2001/4/21
ロンドン滞在特別企画
ミュージカル「マイフェアレディ」とAR(代理人)


「私はヒギンズ教授、テルガトはイライザのようなもんです」
 ロンドン・マラソン大会本部ホテルでイタリア人のローザ氏がこのように話してくれた。テルガトは言わずと知れた、トラック&ハーフマラソンの強豪。1万mでは96年のアトランタ五輪以降、世界選手権&オリンピックで4大会連続銀メダル。優勝は全てゲブルセラシエ(エチオピア)で、世界記録もゲブルセラシエに破られた。つまり、ゲブルセラシエがいなければ、最強の称号を手にしていた選手なのだ。
 ヒギンズ教授とイライザは、ロンドン・ミュージカルの名作「マイフェアレディ」の主人公2人である。貧しい花売り娘のイライザを一流のレディーに育てられるか友人と賭をしたヒギンズ教授。イライザを自宅に引き取り、言葉遣いやマナーを教える過程を描き、そして最後は恋に落ちるストーリーだ。
 話はちょっとそれるが、日本に比べ欧米はクラシカルな社会だ。ここでいうクラシカルとは、階級的という意味。同じロンドン・ミュージカルの「ミー・アンド・マイ・ガール」も、同様に階級社会を背景に描かれている。映画の「タイタニック」もその典型だ。
 欧米は個人主義が浸透し、能力のある者は金持ちになって当然、という考え方がある。だが、それが固定化すると社会的な閉塞感が生まれる。だから、映画や小説、ミュージカルに階級社会をテーマとしたものが多いのだ。
 ARのローザ氏は何も、自分が上流階級で、テルガトが下層階級だと言っているわけではないので、誤解しないように注意してもらいたい。ヒギンズ教授とイライザの交わりは、ある意味、異文化の接触ともとらえることができる。
 アフリカ選手は肉体的資質に優れているが、アフリカにはその能力を生業として成立させるための社会的な仕組みがない。そこで、アフリカ選手の中でも素質のある選手を見出し、欧米(日本)の価値観に沿って研きをかけることで、大金を手にすることができるようにするのが、ARなのである。その点が、ヒギンズ教授とイライザの関係に似ていると、言いたいわけである。
 テルガトはすでに31歳。トラックへの道を示したのもローザ氏だったが、同氏はさらにテルガトの価値観を広げようとしている。
 ……すいません。この文章はフィクションです。ドラマのようなものと思ってください。実は今回のロンドン・マラソンでは、AR関係の企画をやりたいと考えていたのですが、残念ながら実現しませんでした。そこで、このような文章を書いたわけです。上記の内容は、全て寺田が考えたことで、実際に取材したことに基づいて書いているわけではありません。