2002/10/26
100万アクセス突破記念記事
羽生夫妻の“強さ”に迫る

◆惜しくも全日本実業団夫婦同日優勝は逃すも、好調の今シーズン。夫婦揃ってフルタイム勤務後の練習
 本サイト100万アクセス突破(10月26日未明)記念として、走幅跳の羽生悟・羽生美保子夫妻の“強さ”に切り込んだ記事を書きたいと思っていた。単に全日本実業団後に書く時間がなかっただけ、とか、羽生夫妻は実は将棋も強かった、というオチではない。羽生夫妻の練習法に、1つのヒントがあるように感じられたからだ。真面目な記事である。
 9月28日の全日本実業団1日目は雨と、フィールド種目にとってはあいにくのコンディション。ほとんどの選手が苦しんだ。しかし、その雨をついて唯一6m台を跳んだのが羽生美保子(デンソー)で、シーズンベストの6m16に7cmと迫る6m09(+0.5)で、3回目の優勝を飾った。2000年11月の入籍後では初優勝だった。
「楽しかったですね。自分の考えていた動きができました。技術的なことはよくわかりませんが、気持ちのいい動きです。6m09のときはまだ気持ちが良くなくて、ファウルでしたが後半によくなりました。雨も、考えていたより気になりませんでした」
 このコメントの中では“気持ちのいい動き”という部分がポイントなので、注意を喚起しておきたい。
 ところで、羽生悟の所属する小島プレスの選手が、フルタイムの通常勤務後に練習をこなしているのは、十種競技の石沢雅俊(小島プレス)が日本選手権に優勝した際に話題になった。デンソーの一般種目選手も同じ状況。美保子も8:40〜17:25の勤務を三重県大安町でこなした後、愛知県三好町(豊田市の近く)の自宅に戻り、夫の悟と一緒に練習をしている。
「普通に帰っても、練習を始められるのが19:30〜20:00。アスファルトの坂道を使って練習しています。距離は50mの場合もあれば、250mのもあって、走るのがメインですがバウディングや、なだらかな下りで助走練習に近い動きをやることもあります。練習メニューは夫が考えていますので、詳しいことは夫に聞いてください」
 ということで、同じ日に行われた男子走幅跳に出場した羽生悟に報道陣の注目が集まった。夫婦同日優勝も十分チャンスがあったが7m31(−0.9)で2位。復調した田川茂(ミズノ)の前に敗れ、アベックVとはいかなかった。ではあるが、今季の悟は30歳にして好調。6月の日本選手権に7m74(+2.3)で2位となると、初めて日の丸を胸に付けた8月のアジア選手権では7m75(+1.2)、自己記録に5cmと迫るセカンドベストで7位と健闘した。
 2人の年次別ベストは以下の通り。
学年 学年 美保子
6m43 中3 1986
高1 1987
6m92 高2 1988
7m23 高3 1989 中3 5m26
7m40 大1 1990 高1 5m61
7m43 大2 1991 高2 5m69
7m57 大3 1992 高3 6m05
7m70 大4 1993 社1 5m81
7m69 社1 1994 社2 5m74
7m62 社2 1995 社3 5m84
7m64 社3 1996 社4 6m14
7m80 社4 1997 社5 6m41
7m50 社5 1998 社6 6m36
7m60 社6 1999 社7 6m22
7m45 社7 2000 社8 6m18
7m68 社8 2001 社9 6m25
7m75 社9 2002 社10 6m16

◆練習場所は自宅近くの坂道。シーズン中も冬期練習のみ
 2人が結婚したのが2000年11月。秋季開催だった日本選手権後に入籍したということだが、ぎりぎり20世紀の内に結婚したことに意味があるのかどうかは、陸上競技とは関係ないので取材しなかった。悟に現在の練習パターンとなった理由を聞いた。
「お互いにフルタイムで働いているので、時間が合ったんです。彼女は結婚前はデンソーのグラウンドで、僕は中京大で練習していたんです(出身は愛知工大)。でも、グラウンドに行くとどうしても、技術系の練習になってしまい、ともすると“遠くに跳びたい”気持ちが薄れがちになります。それを坂の練習に変えることで、2人とも“遠くに跳びたい”気持ちが大事だと思えるようになりました。結婚前も冬期は坂でやっていたんです。それを結婚後はシーズン中も坂しかやらなくしたら、最後の炎に火がついた感じになったわけです。僕の場合、7m50が跳べなくなっていて、練習に行き詰まりも感じていました。2人とも記録が下降線だったのが、自己新こそ出ていませんが、結婚を機に上昇線を描き始めましたから、思い切って変えて良かったと思います」
 悟から聞いた練習内容は以下の通り。
●坂は3本で250mと50mの上りと60mの下り。幅2m50〜3mくらいの歩道
●シーズン中は上りの50mを使ったインターバル・ダッシュが中心。全力で走って1分休憩してすぐにスタートする。3本を3〜4セット。その後、下りの60mを助走のイメージで後半加速して行う
※「まったく同じ練習の繰り返しです。彼女が嫌がっても走らせます。3本やったら交替して、甘えが出ないようにお互いにタイムを取ります」
●250mの坂はシーズン中なら3〜4本、インターバルは5〜6分で走る。50mと違って、20〜30mのハンデをつけて夫婦一緒に走る
●ウエイトは別々に行うが、残りは一緒に行う
●技術練習は日曜日だけ中京大で行う。新鮮な気持ちで取り組めるメリットもある

 技術練習はお互いに見てやっているというので、どんなアドバイスをしているのかを聞いた。
「見ているのは細かい技術よりも、のびのび走れているかどうかだけ。表情だけですね。本当に楽しく走れているかどうか、だけ。やるからには真剣に、楽しくというのがモットーです。それに、リラックスできないと冷静な動き、自分の持ち味も出せません」
 全日本実業団でも夫からのアドバイスは、「頑張ってね、楽しく」という単純なものだったし、妻からも「硬かったね」とか「軟らかい動きができていたね」というくらい。それでも、このパターンで記録が再度上昇線を描き出したわけである。
「1年中冬期トレーニングですが、記録がいいときは練習中のタイムから予測できます」

◆“体力あっての技術”か
 羽生夫妻の練習内容を聞いていて、他の選手でもいくつか似たような話があったことに気が付いた。アジア大会やり投銀メダルの村上幸史(スズキ)が以前、大学1・2年時に記録が落ち込んだ原因を次のように話していた。
 大学生になると、共通練習が終わるとウエイトばかりやる選手と、技術練習ばかりやる選手の2通りに別れるが、そういった選手は伸びない。村上も大学1年時、自分の弱点は筋力だと判断してウエイトばかりやっていた。だが、自分の投げの技術と噛み合ってこそ、初めて有効になることに気が付いた。そして、筋力というよりも全身の基礎体力が重要で、筋力はそれを補うものと位置付けた。その結果が、3年時から再度、記録が上昇線を描いた(今年は左脛骨の疲労骨折に悩まされて自己記録こそ更新できなかったが、日本選手権とアジア大会で自己3番目の記録で結果を残した)。
 室伏重信氏もハンマー投の技術をさかんに説くが、「理想とする技術があって、それを可能とする体力をつける必要がある」と話しているし、やはりテクニック面にスポットが当てられがちの朝原宣治(大阪ガス)も、「体力が十分でなければ、理想とする動き・テクニックができない。疲れていてはダメですよ」と、ヨーロッパ遠征中に話してくれたことがある。
 当たり前のことだが、スポーツは体力あってのこと。“体力あっての技術”であることを、羽生夫妻の取材で再認識した。


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