2006/8/6 大阪インターハイ5日目
東大阪大敬愛が3分43秒27の高校新!
準決勝プラス通過から起死回生の走り

女子最終種目で地元・大阪勢が初優勝
インターハイ種目になって6年目で初の高校新




 女子4×400 mRは多くの要素が絡み合い、非常に面白いレースとなった。1走に400 m全国2位の選手を起用したチームもあれば、2走に100 mのチャンピオンを配置したチームもある。そして、チーム力のある地元の強豪校の存在。その結果、最終日にして初の大阪勢の優勝、そしてインターハイ採用6年目にして初めての高校新記録という結果に結びついたのである。

  東大阪大敬愛 熊本信愛 埼玉栄
  通過 スプリット 通過 スプリット 通過 スプリット
1走 00:56.0 00:56.0 00:54.7 00:54.7 00:57.6 00:57.6
2走 01:52.1 00:56.1 01:50.4 00:55.7 01:53.7 00:56.1
3走 02:47.7 00:55.6 02:48.5 00:58.1 02:49.8 00:56.1
4走 03:43.27 00:55.6 03:44.28 00:55.8 03:45.43 00:55.6
計測データは2006全国インターハイ/JAAF Statistics Informationsによる

1走:400 m2位、武藤の1走起用の影響とは?
 レースの流れを左右したのは、熊本信愛が1走に400 m2位の武藤奈々を起用したことだった。2走にエースを起用して混戦から抜け出すのはよくある戦術だが、1走にエースというケースは珍しい。最初からリードを奪い、ライバルチームにプレッシャーをかけるのが狙いだろう。準エースの2年生・蓑田莉沙が200 mで8位入賞と成長していることも、エースの1走起用を可能にした。自チームの2走以下の選手へ、好影響もあると判断したのかもしれない。
 武藤は狙い通りの走りをやってのけた。54秒7のラップで後続に大差を付けたのである。この快走と武藤の存在が、他チームの1走選手にどこまで影響したかはわからない。有力チームの1走では埼玉栄の渡辺有香が57秒6。東大阪大敬愛(以下、敬愛)の阪口恵里香が56秒0。各選手の走力を正確に把握していないので明言は避けるが、阪口は「ライバルチームが誰を起用してきているかは、知りませんでした。周りはまったく見ないで、自分のレーンだけを見ていました」と、影響はなかったようだ。
 しかし、2走以後のレース展開に与えた影響は大きかった。2走が4×400 mR特有の混戦にならず、縦長の速い展開になったのだ。混戦でも競り合いからハイペースになることもあるが、高校生の女子では混戦の方がペースは落ちるのだろう。埼玉栄高の清田浩伸先生は、想定外の展開になったと話している。

2走:生かされなかった高橋のスピード
 2走は高橋萌木子の走りが焦点となった。2年時の北関東大会以来の4×400 mR出場。2走が団子状態の混戦なら、その流れに上手く乗り、後半で抜け出せたかもしれない。しかし、熊本信愛が大きくリードをし、埼玉栄は敬愛と3番手争いをしながら追いかける展開となった。
 敬愛の2走は2年生の米田和。「スタート直前に集合場所で(埼玉栄の2走が)高橋さんと知って、ビビリました」と心の動揺がなかったわけではない。それでも、レースとなったら、高橋を右後方に感じながらも、前だけを見て走ったという。いい意味で開き直れたのかもしれない。
「3番でもらったときは、絶対に抜かさせへんと思いました。私はスピードがないので、200 mから上げるのがいつもの走りですが、今日は100 mから全力で行きました」
 その走り方が功を奏した。高橋の気配が200 m付近からちょっと遠くなった。1人を抜いて3走には、2位でバトンを渡すことができた。
 4×400 mRでときおり生じるプラス効果に、普通の状況ならオーバーペースになるのに、4×400 mRだからそのまま押し切れてしまうことがある(もちろん、練習で潜在能力が上がっているから可能となる)。このときの米田がそれに該当するかもしれない。
 対照的に、高橋は4×400 mRの悪いパターンにはまってしまったようだ。敬愛の柿内先生は「高橋さんはもっと、ガーンと行くかと思っていましたが、遠慮をしていたような感じすら受けました。外側から前に切り込んでも来ませんでしたから。経験不足からなのか、疲れがあったのか」とコメントしている。
 高橋の200 m通過は25秒2。この数字をどう評価するべきか。丹野麻美(福島大)が400 mで51秒台を出したときは、200 m通過が25秒0か25秒1。4×400 mRの200 m通過は、フラットレースよりも0.5秒以上は速くなる。それに最初の100 mで米田との差を約1秒詰めているので、100 mから200 mまでは高橋にとってそれほど速くなかったはず。
 米田にとってはかつてないハイペースだったが、高橋にとってはスローペースで、それにはまってしまった。前半からハイペースで押すこともできず、かといって、後半で抜け出すような展開にもならなかった。武器であるスピードを生かせない展開にしてしまったのである。

