2003/8/24 世界選手権第2日
男子1万m
坪田、世界のレベルに歯が立たず18位
しかし、マラソンのためにも来年もトラック狙い

 坪田は昨年のアジア大会、年度アジアリスト1位で釜山に乗り込みながら、7300m付近からの中東勢のペースアップにまったく対応できず28分59秒83で7位。茫然自失の状態で座り込んでいた。夏から内蔵に疲労が出て、練習がうまくつながらなかった。
 今季も春先に足首を故障して出遅れた。初戦が5月の東日本実業団5000mで8位、2戦目の日本選手権1万mまでに調子を上げて4位。6月25日のホクレン・ディスタンスチャレンジ第3戦1万mで27分58秒98で優勝し、追加代表に選ばれた。

「練習としてはパーフェクトでした。体調もかなり良くて、もうちょっと勝負させてもらえると思っていたのですが。レース中の位置取りもイメージ通りに流れていたんです。ペースの上げ下げに後ろの方で対応しようと。(前半の5000mが13分59秒というのも)もうちょっと速くても対応できると思っていました」

 しかし、3000mを過ぎると徐々に、徐々に引き離されていった。5000mを過ぎると1000m毎のタイムも2分50秒を大きく下回るようになった。

「雰囲気に飲まれたのかもしれません。3000mあたりから1周のラップがわからなくなってしまいました。400 mのなかでも上げ下げがあって、3000mで消耗してしまいましたね。こういうレースを経験していないのが敗因です。日本のレースは記録を出せても、イーヴンで押していくパターンです。駅伝もそういうレースばかりですからね」

 坪田には昨年も今年も、マラソン進出の話があった。しかし、ニューイヤー駅伝後の故障などによる準備不足もあって、見送られ続けている。完全な状態で臨んだ今回「世界はレベルがちょっと違う」と痛感させられ、来年のアテネ五輪はマラソンで狙うことになるのだろうか。

「このままでは終われないでしょう。勝負できるかはわかりませんが、アテネもトラックで狙います。来年も1万mで出ることが、その後のマラソンにつながります。今回、勝負できずにマラソンに移行しても、マラソンでは勝負できないでしょう。マラソンで入賞レベルになるためにも、この1年間トラックをみっちりやりたい」

 どのくらいの力を、今後の1年間で付けようと考えているのだろうか。

「今日のあのレースに対応するには、A標準(27分49秒00)を切っていかないとダメです。1人で押していっても、27分49秒を切れないと厳しいと思いました。今日、トラックは暑さもあったし、風もあったんですよ。それを、前半スローで入っても、あのタイムが出せるんですからね。練習も変えていかないといけませんね。イーヴンだけじゃダメです」


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