オリンピアン2002年6月号                   寺田的陸上競技WEBトップ
アテネへのステップ
Marathon
スピード化が進む国際舞台で世界に挑戦する選手たちの、
年末から今年4月までのシーズンを総括する。

国内外で大きな収穫を得た女子
 4月の海外マラソンで、昨年のエドモントン世界選手権代表選手が好走した(表1 表2)。松岡理恵(天満屋)がパリで日本歴代7位、土佐礼子(三井住友海上)がロンドンで歴代3位、大南敬美(UFJ銀行)がロッテルダムで歴代6位の記録をマークしたのである。
 松岡は男女混合レースの特徴を生かし、男子コーチをペースメーカー役につけ、予定通りのペースで走りきった。ロッテルダムは強豪外国選手不在で日本人選手同士の争いとなったが、大南が30km付近から徐々にリードを奪って優勝した。
 土佐の場合、世界選手権銀メダリストが4位と順位を落とした点と、優勝したラドクリフ(英)に4分近く離された点が気になる向きもあろう。だが、ロンドンは春のマラソン中最高のメンバーが集まった大会。世界最高記録に迫ったラドクリフの強さは別格として、2〜4位の3選手は15秒以内に相次いでフィニッシュするレースだった。
 むしろ、2位争いをする集団を積極的に引っ張り、シドニー五輪銅メダルのチェプチュンバ(ケニア)、1万m金メダリストのツル(エチオピア)らを振り切った点が評価される。土佐の持ち味はハイペースで押し切ることができる点。土佐は過去の全てのレースで必ず、自分の持ち味をレースのどこかの局面で出している。その結果が、最近の4レースで2位・2位・2位・4位という安定した結果となって現れている。
 女子は国内でも収穫があった。1月の大阪では弘山晴美(資生堂)が2時間24分34秒と自己2番目の記録で2位。1500m・5000mの日本記録を持つ、日本屈指のスピードランナーである弘山。99年の大阪で2時間22分台を出した実績があるが、本人は「やっとマラソンランナーになれた」と、33歳で臨んだ今回の大阪で実感している。
 3月の名古屋では、世界ハーフ3年連続4位以内の実績から“ハーフの女王”の異名を持つ野口みずき(グローバリー)が、初マラソンで優勝。昨年の世界選手権には1万mで出場しているスピードランナーでもある。世界選手権1万m代表(9位)では、岡本治子(ノーリツ)も準備不足の状態ながら大阪で3位となった。
 今秋のアジア大会選考レースには、国内の3大会が指定されていた。野口が駅伝との兼ね合いで辞退したため、弘山と名古屋2位の大南博美(UFJ銀行)が選ばれている。
ベテラン選手の活躍が目立った男子
 収穫の多かった女子に対し、男子はどうか。日本代表経験者が出なかったこともあり、欧米の賞金レースでは10位以内に1人も入れなかった。海外では唯一、日本最高記録保持者の藤田敦史(富士通)が、3月の東亜で優勝したことが光明だった。世界選手権こそ12位に終わっていたが、復帰レースの終盤で見せた勝負強さは、藤田健在を強く印象づけた。
 エドモントン組では、8位入賞の森下由輝(旭化成)が同じ東亜で5位。5位入賞の油谷繁(中国電力)は秋の海外マラソン出場に向けて充電中で、西田隆維(エスビー食品)と高橋健一(富士通)は故障の影響でマラソンには出ていない。
 国内のレースに目を転じると、30代選手の活躍が目に付いた。福岡で32歳の清水康次(NTT西日本)が五輪金メダリストのアベラ(エチオピア)と接戦を展開して2位。同大会では5000m・1万m日本記録保持者、31歳の高岡寿成(カネボウ)も初マラソン日本歴代3位と、次回に期待を抱かせた。
 3月のびわ湖では、実業団に入ってからパッとしなかった武井隆次(エスビー食品)が、30歳にしてマラソン初優勝を飾った。2時間8分台の好タイムで、早大時代からの師である瀬古利彦監督の記録にも8秒と迫った。
 福岡、東京と若手・中堅選手は総崩れだったが、びわ湖で諏訪利成(日清食品)と浜野健(トヨタ自動車)が2時間9分台。今の時代、9分台を出したから世界に通用するというわけではないが、国内マラソン最後のレースでの収穫に、関係者は胸をなで下ろした。
 ロンドンではハヌーシ(米)が自己の世界最高を4秒更新。1万m世界歴代2位のテルガトがマラソンでも歴代2位に、5000m・1万m世界記録保持者のゲブルセラシエ(エチオピア)が初マラソンで歴代6位(初マラソン世界最高)に進出した。女子のラドクリフの歴代2位、ボストンのオカヨ(ケニア)の歴代4位と、世界のマラソンはスピード化の一途。
 日本男子もその流れに乗るべく、秋の海外マラソンで藤田、油谷、高岡らが日本最高記録更新、海外スピードランナーとの勝負に挑む。10月のアジア大会には国内3大会の成績から、武井と清水が選ばれている。なお、来年の世界選手権代表には、アジア大会で金メダルを取った選手は自動的に決定するシステムとなっている。
スピード化への対応と課題
 日本女子への最大の衝撃は、ラドクリフが後半21・0975kmを1時間7分52秒で走ったこと。日本のハーフマラソン歴代リストに当てはめたら、2位に相当する。つまり、過去、単独種目のハーフマラソンで、ロンドンのラドクリフの後半よりも速く走った日本選手は1人しかいないのだ。
 小出義雄監督は「(秋のマラソンに向けて)2時間16分台を出せる練習を高橋(尚子・積水化学)にやらせないと」と言いながらも、「アテネは別」とも付け加える。高温が予想される2年後の五輪では、スピードだけが全てではない。マラソン担当の陸連幹部が「スピードの切り換えができないと勝負所で通用しない」と、危機感を持つように、絶対的なスピードは必要だろう。だが、暑さの中でハイペースに耐える能力は、トラックのスピードとは異質のものだ。
 打開策のヒントは、スピードで一歩譲る土佐がロンドンで見せた積極性だろう。昨年の世界選手権でも30kmからペースを上げて有力選手を振り落とし、メダルを確定する要因となった。また、スピードの切り換え能力だったら、トラックのラストで必ず敗れるラドクリフよりも、シドニー五輪や2000年名古屋で驚異的なペースアップを見せた高橋の方が上との意見も多い。
 マラソンは1回1回のレース毎に出来、不出来の差が大きい種目。これは日本選手だけでなく、世界的にもいえる傾向だ。土佐と高橋の共通点は、そういった傾向の中で成績が安定していることと、(その要因でもあると思われるが)必ず自分の持ち味をレース中に発揮していること。
 また、エドモントンではともに坐骨神経痛で苦しんだ藤田と大南が、故障を克服して復帰レースを優勝で飾った。藤田はあえて通常より短い2カ月の準備期間でレースに臨み、それでも走れることを確かめた。藤田は「今後は、3〜4カ月前に故障をしても、勇気を持って休むことができる」と、故障への対処法を収穫に挙げる。
 世界のスピードを見せつけられたマラソンシーズンだったのは事実。だが、スピード化への対処とともに、自分の持ち味を研くこと、ベストコンディションでスタートラインに付くことも、同等かそれ以上に重要かもしれない。

