2005/8/2 世界選手権直前企画
メダル? 入賞? 予選止まり?
“メダル候補”沢野の可能性を検証
沢野大地(NISHI A.C.)がメダル候補とまで言われ始めた。その大きな根拠は2つ。1つめは5月に5m83の日本新をクリアしたこと。最近の五輪や世界選手権の成績を見ると、本番で5m85を跳べばメダルの可能性はある。そして2つめは、ローマ・ゴールデンリーグで2位と、日本選手ではかつては考えられない順位を取ったこと。五輪・世界選手権の決勝と変わらない顔触れのなかでの快挙だった。
しかし、そう簡単にメダルが取れるものなのだろうか。確かに、プラス面を中心に検証すれば、メダルを取れるという展望は成立する。だが、今年の棒高跳界の状況や沢野自身の不安要素を検証すると、厳しい面もある。純粋に可能性ということであれば、予選落ちの可能性もある状況なのだ。
@予選通過へのプラス面と厳しい面
<厳しい面>
予選通過が厳しい客観的な状況として、以下の点を挙げることができる。
(1)アテネ五輪の予選通過記録は5m70
パリ世界選手権の予選通過は5m60だったが、アテネ五輪では5m70に上昇した。沢野は2回連続で予選を突破しているが、アテネ五輪は冷や汗ものだった。5m65を2回失敗し、3回目もバーを大きく揺らす跳躍。バーが残ったのは「応援してくれた人たちの力」と沢野自身も言うほどの危ない跳躍だった。
大舞台で5m70を跳ぶことがいかに難しいか、を考えて欲しい。国内で5m80を跳ぶのと、どちらが簡単か――。
(2)今季5m70以上が33人
予選通過ラインになると思われる5m70以上を今季、33人が跳んでいる(2005年のパフォーマンス・リスト参照)。その全員が出てくるわけではないが、相当に狭き門となる。正直、5m80以上のベスト記録を持っていないと、本番で5m70を跳ぶのは難しい。そう考えると候補は13人に減る(04年以前に5m80以上を跳んでいる選手も含めれば、この数字はもう少し多くなる)。
しかし、ちょっと考えて欲しい。5m70の記録を持つ日本人選手が世界選手権に出場した場合、日本のマスコミは間違いなく「予選通過の可能性大」と展望するだろう。つまり、ベスト記録が5m70でも、それぞれの国では期待を集めている。そういった選手たちが、必死の思いで挑んで来ているのだ。自己記録だけで予選通過は無理と決めつけるわけにはいかない。
<プラス面>
(1)シーズン前半、5m70〜80を「楽に跳べていた」こと
決勝に力を温存することが目的だったが、結果的に、ストレスを感じずに予選通過ラインの高さを跳躍していたことになる。
(2)日本選手権記録なしの失敗が教訓に
5m50から跳び始めたが、記録なしに終わった。3日前から体調を崩した(ウイルス性か?)のが原因だった。今季は、これも世界で戦うことを意識して、跳び始める高さを上げてきた。その意気込みが、自身の体調を冷静に判断する力を鈍らせたのかもしれない。
「自信と過信は紙一重。結果的に、日本選手権の頃は自分を過信していたと思う」と沢野。
しかし、日本選手権の大失敗があったことで、本番で自身の体調を見極める際、より冷静な判断が下せるようになるのではないか。実際、ローマ・ゴールデンリーグでは、パリやアテネでは気持ちが高ぶりすぎたのに対し、「冷静になれた」と話している。
A入賞へのプラス面と厳しい面
<厳しい面>
(1)グランプリ大会優勝者が14人!
今季のグランプリ男子棒高跳の成績をまとめたのが、こちらの一覧表。
グランプリといえども、優勝できる選手は2〜4人に絞られるのが普通である。1人の選手の連勝が続くケースも、いくつかの種目で見られる。しかし、今季の男子棒高跳はまさに大混戦模様。2回以上優勝しているのはブラッド・ウォーカー(米)ただ一人。その結果、グランプリ優勝者が今季は14人もいるのだ。“あり得ない”状況である。そのうち最低でも6人は、世界選手権で入賞できないのだから。
(2)実績の出ていない決勝と、ケイレン
沢野自身においても、いくつかの不安材料がある。パリ世界選手権もアテネ五輪も、予選から中1日おいての決勝で、力を出し切った実績がまだないこと。また、アテネ五輪の予選や今季の国内試合でも、度々ケイレンを起こしていること。ケイレンは、練習なら何本跳んでも起きないという。複合的な理由で起きるのだろうが、気持ちの面でも入れ込み過ぎると、起こるケースが多いと沢野は自己分析している。
<プラス面>
(1)アメリカ勢が全員出られるわけではない
今季5m70以上をマークしている選手が33人いると@で指摘したが、そのうち11人がアメリカ選手。アテネ五輪金メダリストのティム・マックを筆頭に、そのうち8人が出られない。また、14人のグランプリ優勝者のうち、出られないアメリカ人選手が3人いる。
(2)8位が複数選手出る可能性
バーを上げる走高跳と棒高跳は、同成績の選手が複数出ることが多い。特に今回のように各選手の力が接近していたら、その傾向は大きくなる。仮に5m70を2回目で跳んだ選手が8位だとして、それに該当する選手が4人出たら、入賞枠は「8」ではなく「11」に広がる。
