2006/5/20・21 東日本実業団
結果は三者三様も
スタート変更に手応えのミズノ・トリオ


 ミズノ・トリオが、スタートに変更を加えている。
 信岡沙希重は陸マガ6月号に書いたように、低い姿勢で出るように変えた。
 内藤真人はスタート位置についたときの前後の足の間隔を、これまでよりも大きくした。
 末續慎吾は1歩目に踏み出す足を、後ろ足から前足に変更した。
 それが、東日本実業団ではどう表れたのだろうか。


@信岡沙希重
レース構成に手応え
「上手く合わせれば、いつでも日本記録は出せる」


 3人の中で日本記録への手応えを最も感じたのが信岡だった。

 信岡は昨年まで「スタート直後に立ってしまっていた」と言う。特にスタートの速い石田智子(長谷川体育施設)の隣で走ったときの写真を見ると、腰の位置が10cm以上高い。そこを低く出ることで加速を鋭くする。
 改善の狙いはスタート直後の局面にとどまらない。早くトップスピードに入り、それを長く維持すればトータルのタイムは速くなる。スタートの改良でトップスピード自体が上がる可能性もある。4月のアズサ・パシフィックでは成功し、23秒36と自己の持つ日本記録に0.03秒と迫った。

 しかし、国内200 m第一戦となった静岡国際では、スタートで力を使いすぎた。「コーナーの出口までも行けなかった。レースの流れはめちゃくちゃでした」と振り返った。それでも23秒37(+2.5)が出せたのだから、底上げは確実にできている。

 東日本実業団では予選が23秒61(±0)。
「静岡の反省から、コーナーの出口に向けてタメようと、リラックスしました。予選はちょっと落としすぎましたね。(それでも23秒61だったので)決勝はうまく走れば自己記録(=日本記録)に届くかな、と思いました」
 しかし、決勝は風に恵まれず23秒98(−2.5)に。
「アベレージは上がったと実感できています。今年はまだ、ピンポイントで合わせていません。上手く合わせれば、いつでも日本記録は出せると思います」
 記録こそ出なかったが、レース内容には自身、合格点を出せた。

「予選も決勝も、50mまでは手応えがありました。力の何%で、どこまで上げられるかがつかめたと思います。やっと200 mのゴールまでが見える、レース構成になってきたと思います」
 静岡国際のときとは一転して、笑顔が見られた。信岡にとって自己新=日本新。日本記録への手応えは十分なはずである。

A内藤真人
見ている側が感じた強さ
「前後の間隔を広げることで、1歩目をしっかりつけている感じになりました」


 第三者的に見て、最もスタートが速くなったと思えたのが内藤真人だった。

 特に田野中輔(富士通)や谷川聡(TMA)らスタートが速い選手と比べた場合、昨年までの内藤は大きく出遅れていた印象が強い。「ずっとスタートが悪いと言われ続けてきました」と、本人も少なからず気にしていたようだ。
 それが、今年の内藤はそれほど出遅れない。織田記念では中盤で、東日本実業団では序盤でトップに立った。田野中が動きとともに、レース構成を変化させていることも一因となっているのかもしれないが、内藤自身、スタートの改良に手応えを感じている。
「スタートの出方を直して、多少はスピードに乗れるようになりました。これまで位置についたとき、両足を近い場所についていました。それを前後の間隔を広げることで、1歩目を手前につくようにしました。しっかりつけている感じになりました」

 スタートだけでなく、走り自体も良くなっている。それは練習中のスプリントのタイムにも表れているし、動きが変わったと関係者から指摘もされている。
 東日本実業団では、中盤以降も勢いが感じられた。その結果が、向かい風0.8mで13秒54(A標準突破)というタイムと、2位の田野中に0.28秒という差となって表れた。田野中も今季、13秒55とA標準を突破している選手である。

 内藤の自己ベスト13秒47に対し、日本記録は13秒39と0.08秒の差がある。この日の走りをもってすぐに、日本記録を更新できるとは言わなかったが、「今日の内容にもまだ、タイムを縮められる部分はある」という言い方をした。
 客観的に見たとき、この日の内藤は本当に強いと思えた。本人よりも第三者が、日本記録更新の可能性を感じたレースだったのかもしれない。

B末續慎吾
常識を求めた結果の“革命的なスタート”
「(痙攣は)やってはいけないことだが、思惑に近いとも言えます」


 結果として一番悪かったのが末續慎吾であるが、スタートの動きを“革命的”に変えたのも末續だった。初日の100 m予選1組を2位(10秒74・+0.2)で通過したが、準決勝を棄権した。

「3歩目くらいに左脚の内転筋が痙攣して、そこからは走っていません。去年も、一昨年も、無理をしていい結果を残せなかった。ちょっとでも脚にキズがあったら影響する競技です。本能的にやめよう、と思いました」

 痙攣の原因が、変更したスタートだったかもしれないという。
 スタート時に後ろ脚から1歩目を踏み出すのが常識だったが、末續は今回、前脚(右脚)から1歩目を踏み出したのである。国際グランプリ大阪では「相手(ガトリン)が悪いから」と従来のやり方だったが、試合では東日本実業団で初めて挑戦した。元々、スタートラインから遠い位置で両足を近くに置く「ロケットスタートだった」(末續)からできたことかもしれないが、それでも“革命的”である。
 しかし、である。前後を逆にするという部分は革命的だが、背景にある考え方はむしろ常識的である。スタート直後に身体が浮くのを抑え、低い姿勢を保つのが狙いなのだ。

「(痙攣は)やってはいけないことだが、思惑に近いとも言えます。その辺は紙一重」
 末續はこんな言い方もした。今回のスタートは、右脚を踏み出すのと同時に、左脚を強く引きつける。負担がかかるべき場所にかかった結果だと。
「去年や一昨年は、ヒザや足首と、あまり使いたくない部分を痛めていましたから。今回は、やってきたことが間違いじゃないとわかりました。それほどひといケガにまで行っていません。ここで判明したことを、今後の課題としていきます」

 レース後の痛みは特になく、準決勝も出ようと思えば出られたというが、これまでの経験から大事をとった。
「とにかく調子は良かった。予定ではここで、それなりの結果を出すつもりでした。正直、めちゃくちゃ悔しいです。でも、グラウンドに立てなくなったら負けです。無理をしてやる競技じゃありませんから。前途多難かもしれませんが、今年は色々なことをやるシーズンと位置づけています。今日は頭で考えていたほど、身体が言うことを聞いてくれなかったということ。身体はウソをつきませんから。先は険しいけど、やっていくしかありません。蓋を開けてみたら、すごいものになっているかもしれませんしね」

 行き着く先は、革命的な記録(成績)になるのだろうか。そうなった場合も、積み重ねた基本的なところは、常識的なことなのかもしれない。


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