2006/9/10 南部記念
11秒54――高橋の高校新についての検証っぽい記事
“抜ける”感覚にインターハイとの違いはあったのか?
シニア選手とのレースで力を発揮できる理由とは?
レース中の動きは“無意識”だが……
高橋萌木子(埼玉栄高)の強さは、どう形容したらいいのだろう。
インターハイはレース後半で、オレンジ色の閃光が走ったかのように、先行する選手たちを瞬く間に抜き去った。だが、南部記念は相手がシニア選手。高校生ほど簡単にはいかない。当然、高橋自身もそういった難しさを感じたはず。そう予想して、インターハイとの違いを聞いてみた。
「インターハイのときは2段階で、中村(宝子)さんを抜いたら、もう1回福島(千里)さんを抜いていった、という感じでした。今日は(隣の)北風(沙織)さんしか見えていなくて、そこを目がけて走りました」
高橋が口にしたのは、彼女の視界に入っていた展開の違いだった。その言葉に、シニア選手相手の難しさ、高校生を相手にしたときとのプレッシャーの違いは、それほど感じられなかった。
「北風さんに追いつける感覚はありました」
スタートから前半でリードを奪った北風はこの日、後半もかつてないほどスピードを維持していた。にもかかわらず、高橋はいつもと同じ感覚で走っていた。
埼玉栄高・清田浩伸先生によれば、高橋はいつも「抜ける感覚があった」と話すのだという。
「普通の選手は“抜かなきゃ”と思うのに、高橋は“抜ける”と感じるみたいです。1年のインターハイからそうでした。実際は90mで抜いたのに、80mでもう、抜けると確信したといいます。前半5〜6番にいても、まったくあせらない」
これまで、“抜けると感じなかったレース”はあったのだろうか。本人に確認すると、次のような答えだった。
「2年生の日本選手権……100 mではそのレースくらいです」
当時、シニア選手とのレース経験は少なく、緊迫感も春季サーキットなどとは違う。さすがの高橋にも緊張があった、と清田先生。それが昨年6月のこと。9月のスーパー陸上ではもう、日本選手のトップを取っていた。
過去、100 mでシニアレベルの記録を出した高校生は多い。だが、実際に同じレースを走ると、高校生のレースで出したベストタイムに遠く届かない。いつもの動きができなくなってしまうのだ。そういった部分が、高橋にはまったく感じられない。
「シニアの方たちと走るときのほうが、楽しみが大きいんです。硬くなることはまったくありません。2年生の時からシニアのレースに出ていますから、慣れたのだと思います」
シニア相手でも後半で強さを見せる高橋だが、実際のスピードは下がっている。他の選手よりも下がる幅が著しく小さいため、差がどんどん縮まり、一気に抜き去ることができるのだ。日本陸連医科学委員会が測定したインターハイのバイオメカニクス・データ(スピード曲線と通過&区間タイム=日本陸連・科学委員会が公表したもの)からも、それは明らかだ。
では、“抜ける”という感覚を持てている高橋はレース中、動きの意識はどう持っているのだろう。スタート、加速段階、中間疾走など、トップ選手は動きのポイントを変えているという話も耳にする。練習で反復する動きが無意識にできるのが理想だが(動きの自動化、という言葉がよく使われる)、1つか2つはレース中にも意識して走っているのが普通である。
「試合のスタートでは何も考えず、無心で行きます。加速のときも無我夢中。中盤以降も自然に前に出る。結果的に、ストライドがだんだん大きくなっているのは感じますが、自分で何かを切り換えてはいません。自分で考えようとすると、力んでしまうのです」
多くのトップスプリンターたちが課題としている動きの自動化が、高橋はすでにできているのかもしれない。現時点で“できている”と結論を出す必要もないが、その可能性もあるということだ。
ただ、今後の高橋が同じやり方で行くのかどうか、まではわからない。日本人トップだった昨年のスーパー陸上で外国人選手と走ったときは、さすがに“抜ける”ではなく、「ケタが違う」と感じた。11秒3台、2台と力を伸ばして行くには、明確に上のレベルの動きが要求される。
「自分で足りないと感じているのは、腕やハムストリングの力。これまでウエイトはほとんどやっていませんが、これからは大人の体になるので、それに合わせてやっていかないとダメかもしれません」
体つきや筋力が変わってきたときに、“無意識”の走りができるのか、レースでの試行錯誤が必要となるのか。そのとき、高橋がどんな対処能力を発揮するのか。今のやり方を続けられる、という可能性もある。その場合、“無意識”のレースは筋力などとは関係がない、ということになる。
日本女子スプリント史上、稀に見る素材であるのは確か。********************************(最後の一文は後送)。
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