3〜4走:体調不良も、トライアル学内トップのア山に賭けた敬愛
 2走の米田だけでなく、敬愛はチーム全体がいい意味で開き直れたのかもしれない。3走にア山綾華(2年)を起用した点に、それが現れていた。
 ア山は前日の200 m予選(6組3着)後に気分が悪くなり、この日の朝になっても治らなかったため、病院に点滴を受けに行った。準決勝には間に合わず、坪田愛・米田・是澤・阪口のオーダー。1走の坪田が58秒4(手元での計測=非公式)と出遅れ、3組3位で3分48秒86。プラス通過と危ない橋を渡った。
「その時点で開き直りました。ア山がしんどい状態でも、走る以外になかったのです」と柿内先生。
 トップを行く熊本信愛とはまだ、1.7秒差があった。距離にしたら12〜13mだろうか。ただ、熊本信愛は3走の力が他の3人に比べて落ちる。対するア山は、体調に不安があったとはいえ、7月30日のタイムトライアル(4×400 mR形式)では学内トップ。56秒79の公認記録を大きく上回る55秒6をマークしていた。
「最後の直線に出たときは7mくらい差があったと思いますが、そこからつまり始めました」(ア山)
 残り20〜30m付近で熊本信愛を逆転すると、逆に0.8秒の差をつけて4走にバトンを渡した。4走の是澤菜々子は、チームメイトを信じていたという。
「準決勝はタイムが悪かったですけど、決勝になったらみんな走ると思っていました。2走まで2番で前とも離れていましたが、私のとこには1番で来てくれた。練習を頑張ってきたから、絶対に勝てると思っていました。私も絶対に抜かれない自信がありました」

 4走では1・2位間の差はそれほど変わらない。変化があったのは2・3位の差。熊本信愛から1.4秒差でバトンを受けた埼玉栄・木村朝美が猛追を見せ、200 m付近で追いついた。しかし、後半は逆に熊本信愛が差を広げ、上位3チームは3走終了時点とそれほど変わらない差でフィニッシュした。
 4走の展開を見てもわかるように、熊本信愛の戦術は埼玉栄に対しては有効だった。だが、敬愛のチーム力には通用しなかったということだろう。ただ、もしも2走が混戦となって埼玉栄が高橋でリードしたらどう展開していたか。見たい気もするが、勝負は1回だけ。その原則を崩したら、インターハイの面白さも半減してしまう。

高校新と大阪勢唯一の優勝
 今年のインターハイ、地元の大阪勢は4日目まで優勝が1つもなかった。陸上強豪県の開催で地元が勝てないというのは、関係者にとって悔しいことである。長居の高速トラックで近畿大会を開催したことで、故障につながった選手が多いという指摘もあった(兵庫県勢の頑張りなど、反証も挙げられそうだが)。
 男子4×400 mRの清風や、男子三段跳など最終日も希望は持てる状況だったが、この日は大阪の各校がまとまり、地元選手たちに声援を送った。敬愛が呼びかけて実現したという。それが、どのくらい4×400 mRの走りにプラスとなったのか、実証することはできない。ただ、2走までに大差がついたレースでも、選手たちがあきらめない雰囲気作りに貢献していたのは確かだろう。

 敬愛の優勝記録は3分43秒27の高校新だが、選手たちは記録を狙っていたわけではなかった。とにかく、勝つことだけに集中していた。4走の是澤は次のように話した。
「タイマーは見ていませんでした。記録のことは2の次で、勝つことしか考えていなかった。(フィニッシュしたときは)もう最高や、最高やと叫んでいました」
 従来の高校記録は、姫路商が1993年の日本選手権リレーでマークした3分43秒58。実に13年ぶりに更新である。当時の姫路商メンバーの400 m自己記録と、区間タイム、そして今回の敬愛のメンバーのそれを比較したのが下記の表だ。
  東大阪大敬愛 姫路商
  通過 スプリット 選手 自己記録 通過 スプリット 選手 自己記録
1走 00:56.0 00:56.0 阪口恵里香(3年) 57秒21 00:56.5 00:56.5 山田恵美(1年) 57秒0
2走 01:52.1 00:56.1 米田 和(2年) 56秒68 01:54.1 00:57.6 土橋あゆみ(3年) 57秒9
3走 02:47.7 00:55.6 ア山綾華(2年) 56秒79 02:49.4 00:55.3 泉 知可子(3年) 56秒79
4走 03:43.27 00:55.6 是澤菜々子(3年) 25秒61 03:43.58 00:54.2 小林美佳(1年) 55秒86
 3走の泉とア山が同じベスト記録で、ラップタイムも近いのは面白い点だが、姫路商の方がエース・小林の稼いだタイムが大きい。翌94年のインターハイ400 m優勝者で、95年には54秒07を記録する選手である。
 敬愛は13年前の高校記録チームとの比較でも、今大会の上位チーム間の比較でも、エースの力ではなく層の厚さが特徴であることがわかる。インターハイ優勝を狙うには、大エースのいるチームの方が有利なのは間違いないところだが、敬愛は大エース抜きでも戦えることを示した。その結果が、女子4×400 mRがインターハイに採用されて6年目にして、13年前の高校記録を破ることにつながった。


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