オリンピアン2002年10月号                   寺田的陸上競技WEBトップ
がんばれ!ニッポン!
釜山アジア競技大会展望

陸上競技
世界におけるアジア地域のレベルがアップしてきた陸上競技。
ハイレベルな混戦を経てメダルを手にした選手たちが、
今後の世界選手権、そしてオリンピックに
どうつなげていくかがアジア陸上界の焦点だ

「ソマイリー(サウジアラビア)がグランプリ・ファイナルに専念してくれれば、48秒0台から前半で金メダルを取れるんじゃないかと思っています」
 7月の合宿中にこう漏らしたのは、為末大である。昨年のエドモントン世界選手権400mH(ハードル)で3位、短距離・ハードル種目では史上初のメダリストとなった男だ。やみくもに“金メダルを取る”と言わないところが為末らしいが、ライバルの不調を前提とするあたり、弱気と取られてしまいそうでもある。だが、アジアは“そういう時代”になっている。
 ソマイリーは、世界選手権では競り勝った相手だが、シドニー・オリンピックの銀メダリスト。記録的にも47秒53のアジア記録保持者で、為末の47秒89(アジア歴代2位)を上回る。ソマイリーのほかにも、昨年の北京ユニバーシアード銀のメレシェンコ(カザフスタン・48秒46)や、前アジア記録保持者のアルヌビ(カタール・48秒17)もいる。今季のグランプリ・シリーズで為末は、ソマイリーに2戦2敗、アルヌビにも1戦1敗と、アジアの強敵に全敗なのだ。
 男子400mHは今のアジアを象徴している種目だろう。少し前までは、中国選手に勝ちさえすれば、アジアの金メダルは確実だった。それが近年は、サウジアラビアやカタールの中東諸国、カザフスタンやウズベキスタンといった中央アジア諸国が力を伸ばしてきた。表は82年ニューデリー大会以降のメダル分布である。90年の北京大会で頂点に達した中国のメダル占有率は、以後、漸落している。新興諸国の台頭が中国衰退の大きな要因だ。
 この表からも分かるように、日本は前回のバンコク大会で健闘し、金メダル数は94年広島大会の5個から12個へと倍以上に増やしている。しかし、内容的には接戦が多く、男子1万m・3000m障害・走幅跳・ハンマー投げ、女子1万m・走高跳など、メダルの色はちょっとのことで変わっていたかもしれない。
 もちろん、混戦を制したということは、勝負強さがあってのこと。シドニー・オリンピックで11位となった女子走高跳の太田陽子や、昨年のエドモントン世界選手権で銀メダルを取った男子ハンマー投げの室伏広治は、バンコクでの勝負強さをその後、世界でも発揮した例だ。
 逆に、バンコクで圧倒的な力を見せ、世界につなげた選手もいる。男子短距離の伊東浩司、女子マラソンの高橋尚子が、アジア記録を更新して金メダルを獲得。アジアナンバーワンとして世界に挑戦する立場を鮮明にした。中には、バンコクの活躍で止まってしまった選手もいるが、全体の傾向としてはアジアが世界へのステップになっている。釜山大会も、来年のパリ世界選手権、2年後のアテネ・オリンピックへの試金石となろう。


82年大会以降の国別金メダル獲得数
1982 1986 1990 1994 1998
場所 ニィーデリー ソウル 北京 広島 バンコク
中国 12 17 29 22 15
日本 15 11 7 5 12
カザフスタン 4 4
韓国 3 7 2 3 3
スリランカ 3
インド 4 4 2
カタール 1 3 4 2
ウズベキスタン 3 2
インドネシア 1
台湾 1
シリア 1
パキスタン 1
オマーン 1
フィリピン 1 1
バーレーン 1
北朝鮮 3
イラク 1
マレーシア 1

 さて、今回の陸上競技66代表を見ると、前回の伊東・高橋のような圧倒的な存在としては、室伏広治がまず挙げられる。男子200mの末續慎吾もそれに近い。昨年の東アジア大会では2位のチェルノボル(カザフスタン)と0・21秒差。100%安全圏とは言えないが、末續は「金メダル、絶対に取りますよ」と自信を見せている。100mではサウジアラビアの若手黒人選手アルヤミも力を付けているが、国際経験豊富な朝原宣治が不覚をとる確立は低い。
 この3種目と男子1万m、4×100mリレーは計算できる種目。
 このほか、8月末時点で2002年のアジアリスト1位を日本が占めるのは、男子では5000m・マラソン・20q競歩・走高跳・棒高跳、女子では5000m・1万m・マラソン・走高跳。だが、同時期開催のマラソンとの兼ね合いなどもあり、長距離関係の3種目はリスト1位の日本選手が出場しない。一方、男子400mHと男女走幅跳は、リスト1位ではないが金メダルの可能性はある。
 個々に検討してみよう。男子1万mはハイペースに持ち込めば、5連勝の可能性が高まる。だが、5000mはラスト勝負となりそうで、そうなると日本選手には苦しい展開。男女のマラソンは相手の調子次第になるが、勝てない相手はいない。男子走高跳はリストこそ1位だが、混戦状態。その点、男子棒高跳の小林史明は、リスト2位を21cm引き離している。男子20q競歩はリスト1位の山崎勇喜と昨年の世界選手権7位入賞の柳沢哲で、4連勝中の中国と五分の予想。
 女子5000mは福士加代子が今季、日本人初の14分台を記録したが、中国には日本記録以上のベスト記録を持つ選手が9人もいる。もっとも、中国選手の記録は4年に1回開催の全国運動会に集中している。なぜか、他の大会ではそれほど走れていないので、つけいる隙は大いにある。
 女子走高跳は日本が8回優勝している数少ない女子の得意種目。太田に日本記録保持者の今井美希と、国際レベルの選手が2人いるのも心強い。だが、アジアも1m90以上の記録を持つ選手が増え、8月のアジア選手権(スリランカ)は、この2人を送り込みながら大敗した。
 金メダルは計算できる5種目に、男女マラソンで1〜2個、女子長距離で1個、男女跳躍で2〜3個、そして男子20km競歩と為末がどうか……合計11個前後になりそうだ。バンコクの12個を上回れば、大健闘と言えるだろう。
 だが、アジアのレベルが世界に近付き、混戦種目が多くなってきた今日、メダルの数は絶対的な評価の対象ではなくなった。それよりも戦いの内容と、それをどう世界につなげるかが、より重要になってきている。「誰が(どの種目で)金を取るか」よりも、「金を取った選手が世界へどう挑むのか」に、アジア陸上界の焦点は移りつつある。