2001/4/22
初マラソンで存在感を示した“超大物”テルガト
2時間08分15秒で2位
前半、集団でレースを進めていた犬伏孝行(大塚製薬)は、ピントやエルムーアジスと並んで、テルガトも集団の主導権を握っているように感じていた。初マラソンではあるがそれだけ、テルガトの存在感は大きく、周囲からマークされる存在だったことになる。
改めて紹介するまでもないかもしれないが、テルガトはクロスカントリーと1万mとハーフマラソンで、以下のように“超大物”と言っていい成績を残してきた。
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●クロスカントリー
世界クロカン:95年〜99年5連勝
●1万m
オリンピック:96年2位、2000年2位
世界選手権:95年3位、97年2位、99年2位
世界記録:26分27秒85(97年。現在世界歴代2位)
●ハーフマラソン
世界ハーフマラソン選手権:99年1位
世界最高:59分17秒(98年)、59分06秒(2000年)
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世界選手権とオリンピックの1万mで先着したのは全てゲブルセラシエ(エチオピア)で、世界記録を破ったのもゲブルセラシエ。世界クロカンでは無敵を誇っただけに、ゲブルセラシエさえいなければ、“長距離史上最強”の称号を冠されたかもしれない選手なのだ。
昨年のシドニー五輪は、ゲブルセラシエが故障上がりだったからかもしれないが、フィニッシュ寸前までリードし、最後の最後で胸1つの差でかわされた。
そのテルガトがトラックではゲブルセラシエに勝てないと踏んだのか、ついにマラソンに転向してきた。
「次のオリンピックにはマラソンで出たいと思っているが、今年のエドモントン世界選手権は考えていない。オリンピックや選手権とその他のレース、1万mとマラソンをうまく両立させることはできないので、マラソンを中心にやっていきたい。クロカンはすごく愛しているけどね」
レース3日前の記者会見で話していたテルガト。レースでも終始、余裕を持って集団につけているように見えた。エルムーアジス(モロッコ)の35km手前でのスパートについていくことはできなかったが、2時間08分15秒で2位。メンバーと全体的なタイムのレベルを考えると、上々の初マラソンといってよかった。すでに31歳だが、ケニアの先輩、モーゼス・タヌイのように、30歳を過ぎてからのマラソン・デビューでも、経験を2〜3回積めば、かなりのレベルになるのではないかと思われた(タヌイの経歴は、テルガトほどではないにしろ、かなり似通っている)。
と、このように記事を書くのが常識的な線だが、ちょっと違った角度から記事を書くこともできる。それはまた明日。
“超大物”テルガト
初マラソンで露呈した不安要素
“温室育ち”のメンタリティーかも
(↑記事前半からお読みください)
テルガトのレース後のコメントは、以下のようなものだった。
「マラソンは簡単ではなかった。ペースは速くなったり遅くなったりで、奇妙に感じた。エルムーアジスに引き離されてからは、ピントが追い上げてくるのを待っていたんだ。昨年のレースから、彼がその力があるのはわかっていたから」
結局、ピントは追いついてこず、最後までテルガトは1人で7km余を走ったが、エルムーアジスを追い上げることはできなかった。
このコメントから、テルガトの精神面が温室育ち的に感じられた。
レース中にペースの上下動があるのは不思議でもなんでもないし、テルガトくらいのスピードの持ち主なら、簡単に対応できていいはずだ。ピントが来るのを待って一緒に追い上げようというのも、作戦的には妥当だが、ピントが来なかった場合は1人で追い上げる気概が必要なのではないか。
このコメントを踏まえてテルガトの実績を振り返ってみると、独力でレースをつくったことは、それほど多くないのではないかと感じられた。トラックとクロスカントリーでは百戦錬磨のはずと思う方も多いだろう。だが、GPではラビットがつき、ペースはイーブンで進む。世界クロスカントリー選手権は、最後はテルガトに勝たせるように集団で走る戦法を、ケニアがとったのである。もちろん、言葉で表現するほど簡単ではないし、その辺の選手よりははるかに競り合いにも強いはずだ。だが、どこかで、“自分に都合良くレースはお膳立てされる”という気持ちになっていなかっただろうか。
少し見方が変わるが、大塚製薬・河野匡監督は次のような話をしてくれた。「マラソンの場合、ペースが遅くて考える時間がある。コースのあそこではこんな展開になるだろうとか、ここではペースがどうなるはず、とか考えすぎると、身構えてしまう」と指摘する。今回のテルガトは、マラソンを意識するあまり、ペースの変化を構えて考えすぎたため、筋肉に余計な緊張を強いたかもしれない。
また、別の見方もある。トラックでどうしても勝てなかったテルガトの勝負弱さが、マラソンでも出てしまったのではないかという見方だ。
いずれにせよ、テルガトの場合、2〜3回目のマラソンが勝負だと思う。6回、7回と経験して大成するパターンではないだろう。タヌイと同じパターンになるなら、なおさらだ。
「マラソンはすでに、私にとってキャリアの一部になっている。今後も前向きに考えていく。初めてのマラソンは、とても心地よかった」
前半で紹介したコメントと合わせて考えると、トラックではなく、マラソン中心の競技生活になることは確実だろう。