(3)ケイレンが少なくなっている
沢野がヨーロッパ遠征後に次のように語っている。
「社会人になってから、試合になると自分のなかで盛り上がりがすごくなっていて、アドレナリンがかなり出ていると感じています。自分を抑えて、静かに燃える試合をするのがいいかなと思っていましたが、今回のヨーロッパ遠征、特にローマではそれがかなりできた。ヨーロッパでは試合中につることは、なかったですね」
予選・決勝と続けて力を出すことに関しても、同じようなスタンスで臨むのがいいと考えている。
「中1日ということも、ヨーロッパを回っていてなんとなく感じたのですが、何かしないといけない、こうしないといけない、と考えるのはよくないんじゃないかと。mustとかshouldとかhave toとかでなく、もうちょっと楽に臨むのがいいのではと感じました。ローマも、着いたら『2日間はグラウンドが使えないよ』と言われて、『あーそうかぁ』みたいなノリでしたから」
Bメダルへのプラス面と厳しい面
<厳しい面>
(1)アメリカ勢とジビリスコの強さ
メダル獲得を考えるとやはり、アメリカ勢が強い。アテネ五輪銀メダルのトビー・スティーヴンソンは、沢野が2位となったローマ・ゴールデンリーグで優勝。5m71の1回目を沢野1人だけが成功したとき、どの選手にも動揺の色が見えたという。しかし、スティーヴンソンだけが立て直し、5m71に成功。その時点でも沢野がリードしていたわけだが、5m81も続けてクリアして決着をつけた。
また、全米選手権優勝のブラッド・ウォーカーは唯一、グランプリに2勝以上している選手(2勝どころか3試合に勝っている)。今季、自己記録を数回更新して、現在は5m90がベスト。試合多すぎるとも思えるが、小さな試合もきっちり回って、競技環境が悪い中でも頑張ってきた成果が出ているのだろう。
2003年に急成長して、前回パリ大会を制したジビリスコ(イタリア)も勝負強さが持ち味。アテネでもマックとスティーヴンソンの米国2選手に続き、銅メダルを獲得している。パリの金メダルがフロックでないことを実証した。
(2)記録ではオーストラリア勢
今季のパフォーマンス・リストで上位3傑を独占しているのが、パール・バージェス(豪)だ。すべて2月に豪州国内で出した記録で、外国では活躍がない。そこが弱点だが、代わりにスティーヴン・フッカーが安定した成績を残しているし、01年エドモントン大会優勝のマルコフが大阪グランプリで優勝した。豪州勢も沢野に立ちはだかる存在だ。
沢野自身、ローマで2位となっても「世界選手権では絶対に、みんな、ローマよりも調子を上げてくる」と、手綱を締めている。
<プラス面>
(1)ローマで金メダル選手&候補に勝っている
とはいっても、ローマの2位は沢野の評価を一気に高めた。3位以下の11人のうち、実に9人が沢野より上の自己ベストを持っていた。また、マックやジビリスコという金メダリストにも勝っているのだ。勝利数と安定度で今季ナンバーワンのウォーカーにも、ローマと静岡国際で2勝を挙げている。
(2)厳しい理由の裏返し
予選通過が5m70以上になる可能性もあるし、今季5m70以上を跳んでいる選手も多い。しかし、沢野も国内では5m70を“楽に”跳んでいる。グランプリの上位者がめまぐるしく変わる状況で、大阪、プラハ、ローマと3位以内に入り続けた。プラハのように、跳びにくいコンディションの大会でも、崩れなかった。そして、メダル候補と目される強豪選手たちとも、勝ったり負けたりを繰り返しているし、彼らに一目置かれる存在になった。
客観的に厳しい状況の中で実績を挙げることが、沢野の可能性を高める結果になっている。7月22日の共同会見で沢野自身は「メダル候補は誰だと思うか?」という質問に対し、次のように答えている。
「今回のヨーロッパ遠征で世界のトップ選手たちの多くと戦うことができました。そのなかで感じたのは、自分も含めて力の差はほとんどないということ。ヘルシンキで決勝のある8月11日の本番に、一番調子がいい選手、一番高く跳ぶことができた選手が、当たり前ですけど優勝することができる。本当に、誰にでもチャンスはあると思いました。誰がメダル確実とか、誰が飛び抜けているとかは、ないと感じています」
“パリ末續”再現の可能性も
ここまで検証してきて、03年パリ大会の末續が思い出された。2年前の末續は、客観的には厳しいと思えたメダルを目標と公言。現実的には、五輪を通じても200 mでは初めての入賞が目標と思われる状況だった。しかし実際には、入賞を通り越して銅メダルという快挙を達成したのである。
今回、沢野が口にしている目標はあくまで「入賞」。メダルに関しては「誰にでもチャンスがある」という言い方だ。末續との差はキャラクターの違いだろうか。意外な感じもするが、オリンピックでは数々の金字塔を達成している日本の跳躍陣だが、世界選手権の入賞はまだない。史上初の入賞が手が届きそう、という客観的な状況だが、そこは同学年同士、“パリ末續”の再現も期待できる。
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