱える唯一の選手だったかもしれない。北風の走りが実際どうだったのか。見た目では周囲の選手との比較でしかわからないので、判断はコーチの言葉やバイオメカニクス分析などを待ちたいと思う。

●リレーの伝統が定着
 以上のように、個々のメンバーの充実ぶりが著しかった。“走力勝負”という言葉が出たのも不思議ではないが、麻場一徳女子短距離部長は「短い加速区間でスピードを上げる練習は、冬期からできていた」という言い方をした。安全な距離で出ても、しっかりと加速してバトンを受け取っているというのだ。
 近くまで引きつけておいて思い切り出る。ちょっと聞いただけでは、当たり前のことのように思える。それを麻場部長があえて口にした。当たり前のことが実は、難しいことなのだということに他ならない。

 北京五輪出場を逃した女子4×100 mRだが、世界選手権には何度も出場している。しかし、納得できる記録を本番で出したことはあまりない。何かしらのアクシデントが発生していた。特に、黒人や白人に囲まれて、周囲が猛スピードで走っている状況で正確にスタートすることは、簡単なことではないのである。特に、直線を走ってくる走者のバトンを受ける3走は、プレッシャーが大きいと聞く。安全な足長で行くのか、攻める足長で行くのかは、そのときどきの判断だったのだろうが、当たり前に思えるバトンパスもできなかったのではないだろうか。

 北京五輪を目指す過程で、以下の3点を徹底してやってきたと麻場部長。
(1)受け手が短い加速区間でスピードを上げる
(2)短時間でのバトンパス(素早い受け渡し)
(3)バトンゾーン前半でのパス(後半になるとスピードを緩めてしまいがちになる)
 当たり前ではあっても難しい部分。リレーの基礎に相当する部分が、最終的に出場することはできなかったが、北京五輪を目指す過程で徐々に、日本チームに定着してきた。
「この冬の合宿でも、来られないメンバーもときどきいましたが、この3つは全期間を通じて行い、誰がどこを走ってもこの3つはできるようにしてきました。その基本を抑えた上での“走力勝負”でした」

 直接聞いたコメントではないが、新チームの充実ぶりを話していた福島が「でも、ベテランの方々のご指導をいただいて、良い雰囲気でした」と話したという。
 何度も練習し、国際舞台に挑戦する過程で蓄積されたデータは、有形無形で後進に伝わっていく。それが伝統と呼ばれるものである。確認することはできなかったが、福島もそこを感じ取っているのかもしれない。


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