2006/12/24 全国高校駅伝
逆転Vの須磨学園キャプテン小林が
2区で区間新&3年連続区間賞


レース後のコメント
●「今までで一番嬉しい」
「今までで一番嬉しいです。今までトラックで注目されて、駅伝でもキャプテンということで注目されて、その過程もすべて24人の部員と、長谷川先生のおかげで経験できたことです。そして高校最後の舞台で、ドキドキ、ワクワクを味わわせてもらえたことを、本当に感謝したいと思います。走っている最中は無我夢中でしたが、走り終えた後は、モニターを見ながら応援して、チームを信じるしかなかったんですが、ドキドキもあったから、今まで以上に嬉しいんです。一昨年、去年とめっちゃ悔しい思いをしましたが、それは弱いから負けたんです。強いチームが勝つのではなく、勝ったチームが強いんです。この1年間、弱いチームとして頑張って、やっと強いチームになれました。3位、2位と来ていましたから、今年は1位しかありません。陸上をやめようかと思ったこともありましたし、チームでゴチャゴチャもありましたが、終わりよければ全て良しだと思います。レース展開、勝ち方も良かった。去年もアンカー勝負を経験している永田が、同じ位置で勝負を決めてくれました。バスの中でテレビ・インタビューを見ていましたが、早くあそこに行きたいと思い続けていました。(競技場に戻ってきて)感極まって、涙が出ました。24人プラス先生で勝てたことが、どんなに素晴らしいことか、実感できました」
●自身の走りと20人抜きについて
「長谷川先生が直前に電話で、落ち着いて行けと指示をしてくれました。(遅れて来るのは)1年生のときも経験しています。イメージ的には、どんな展開になっても大丈夫だと思っていました。走り出してからはトップが見えていましたし、見えていないときは先導車両を見て、トップを追いかけました。20人抜いたと言われましたが、チームのことだけを考えていたので、人数は何も覚えていなくて。多くて10人かな、と。ハイペースで入っていると知るのが怖くて、初めて時計を見ないで走りました」
●アジア大会との兼ね合いについて
「アジア大会は将来、世界選手権やオリンピックにつながることを考えたら、必要な大会でした。駅伝はチームへの恩返しのため。どちらも重要な大会ですが、駅伝を走るからにはアジア大会が言い訳にならないようにしたかった。(チーム的にも)先生と私がアジア大会でいなくなって不安がありましたが、帰国したら駅伝で勝つ雰囲気のチームになっていました。(体調も)ベストでした。アジア大会の疲れがどうしてとれたんだろう、と思うくらい。私は大きな大会が続くと気持ちがバテてしまいます。今回も、どう持っていけるのか不安もありましたが、アジア大会後に速攻で帰国して、さあ全国(高校駅伝)だと切り換えられた。今回は懸けているものが違うのだと、自分でも気づきました」
●長谷川先生について
「今回初めて先生が、優勝と口に出されていませんでした。去年は優勝、一昨年は高校記録と目標を話していましたけど、今年は控えめだったんです。私たちにも、優勝だぞとは言われなかった。私たちが、自分の力を出しさえすれば、結果はついてくるのだと思いました。やっぱり、長谷川先生の存在は大きいですね。他の学校の先生は自分で引っ張って行かれますが、長谷川先生は自分たちに任せてくれます。だから、アジア大会のときも、先生がいなくてもやっていけるチームでした。1人1人の自覚をうながしてやってくれる。だからこそ、勝ちたいと思えるんです」

5区・永田が勝負を決めるスパート
「誰もがきついラスト2kmの上りで仕掛けました」
「(3km手間でのスパートは)体が動いていたので、ここなら行けると思いました。ラスト2kmは上りで誰もがきついところ。ここで仕掛けた方が、相手が離れると思いました。そこか、競技場だと思いましたが、向こうの呼吸が荒かったので、去年の経験から一気に行きました。上りについては、合宿で追い込んでトレーニングをしていました。8月には岐阜の御嶽で、標高の高いところでトレーニングをして自信がありました。
 12月に入って右の脛に違和感が出て、徐々に痛くなりました。シンスプリントです。ポイント練習は全部こなせましたけど、ちょっと痛みがあって。今日もアップでは気になりましたが、走り出したら勝ちたい気持ちが強かったからか、脚も大丈夫でした。一番いい走りができたと思います。
(アジア大会で)先生とキャプテンがいないのは大きかったのですが、副キャプテンの高吉を中心に、チーム一丸となりました。心配ありませんでした」


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