表1 2001年後半〜2002年前半の主要マラソン
<男子>
◆福岡国際【12月2日】
1) 2.09.25. G・アベラ(エチオピア)
2) 2.09.28. 清水康次(NTT西日本)
3) 2.09.41. 高岡寿成(カネボウ)
◆東京国際【2月10日】
1) 2.08.43. E・ワイナイナ(コニカ)
5) 2.14.12. 間野敏男(八番麺屋)
◆びわ湖【 3月3日】
1) 2.08.35. 武井隆次(エスビー食品)
4) 2.09.10. 諏訪利成(日清食品)
5) 2.09.18. 浜野 健(トヨタ自動車)
◆東亜【3月17日:ソウル】
1) 2.11.22. 藤田敦史(富士通)
5) 2.13.03. 森下由輝(旭化成)
◆パリ【4月7日】
1) 2.08.18. B・ズヴェルチェフスキ(フランス)
17)2.13.41. 山本泰明(三井住友海上)
◆ロンドン【4月14日】
1) 2.05.38. K・ハヌーシ(アメリカ)
2) 2.05.48. P・テルカド(ケニア)
3) 2.06.35. H・ゲブルセラシエ(エチオピア)
32)2.24.07. 谷口幸冶(カヤバ工業)
◆ボストン【4月15日】
1) 2.09.02. R・ロプ(ケニア)
18)2.15.55. 五十嵐範暁(中国電力)
◆ロッテルダム【4月21日】
1) 2.08.39. S・ビウォット(ケニア)
13)2.13.42. 磯松大輔(コニカ)
<女子>
◆東京国際女子【11月18日】
1) 2.25.08. D・ツル(エチオピア)
6) 2.28.13. 赤木純子(積水化学)
◆大阪国際女子【1月27日】
1) 2.23.55. L・キプラガト(ケニア)
2) 2.24.34. 弘山晴美(資生堂)
3) 2.27.01. 岡本治子(ノーリツ)
◆名古屋国際女子【3月10日】
1) 2.25.35. 野口みずき(グローバリー)
2) 2.27.29. 大南博美(UFJ銀行)
◆パリ【4月7日】
1) 2.23.05. M・レンダース(ベルギー)
2) 2.24.33. 松岡理恵(天満屋)2位 
◆ロンドン【4月14日】
1) 2.18.56. P・ラドクリフ(イギリス)
4) 2.22.46. 土佐礼子(三井住友海上)
◆ボストン【4月15日】
1) 2.20.43. M・オカヨ(ケニア)
2) 2.21.12. C・ヌデレバ(ケニア)
8) 2.32.00. 田上麻衣(ユニクロ)
◆ロッテルダム【4月21日】
1) 2.23.43. 大南敬美(UFJ銀行)
2) 2.25.11. 千葉真子(佐倉AC)
3) 2.29.10. 赤木純子(積水化学)

表2 女子マラソン日本歴代10傑
歴代順位 記 録 選手 (所属) 大会名 順位 年 月 日
1 2.19.46. 高橋 尚子 (積水化学) ベルリン 1 2001. 9.30
2 2.22.12. 山口 衛里 (天満屋) 東京 1 1999.11.21
3 2.22.46. 土佐 礼子 (三井住友海上) ロンドン 4 2002. 4.14
4 2.22.56. 弘山 晴美 (資生堂) 大阪 2 2000. 1.30
5 2.23.11. 渋井 陽子 (三井海上) 大阪 1 2001. 1.28
6 2.23.43. 大南 敬美 (UFJ銀行) ロッテルダム 1 2002. 4.21
7 2.24.33. 松岡 理恵 (天満屋) パリ 2 2002. 4. 7
8 2.25.11. 千葉 真子 (豊田自動織機) ロッテルダム 2 2002. 4.21
9 2.25.14. 小幡佳代子 (営団地下鉄) 大阪 5 2000. 1.30
10 2.25.35. 野口みずき (グローバリー) 名古屋 1 2002. 3.10